第4話
次の日。
四人は宿で朝食を済ませ、エクスの道案内により一軒の家にたどり着いた。
「ここがあの子……キャタリーナの家ね」
「家というより、お屋敷のようですね」
「デカいな」
四人は空を眺めるように顔を上げて建物を眺める。
親子三人が暮らしても部屋数が何個も余るだろうと思われる。
おそらく召使なんかも一緒に暮らしているのだろう。
「そういえば、お父さんが富豪とか言ってたかな」
「何気にお嬢様なんですね」
「お嬢みたいなもんか」
「ちょっと! 私はそんなに『じゃじゃ馬』じゃないわよ!」
「(……そんなに?)」
少し気になったエクスだが、言葉をかけることはためらわれた。
その時――
「きゃあ!」
「!」
家の中から短い叫び声が聞こえた。
「今のは、キャタリーナの声だ!」
「急ぎましょう!」
一番にエクスが気づき、ドアを開け放つ。
「! ヴィラン!?」
家の中には数体のヴィランが四人を待ち構えていた。
「行動を読まれていたのか!?」
「ただでは先に進ませてもらえないようですね」
「そうね」
四人は『運命の書』に『導きの栞』を挟んで英雄を呼び出した。
***
ヴィランを倒し、キャタリーナの悲鳴が聞こえた方へ急ぐ。
長い廊下を渡り、一つの部屋を乱暴に開ける。
「キャタリーナ!」
「! エクス……」
部屋の中にはキャタリーナと、一体のヴィラン。
盾を構え、頑丈な鎧で身体を覆ったナイトヴィランが立っていた。
だがおかしい。
例え鎧や盾で頑丈なヴィランでも、キャタリーナならためらわず殴っていきそうなものだ。
彼女の顔は青ざめ、震えている。
「妹が……ビアンカが化け物に!」
キャタリーナが震えながら目の前のヴィランを指さす。
それが、彼女の目の前で妹の姿からヴィランに変化したのだろう。
「なんだと!?」
「ですがこれで分かったことがあります」
「……なにが?」
何かに気づいたシェインの言葉が気になり、エクスは思わず尋ねる。
「キャタリーナさんはカオステラーに近い存在だということですよ」
最も、キャタリーナさんは何も知らなそうですが、と彼女をちらりと見て呟く。
彼女はまだ妹のビアンカに怯えていた。
「そうね、この戦闘が終わったらこの家を調べてみましょう」
「そうだな、じゃあ一丁倒すとすっか!」
「まずはそこからですね」
四人は『空白の書』を取り出し、各々『導きの栞』を挟もうとする。
「ちょ、ちょっと待ちなさい!」
その行動に待ったをかける者がいた。
今まで怯えていたキャタリーナだった。
「あ? なんだよ」
「アンタたち、ビアンカを倒すの!?」
キャタリーナが気にしていることはそこだった。
大嫌いな妹だけど、倒したいほど憎んでいるわけではない。
「悪いがそのつもりだ、ヴィランを放っておくわけにはいかない」
「キャタリーナさんの気持ちは理解できますが、今は我慢してください」
「ごめんなさい、後でちゃんと『調律』するから」
そうすれば、すべてが元に戻る。
それは知っている。だが――
「っそうじゃない!」
いつの間にか叫んでいた。
家族という繋がりがあるから、それに甘えて何をしてもいいと思っていた。
けれどその妹が化け物になったら倒してもいいのか。
それを家族として見過ごしていいのか。
そんな酷いこと、黙って見ていられるわけがない。
「な、そいつはヴィランだぞ!?」
キャタリーナは四人とヴィランになったビアンカの間に割って入る。
――妹を守る様にして。
「ビアンカは私の家族よ!」
「落ち着いてくださいキャタリーナさん」
「そうよ、そこにいたら危ないわ。まずはこっちに来て」
「イヤ! アンタたちこそ私の家から出ていきなさいよ!」
キャタリーナは頑としてその場から動かない。
そしてヴィランも、守られたまま動きがない。
「キャタリーナ、カオステラーのことは話したよね」
「……ええ、昨日聞いたわ」
「だったら、このまま妹をヴィランにしておくのも可哀そうだって、分かるよね」
「……」
キャタリーナは答えない。
話しを聞いた時点でヴィランが何なのか理解した。
街の人なんて、いつもよく殴っているからどうでもいいと思った。
むしろ私の暴力で助かるのなら、いくらでもしてやろうとも思っていた。
だがそれが身内となると、心が拒否反応を起こしてしまう。
「キャタリーナ、大丈夫だよ」
「……」
「君も君の妹も、僕たちが助けるから!」
だからこっちに来て、とエクスは手を伸ばす。
これが最後の賭けだった。
「……もし、私の家族が戻らなかったらその日がアンタたちの命日だから。それまでしっかり覚えてなさい」
エクスの手をとり、キッと四人を睨み付ける。
だがその目はどこか安心した色を含んでいる。
信頼できる人だと、どこかで理解しているのかもしれない。
「おおコワ」
「これは失敗できないですね」
「そうね」
四人は栞を取り出し、『空白の書』に挟んだ――
***
「……ビアンカ」
頑丈だったヴィランを四人の力で倒した。
いつもなら勝利に安堵するも、キャタリーナのことを思うとかける言葉がない。
「絶対に、元に戻るからね」
そう声をかけ、キャタリーナは踵を返す。
妹を倒した、けれども唯一救ってくれる四人の元に。
「ねえ」
「なに?」
「カオステラーって『運命』に不満を持つ人がなるのよね」
「そうよ。無意識でも不満を持っていれば誰でも成り得るわ」
「そう……なら私、カオステラーが誰か分かったわ」
「なに!?」
淡々と話すキャタリーナに、四人は驚きを隠せない。
「それは誰ですか?」
「私の父、バプティスタ・ミノラよ」
「君の、お父さんが……」
でもそれならば、カオステラーの条件にあてはまる。
この屋敷の中にヴィランがいるのも頷ける。
「お父さんは、昔からビアンカを特に可愛がっていた」
「……」
「『物語』が始まったら、ビアンカは嫁に行くことになるわ。それが不満だったのよ、だからカオステラーなんかに……」
キャタリーナの中で全てのピースが嵌ってしまった。
「キャタリーナ……」
「大丈夫、もう心の準備は出来たから」
まっすぐにエクスを見つめて告げる。
その言葉、その瞳には一切の戸惑いが消えていた。
それは妹がヴィランとして目の前に現れた時から、キャタリーナの中で葛藤していた迷いだった。
「あなたのお父様はこのお屋敷の中にいる?」
「ええ、きっと書斎に引きこもってるわ。引きずり出してボコ殴りにするから」
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