Episode 1 帰還

 深い霧が続く中、ようやっと出口が見えた四人はホッとしていた。

「やっと出口見たいね。今回はどんな想区なのかしら?」

 先頭を歩くレイナがみんなに向かって話しかけた。

「さぁな。どんな想区だって構いやしないさ。カオステラーをぶっ倒すだけだ!」

 威勢良くタオが返事をした。

 その横には義妹のシェインと新人のエクスがうなずいていた。


「しっかし、この霧は本っ当にうざったいな。何とかならねぇのか?」

「仕方ないでしょ。霧の中を通らないと想区への移動はできないんだから。いつものことでしょ」

 レイナはそんなタオの文句を軽くあしらった。

「そうは言っても、今回はえらく長かったんじゃないか? いよいよお嬢の方向音痴で迷ったかと思ったよ」

 右に左にオロオロと迷ったふりをして歩くタオの姿を、ムッとしながらレイナは見ていた。

「そんなこと言ったって、私がいなくちゃこの沈黙の霧を歩くことさえできないくせに。いい? わかってると思うけど、想区への道は私しか感じることが出来ないんだからね!」


 空白の運命の書を持っていたとしても、誰でも想区間を渡り歩けるわけではない。

 カオステラーの気配を感じとり、向かうべき想区がわかる者がいなければ、すぐに霧の中で漂流者となってしまうだろう。

 レイナにはその感じる力が備わっていた。


「わかってるよ、お嬢。だからって、自分がリーダーっていうのはやめてくれよ。このタオファミリーはオレがリーダーなんだから」

「はぁ? いつあなたをリーダーって認めたのかしら? 言っとくけど、道案内してるのは私で、世界を元に戻しているのも私なのよ。功労者から言えば私がリーダーも当然でしょう」

「確かにお嬢は調律の巫女だよ。導きの栞だって、霧の道案内だってそうだけどよ……」

 タオは彼女の能力を考えると言葉が詰まってしまった。


 レイナは沈黙の霧の中で感じる力以外にも特殊な能力や持ち物がある。

 そのうちの一つは“導きの栞”。

 古くから語り継がれている物語や伝記の主役とそれを彩る脇役たちにはヒーローとしての素質を持っているものがいる。

 そのヒーローの魂を栞に宿らせ、空白の運命の書を用いることで、自身がその魂と繋がり、さらに一体化することよって彼らの絶大な力を使うことできるのだ。

 そして、もうひとつが“調律”。

 カオステラーによって破壊された世界を元に戻すことができる唯一無二の力。

 彼女のもう一つの名、それが「調律の巫女」である。


 レイナの特殊能力からみれば、彼女自身がリーダーだと思うのは当然かもしれない。

 ただ、思う事と行動は常に伴うわけではない。

 それは、ここにいるメンバーが一番よく知っている。本人はあまり自覚していないようだが。


 タオが言葉を詰まらせたことをいいことに、レイナはここぞとばかり勝ち誇った顔をして言い放った。

「ほらね。だから私がリーダーなのよ。いい加減認めたらどぉ?」

「いや、ちがう」

「何が違うのよ!」

「リーダーってのはみんなを引っ張っていくものだろう。すぐ食べ物の誘惑に負けたり、方向音痴だったり、体力がなかったり……とにかく、お嬢がリーダーなんてありえねぇよ!」

