たった二十一円で俺が勇者になった話

黒猫時計

第1話 勇者の剣を手に入れた

 コンビニに、『勇者の剣』が売っていた。


 何を言っているのか分からないと思うが、それは実際目の前にあるのだ。俺も困惑している。

 なんの気なしに、本当になんとなく立ち寄った高校から程近いコンビニだ。学校終わりにふらっと寄ってみただけだった。

 さほど広くない店内には、四、五人の客がまばらに点在している。レジは一人。もう一人の女性店員は、デザートコーナーの陳列業務に勤しんでいた。

 視線を戻す。


『勇者の剣』


 商品名の記載されたプレートには、確かにそう書いてある。

 丸い柄頭には煌びやかな石がはめ込まれ、黒い革の柄巻に、装飾された銀色の鍔。目の覚めるような青い鞘に収められた、一メートル弱くらいのいわゆる長剣だ。柄に値札がくくりつけられている。

 値段は……二十一円。安い。

 でもチロルを買うか勇者の剣を買うか、すっごい悩むな。


 あいにく、財布には誂えたように二十一円しかない。今日は朝も早くに早弁してしまったため、昼に食べるものがなく、購買でパンを買ってしまったからだ。

 けど二十一円だからと買って帰って、中二病扱いされないだろうか。否、妹は絶対に中二扱いしてくるはずだ。中二のくせに――――、『わたしは中二病なんじゃなくって、中学二年生なの!』なんてセリフが聞かなくても脳裏に浮かぶ。


 しかしなんだな。これ見よがしにチロルの棚に被せるようにして立てかけてあることに、じゃっかん悪意を感じる。だがそれでも売れ残っていることを考えるに、みんなチロルと悩んだ挙句、まともな思考が働いてチロルを選択していくんだろう。


 ということは、これを買ってしまったら俺は異常者になるのか? いや、そうじゃない。何事も先人は理解されないものだ。そうして後世になって称えられる偉人も少なくない。

 ここで一石、日常に何かを投じてみるのもいいかもしれない。

 退屈な毎日に、少しの刺激を求めて――。



 結局、あれから三十分くらい悩んだ挙句、俺は意気込んで勇者の剣を買って帰路についた。

 レジの店員から不審な目を向けられるかと思っていたけれど、いたって普通だった。

 ほんと拍子抜けするほどに。

 それでも長いこと一箇所で固まっていると、店員どころか客からの視線も痛く感じてくるんだな。気のせいだと今なら思えるが、それに耐え切れなかった俺はさっそく負けたのだ。

 敗北からのスタートだ。


 まあ仕方がないな。最初の城を出てすぐのスライムにやられる勇者がいても、別段おかしくはないだろう。

 律儀にも、俺は指定通学路を通って家路を歩いている。道行く人の視線が刺さる。ひそひそと話し声も聞こえてくる。


「あの子、勇者なのかしら?」

「まさか。でも本当に勇者なの?」

「あの剣かっけー」


 なんだろう、内容に違和感を覚える。剣にしか目がない小学生のことじゃない。主婦の会話の内容だ。

 剣を持っているだけで、まさか勇者になれるだなんて誰が思う。それじゃあ本当にただの中二病だ。俺は違う。日常へ小石を投じるくらいのつもりでいるのだ。勇者の剣を手に入れたからと前のめりに先走る、中二とはきっと訳がちがう。


 しっかしこの剣、意外と重いぞ?

