第5話 想区の主人公

町から城まで、ヴィランや兵士たちの妨害を受けながら5人は駆け抜ける。戦闘は3人が主に請負っているが、マキナの予想以上の戦闘能力に一同は驚きを隠せなかった。3人と違い生身ではあるが、銃の腕もさることながら、接近戦時の剣の腕も一流と言っていいほどの剣捌き。さらにはパーティー全体を見渡せるほどの視野を持ち、サポートもそつなくこなしていた。


「さすが革命家を名乗るだけあるというか…」


「ちょっと強すぎやしねぇか?」


まぁ、味方が強いに越したことはないのだが、とタオは自分のリーダー性を少し危惧する。


「むふふっ、弟子は強いのです」


強いのが弟子。弟子が強い。ということに、師匠の鼻は高々であった。



城までたどり着くと、先ほどまでとは打って変わってあたりに気配がなくなった。それはそれで不気味にも思え、5人の警戒心がさらに強くなる。


「王室にいこう。こっちだ」


国王が城を案内する。静寂に包まれる中で、足音を立てぬように慎重に歩を進める。


「ちょっと待ってください」


シェインが気配を感じて静かにみんなを止める。気配の先は、舞踏会場。かつてシンデレラが王子であった国王と踊った場所。そして、カオステラーとなったフェアリー・ゴッドマザーと戦った場所である。

扉は閉ざされているものの、中からは人の気配がうかがえる。


「ここまで来たんだ。下手な小細工は必要ねぇ」


「行っちゃいますよ、1、2の」


さんっ!という前に、ギィと音を立ててマキナが扉を開けた。


「あっ、すみません」


「…弟子よ、空気読もうな」


「はい師匠…」


ともあれ、開けてしまったものは仕方ないと、駆け出し気味で中へと侵入する。

がらんとした舞踏会場の奥には二人の姿があった。


「やぁ、みんな。お疲れ様」


そこにはかつて旅を共にしていたはずの仲間が、貴族の服装を身にまとい、さらには王冠を頭にのせて一行を出迎えてきた。服装以外の姿形は以前と何も変わりがない、あのエクスだった。


「本当に…エクスなの?」


「見たらわかるだろうレイナ。僕だよ」


「よぉ坊主…王冠かぶって、いつの間にお前はそんなに偉くなったんだ?」


「やだなタオ。今はこの国を治める王だよ?王冠をつけるのは当然じゃない?」


「何を言ってやがりますか、単なるモブだったくせに生意気ですよ」


「ふふっ、シェイン。この国王に対してひどい言いようだね。それとみんな」


それまで笑顔だった顔が、冷徹な見下すような表情へと変わる。


「王に対して無礼だ。ひれ伏せ」


言われた瞬間、とてつもない悪寒に見舞われる。かつて幾度となく想区を渡り歩き、さまざまな王と出会ってきたが、ここまで冷たい感覚を味わったことはなかった。だが、それはかつて仲間だった者にだけ感じたものだったのか、それを聞いて一番後ろにいた王がローブを脱ぎ捨てて前に出てくる。


「っ…国王は、私だっ!貴様などにこの国を統治できるものか!」


「元国王よ、もうこの国はお前の国ではない。ここは僕が支配した。もう他国からおびえることはない。それだけの力が、僕にはある」


「それだけの力…国を守るために、ロキたちに魂を売ったの!?」


かつての仲間…それが憎き敵に魂を売り渡してしまったことに愕然とする。そして、それは怒りとなってエクスに向けられる。


「売ったわけじゃないさ。ただ、彼らの意思もわからないではない、と考えたんだ。ここは僕が作り出した世界だったけど、話の内容が幼すぎて穴だらけ…それが完成品で想区ができたとなればそこを埋めるにはもう一度書き直す必要がある。幼い僕が描いた物語の続きは、成長した僕が紡いでいくのさ」


