第3話 それぞれの遭遇
「あー、チクショウ!なんだってんだこの想区は!」
ヴィランにとどめを刺しながらタオは罵声をあげる。
「まーまー。きっとお姫様も新入りさんも無事ですよ」
コネクトを解除しながらシェインがあたりを見回す。
二人とはぐれて10日ほどが経ち、タオとシェインは森の中にいた。
一度町へ行こうという話になり、はぐれてすぐに町へと下りた。
そこで得た情報について、まだ二人は町へ下りてきてはいないこと、町には話に関わっていそうな人物はいないこと、近くに王国があり1年ほど前に王子様が町の娘を姫に選んだことなど、あまり役に立たない事ばかりであった。
町に自分たちがいればヴィランが関係のない人を襲う可能性があるため、二人は再び森へと戻ったのだった。
「もうだいぶ経ちますし、もう一度町に戻ってみますか?」
「だな。また新しい情報があるかもしれねぇ。それにもしかしたら二人とも町に下りてる可能性もある」
「新入りさんはともかく、お姫様なら町にたどり着くまでだいぶかかりそうですね」
「ま、まぁ、何はともあれ情報だ。一度町に下りるぞ」
「はい」
「っと、その前に、まだあっちの方は探してなかったから、そこだけ調べてもどるぞ」
「ガッテンです」
町の近くの森だがヴィランの出現率は高い。町に出現することはないとの情報から、カオステラーが出現している可能性は低いと考えられた。そして、このヴィランたちは来た時と同様にカーリーたちの差し金であることも推測される。
「ったく、この想区はいったい何の想区なんだろうな」
かき分ける木々の枝葉を乱暴に薙ぎ払い進む。気配を探りながら仲間を探すが未だに手がかりすら得られないことに、タオは苛立ちを隠せないでいた。そんな兄の姿をただ後ろで見つめるシェインはどう声をかけていいかがわからない。
「情報によるとお城があるそうですから、そこに関係する人物がいると思いますよ」
「二人を見つけたら速攻で城に行くぞ」
「ガッテンです」
「っと…」
茂みを抜けた先、けもの道が二手に分かれている。立ち止まって、二人してどうするか悩む。舌打ちをしながら二つの道を見比べるが、その先は薄暗く見えない。突然襲い掛かってくるヴィランにはぐれた二人への心配が、苛立ちとなって態度に現れる。
「シェインはそっち行け、俺はこっちにいく。何もなけりゃすぐ戻れ」
「…タオ兄、一人で大丈夫ですか?」
「あ?どういう意味だ?」
「…いえ、なんでも」
「…すまん。少し苛立ってた」
シェインの心配そうな視線を察してタオは反省しながら頭をかきむしる。冷静な判断ができないと自粛する。
「…ふぅ、とりあえず、二手に分かれて探そう。敵と遭遇したらすぐに合図を送れ」
「頭が冷えて何よりです」
「なんだと?」
フフッ、と笑みをこぼしながら先ほどとは違った足取りでシェインは駆け出す。その後ろ姿を見ながら、タオの表情からも苦笑が漏れ出た。
―――シェインと別れてけもの道を行くタオは、周囲を警戒しながら歩を進める。
これまでもそうだが、今回の想区のヴィランは不意打ちまがいの攻撃が多い。
さらにタオやシェインが不得手とするヴィランが多くやってくるのだ。
不得手のヴィランは仲間で分担して倒すことがほとんどだが、分散された今、戦闘になればもはやゴリ押しだ。やるしかない。
だが、腑に落ちない点はその他にもある。
カーリーやロキが自分たちの弱点を知っている?でも、どうやって…
一応、対策を練ってシェイン直伝の装備でカスタマイズしている。適時変えているはずだが、今回に限ってはそれも通用しない。それどころかそれを見越していたかのように苦手となる種類、属性を持つヴィランが現れるのだ。
わっかんねーな…
難しいことを考えることが苦手なタオはとりあえず目の前の作業をこなす。けもの道の先は細くなっており、そして途絶えていた。
「何もねぇか…」
舌打ちをして振り返ろうとしたとき、遠くから何かがやってきた。
茂みに身をひそめながらタオは気配を殺す。