 そんな事を言われたレイナだが、彼女も負けていなかった。

「食べ物の誘惑って言っても、そんなのちょっとつまみ食いしただけじゃない」

 すかさず、シェインがつっこみを入れた。

「いや、姉御。あの時はちょっとどこじゃなく、ガッツリ食べてましたよ……しかも一番最初に……」

 レイナは怯みそうになったが、まだ負けていなかった。

「そ、それに迷ってなんかいないわよ。近くをちょっと散歩してただけなんだから」

「それにしては、帰って来た時、疲れ切った顔で半べそかいていましたよね? 姉御」

「た、体力はあるでしょ? みんなと一緒に行動しているんだから」

「ちょっと歩いたと思えば、すぐに休憩って言うし、山道歩いたらいつも一番最後じゃないですか。しかもかなり遅れて」

 さすがにシェインの鋭いツッコミに何も言えなくなったレイナはそのまま意気消沈してしまった。


「ま、まぁ、そこらへんにしとこうよ」

 この場を穏便に済ませようとエクスが思わず口を挟んだ。

「そうよ。それがどうしたって言うのよ。そんなの気にしないんだから。あのね、タオ、リーダーっていうのは……」

 エクスの助けがあったからか、めげない性格なのか、レイナはタオにまた突っかかっていった。

 そんな二人を毎度のことのように、エクスとシェインは苦笑いしながら眺めていた。


 沈黙の霧を抜けると、そこは小高い丘の上だった。

 辺りを見渡すと、すぐ近くに城下町があり、少し離れた場所に小さな村があった。

 さらに城下町の先には白亜の城がそびえ立っていた。

 朝の柔らかい日差しと心地よい風に吹かれながら、一同は近くの城下町に向かうため足を運ぶことにした。

「おい、エクス。どうした? 早くこの想区がどんな場所か聞きに行くぞ」

 立ち止ったエクスに気づき、タオは声をかけた。

「うん……」

 いつものエクスとは違った雰囲気に、みんなは心配して近づいてきた。

「どうしたの? エクス。何かあった?」

 レイナは声をかけたが、その返事はなかった。

 皆が首を傾げる中、エクスは周りを見回して、やがて口を開いた。

「ここ……僕が子供のころに遊んだ場所に似ている……」

「似ているっていっても、同じじゃないんだろ? いろんな想区があるんだ。似ている場所なんていくらでもあるさ」

 タオはいつも通りの雰囲気で話し始めた。

「ほら、いくよ。早くしないと日が暮れちゃう」

 レイナはエクスの手を引っ張り、無理やり歩かせた。

 やれやれといった感じで、再び城下町へと向かい始めたのだった。


 少し歩いたところで、道の横に大きな杉の木が一本立っていた。木陰になったその場所は少し涼しさを覚える。

 そこでエクスはまた立ち止ってしまった。

 一同はまたかという感じで振り返り、レイナはエクスに近づいた。

「今度は何?」

 さすがに少しイラついたレイナはムッとした口調で言った。

「この木……」

「何? この木がどうしたのよ」

「ここで子供のころ、友達と背比べしたんだ。ほら、ここに印があるでしょ?」

 エクスが指差した印は、意外なところにあり、さすがに一同はおかしいと思った。

 なぜなら、子供というには余りにも高い位置、エクスの身長より少し低い位置にあったからだ。

 思わずタオが口を挟んできた。

「エクス、子供の頃っていう割には、随分高い位置に印があるじゃねぇか。これって本当にその印なのか? 似たような場所でたまたま似たような印に見えたとか。だって、これが子供のころだとしたら、今頃おまえは巨人になってるぜ」

「でも、ほら、この印の横にマークがあるでしょ? これ僕が子供のころ好きだったマークなんだ。どこかの想区に偶然僕の好きだったマークがあるなんて、ありえないでしょ?」

「じゃ、なんでこんな印の位置が高いんだよ。それこそありえないって」

 不思議がっているタオを横目にレイナが確信を持って言った。

「ありえない話じゃないわ。想区は常に時間が流れている。エクスがこの想区を離れた時から今この時まで、どのくらいのスピードで時間が流れているかわからないけど、ある程度の時間は過ぎているはず。だから木だって成長するのよ。そう考えると納得がいくわ」

「じゃ、ここはシンデレラの想区ってことになるのか?」

「そうね。でも、ここは、私が調律したからもう何もないはずだけど」

「また、別のカオステラーが出たんじゃないのか?」

「そうかもしれないけど、物語が平和に終わった想区にカオステラーなんて生み出して意味があるのかしら?」

「そんなのわからねぇよ。ただ、ここにカオステラーがいるってことは確かなんだろ? だったら、早く倒して、次の想区に行こうぜ」


 大きな木を囲み、二人がこの想区について話している時、シェインはある気配を感じていた。しばらく様子を見ていたが、その気配がだんだん近づいて来ている。

「みなさん、お取り込み中すみませんが、どうやら敵が近づいてきるようです」

 そう言って、シェインはすばやく運命の書に栞をはさんで、戦闘態勢に入った。

 すぐ近くに、見覚えのある黒い子鬼のような姿が見えた。

 子鬼は四人に気付き、奇声を上げ襲いかかって来た。

「チッ、ヴィランがいるってことは、ここにカオステラーがいるのは間違いなさそうだな」

 タオは言うが早いか、書に栞を挟んでヴィランに向かって行き、レイナとエクスもそれに続いた。


 タオが言っていたヴィランとはカオステラーにより運命の書を書き換えられた想区住人の慣れ果てである。

 ヴィランは倒せば元の住人に戻れるというわけではない。存在がなくなるのである。たとえ、それが主役であったとしても。調律した後も、倒された者は代役が後を引き継ぐ。亡くなった者は生き返れない。調律の力も万能ではないのだ。


