第2話 抜けなかったカリバーン?
しかし気がかりがある。『周囲の人間のノリがなんか良くなる呪い』は有効なはずだ。若葉の話によれば、ボスとやらを倒さない限り、呪いは晴れないものだというじゃないか。
にもかかわらず、家に帰っても妹は俺を中二病扱いしてこなかった。ノリが良くなるのなら、テンション上げてツッコんできそうなものなのに。母さんもまた静かだった。父さんは、徹夜で作業をしていたようだけど、たまに本とか読んでるみたいだし気にすることもないだろう。
それにしても昨夜食べた夕食の味付けは、なんか塩辛かったな。調理中に、どうやら母さんの手が滑ったようだ。けど妹はそんな顔をなに一つ見せず、平気でそれらを食べていた。あいつは化物か?
昨夜のことを思い出しつつも、俺は通学路を通って学校へとやってきた。
念のために勇者の剣を背負ってきたのは、なにも見せびらかしたいからじゃない。
呪いの有効範囲を知るための調査も兼ねている。というのは建前で……。
呪いのアイテムは基本、外せないものだ。律儀にも俺は、それを踏襲している。その殊勝さを誰かに褒めてもらいたいものだ。
意を決し、俺は校門から校舎へと続く道へ足を踏み出した。
次々に追い抜く学生たち。彼ら彼女らの声が背中越しに聞こえてくる。
「あいつ勇者だったのか」
「まさか伝説の勇者がこの学校に……」
「先輩、かっこいいです」
「くそっ、僕の方が勇者っぽいのにぃいいい!」
様々である。
二年の昇降口から教室までの道すがら、そういった、いわゆるモブが話すような内容が絶えることはなかった。
そういえば若葉は何組なんだろうか? あいつは色々知っていそうだから、昼休みに話をしたいな。
なんて思いながら、二年三組の教室の扉を開けた。スライド式の扉が開くと同時だった。
『勇者ご一行――』
クラッカーやら花吹雪やらで、クラスメイトに大仰に歓迎されてしまった。
あまりの気恥ずかしさに、俺は俯きがちにそそくさと自分の席に座る。にしても俺しかいないのに一行はないと思う。空しくなるからやめてほしい。
歓迎したくせに、その後、誰も俺と口を利かなかった。道中のモブ同様、なんだか遠慮がちに遠巻きから眺めているだけだ。
やがて、ホームルームが始まる。
そういえばと、ふと教室を見渡すと、山岸の姿が見えなかった。いつも教室に入るなり、いの一番に声をかけてくる奴なのに。
一時限目の授業が始まっても、ついに山岸は姿を見せなかった。どうやら欠席らしい。
――昼休みになった。うららかな春の昼下がり。
今日は母さんが寝坊し、弁当がない。渡された五百円で購買でパンを買い、俺は中庭のベンチで一人、寂しく昼食を摂っていた。
「先輩」
背後から落ちついた声がかかる。
振り返ると、若葉の姿がそこにあった。
「ああ、探そうと思ってたんだけど忘れてた」
「あなたがどこにいようとも、私は必ず見つけます」
「……言ってて恥ずかしくないか?」
「特には」
あーそう。
「ところで――」
呪いのことを聞こうと思い、そこまで口にした時、
「ふははははっーハッハー」
ふと校庭を見やると、おかしな奇声を上げながら、中庭を疾走してくる男がいた。
山岸だ。薄茶色の、本人曰く地毛らしい髪を颯爽となびかせて、嬉しそうな顔をしていた。
なにやら肩に担いで、俺の元まで一直線に向かってくる。そして、上機嫌な様子で目の前までくると、「キキーッ」とかサルみたいな鳴き声を口にしながら急ブレーキをかけて止まった。
ようやく物の全貌が明らかになる。担いでいたのは、剣のようなものの先端に、石碑みたいなのがくっついた珍妙な物だった。
「お前、それどうしたんだ?」
「ははははっ! ついに引き抜いてやったぞ! カリバーン!」
「いや、引き抜けてねえよ? それが仮にカリバーンだとしたら、台座ごと抜けてるじゃねえか。てかもはや鈍器だろ、それ」
「……問題ない」
「ないわけあるか! こんなことしてる間に、アーサーが来たらどうするんだよ? 王になれないだろ、返してこいよ可哀想に」
マーリンだって、こいつにだけは抜かれたくないだろうに。
「来い小僧、相手をしてやる」
戦う気満々かよ!
つうかずいぶんとノリがいいな。いつも以上にぶっ飛んでやがる。呪いのせいか?
「そもそも、それどこから持ってきたんだよ」
「アーサー王展覧会」
「展示物ッ!? お前やばいって、返してこいって割とマジで」
朝からいないと思ったら、展覧会で白昼堂々と万引きかよ。
「問題ないと言っている」
「どこをどう聞いたら問題ないんだよ、頭湧いてんのか!」
ノリが良いってより悪ふざけじゃねえか。
「引き抜いたら、主催者がアーサーと認めたぞ」
おい主催者! そんなんでいいのか、台座ごと抜けてるけどいいのか!? と、小一時間問い詰めたくなるくらいに馬鹿げた話だ。
「ちなみに、そこに我が妃、ギネヴィアがいる」
ギネヴィア? 王妃だよな。どこに?