「ハァッ、ハァッ」
息を切らせながら走るのは若い男のようだ。身なりは非常に高価なものを身に着けており、町人ではないようだ。
「あれ…あいつ、どこかでみたことがあるような…」
見覚えのあるような風貌だが、思い出せない。そしてその後ろを追ってくるのは兵士のようだ。兵士に追われる奴などロクなものではないだろうが、助けることに損はないだろう。
身を構えながら、タオは男の前に姿を現す。
「おい、あんた」
「!?」
驚いた表情の男が一瞬立ち止まるが、次の瞬間、タオを盾にするかのように背後に回り込んだ。
「お、おいっ…」
「た、助けてくれ!私はこの国の王だっ!」
「なっ!?」
驚きと同時にタオの背後にいる人物めがけ、兵士の剣が振り下ろされた。
――――シェインは茂みに隠れながら道なき道を進んでいた。というのも、分かれ道も分かれてすぐに途絶えて茂みになっていたからだ。引き返してタオの後を追いかけることもできたが、二手に分かれたのもタオがしばらく一人になりたい気持ちがあったからか
もしれない。そう考え、シェインなりの気遣いでそのまま一人で散策を続けたのだ。結果―――
「あたり一面のお花畑ですね」
茂みを抜けた先にあったのは彩り美しい草花の生い茂る花畑だった。
「いい香りです…」
甘い香りに思わず陶酔しそうになる。鼻先をくすぐるそれは、緊張でしばらく荒んでいた心を洗ってくれるような気持にさせてくれた。
「おっと…」
自分のやるべきことを忘れそうになり首を振るう。こんなところで油を売っている暇などない。シェインはあたりを見回しながら仲間の姿を探す。
「さすがにいませんか…」
お手製の銃を構えながらシェインは草花を踏み分けてあたりを探してみる。しかし、人影や気配といったものはなかった。
無駄足でしたね―――。
そう思い、来た道を引き返そうとした瞬間、先ほどまで誰もいなかった背後に人が現れる。気配などなかった。慌てたシェインは銃口をそれに向けて構えをとる。
「っ…何者ですか…」
突然気配もなく現れる人物など普通の者ではない。敵か、それとも…
その対象は向けられた銃に怯えることもなく、さらには驚いた様子もなく、ただ呆然と銃とシェインを見つめていた。
そして邪気のない笑顔を突如として浮かべ、銃を持つシェインの手を握った。
「っ!?」
「ねぇ!すごい銃ね!超かっこいいんだけど!」
「え!?」
予想外の反応に戸惑うシェイン。その対象は屈託のない笑みで銃をしげしげと見つめていた。
「装飾もそうだけど、見た感じだと連射もききそう…しかも見た目以上に軽いなんて…」
「え?え?」
見た目はシェインと同い年か、あどけない顔立ちからもう少し若い気もする。背丈もシェインと同じくらいで声は高く、少女のようにも見えるがどこか中性に近い気がした。身なりは武装こそしていないが旅人のような動きやすそうな服装であり、細身の割には締
まった肉体をしていた。構える銃に興味を持つこの異人にシェインは…
「ねぇ!これってどこで手に入れたの!?」
「これはシェインの自作です」
むふー、と鼻息を荒くして銃の解説を始めるのであった。
「――――それでですね、ここ見てください。この小さな穴がギミックになっててですね」
「――――すごいです…それだったらこっちを利用して、ここに入れれば」
「――――おぉ!なるほど!そしたらエネルギー消費率が20%ほど削減されます!」
シェイン先生の武器解説講座が始まりすぐに打ち解ける。まだ名前も知らない人物、しかも気配もなく現れる非常に怪しい人物だが、敵意は感じない。それどころか興味を持った武器に自分なりのアレンジを加えて強化の手伝いをしてくれている始末だ。
「やりますね。ここまで話しててなんなんですが、あなた誰ですか?」
「ボクはしがない革命家です。あ、そこのレバーを横にしたほうが操作しやすいんじゃないですか?」
「おぉ!これは盲点…というか、革命家?ボク?ということは男性ですか?んしょっと」