「馬鹿野郎!そんなことをして、この先どうなるかは知ってるだろう!行く末は破滅だ!」


「破滅だろうがなんだろうが、僕はこの世界…彼女を守ることを決めたんだよ、タオ」


そういいながら5人に背を向け、後ろにいた女性の傍らに立ち、振り返る。


「……」


「シンデレラ!」


国王が叫ぶ。シンデレラは悲しそうな表情をしてうつむく。


「シンデレラはもうお前の妻ではない。この国を統べる王女。僕の妻だ」


「…ごめんなさい、国王様」


「どうして…」


「どうしてだと?悪政を行おうとする貴様を止めるべく、僕に助けを求めてきたのは彼女だ。そして僕はそれを阻止した。そこから先の解決策も得て、今後困ることはない」


「国を挙げての判断だ…どうすることもできなかった」


「それはお前に力がなかっただけの話だ。もういい公開処刑といったが、ここで執行するとしよう」


「エ、エクス!?それは…」


「君は黙っていろ。僕がやることに口を出すな。僕についてくればもう何も心配いらない。敵はないし、国民はすべて豊かになる」


「で、でも…」


「何が国民は豊かになるよ。気に入らないものや敵はすべてヴィランに変えてるだけでしょう!?」


「…それがどうしたんだ?結果は同じじゃないか。全て同じになれば気にならないし、従順だ。自分がいいようにして、何が悪い。僕は国を守りたいだけだ」


それを聞いて、国王は何か言いたそうに、そして意を決して口を開いた。


「…確かに、私も国を守るために必死だった。存続が危ぶまれる中での打開策やそこからどう繁栄させられるかを模索して…」


「民を苦しめ、願うことが国の存続だと?繁栄だと?」


「国が疲弊し全てが潰れてしまうなら、救えるものだけでも救う。これは国が下した最良の判断だよ。あなたのような人外能力を持ってない限りはね」


マキナが腕組みをしながらエクスに言い放つ。それを聞いて、エクスは目を見開いて怒りをあらわにする。


「民に不平等な国のあり方などあってはならない!それこそ繁栄などできはしない!」


握りこぶしを作り、地面にたたきつける。その衝撃により、城全体が揺れ、床に大きなひびが入る。


「敵国など、この力でねじ伏せてやる。話は終わりだ。元国王よ貴様はやはり生きる価値などない」


ゆらり。体を起こして国王を含めた5人を見据えるエクスは冷酷な表情で―――涙を流していた。


「貧しさで震えた、平民上がりの妻を苦しめる貴様など、もはや夫―――国王ではない」


「!」


そう言われた国王が動揺し、シンデレラを見る。国王は思い返す。そうだ、自分が国の話をする中には妻であるシンデレラはいなかった。平民といちばん近かった存在である彼女を抜きにして話を進めていたのだと、強く心打たれた。




「―――なんて可哀想な男」


パチパチと手をたたき、周囲の視線を集める。


「突き詰めれば幼馴染を王に取られたらから嫉妬して、それを正当化する口実がほしかっただけなんでしょ」


「誰だお前は」


「国?民?きれいごと並べて、結局は好きな女を自分の手中に収めたいだけでしょう?そのための自分物語なんだから」


「貴様…」


「ボクが誰かって?覚えてないかな、というか、知ってるはずだよ。この物語を書いたのが君なんだから」


「…まさか」


「革命家やってたけど、動機が幼稚すぎてもうやーんぴって感じだよ。さすが幼少のころに書いた物語なだけあるね。ほんと恥ずかしすぎて顔から火が出ちゃうー」


フフッと笑って、エクスの視線を、手を広げて自身に集める。エクスは眉間にしわを寄せながら睨みつける。



「ボクはこの話の主人公であり、君と同じ存在―――マキナだよ」



正体を明かす革命家・マキナは自身をエクスと同じ存在という。そしてエクスは思考を張り巡らせる。


「…そう、か。そうだ。この物語の主人公はボクでありボクじゃない。マキナという名のボクが、この話の主人公だったな…」


「えーと、どういうこと?」


レイナが頭にはてなを浮かべる。


「つまりですね、この物語の主人公は我が弟子マキナですけど、基となるのは新入りさんなわけで、新入りさんと我が弟子マキナは同一人物ってことですね」


我が弟子、というところを強調してシェインが解説する。


「君がこの想区に入ってきてから、カオステラーになってボクという存在は一度消えたんだ。君が主人公である『運命の書』をボクから奪ったんだ。ボクは主人公を剥奪されて君と一つになったと思った。でも、ボクは気が付いたらこの世界にいたんだ」