 周りを気にしだすと急に肩が疲れてきた。思考を切り替え、我が道を行くとする。

 背負っている剣を吊りベルトから鞘ごと外し、俺は改めてまじまじと観察した。

 晴れ渡った青空、というよりかは海のような青さの鞘は、金属製だ。よく出来てる。鍔の浮き彫りもなんだかそれらしく、幾何学な紋様や文字が散りばめられていた。

 おもむろに、逆手で剣を少しだけ抜いてみる。

 磨きこまれた白銀の刀身は、夕陽を眩しく反射して目を貫いた。


「うおぁ! まぶし――」


 咄嗟に鞘に戻す。

 それだけでなんだか優越感に浸れるのは、まさか俺が中二病だからなのか……。

 ふと、柄を持つ右手に違和感を感じた。なにやら柄巻がめくれているらしい。

 手をどけて、その部位を確認する。よく見ると柄巻自体ではなく、同色の何かが重なっていた。触れてみて分かったが、どうやらシールのようだ。

 このままでは煩わしいので、剥がしてみる。

 嫌がらせかと思うくらいに、柄がねちゃねちゃして気持ち悪い。そして臭い。忌々しく思い、指に引っ付いたシールを剥がすと、粘着面に何か書かれていた。

『周囲の人間のノリがなんか良くなる呪い』


「――って呪い付きかよ! なんか良くなるって何だ! そういうことはタグにでも書いとけ!」


 べたっとしてなかなか剥がれないシールをようやく外す。投げ捨てようかと思ったが、近くにゴミ箱があったのでそこに捨てた。

 しっかし呪い付きを購入してしまうとは、我ながら運がない。まあ、呪いなんて信じてないけど、これはこれで少し凹むな。

 RPGで薬草を買い込んだと思っていたら、毒消し草だったみたいな空しさがある。

 にしても、勇者の剣のくせに呪いつきか……。


 幹線道路沿いのコンビニからしばらく歩いて、やがて景色は町へと変わった。そして住宅地へと進入する。

 狭い路地をまっすぐ行けば、やがて俺の家が右手に見える。そんな家まで目と鼻の先で、前方に嫌なものが見えた。一目で不良だと分かる、高校生だ。股間でかろうじて止まっているような腰パンに、似合いもしていない金髪、耳にはいくつものピアスが光る。

 生徒指導はなにをしているのかと、小一時間問い詰めたくなるような典型的な不良だ。

 目を合わさぬよう、路地の側溝に目を落とす。

 ――と、


「ヘイ、お前が勇者だって? 実力を確かめてやるぜ! ヘイ来いよ」


 いきなり声をかけてきやがった。それにしてもヘイヘイうるさいやつだな、なんだこのDQNは。触らぬ神に祟りなし。俺はただシカトして横を通り過ぎる。

 すれ違いざま、不意に肩を掴まれた。


「シカトするんじゃねえよ!」


 次いで右頬に強烈な衝撃。瞬間的に脳が痛みを覚える。特に頬骨が熱い。

 どうやら俺はこいつに殴られたらしい。

 よろめきながらもどうにか足を踏ん張る。睨め上げると、不良が余裕綽々といった飄々さで、掌を上に向けてクイクイと、来いよモーションをしていた。

 さすがにその態度は俺もイラッときたぞ。銃刀法違反がどうとか気にしてられるか!


 俺は先ほど買ったばかりの勇者の剣を、もったいぶるようにゆっくりと鞘から引き抜いた。

 夕陽を煌々と反射する白銀の刀身。合金製の模造刀とは思えないほど磨き込まれた、美しい造詣。間近で見れば見るほど、この剣が本物であるような気がしてくる。

 剣を脇構えで構えると、一呼吸置いてから、俺は男に向かって駆け出した。その余裕ぶっこいてる面がいつまで保つか、見ものだな!

 間合いを計り、水平に剣を薙ぎ払う。完全に間合いの内だったが、男は喧嘩慣れしているのか、それを後ろへ飛んでかわした。


「空振りヘイ! ダセェぜ勇者さん、ヨッ!」


 失策だ。オーバーモーション過ぎて剣を戻せない。右脇がガラ空きだ! 間髪いれずそこへ男の蹴りが飛んでくる。

 右から左へと突き抜ける衝撃。 


「ガハッ!」


 一瞬で呼吸が苦しくなる。肺へのダメージがひどい。思った以上の痛みに、俺は蹲った。口からヒューっと息が漏れる。


「ハッ、これが勇者の実力だって? ザマァないな、もっと修行して出なおしてきなー」


 追撃がくるものと思っていたが、男は手を振りながらあっさりと去っていった。

 雑魚に用はないというわけか?