「これで全部か?」

 タオがあたりを見回した。

「そうみたいですよ」

 すぐ近くにいたシェインが返事をした。

「数が少ないな。まだ隠れているんじゃないのか?」

「そんなこと言っても、こんな開けた場所じゃ隠れるところもないでしょ?」

 レイナもあたりを見回したが、ただ野原が広がっているだけだった。

「あそこに人が倒れてる」

 エクスは叫び、走っていった。


「この人、お城の兵隊さん……かな」

「そうね。さっきのヴィランに襲われたみたい」

 エクスとレイナは横たわっている人を介抱しようと近づいたが、すでに事切れていた。

「一体何が起きてるのかしら?」

「わからねぇ。だが、ここにいたらオレ達が犯人にされちまう」

「そうね。急いでこの場所から離れましょう。この事は後で城の兵隊に伝えればいいわ」

 タオの意見に同意したレイナはすぐに町へ向かうようにみんなを急かした。


 ひとまず城下町まで進んだ一行は、兵士を探しながら、住人にこの場所の事情を聞いて回った。

 今は宿屋の一角にある食事処で聞いた話をまとめている最中である。

「……という状況で、私が調律してからけっこう年月が経っているみたいね。シンデレラと王子の結婚式が昔のような話し方をしていたわ。あれから特に何か問題が起きているっていう訳でもなさそうだし」

 レイナは聞いた話を整理して伝えた。

「これじゃ、カオステラーを探す手掛かりもねぇな」

「そうね。たしかに見た目では平和そのものだもんね」

 タオとレイナのやりとりにシェインは食事処で聞いた話をみんなに話した。

「先ほどここの店員から聞いたのですが、一年くらい前に王子が王様の後を継いでから、王様に反抗するレジスタンスが現れたようです。つい先日も兵士が襲われたそうで、彼らとの争いが、ここ最近絶えないそうです。幸い、住民には被害が出ていないようですけどね」

「……ってことは、そのレジスタンスが一番怪しいかもな」

「そうね。一度調べたほうが良いかも」

 レイナもタオに同意していた。

「レジスタンスか。どうやって見つけるかだな。住人はおろか、城のやつらも一部しか詳しい情報持ってねぇだろうし」

「王様に直接聞いてみたら?」

「それは無理だろう。どこの馬の骨かもわからないヤツに会うわけねぇよ。門前払いがいいとこだな」

「じゃ、門兵に聞いてみるとか?」

「門兵くらいじゃ、何も知らねぇよ。逆に怪しまれちまう。やっぱ王様に聞くのが一番早いな。」

「何とか王様に会える方法ないかしら?」

「うーん……」

 二人ともあれこれ言ってみるが、これといって良い案が出なかった。

「じゃあ、思い切って捕まってみてはどうでしょう?」

 シェインの一言で、しばし沈黙が流れた。衝撃の意見に皆、目を丸くして固まってしまった。

 我に返ったタオは義妹の意見でも、さすがに否定的だった。

「いやいや、さすがにそれはないって。捕まった後、どうやって誤解を解くんだよ。そのまま牢獄行きになっちまうかもしれねーだろうが」

「そ、そう、そう、もう少し真っ当な方法で王様に会えるようにしようよ。例えば……」

 レイナが言葉を続けようとした時、食事処の入口付近が騒がしくなった。

 一同が何事かと入口を見てと、衛兵らしき人たちがドカドカと中へ入って、大声で話し始めた。

「つい今しがた、この先の街道で国王軍の兵士が何者かに殺された。この中で何か見た者はいるか!」

 その話を聞いたシェインは、不敵な笑みを浮かべ、まさに立ち上がろうとしていた。

 タオは義妹のやろうとしている事が分かり、慌てて止めようとした。

「バカ、やめろシェイン」

 タオが言うが早いか、彼女は勢いよくその場に立ち上がった。

「そこの女。何か知っているのか?」

 衛兵から尋問されたシェインは誇らしげに答えた。

「はい。私たちが犯人です」

 そう言った瞬間、他の三人から声にならない声が聞こえてきた。

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