「ならば再びその存在を亡き者にしてやろう。語り継がれることのない我が存在、マキナよ」


「君、今は『空白の書』をもってないよね。本来は主人公だったけど、この世界の主人公は君…。持つ『運命の書』は主人公としてのもの。だから今この世界では異端である存在のボクの持つ『運命の書』は―――君のものであった『空白の書』なのさ」


自分の『運命の書』を手に、導きの栞を挟んでヒーローと同期する。槍の穂先をエクスに向け、オルレアンの騎士は閃光のごとき連撃をエクスに放つ。


「ぐっ」


素手のガードだったが、大したダメージを与えられていない。見たところ、衣装が台無しになった程度だ。


「革命家なら、やっぱりこの子でしょ。さぁ、おしゃべりもそこそこに、その首とらせてもらよ、王様」


「舐めるなよ小童が!」


エクスは剣を持ち、マキナへと特攻する。さすがはなりたかった自分になった状態と言わんばかりに、攻撃の手数や巧みな防御は圧巻だった。だが、それに対抗するのも『自分自身』であるマキナであり、せめぎ合う中で決定打は出なかった。


「小童とは…自分自身に向けて言い放つのはどうかと思うけど?」


「僕が作った存在が、オリジナルである僕に敵うと思ってるのか?」


「うーん、難しいだろうね、お父様」


剣と盾がはじき合い、両者距離をとる。が、即座に間合いを詰めて斬りあいが始まる。シェインとタオはコネクトした状態で後方支援ができるよう弓と杖を構えるが、素早く動く二人になかなか狙いが定まらない。レイナも同様に、二人が離れた瞬間を狙って攻撃を仕掛けようと構えている。