「んー…どっちにみえます?姐さん」
「声の高さや見た目からいえば女性ですが…ん?姐さん?」
「姐さん…いえ、シェイン師匠と呼ばせてもらってもよろしいでしょうか」
「ししょう?…師匠」
「ボク、こんな技術もった人にいろいろ教わりたいんです!師匠!」
チャララッチャッチャッチャー。音楽と共に唐突だがシェインに弟子ができた。
「この銃は差し上げます。ここから学び、そして向上させてゆくのですよ」
「ほっ、本当ですか!?ありがとうございます!師匠!」
お菓子を与えられた子どものように目を輝かせて喜ぶ初弟子に、シェインは再び興奮し、むふーと鼻息を荒くする。
「よし弟子よ、今から町に向かうのですよ」
「はい!師匠!」
「…それで、弟子をとる前に名前とその革命家とやらのことを聞かせてもらってもよろしいですか」
と、うれしさとのあまりノリ良くやっていたが、その前に素性を確かめることが先決だった。
弟子一号はシェインの方を見て、改めてと言わんばかりに咳払いをする。
「えー、ボクはこの先の町出身の―――」
ドオッ―――。轟音と共に森の中に煙が上がる。みればタオの向かった方向だった。
「話はあとにします!ここにいてください!」
「はい師匠!あ、でも―――」
弟子一号が何かを言いかけていたが、それより先にシェインは駆け出していた。
タオが戦闘をしている。ただそれだけしか頭になかった。
「―――町でまた―――」
そんな声がはるか後ろとなった花畑から聞こえた気がした。
「次!」
大槌で兵士を吹き飛ばして大声を上げる。人数は十数人程度で一人でもなんとかなるレベルだが、足手まといがいる。
気付いたよな。できるだけ声出して居場所しらせねーと…
ヒーローの力を借りて森の木をなぎ倒してシェインに合図を送ったが、合流できてもあと数分はかかるだろう。
その間、この後ろで小さくなっている自称国王を守りながら戦わなければならない。
「どうしたオラ!かかってこいや!」
大槌を振り回し、兵士を威嚇。声を張り上げて居場所を知らせる。
にじり寄る兵士は間合いを見ながら何か合図を送る。
そして左右同時切りかかってくる兵士。タオは盾と大槌でそれらを受け止める。そして追撃するように前方から兵士が切りかかってきた。
「でりゃあっ!」
左右の兵士を押しのけて、前方の兵士に大槌の重たい一撃を食らわせる。後方へ吹き飛ばされ、倒れた兵士だったが、何事もなかったように起き上がってくる。
くそっ、なんかこいつら操られてるみてぇに起き上がってくるぞ。どうなってやがる…
ガサッ―――。後ろの影が動き、物音が聞こえて振り返る。見れば自称国王がゆっくりと逃げ出そうとしているところだった。
「おいっ!離れんじゃねぇ!」
声を出したが一足遅く、自称国王が涙目になりながら駆け出す。直後、待ち構えていたと思われる兵士が自称国王の前に姿を現した。
「ひぃっ」
「チィ!」
距離的に守れる範囲ではなく、自称国王はなすすべなく兵士の剣の餌食になる。はずだった。
閃光のような矢が、王子に切りかかろうとしていた兵士の背後を直撃し吹き飛ばす。
バキバキと音を立てて木が倒れ、その陰から、いつか共に戦ったヒーローが弓を構えていた。
「苦戦してるならお手をお貸ししますが」
「あぁ、頼むわ」
苦笑交じりに、あいさつを交わしてすぐに兵士たちとの戦闘が始まった。
―――戦闘が終わり、タオは倒れた木に腰掛ける。
目の前には腰を抜かした自称国王がへたれこんでいる。
「タオ兄、これは誰ですか」
シェインがつんつんと頭をつつきながら尋ねる。その手を払いのけて、自称国王が立ち上がった。
「…助けてくれた礼に、先ほどの無礼な態度は許そう。私はこの国の国王だ」
「国王様でしたか、そうですか」
自己紹介するがシェインの反応は薄かった。自称国王は敬意を払わない二人にたじろぐ。
「それで、その国王様がなんだって兵士に追われてたんだ?」
「お前たちは旅人か?ならば今この国で起こっていることは知るまいな」