 しばらくしてだいぶ楽になり、普通に呼吸出来るくらいには回復した頃。

 俺はイライラを募らせていた。


「クッソ! ツイてない。なんで俺があんなわけの分からん人種に絡まれなけりゃならないんだ」


 落ちていた小石を思いっきり民家の石垣へと投げつけた。跳ね返った石が眉間にヒットする。


「いでぇ!」


 額を押さえて蹲る。なにやってるんだ、俺は。

 ふと男が去っていった方に目をやると、白い何かが道に落ちていた。それは紙のようだ。裏側に印刷物が透けて見える。

 なんとなくそれを拾い上げ、俺は目を通した。

 近所の公園までの地図と、ブランコの近くにバツ印。バツ印に矢印が引かれ、『この辺になんかいる』と、汚い字で書き殴られていた。


「チラ裏かよ! もう少しまともな紙使ってくれてもいいんじゃねえの!? 」


 どうでもいいことに腹が立つ。なんだか今日は厄日だ。

 言いなりになるようで癪だが、とりあえず向かってみることにする。

 我が家を素通りし、入り組んだ住宅地を右へ左へ。そうしてやって来たのは、小さな頃から馴染みのある公園だった。

 あまり大きくなく、滑り台、シーソー、丸くて回転するやつ、そしてブランコと砂場が設置された普通の公園だ。

 書かれていたバツ印の位置はブランコの階段付近だった。そこへ向かう。

 すると、地面になんかいた。正確には犬だ。茶色い犬がこっちを見ている。


「まさか、なんかってこいつのことなのか?」


 座ったまま、ずっと俺を見上げてくる犬。


「……犬が仲間にして欲しそうに、じっとこちらを見ている」


 なんてセリフをつい口にしてしまう。それくらい雰囲気に合っているシチュエーションだ。


「まさかな」


 たまたまだろう。そう思って視線が外れるかを試しに、動いてみる。

 左、右、左。ジャンプ、屈んで、バンザイ!

 犬の視線は都度、俺の動きに追随した。


「って、マジかよ……。桃太郎じゃあるまいし」


 きび団子なんて持ってないが、まさかこの剣の呪いって、本物なのだろうか? そんなとち狂った思考をしてしまうほど、なんだか今日は疲れている。


「仲間にして欲しいっていったってな。うちはたぶん無理だぞ」


 犬の目を見てはっきり言ってやると、急に犬が立ち上がった。

 そしてこちらへ歩み寄ってくる。

 足元まで来ると、犬はおもむろに右後ろ足を上げた。

 シー――――…………。


「うおぁあああ! なにすんだ馬鹿!」


 なんとおしっこかけてきやがった!

 俺が声を上げると、犬は一目散に逃げ去っていく。どうやら相手にしなかったために報復されたらしい。


「あーあーあー、萎えるわー、ほんと臭いわぁ」


 一気にテンションがた落ちだ。アンモニアの臭気が湯気に乗って鼻まで運ばれてくる。

 すねの辺りが生暖かい。

 がっくしと肩を落とすと、そこでなにやら視線を感じた。そちらを見やる。

 そいつはブランコの階段を上った頂に、俺を見下ろすようにして座っていた。

 夕陽を受けて煌く長い黒髪が、風にそよいでいる。どこか胡乱としてやる気のなさそうな瞳。目鼻立ちの整ったきれいな顔。そしてなにより、膝をくっつけて閉じる僅かな隙間から覗く、白いおパンツ。スカートがひらひらと誘うように風に揺れて、扇情的な光景が目の前に広がっている。

 目の毒だ。とても目の毒だ。ああ、落ちたテンション急上昇真冬の恋! いまは春だが。


「どこを見ているの?」

「パンツ」


 はっ、しまった。馬鹿正直に答えてしまった。

 声をかけられるとは思わず、油断していた!

 しかし少女はムッとするでも、照れる様子でもなく、しばらく俺を見つめた後、階段から飛び降りた。


「って、いつからそこにいたんだ?」

「犬が仲間にして欲しそうに、って言ったとこから」


 序盤じゃねえか!