「でも負ける気はしないよ。だって」


「どうする?僕も負ける気がしない。なぜなら」


「っ!」


目つぶし。叩き割った床の瓦礫、破片をこの応戦中に顔に飛ばし、一瞬だけ視界をくらませる。一瞬とは一言でも、この戦闘の中では必殺の隙である。


「ここは僕の世界だからなぁ!」


一閃がマキナの首めがけて振り下ろされる。と同時に怒涛の弓矢がエクスの脇腹を穿ち、側方へと弾き飛ばした。


「大丈夫か!?」


「マキナ、師匠より先には逝かせませんよ」


「師匠、兄貴ナイスです」


目をこすり、エクスを見据える。エクスは倒れたまま、まだ起きようとしなかった。


「まぁ、ボクには仲間がいるからね。だから君には負けない」


「仲間…ねぇ」


ゆっくりと起き上がり、剣を投げ捨てる。投降する、そんなわけはない。警戒し、4人まとまって構えをとる。


「マキナ、お前の言う通りだ。国、民、そんなものはどうでもいい。僕はただ、彼女を守りたかった」


エクスの顔がはがれてゆく。はがれた先から黒いオーラをまとって、立ち昇る。やがてそれは元の質量の、優に10倍には膨れ上がっただろう。黒い靄はやがて姿を固め始める。


「ただ単に『僕』が守りたかったんだよ、シンデレラ」


その靄は人が想像しうる最強の存在と考える生物へと―――巨大なドラゴンへと変化する。


「我が姿を見よ、国王。お前を妬み、憎み、破壊するために具現化した姿だ」


国王は畏怖し、見下ろすエクス―――カオス・エクスから目をそらせないでいた。そして、後ろでただ何も言わないシンデレラも、不安そうに胸に手を当てていた。


「さぁ、この世界の『悪』よ。まずは貴様らを葬って…」


何か言いたげにしていることに気づき、言いかけた言葉をやめる。ふぅと息を吐いたレイナが小さな声で何か言おうとする。


「えーと…」


「坊主…お前…」


「これは単なるストーカーさんなのです。変態、変態」


タオが何とも言いづらそうにする中、隣で―――しかも真顔で、シェインがいう。


「師匠、やめてください。闇堕ちエクスとはいえボクなんですから…はずかしい」


構えを解いて、頬に手を当てて恥ずかしがるマキナを見て、カオス・エクス無言。


直後、大きな羽を広げたカオス・エクスが4人に向けて突風を放つ。吹き飛ばされまいと踏ん張る4人に、前方のカオス・エクスが回転し、尾の一撃をもって追撃する。弾き飛ばされた4人は再び構えるが、再度同じ方法で突風が吹き荒れ、身動きが取れなくなる。


「偉大な変態さんは強いのです!」


「シェインやめなさい!」


必死なのに煽ることをやめないシェイン。


「そうだシェイン!言ってやるな!元に戻ったら散々いじり倒そう!」


「兄貴!そうしてください!そういうのは調律した後にお願いします!」


「もう!二人も!」


呆れる気持もそこそこに、先ほどと同様に尾の一撃が4人に襲い来る。タオはコネクトしなおして、全体に防衛のバフを展開する。防衛力が上がるものの、一撃を避けることはできず、4人に直撃する。


「てて…ナイスです、変態さん」


「おいっ!俺が変態になってるぞ!」


防衛力が上がったため、先の攻撃よりダメージはなかったが、これを繰り返されると全滅は必至だ。と、考えている間にレイナが全員に回復を行う。


「ありがとうございます!全員散ってください!一塊だと全滅です!」


「了解!」


散開し、四方に分かれる。近距離よりも遠距離攻撃を優先として、レイナから攻撃のバフを受けたのちにそれぞれが攻撃を展開する。怒涛の攻めに耐えているようにじっとしているカオス・エクスだったが、突如として後方に襲い掛かる。予想だにしない動きに、


対応が遅れたのはレイナだった。すぐに切り替えを行おうとするが間に合わず、カオス・エクスに蹴り上げられる形となった。


「お嬢!」


タオが接近戦に切り替え、大槌での一撃をカオス・エクスに放つ。だが、強固な鱗に守られているためか、あまり攻撃が効いている様子はない。そして、カオス・エクスの巨大な足がタオの体を蹂躙する。


「ぐぅ…」


強固であるがゆえに鈍重な動きのタオはその攻撃から逃れることができない。


「タオ兄を離せ!」


「兄貴を解放しろ!」


二人の攻撃がカオス・エクスに直撃する。属性の効果か、シェインの弓が当たる度にカオス・エクスがぐらつきを見せる。


「ガアアアァァア!!」


大きく羽を広げたと思うとその場に衝撃破が駆け抜ける。二人はとっさに防御をとるが、吹き飛ばされ、地面に転がる。


「体が…」


何度か受けたことがあるが、体が一時的に動かない状態になっている。動けなくなっている二人は、踏みにじられるタオを見ていることしかできなかった。


「タオたちにはさ…わからないんだよ」


その声は、先ほどまでの黒く濁ったような声ではなく、昔ともに旅をしていたあのエクスの声だった。


「どんなに好きで、どんなに憧れて、手に届くのに自分のものにできない、それを崩せばすべてがなくなる。自分勝手に相手を『主役』から引きずり下ろす勇気もなくて、それでも諦められなかった」


姿は黒い竜で、おぞましいオーラを放つが、声は震え、今にも泣きだしそうになっていた。


「それで話を描いた。なりたい自分が好きな人を助け出す話を。設定なんてめちゃくちゃでも構わない。僕がその人を守れればそれでよかった…なのに…そのせいでこの世界の好きな人さえも苦しむんだ…」


悲観し、カオス・エクス行動は停止する。その間に二人のスタン状態も解けて、戦闘態勢に入っているが、カオス・エクスに動きはなかった。


「だから僕はこの話を書き換える、作り変える。こんな話はあっちゃいけない。たとえ僕が僕でなくなろうとも、彼女は僕が守り抜くんだ!」


「お前の行動は間違っちゃいない…相手を『主役』から引きずり降ろさなかったのは正解だった。自分が守りたいものを守ろうとするのも当たり前のことだ。俺だって、戻せるもんなら戻してやりてぇ」