「ちょっと前に町に1度行ったきりですからね。今日町に行く予定だったのです」
「なるほど。それでは順を追って話そう」
自称国王は先ほどのへたれた顔を引き締めて話し始める。
「5日ほど前のことだ。突然、革命軍を名乗るものが現れて城を乗っ取ったのだ」
「革命軍?」
タオは疑問符をつけて聞き返すが、シェインの頭には弟子一号の姿が思い浮かぶ。
「あぁ。奴らは強く、我が国の兵士は操られるように姿を変え、寝返ったのだ」
「姿を…って、つまりヴィランになったってことか?」
「なら、カオステラーが出てきてるってことですね。しかもお城にいるってことが分かりました」
「ヴィラン?よくはわからないが、その革命軍を名乗るものは私にこう言ったのだ」
『国王よ、この国を治め、そして暴政を図ろうと企む国王よ。お前の悪行はすべて筒抜けである。お前に代わり、我がこの国を治め、豊かにしよう』
『暴政…何を言うかと思えば…どこで盗み聞いたかは知らぬが、それは思い違いだ。この国のあり方を非難するか』
『国のあり方だと?民が苦しむ政治を企て私腹を肥やす者が国の王では、国の行く末は破滅だ。私が国を治めた暁には国民にその暴政を暴露し、お前を公開処刑としよう』
『暴徒!国の王を相手に公開処刑だと!?もはや聞く耳持たん!この者を即刻処刑せよ!』
「そしてあの者が我が兵を次々と寝返らせたため、私はくしくも逃げおうしたのだ」
「暴政ねぇ。いったい何をやらかそうとしてたんだよ?」
「確かに、ひとえに見れば暴政に見えるやもしれぬが、この先、この国を救うためには仕方のないことだったのだ」
「いいから内容を言え」
「…平民にはわからんだろうが、税率の倍増と強制徴兵を取り入れる予定だったのだ。確かにこの国は豊かであり、今の段階では必要ではない。だが、近隣の国の動向や今後の税収を考えると今から動くほかないのだ」
詰まるように、一呼吸おいて国王は続ける。
「その果てに、貧しきものが飢えて死ぬことも考えられるのは承知の上だった」
苦悩の末の決断だった、と国王はこぶしを握り締める。
「大臣や神官など、国の英知を集めて話した結論だ。全ての民を救えるわけではない。救えれば最善だが、現段階での最良の判断だと考えている…」
「……」
国が生き残るために必要な苦渋と犠牲を選んだ国の王に、二人はかける言葉が見つからなかった。
「非道な王と罵られようとも、我が願いは国の存続と繁栄。全ての民の幸せを叶えられぬ愚かな王だ」
王が、改まって、そしてしばらく前の態度と打って変わって頭を下げた。
「旅人よ、その話をした上で、革命軍を倒すことに力を貸してくれぬか」
国王としての命令ではなく、一個人としての懇願にタオは腕組みをしながらシェインに視線を送る。それを受け取ったシェインは複雑な表情で返答する。
「まぁこの世界の行く末は本来違うものであり、カオステラーに書き換えられています。こちらの目的は現れたカオステラーを倒して、調律することです。まぁその結果としてあなたを助けることにもなると思います」
「で、では…」
シェインは正直、この話は断りたかった。話の行く末は貧しき者の苦渋があるからだ。だが、王の言っていることも一理ある。その苦渋の末の決断であればやむを得ない、と、シェインは首を縦に振ったのだ。
「そいじゃ、敵もわかったことだし、行きますか」
そういいながらタオは立ち上がり伸びをする。
「あ、その前に、タオ兄。実はシェインは師匠になったのです」
「…はぁ?」
いきなり何を言い出すのこの子は。という顔でシェインを見る。シェインはさっきまであったことを二人に説明した。革命家と名乗るからには何か知っているかもしれないと、その花畑に向かった一行。だが、そこにはもう人の姿はなく、ただ甘い香りが風に運ばれるだけの場所にきただけとなった。
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