02 暴れる獅子

「…………ん? もう着いたの?」


 そして、一瞬の悶絶の後、何事もなかったかのようにそんなことをレオンは口にした。

 片膝立ちのままとんちんかんなことを言い、周囲に視線を飛ばしながら続けて一言。


「あれ? 何か空気ピリピリしてない?」

『お前のせいだ、お前の』


 ネックレスに戻った私はレオンにそう教えてやるのだが、返ってきたのはくびかしげる動きだった。


「何言ってるのマター、僕ずっと寝てたんだよ? 何か出来るわけないじゃん」


 言いながら立ち上がるレオン。そのまま思いっきり伸びをし、さらには大きなあくびまでしてみせる。

 あまりのお気楽さに私は二の句が継げない。


「……な、な?」


 何故なら、周囲には私とは別種の意味合いでレオンの言動に呆ける盗賊たちがいるのである。

 この場の剣呑な空気にあまりに似つかわしくないレオンを異常と感じるのは、至極当然のことだ。


「この……!」


 しかし、驚くべきことにそんな〝空気の読めない行動〟に呑まれなかった男が一人だけ存在した。

 私よりもレオンに怒りを見せる男、ゼルドである。


「てめぇ今の状況分かってんのか!」


 気持ちよさそうにあくびをするレオンの顔面めがけての蹴り。

 速度を持ったその一撃はーーしかし、空を切る。


「……あ、もしかして今ピンチ?」


 聞こえたレオンの声は、蹴りを躱され、さらにその姿まで見失って驚愕していたゼルドの背後から届いた。

 先程よりも高い位置ーー馬車の上まで移動したレオンが辺りを見回しながら言う。

 攻撃をかわされたことに驚くゼルドを気にとめることなく、彼女は顎に手をあてて、


「ふむ。盗賊に襲われたのかな」

『その通りだ。お前にしては珍しく理解しているじゃないか?』

「寝起きに攻撃してくるヤツなんて、マターか賊しかいないもん」


 私は賊と同列か。


『まあいい。事実だ。……ならば、レオン。次にすることは分かるな?』

「うん。ぶっちゃけ面倒くさいけど、無視も寝覚めが悪いからね」


 周囲を睥睨し、レオンは頷く。

 敵は、二十名ほど。

 全員が全員、ゼルドを筆頭に武器を持ち、意味の分からないものを見る目でレオンを見ている。

 都合がいい。得体の知れない恐怖ほど、人の動きを鈍らせる。

 そして、そんな連中にーーレオンを防ぐ術はない。


「え?」


 呟いたのは、盗賊か乗客か。

 次の瞬間レオンが現れたのは、集められた乗客のすぐ近くだった。

 レオンから掌底を腹部にもらい、盗賊の一人が吹き飛んでいく。

 近くに立っていた別の盗賊を殴りつけ、続けざまに三人目をもレオンは蹴り飛ばす。


「……な、強い!」

「嘘だろなんて速さだ!?」

「さっきゼルドの蹴りを避けたのはーー」

「見間違いじゃなかったのかよ!」


 そこに来て、ようやく盗賊たちの思考が状況に追い付いたようだった。

 各々おのおの驚愕を口にして、次々と臨戦体勢を整えてる。


「うぉお!」


 しかし、さすが盗賊。血気盛んと言うべきか。

 彼らの次の行動は迅速だった。

 直近の盗賊二人が剣を振り上げ、レオンに向かってくる。

 その向こうではまた別の盗賊が乗客を人質に取るべく動き出し、難敵を相手取る場合のフォーメーションを形成していく。


「マター、行くよ!」


 だが、それは、相手がだった場合に有効となりうる手段だ。


「ぐふッ」


 盗賊の一人を裏拳で始末しながら、レオンは首から下げた私ーーネックレスに指をかけ、そのまま外す。

 そして、裏拳の勢いを利用して乗客に向かう盗賊に狙いを定めると、


「おりゃあ!」


 私は、力任せにぶん投げられた。

 相変わらず誠意というものを微塵も感じさせない投げ方だった。

 あまりの無遠慮さに、私はため息を吐かずにはいられない。


『まあ、ため息を吐き出す口を持ち合わせていないが』

「くっ……!」

  

