第3話 狐の社
駒若夜叉と蒼桐の案内で一行は森をようやく抜け、海にせり出すように立つこじんまりとした社へたどり着いた。崖下へ広がる波濤にタオがはしゃぎかけたものの、「タオ兄、さすがに今はそういう場合ではないでしょう」と冷ややかに水を差されておとなしくなる。
目指した社の手前では、二人の少女が仲間の到着を待っていた。
「――で?」
獣の、狐の耳を持つ小柄な少女が、ケッとでも言いそうにしらけた調子で耳をほじった。
「初芽ちゃん、お客さんに失礼だよ」
もう一人の白装束の娘がおっとりとたしなめる。
「何が客なものか、我が社に鬼なぞを引き込みおって。綾央よ、そもそも神職のお主以外の人間がここを出入りするのも本来は度し難いのじゃぞ」
「え、そうだったの?」
「この娘は……」
はぁと初芽と呼ばれた娘がため息をついた。
「今は戦のために仮初めの拠点として貸しておるにすぎぬ。その戦の相手の鬼をなぜ儂がもてなさねばならん」
「まーまー、穏便に行こうぜ。な?」
良い顔をしない初芽に軽い調子で駒若夜叉が声をかける。腰につけた袋から包みを取り出すと、不機嫌そうな初芽の目がきらりと光った。
「んん?」
「このとーり、手みやげもちゃーんと用意したんだぜぇ?」
ニヤニヤと駒若夜叉が包みを揺らせば、初芽の目はゆらゆらとそれに釘付けで耳はひくひくと震える。
「お主にしては殊勝な心がけじゃのう。もちろん上物を用意したのだろうな?」
「そりゃぁーなぁ、おめがねにかなうモンをばっちりな」
「そうかそうか」
駒若夜叉の手から包みを奪い取るようにして受け取り背を向ける。嬉しそうに揺れる狐のしっぽを眺め、エクス達は顔を見合わせた。
「おそろしく正々堂々と賄賂がやりとりされましたね」
「初芽ちゃん、大福に目がないんだぁ」
感心したようなシェインの呟きを拾い、さきほど綾央と呼ばれた少女がおっとりと笑った。
「お狐様の許可がおりたぜ。今日のところはお前ら全員軒を貸してやるとさ」
「かたじけない」
「礼はいらねぇよ。俺らも奉仕活動ってわけじゃねえ。道中にもざっと聞いたがアンタらの話、もうちょい詳しく聞かせてもらうぜ」
桃太郎に手をひらりと振り、駒若夜叉が鋭い視線を鬼姫とエクス達に配る。エクスが真剣な顔で頷くが、その肩に手を置かれ振り返った。
「悪いが駒若夜叉よ、話はあいつらを片づけてからでどうだ?」
タオがあごでしゃくった先には、道中も散々蹴散らしてきたはずのヴィランが押し寄せていた。中には図体のでかいヴィランも混ざっている。
「メガ・ヴィランまでお出ましか……っと、数が多すぎるな」
「ヴィラン達は二方向から来ています。こちらも二手に分かれて迎え撃った方が良さそうです」
タオに続けてシェインが面々へ提案する。
「鬼姫、桃太郎。今は我らとともに戦ってもらう。いいな?」
槍を構え、戦いに備えながら蒼桐が二人へ声をかけた。頷くのを見届け、ヴィランへ向かう。駒若夜叉が綾央達に手を振った。
「そいつらも目を離すわけにいかねぇ。お前らついてな」
そいつらとエクス達を指し示し、すぐさま駆け出す。その背を鬼姫と桃太郎が追った。
「はあい。ぜーったい、勝とうね!」
「やれやれ仕方ないのう。大福追加で手を打とう」
もう一方を見据え、ヒーローの姿を借りたエクス達に綾央と初芽が並び立つ。初芽がすらりと矢を抜き取ってつがえ、弦をきりりと引き絞る。無邪気ににっこりと笑った綾央がその表情をすっと落とし、雰囲気を変えた。
「我らが社を汚さんとする者、妾の呪をとく食らうが良い。我らが社を守る者、妾の加護をいざや授けん」
それまでの彼女からは想像もつかない幽艶な微笑と囁き。綾央の持つ本がぼうと光った。緑の光がエクス達を包む。
「これは……」
「身の守りを強化する術だよ。みんながんばろうね!」
再びあどけない笑顔で綾央が発破をかける。弓使いの少年に姿を変えたエクスが礼を言い、矢を高く構えた。
「どんな嵐にだって僕は負けない!」
勇敢な船乗りの少年、ジム・ホーキンズの矜持が口をついて出る。それを開戦の合図に、それぞれが乱戦に飛び込んでいった。
◇◇◇
雷光が走る。現れるなり赤髪の子爵姿の男が杖の先から放った電撃は、苔のような青緑色のドラゴンに直撃しその動きを止めた。
「シェイン!」
「がってん承知です」
男が叫べば、その影に下がっていた厚着のおさげの少女が赤いずきんの少女に姿を変えた。剣に力を溜め、鋭い一閃を放つ。しびれて動けないドラゴンはなすすべもなくその斬撃を浴びて倒れた。
「あやかしの技を受けてみよ」
もう一匹、白髪の海賊が相手をしていたドラゴンに初芽が矢を放つ。紫の飛沫が矢を受けたドラゴンを中心に爆発するように広がり、周囲の蜂型のヴィラン数匹もろとも苦しみながら沈んでいった。
「ケガ人は回復しちゃいますよー!」
「姉御、口調口調」
「あ、あらやだ」
すでに元の姿に戻ったシェインの指摘に、バニーガール姿の少女が耳を揺らして照れ笑いでごまかす。
「桃太郎、駒若夜叉! そっちは大丈夫?」
ジム少年の姿のままでエクスが戻ってきた桃太郎達に呼びかける。蒼桐の後ろに続く鬼姫が刀を収めるのが、遠目のエクス達にも見えた。
「おう、子細ねぇよ」
「こちらも敵はすべて退けたでござる!」
疲れを知らないような駒若夜叉達の応じにエクスが息を吐き、本から栞を外してヒーローとのコネクトを解く。面々に対したケガはなく、レイナやタオもそれぞれ彼女達自身の姿に戻った。
「んじゃまさっきの奴らもろもろ、知ってること洗いざらい話してもらうぜ」
仕切り直しと駒若夜叉が社を指し示した。エクスが応え、駒若夜叉と連れだって歩き出す。
「代わりに僕らも君達の状況について聞かせてほしい。僕らの敵……カオステラーは、その想区の根幹に介入する存在だから」
口々に話す集団から一歩引き、鬼姫が思い詰めた目で綾央と話す桃太郎を見つめていた。
人と鬼の紡ぎ歌 カルデラ盆地 @caldera_bonchi
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