タオも自分の過去を思い返しながらカオス・エクスに共感する。かつての友を亡くしてしまった贖罪を、償えるものなら例え敵の誘いでも手を伸ばしてしまうかもしれない、と。


「だがな、間違えるなよ。守ることと逃げることは別もんだ。お前がやっていることは逃げだ」


「に…げ…?」


「自分が作った設定を上書きして作り変えるなんて、守るなんてもんじゃね…え…ぐっ…」


タオの呼吸が途端に苦しくなる。ギシギシと、鎧が軋む音が聞こえ、脇腹あたりが悲鳴を上げる。


「逃げ、逃げ、逃げ、逃げ、逃げ!僕は!ボクは!我は!俺ハ!」


一瞬足が上がったかと思うと勢いをつけて踏みつける。ストンピング。タオは逃れるすべなく攻撃を受け続ける。


「俺ガ!!ドンナ思いデ!!奴ラノことばヲウケイレタと思ウ!!なかまヲすててデモマモリタカッタ!!タダソレダケダッタ!!!」


激しさを増す攻撃に、タオの意識が途絶えかける。が、その前に、カオス・エクスの脳天を雷が突き抜ける。


「グガァ!」


レイナの必殺の一撃がカオス・エクスを直撃する。一瞬ひるんだが、すぐに態勢を立て直し、レイナに向き直る。その隙に、シェインがタオを助け出していた。


「コの…」


怒りによって制限が効かなくなった生き物は怖い。巨体に見合わない動きでレイナへと突進する。逃げきれるはずもなく、レイナに突進が直撃するはずだった。


「ギャアァア!!」


その突進の目の前に電撃の柵が現れる。自らの突進とともに自滅の一歩を踏んだカオス・エクスはその柵によって後方へ弾き飛ばされた。


「OK!よくやりました我が弟子マキナ!」


弾かれた先にいたシェインによって、剣による連撃がカオス・エクスにヒットする。


「雷のコアがついたこのシェイン特製の剣の威力を味わうといいのですにゃっ!」


「コレ…ハ…」


想像以上のダメージに意識が飛びそうになるカオス・エクスだったが、連撃が終わる寸前にシェインをわしづかみにする。


「ンニャッ!?」


猫の剣士からコネクトが解除される。シェインは必死にその手から逃れようとするが、逃げだすことができない。


「お前タチは邪魔だ…『悪』ダ…必要ナイ……」


カオス・エクスの腕が、そのまま床に叩き付けようと大きく振りあげられる。目を閉じた瞬間、カオス・エクスの目元に石が当たる。


「お返し!」


先ほどの目つぶしを返したとばかりに、んべーっと舌を出してカオス・エクスを挑発する。


「こ…ノっ…」


「師匠を離せ、この下郎」


向けられるはシェインお手製&マキナ改のあの銃である。カオス・エクスの頭めがけて引き金が引かれる。


ガアアァン!!


轟雷が銃より放たれ、カオス・エクスに直撃する。バランスを崩したカオス・エクスは踏ん張りを効かそうと足に力を入れるが、床に亀裂が入っていたため床自体が崩れてしまう。


「おわっ!?」


シェインがカオス・エクスの手から離され、床と共降下する。そして、妖精王とコネクトしたマキナによって受け止められる。


「ナイスキャッチです」


受け止められたシェインとは対象的に、カオス・エクスは追撃効果である麻痺が作用し体を動かすことができなくなっていた。そのため翼を使うこともできず、下の階の地面へと激突した。地割れに巻き込まれなかったレイナはタオの回復に入っており、マキナと