首を振り、指差された右斜め後方を見やる。しかし誰もいない。
仕方なく顔を正面に戻すと、山岸の隣に知らない誰かが立っていた。赤いタイの色から、三年生だと分かる。
「ギネヴィアよ」
そう言いながら俺を見て、山岸に寄り添う女生徒。
「どこのどいつだよ、このモブ女は」
「知らん」
知らねえんじゃねえか!
「――モブとは失礼ね、妃だと紹介されたでしょ」
お世辞にも、可愛いとは口が裂けても言えない、文字通りのモブだった。
「あんたよりよっぽど若葉の方が妃っぽい!」
そう言って、慎ましく俺の三歩後ろに突っ立っていた、勇者の剣の元所持者を引っ張ってきた。モブ女を押しのけて、代わりに若葉と挿げ替える。
「そら見ろ、まだこっちの方がぜんぜん見栄えがいいじゃないか」
――そこまで口にして、じゃっかんの後悔。なんか嫌だ。
「ギネヴィアを返せ、この変態! お前なんぞにくれてたまるか!」
「なに、貴様が、アーサーだったのか……ッ!? 」
「裏切り者ランスロットが。ギネヴィアを返せ!」
山岸から若葉を引き剥がし、俺は彼女を抱き寄せる。
「きゅん」
きゅんとか言っちゃってるよ。しかも真顔で。ぜんぜん嬉しくなさそうだな、おい。
少しおふざけが過ぎたようだ。
「離れよう」
「はい」
そのくらいの素直さなら申し分ないんだけどな。
たまに吐く毒がいいのかもしれないけど、残念なことに俺はMじゃない。
結局、山岸はカリバーンを持ってどこかへ遁走した。
その後のカリバーンの行方はわからない。
放課後。
俺は若葉と落ち合い、呪いの効果範囲を確かめる実験に踏み出た。驚くことに、呪いを新たに書き換えた本人が、周囲とはどの程度なのか分からないと言うのだ。
そもそも、物理的な範囲なのか、俺の交友関係なのか。いや、どこの誰かも分からない不良に絡まれる時点で、交友関係に限定されてはいないだろう。
こうなったら自分で調べるしかないと、俺は腹をくくった。
実行場所は廊下の角。職員室に居る、ある教師をターゲットにしようと思う。
科学担当、毛無先生だ。いや、あだ名ではなく、本名だ。しかし本人は本名で呼ばれることを嫌う。なぜか。言わずもがな、ズラだからだ。風に飛ばされるところを激写した写メを見せてもらったことがある。見事にツルツルだった。それで被っているのがアフロときたら、年頃の高校生から、からかいの対象となるのは必定だ。
しかしやることが汚い。少しでも馬鹿にするように聞こえることを言ったら、即減点だ。それで補習送りにされた奴を何人も見ている。
だけど今は状況が違う。こちらには呪いがある。
朝から観察していたが、俺の周囲数メートルは間違いなく範囲内だ。そこからどの程度距離が離れたら効果は適用されないのか。それを今から確かめようと思う。
とりあえず毛無先生を馬鹿にするような一言を――
「散らかす毛も無いハゲ野郎!」
これは以前、寝ている山岸のノートに書かれていた文句だ。ちょいと拝借したのだが……。
「誰がハゲだと馬鹿やろーう!」
間髪いれずに職員室から勢いよく飛び出てきた中年のアフロズラ。まるで計ったようなタイミングだ。右へ左へと索敵し、廊下の角にいた俺をさっそく見つけた。距離は大体二十五メートル。この距離だとまだ怒りの形相だ。
そして駆けてきて、距離が縮まる。約十五メートル――ッ!?
突然、変化が起こった。表情がやわらかくなる。そして目の前まで来て、俺は驚愕した。
「ははは、ナイストゥーミーチュー、アンドユー?」
誰だコイツは? にしても、『お会いできて嬉しいです、あなたはどうですか?』とか意味が分からんぞ。二、三日に一回は授業で顔合わせてるだろ……。
若葉もまさかの出来事に、角に身を潜めながら笑いを必死に堪えていた。
「あ、ああソーリーソーリー、私はケナーシ。天パに憧れるただのハゲネー」
だから誰なんだこいつは? 本当にあの毛無先生か? まさかノリが良くなるとエセ外国人っぽくなって自虐に走るタイプなのか? アフロズラを自ら取り外したぞ……。
ついに若葉は堪えていた笑いを全開放した。振り返ると、腹を抱えて廊下を転げまわっている。かなりシュールな絵面だ。まさかこいつまでノリが良くなっているんじゃ? ついそんなことを邪推してしまう。
ひとしきり独り言を言った後、毛無先生は満足そうな顔をして職員室へと戻っていった。
大体分かった。半径十五メートルくらいが効果適用範囲だ。
割と収穫になった有意義な時間を過ごせた。
――、いまだ笑い止まない若葉は、まあここに置いておこう。
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