 恥ずかしい、かなり恥ずかしい。犬におしっこかけられるところを目撃されてしまったなんて。高校生にもなって……。

 羞恥心から両手で顔を覆う。


「大丈夫?」


 そんな俺に、抑揚のない声でささやいてきた。

 それにしてもよく見れば、少女の着ている黒い制服は俺の高校のと同じじゃないか。

 こんなに可愛い子いたっけか? でもどことなくまだあどけない感じがするな。制服もじゃっかん大きいみたいだし。青いタイ、ってことは――


「もしかして、一年生か?」


 問いかけると、頭ひとつ分くらい俺より背の低い少女は、こくりとうなずいた。


「そっか、名前は?」

「人に尋ねる時は――」

「まず自分からな。分かってるよ」


 生真面目な子だな。


「俺は各務隼人」

「私、若葉菜々」


 言い終えると、若葉と名乗った少女は手を差し伸べてきた。

 これは握手ってことでいいんだろうか?


「ああ、よろしくな」


 手を差し出すと、触れるか触れないかのタイミングで若葉は急に手を下ろし、俺の足元を指差した。


「臭い」

「ひどくねっ!? 」


 後輩に臭い呼ばわりされた。しかもこんな可愛い子に。

 明日学校休もうかな。

 いや、それはダメだ。せっかく若葉と知り合えたんだ。学校に行ってもっと親交を深めよう。なんだかミステリアスな出会いだ。この先のことを期待せずにはいられない。


「先輩、もしかして勇者なんですか?」

「え、ああ」


 急に話を振られ、ついそんな返答をしてしまった。別に勇者じゃないのに。

 どうやら彼女、敬語は使えるらしい。


「………………」


 ……なんで沈黙しているんだろうか。もしかして痛い人認定されたんじゃなかろうな。


「いや、残念ながら勇者じゃない」


 それだけは困る。俺は痛くない。きっぱりと断っておかないと。


「でもその剣――」

「これはあれだぞ? 見える人にしか見えない不思議な剣だぞ」


 ……言ってから気づいた。普通に見えているんだからなにも変わりない。主婦も小学生も不良も、そして若葉も。馬鹿か俺は。そもそも、見える見えない以前に、俺がこんな剣を見てくれと言わんばかりに背負っていることが問題だ。


「私が鍛えた剣」

「ってお前かよ!」


 ついノリで突っ込みをしてしまったが、よくよく考えてそれはないだろうと思う。

 こんな細腕で鍛えられるほど、この剣は甘くない。


「というのは嘘で」


 やっぱり嘘か。


「私が前の所有者です」

「さらに驚きだわ!」


 というかなんのカミングアウトだよ。このけったいな勇者の剣の、前の所有者?


「じゃあ、コンビニにこの剣を置いたのは――」

「私です。呪いを書いたのも私、嫌がらせしようとそれを粘着力の高いシールにして貼り付けたのも私です」


 驚愕に、開いた口がふさがらない。

 やっぱり嫌がらせだった。いや、そんなことはさほど重要じゃない。


「先輩、どうしました?」


 若葉が俺の下あごを押し上げる。

 あごカックンしながらも、俺は口を閉じることが出来た。じゃっかん頬の内側を噛んでしまったが、口内炎にならないことを祈ろう。


「待て、説明してくれないか? これを買ってから、俺の世界がおかしくなったようなんだ。いや、おかしくなったのは俺なのか、それとも世界の方なのか。それすらも曖昧でよく分からない」


 日常に変化は求めたが、こんな極端な話じゃない。


「先輩は、RPGは好きですか?」

「ゲームの話か?」


 うなずく若葉に、「まあ、好きだな」と俺は答える。


「なら大丈夫です、頑張ってください」

「意味が分からん!」

「分かりませんか?」

「分かるか!」


 詰め寄ろうか迷ったが、まだ公園内にはちらほらと人の姿がある。変な噂を立てないためにも、グッと堪えよう。ここは近所なんだから。


「つまり、リアルにRPGをしてください」

「ロールプレイングゲームを、リアルに、つまり現実にしろってことか?」


 つまりと説明されても、いまいちよく分からん。家でテレビゲームでもしてろってことか?