シェインがカオス・エクスへの追撃ができるアタッカーとなっている。


「このまま終わりですよ!」


「はい師匠!」


そう言って動けなくなったカオス・エクスに向かおうとしたとき、レイナが叫ぶ声を上げる。


「シェイン!マキナ!王様が!シンデレラが!」


声を上げるレイナが大きく指をさす方向を見る。見ると、今にも落ちそうになっているシンデレラを必死に引き上げようとしている国王の姿があった。


「シンデレラァ!!」


カオス・エクスも声を上げるが体は動かない。そうこうしているうちに、シンデレラと国王の手が離れそうになる。


「国王様!手をお離しください!!」


「馬鹿者!妻の手を離す夫があってよいものか!!」


「…私は所詮平民です。王の政に口を出すこともできぬ身です…この国のために私ができることなど」


「なければ作ればよい!!」


にじむ汗が、二人の手を滑らせ、そして離される。落ちていくシンデレラは国王に笑顔を見せながら地面へ吸い込まれる。

息をのんだ瞬間、シンデレラは抱きしめられる。手が離れた瞬間、国王は飛び降りたのだ。


「国王様!?」


「黙っていろ!私の命令は絶対だ!」


落下する瞬間。まさに間一髪といったところだ。シェインを置いたマキナが、国王の元まで飛び、なんとか襟元をひっかけたところで地面に尻を落としたのだ。


「間に…あった…」


心臓をバクバクさせながらマキナは息を切らせる。国王は腰を抜かし立ち上がることができなかった。だが、真剣な間差しでシンデレラを見ながら、申し訳なさそうに首を垂れる。


「長らく…君の言葉に耳を傾ける機会はなかった…だが、君はもう王女だったな…すまなかった」


「いえ…私も、自分からあなたに進言できていればよかった…ごめんなさい」


「彼の言うとおりだ…もう一度、君を交えて話し合おう…そのうえで、最終的な判断をしたい…」


国王の懐に顔をうずめ、次にシンデレラはカオス・エクスを見据える。あまりにも変わり果てた幼馴染の姿を。


「…しん…でれら…?」


それを遠目で見ていたカオス・エクスは信じられないものを見たとばかりに、声を震わせた。シンデレラはカオス・エクスを見て、どういえばいいかわからずに、だが、自分の思いを告げるように向き直り、頭を下げた。


「エクス…ごめんなさい…私は…間違っていました…そんなにもあなたを変えてしまうなんて…本当にあなたが大好き…だけど、あなたのやり方は間違っている…この先、私は苦しむかもしれないけど…自分でも決めたこととしてこの国を守っていきたいと思う…」


「シンデレラアアァ!お前が俺を裏切るのかああぁ!お前のためにこんな姿になった俺をおおぉ!」


怒りに身を任せて体を動かしたいが、全身が麻痺して思ったように行動がとれない。カオス・エクスは守るべきものに裏切られたことが信じられず、必死になって体を揺さぶる。だが所詮は俎上の魚。あとは捌かれるのみである。


「さぁカオステラー、国王・エクス。もう一度名乗ろう」


『空白の書』に栞を挟み、ヒーローとコネクトする。変化するその手に携える大剣は、巨大になった標的の首後ろに切っ先を突きつけられる。


「ボクはこの物語に幕引きをするために存在する者、マキナ」


「ぐぐっ…マキ…ナ」


「この悪夢を終わらせよう」


「マキナアアアァァ!!!」


濁った黒い声が断末魔のごとく響き渡ると同時に、マキナの大剣がカオスエクスの首を切り落とす。


それはどす黒い血をまき散らしながら、その巨体を地面に沈める。



「終わった…のね?」


「っしゃー!あとは調律してやれば元通りだぜ!」


「さすが我が弟子、良くやった」


よしよしとシェインがマキナの頭をなでる。マキナもご満悦とばかりに表情を緩ませる。


「師匠~、ありがとです~」


「それじゃ調律するわ。『混沌に―――』」


「あっ!ちょっと待って!」


手をかざして調律を始めようとするレイナに、あわててストップをかける。


「今、エクスが『空白の書』を持ってないから、このまま調律したらエクスがこの世界の主人公になっちゃうよ」


「そうなのか?」


「『書』はその人の存在そのものでもあるから、このまま主人公としての『運命の書』を持つエクスが調律されたら、存在がボクと入れ替わっちゃうことになる。今はカオステラーが持ってる主人公としての『運命の書』が手元にあるから、このエクスの『空白の書』と交換してから調律しないと」