 盗賊の男がこちらに気付いた。豪速で己に近付く私から身を守ろうと、剣を構えて防御の姿勢を取る。

 ならば、そのルートを利用させてもらう。

 私はネックレスの一部を再び手に変形させると、刃に当たる瞬間、手で無理やり軌道を変え、男の下半身に滑り込む。

 そのまま短剣になり、一突き。


「ぐぁあ!? な、何でナイフが……!」


 太腿ふとももから血を吹き出しながら呻く男。

 そこにレオンが飛来した。


「よいしょっと」


 太腿に刺さっていた私を引き抜くと同時、一気に振り上げて男の首を掻き切り、沈黙させる。


『お前……』


 その流れ作業には相棒の私も多少引いた。

 やりすぎだ。

 何のために私が太腿に刺さったと思っている。


「あれ? もう来ないの?」


 私が想定外だったのだ。そこまで来ればようやく盗賊たちもレオンの危険度に気が付き始める。

 喧嘩っぱやかったゼルドですら動きをとめ、冷や汗を垂らしながら様子をうかがっている。

 ならば、やることは一つだ。


『おい、ゼルド』

「! ……この声はさっきの」

『これ以上の戦闘行為は無意味と悟ったはだ。……こちらの質問に答えてもらうぞ』


 そう。今回の襲撃において、はっきりとさせておきたいことがある。

 前述した通り、彼らは盗賊ではあるが、スランドールという街の特性上、無闇に旅人や馬車を襲うことはしない。

 相手の強さが分からないからだ。下手に襲撃して今回のように返り討ちにあっては意味がない。

 ならば、奴らの目的は何だ。


『一体、狙った?』

「へっ……なかなか勘が鋭いみたいだが、言うわけねぇだろ」

『……そうだな。目先の情報に囚われ、レオンという驚異を見逃したお前たちに期待はしていない』

「ちッ」


 それに、この質問は個人的興味だ。

 レオンの覚醒によって勝敗が決した今、誰を狙っただのそういう話に意味はない。

 我々ではないことは確定している。


『だがまぁ、このまま放っておくというのも災いの元だ。レオン、全員始末しよう』

「……マターって意外と好き勝手言うよね。僕、寝起きなんだけど?」

『そう言うな』


 今に始まったことではない。

 そんな私の反応にレオンが呻く。

 そして、渋々と言った様子で歩き出そうとし、それに盗賊たちが焦りの色を見せてーー

 その瞬間、事態が急変した。


「グルガァァアァァァァァァ!」

「ッ!?」


 上空からの獣の唸り声。

 同時にあまりにも巨大な塊がレオン目がけて落ちてきて、場に戦慄を巻き起こす。


喰獣イーターだと!?』


 この世の全てを食らうために生まれたのではないか、とされる程、長大に過ぎるあごと牙を持つ異形の総称。それが喰獣イーターだ。

 今、我々の目の前に現れた、四足歩行の猪めいた喰獣は、レベルの低い上層の存在のようだが、それでも油断はならない。

 何故ここにーー

 その疑問を解消するように、どこからか底冷えのするような低い声が聞こえてきた。


「どうやら分が悪い。貴様たち、引け」

「!」


 その声を受けた途端、ゼルドを初め、盗賊たちが一斉に逃走を開始する。

 この声の主が首謀者かーー!


「グガァァゥァァァァァッ!」

『くッ……レオン! 奴らは放っておけ! まずは喰獣イーターからだ!』

「りょーかい」


 ナイフのままだった私をロングソードに変化させ、レオンが頷いた。

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