第3話

二人は場所を変え、座れるサイズの石に腰を下ろしている。

キャタリーナはエクスを質問攻めにした。

ヴィランを倒した力のこと、空白の書のこと、導きの栞のこと――外の『想区』のこと。


「外の『想区』ね……考えたこともなかったわ」


「それが普通だよ」


「ねえ、私も外に出られないかしら」


「え!?」


エクスは驚いて彼女を見つめる。

キャタリーナの顔は真剣そのものだった。


「それは……無理じゃないかな」


「私が『主役』だから?」


「……」


言葉には出さないが、首を縦に振る。

口に出すと怒られるのではないかと思って言えなかった。


「そっか……」


その声は、とても悲し気で消え入りそうだった。

残念だという気持ちを隠しきれていない。


「『空白の書』を持ってないとダメなのよね」


「うん」


「あーあ、それなら私も何も書かれてない書が欲しかったな」


雲一つない青い空を遠い瞳で見つめる。


「『主役』なのに?」


「たまにはね、アンタと私の書が交換出来たらよかったのに」


自身が持つ書を見つめ、キャタリーナはため息をつく。


「……キャタリーナは『主役』が嫌なの?」


「別に、嫌ってことはないわ。この役のおかげで好き放題させてもらってるもの」


好き放題、とは暴れまわったりすることだろう。

街の人ですら呆れるほどだ、相当暴れていることがうかがえる。


「でも、やっぱりこの役のせいで嫌なこともあるかな」


「嫌なこと?」


「私ね、妹がいるの。でもあんな奴大っ嫌い」


憎々しげに、心の底から嫌いと言わんばかりだ。


「どうして?」


「可愛くて大人しくてモテて、だからお父様も妹の肩ばかり持つのよ」


はあ、と深いため息をついて自身を落ち着かせようとする。


「……そんな妹と比べて私はガサツで乱暴、お父様も妹も私を嫌ってる。けれどこれが私に与えられた『運命』だから」


エクスは聞いていて虚しくなってきた。

与えられた役割をはたしているキャタリーナ。

けれどその心は、何を思って役割を果たしているのか。

その心の内を吐露出来る人がこの『想区』にはいない。


「キャタリーナは……そんな『運命』を変えたいと思う?」


エクスは言ってから冷や汗をかく。

なんてことを言ったのだろうか。

これではまるで、カオステラーのようではないか。


「……別に」


「え?」


「別に変えたいと思わない」


先ほどまでの重い雰囲気とは正反対にけろっとしている。


「どうして? 辛い『運命』を変えたいと思わない?」


「……もしかして、アンタ私をさっき言ってたカオステラーだとでも思ってんの?」


ギロリと睨まれ、エクスは一生懸命首を横に振る。


「そ、そんなことないよ!」


その様子をキャタリーナは疑いの目で見つつ語り始めた。


「あのね、役を演じる人間にはそれぞれ悩みがあるに決まってるでしょ」


「悩み?」


「『主役』には『主役』の、『脇役』なら『脇役』の、それに――『空白』なら『空白』の悩みがあるじゃない」


「! それって」


「別にアンタの話なんか聞きたくないけど、役を与えられた者でも与えられなかった者でもそう大差はないと私は思ってるのよ」


「だから『運命』を変えたいなんて馬鹿げたこと、するわけないじゃない」


キャタリーナは感心しているエクスを見て、深いため息をつく。


「あーあ、なんでこんなこと男のアンタに話しちゃったんだろ」


「え?」


「アンタみたいな女々しい男初めて会ったからかな」


「め、女々しい……」


ズバズバと言いたいことを言うキャタリーナ。

エクスは若干凹んでいるが、そのことすら彼女は気にならない。


「……でも、外の『想区』は見てみたかったな」


「え、なに?」


「なんでもない。それより話はもう終わりね」


ぱっと立ち上がりスカートを払う。

エクスもつられて立ち上がり、気づいた。


「ああ!」


「な、なに?」


エクスの大声に少し驚く。

しかしそのことに構っていられるほどエクスは冷静になれない。

約束を破ってしまったのだ、お昼に広場に行くと言ったのに。