 混乱する俺に、若葉はさらに補足してきた。


「RPGの世界にはボスが付き物ですね?」

「ん? まあ付いてるのかは知らないけど、まあいるわな」

「竜王しかり、カオスしかり、邪神しかり」


 また古いゲームを持ち出してきたな。


「若葉って、ゲームするのか?」


 女の子にしては珍しい。


「いえ、前回の勇者さんからの受け売りです」

「前々回にも勇者がッ!? 」

「この剣を手にした人々によって、勇者は人知れず継承され、また世を渡っていくのです」

「なんかいつの間にか導入部っぽくなってるけど、お前は語り部なのかサポートなのか」

「どちらかと言うと、サポートという設定ですね」

「設定って言った、いま設定って言ったぞ?」

「それが設定です」


 ああ、つまりそれを言うことも設定の内だと。まあいいや。


「それで?」

「勇者の剣を手にした者は、この世にいるボスを倒さなくてはなりませんね?」


 話が戻ったな。


「まあ勇者だからな。一般市民からしたら、はやく平和になって欲しいもんだし。そりゃ期待に応えるために勇者は頑張って倒すんだろうな」

「そういうことです」


 面倒くさくなってきたのか、髪をくるくる弄りながら若葉は急に説明を終えた。

 自分なりに噛み砕いて解釈してみる。


「つまり、この世にいるボスを倒せと、簡潔に言うとそんな感じか?」

「そうです。そうすればその呪いも解け、新たに呪いを付与して他人に渡すことが出来ます」


 ん? なんだか聞き捨てならないぞ。


「ちょっと待てよ。前回の勇者が若葉ってことは、この『周囲の人間のノリがなんか良くなる呪い』ってのは、お前が塗り替えた呪いなのか?」

「そうですけど?」


 なんの臆面もなく、若葉は口にする。素直すぎる子供が、嘘をつけずに罪を認めるように。


「お前、馬鹿だろ?」

「後輩にひどい事を言いますね。そんな先輩だったとは知りませんでした」


 明らかに嘘だと分かる泣き真似を、若葉は簡単に披露する。


「知りませんでしたも何も、俺はお前を今日初めて知ったよ、初見だよ」

「これから始まるラブロマンス」

「ちょっと前まではそう思っていたこともあった、不覚ながらな。けどないわぁ、呪い擦り付けるとかお前最低だぞ」

「そこまで言わなくてもいいじゃないですか。私だって、悲しみます」


 今度は本当に涙目になった。途端に罪悪感が募る。


「すまん」


 互いを重苦しい沈黙が行き来する。


「そろそろ帰るか? もうすぐ陽が沈む」


 居た堪れなくなり、俺は帰宅を提案した。

 夕陽は空に微かなオレンジの残滓を残し、もうすでに沈もうとしている。


「そうですね。また明日学校でも会えますし」


 調子を取り戻したように若葉は言う。


「暗くなるし、送ろうか?」


 さすがに女の子一人に夜道を歩かせるのは気が引ける。さっき襲われた前例があるし。先輩風を吹かすつもりじゃないけれど、後輩の面倒をみるのは先輩の役目だ。


「あ、いいえ大丈夫です。むしろ先輩と一緒にいる方が危険ですので」

「なんでだよッ!」

「呪いの効果をもう忘れたんですか?」


 周囲の人間のノリがなんか良くなる呪い。


「あっ」

「気づきましたね。でも、お気遣いありがとうございます、その気持ちだけで本当に嬉しいです。それでは先輩、さようならまた明日」


 少しずつ後ずさりながら、若葉は逃げるようにして駆けていった。

 後に残されたのは俺一人。すでに公園には人っ子一人いない。犬もいない。

 その犬のおしっこが、妙に臭かった。

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