「ややこしいですね。とりあえず、同一人物だからどっちがどっち―――我が弟子マキナの主人公としての『運命の書』と新入りさんの『空白の書』はどっちがどっちのものを持ってても問題なかったけど、このまま調律すると存在そのものが入れ替わってしまう


から元の本を持たないといけない、ということですね。ややこしい」


「ややこしいな…」


苦笑しながらマキナは『空白の書』を取り出しカオス・エクスを見る。


「これでボクはこの物語の主人公に戻って、君たちは旅を…」


言いかけて、カオス・エクスの傍らに落とされていた『運命の書』が黒く変色し、朽ちていく姿を視界にとらえた。マキナの頬に冷たいものが流れる。


『……悪夢は……まだ終わらない……』


カオス・エクスの声が小さく聞こえると同時に、先ほど切り落とした頭と体から黒いオーラを発しながら形を崩していく。


「…ま、さか…」


巨竜であった大きさは、人間大ほどの黒い渦となって収束される。


「なにこれ!?」


レイナが叫びながら構え、警戒する。


「…カオステラーが『運命の書』を消去してるんだ。さっき、『運命の書』が消えかけてたのが見えた」


「え!?」


「『運命の書』がなくなれば…存在がなくなる。この世界がカオステラーによって書き換えられた世界であれば、調律することで『この想区の主人公の運命の書』は元には戻るだろうけど…」


マキナが言わんとすることは全員がすぐに理解する。マキナの持つエクスの『空白の書』はエクスがエクスである証でもある。このままこの世界の『運命の書』がなくなると、文字通りエクスは消えてしまう。


「お嬢!とっとと調律して戻してくれ!」


「わかったわ!」


「待って!さっきも言ったけど今『エクス』の『空白の書』は私が持ってる!このまま調律したら存在そのものの『書』がない『エクス』がいなくなる!」


「じゃあどうすればいいの!」


「……」


顎に手を当て、考え込む。考えている時間はもうない。何もできない自分たちの無力さに、タオは血が出るほどこぶしを握り締め、シェインは口をつぐみ、レイナは涙を流した。そして―――。


「ごめん師匠。せっかくくれたこの銃、返すね」


「マキナ?」


「タオさんも、ボクとしては短い間だったけど、いつも兄貴みたいに構ってくれてうれしかったよ」


「…おい、どうしようってんだ」


「…レイナ」


「……」


流れる涙をそのままに、レイナは潤んだ瞳でマキナを見つめる。マキナはそっとレイナの小さな肩を、その小さな体で包み込んだ。


「レイナ、『ボク』と出会ってくれてありがとう」


「…マキナ?」


それだけ言うと、マキナはすっと立ち上がり、黒光を放つカオス・エクスであった渦に近づき目を閉じる。

そして、その身が白い光に包まれると同時に、黒光と白光が渦を巻くようにうねり、一瞬にして消滅する。


「…エクス…マキナ…」


茫然とする三人は、瓦礫と静けさに包まれた。それは、もうこれ以降、本当に何事も起こらないかのような、そんな静寂であった。





混沌とする黒色の渦に体を呑まれながらエクスは必死にそこから抜け出そうとしていた。しかし、自分の皮膚や血管がその黒い渦と一体となっているような感覚が、抜け出せないことを示唆していた。


「早く、ここから抜け出さなきゃ…」


エクスとしての自我は戻っている。そして、状況もカオス・エクスの中から見ていたことを覚えている。最後に見たのは、カオス・エクスに『自分の分身』である存在が剣を突き立てたところだった。