今は日が暮れかけ、空が赤味を帯びている。


「……ごめん、なんでもない」


「そう、じゃあ驚かせないでよ」


「あ、そうだ。タオが……えっと、僕の仲間で君を怒らせちゃった人なんだけど、キャタリーナに謝りたいって今みんなで探してたんだ」


「そうなの? 今更どーでもよく……」


ふと言葉が途切れるキャタリーナ。


「そうね、明日私の家に来てくれたら会ってもいいわ」


「! 本当?」


「ただし、一つ条件があるわ」


ぴっと人差し指をたててほくそ笑む。


***


二人は歩き始める。

すぐに住宅街に入るも、日が暮れかけているためか人が全くいない。

エクスは何かあると危ないから、とキャタリーナを家に送るため隣に並ぶ。


「すっかり暗くなっちゃったね」


「そうね」


帰ったらみんなに謝らなきゃ、とすでに暗くなった道を歩きながら思う。


「キャタリーナのお父さんも心配してるだろうね」


「それはないわ」


きっぱりと言い切る。

さっき話していた、妹の方を可愛がっているからキャタリーナのことはどうでもいいということだろう。


「でも、こんな時間に一人で帰ったら怒られない?」


「怒るわ、聞かないけどね」


そんなことはどうでもいい、とばかりに歩みを早める。


「でもさ、こう考えることも出来るんじゃないかな」


「なによ」


「キャタリーナのことを思って怒ってくれるって」


「……」


その言葉にキャタリーナの足がとまる。

無言のまま、何かを考えるように俯く。


「キャタリーナのことを好きじゃなかったら、わざわざ夜に出歩いている娘を心配して怒ったりはしないでしょう?」


「そう、かな」


「そうだよ」


「まあ、そういう考えもあるって覚えておくわ」


嬉しそうに微笑みながら歩み始める。

その足取りは軽い。

少しは彼女の胸のつっかえがとれたのではないかとエクスは思った。

しかし、その笑顔はすぐに消え去った。


「うそ……」


驚いた表情で前方を見つめたまま動かない。


「キャタリーナ?」


「今まで、街の中には出たことなかったのに」


何を言っているのか、と彼女が見つめる先をたどる。

そこには――


「! ヴィラン!!」


エクスは栞を取り出す。

キャタリーナも構えて戦闘態勢をとる。


「ふん、この街で暴れていいのは『主役』の私だけよ!」


***


「やっと来ましたね新入りさん」


エクスは明かりが煌々とついている宿屋に戻った。

そこには三人ともそろっており、エクスのことを待っていた。


「エクス、お前今までどこにいたんだよ」


「ごめん、彼女と会ってたんだ」


「ホント!?」


「マジか!」


エクスはキャタリーナと会ってからのことを全て話した。

彼女が主役なこと、ヴィランと戦っていたこと、そして――


「明日彼女の家に行けば会ってくれるって」


「そうか……」


少し落ち込み気味のタオ。

街でのキャタリーナの評判と、エクスから聞いた彼女の悩みを聞いて心底反省しているのだろう。


「彼女、外の『想区』に興味があるから、旅の話を聞かせてくれたら水に流すって」


「そうか! でかしたぞエクス!」


ばんばんと背中を力強くたたく。

先ほどとは打って変わり、元気になった。


「う、いたた……」


「タオ兄、力が強すぎです」


「おお、そりゃ悪いな」


タオは軽く謝る。

その様子にいつものタオだ、と安堵した。


「それで、カオステラーの方は何か情報ないかしら?」


「あ、ヴィランが出始めたのは一週間くらい前からだって彼女が言ってた」


「一週間……結構最近ね」


「もうすぐ『物語』が始まることと何か関係がありそうですね」


シェイン達も独自で色んな人に話しかけ、この『想区』のことは理解できた。


「ま、明日そいつの家に行きゃなんかわかんだろ」


「そうね、今日はもう遅いから寝ましょう」


レイナが言うと、三人はその提案に賛成した。

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