「フゥッ…」


出ようと思えば、引きちぎる勢いを出せば抜け出せる気がする。息を吐き、覚悟を決めて精神を集中させる。そして、出せる力を一気に出したまさにその瞬間。


『エクス…貴様とはお別れだ』


脳に響くような声と共に、黒い混沌の渦から吐き出される。出した力が空回りしたとばかりに、勢いよく飛び出し、体が宙に浮く感覚を覚えた。


『俺には守るべきものはもうない。貴様を解放してやる…』


「…そうか。お前も、僕なんだよな」


『貴様の心の奥底に眠る、嫉妬や憎悪が形となって表れた姿だ。これをもって、お前とは決別だ。お前と別れれば、我は形を保てず姿を消すだろう』


ふと、目につく。エクスの視界にあった黒く染まった『運命の書』が朽ち果てる。


「……」


『複雑そうな顔だな。貴様の顔など見たくもない。出口はあの光の渦だ、とっとと消え去るがよい…』


そういわれ、遠くに白い光が見えるのを確認する。エクスは自分であった混沌の渦を見ながら、白い光へと向かう。


『……』



「騙されちゃだめだよ、エクス」


出ようとしたその瞬間に、声が聞こえ、振り返った。そこには光の人影、あのカオス・エクスから見ていた『もう一人の自分』がいた。


「そこから出ると、あなたは消滅しちゃうよ」


「えっ!?」


「こーれ」


マキナが本を取り出し、エクスに見せる。

――――『空白の書』。それはエクスという存在の証明であり、同時にマキナの存在の証明でもあるもの。


「これ持ってないと、存在そのものがなくなっちゃうんだから、忘れちゃだめだよ」


「そうなの?」


「ここはカオステラーの作ってる空間で、『世界』とは隔離されてる。だから本がなくても存在はしてるけど、外は『運命の書』ありきなんだから」


「そう…なんだ…」


マキナが差し出したため、受け取ろうとして手を差し出す。しかし、そこで気付き、手を止める。


「…君の…『運命の書』は?」


笑顔を崩さないマキナ。手は動かず、渡す意思は保ったままだ。


「これは君のものだ、エクス」


「で、でも…それじゃ君が…」


「…ホントは『運命の書』が消える前に取り換えて調律してもらえてたら一番よかったんだけどね」


「ならっ…」


「大丈夫。ボクは消えるわけじゃない。だってそうだろう?」


『空白の書』を持ち直し大事そうに胸に抱きかかる。そして両手で再びエクスに差し出す。



「ボクはあなたで、これは二人で一冊の『空白の書』。もう一度、ボクたちは一つになるんだ」



そういいながら、マキナの手元にあった『空白の書』がエクスの元に移る。


「ボク――――私はあなたとともに在りし者。共に終わらせましょうエクス」


「…うん、そうだね。行こうマキナ」


混沌渦巻く意識の中、二人は手を合わせる。その手は、なかったはずの空間から柄を、鍔を、そして刀身を作り上げた。

光纏うその大剣を、二人は握り、振り上げる。



「「この悪夢を終わらせる」」



カオステラーの存在そのものに剣を振り下ろす。何も言わなくなっていたその渦は収束し、黒き閃光をまき散らしながらはじけ飛んだ。


そしてその空間のあとに残ったのは、見合わせるエクスとマキナの意識だけだった。


「…改めて初めましてだね」


「どういたしまして」


「まだ何も言ってないよ」


「いや、どうせありがとうっていうんでしょ。分かってるからいいよ―――あ」


マキナの身体が光となり崩壊を始める。


「…ごめん、でも言わせてほしい。君がいたから救われた。本当にありがとう」


「もー、辛気臭い奴は女の子から嫌われちゃうぞ!」


うっすらと、存在が、光となり、消えていく。しかしその中でもマキナは笑っていた。


「――――最後に一言!ちゃんと、シンデレラを想っててあげないとダメなんだからな!」


「うっ…忘れるわけないだろ…」


「――――フフッ、それと、いつかはちゃんと、『彼女』にも思いを伝えないとね」


「うっ、うるさい!二言目だぞ!」


「――――それじゃ、エクスご一行の旅路をお祈りして、ばいばいびー!」


そう言い残して、光は完全に消え去った。エクスは手に持つそれを大事そうに胸に当てた。


「…結局三言目じゃん…ふふっ」

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