グリムノーツ ~ 永遠の歯車 ~
さかさまのねいろ
Prologue
「いつ頃からだ。こんな気持ちが湧き上がってきたのは。そうだ、あいつと出会ってからだ。あのモブ。運命の書に何も書かれていないあいつと話した時からだ……」
薄暗い部屋の中、一人の男が椅子に腰かけ、テーブルの上に広げた運命の書を見つめがらブツブツとつぶやいていた。
木のジョッキを片手に、運命の書をペラペラめくっては、葡萄酒を口に注いでいる。
男はかなり酔っていた。普段は酒も飲まずに真面目に働いていた男が。
やがて、男はゆっくり立ち上がり、何気なく窓の外を眺めた。
そこにはちょうど白馬に乗った王子が通り過ぎ、少し遅れて、従者が行列をなして歩いて行った。
その風景が気に入らなかったのか、今度は愚痴を言い始めた。
「ヘッ、王子様のお通りかい。いいよな、あいつはよ。なんの努力もなしに、何不自由なく暮せるなんてな。オレはどうだ。どんなに頑張ったって、王子にはなれない。一生懸命働いたって、裕福にさえならない。どんなことをしたって結局、泥臭い農民のままだ」
木のジョッキを傾けて、残っている葡萄酒を一気に飲み干し、大声で叫んだ。
「クソ! なんで農民ってだけでこんなみじめな生活をしなきゃならないんだ。オレだって好きで農民をやっているわけじゃない。気付いた時には農民だよ。運命の書にはずっと農民の生活しか書いていない。オレにだってあの王子のような贅沢な生活があってもいいじゃないか。なんであの男が王子でオレは農民なんだ。オレとあいつのどこが違う。不公平だろ。だれがこんな役割を決めた。だれがこんな運命にしたんだ!」
男は空になったジョッキを壁に叩きつけ、ヨロヨロしながら椅子に座りなおし、テーブルに突っ伏してしまった。
部屋には叩きつけたジョッキが転がり、コーンという乾いた音が虚しく鳴り響いていた。
「……そうだよ……オレにだって……チャンスがあっても……いい……じゃない……か……」
やがて酔いつぶれた男はうわ言を言ながら、そのまま寝てしまった。
静けさが広がる部屋の片隅で不意に風が流れた。
そこから音もなく男の魔術師が現れ、酔いつぶれた男に近づき、不敵な笑みを浮かべながら耳元でこう囁いた。
「その望み、叶えてあげましょう」
想区、それは古の伝承を基に作られた寓話や伝記の物語が語られる世界。
あるものは主役を演じ、あるものは悪役を演じる。
脇役は脇役を、各々が決められた役を演じている世界。
想区世界の創造主、神にも等しい存在、ストーリーテラー。
その神から、生まれながらにして与えられた書物がある。
運命の書。
そこには己の運命が記されており、その運命に疑いを持つこともなく、書に従い一生を過ごす。
想区に描かれた物語は語り継がれ、また演者もその役割を代々受け継いでいく。
永遠ともいえる時間の中で同じ物語が今も繰り返されてる。
いつしか、その時間の中から、ふたつの異端が生まれた。
運命の書に、何も記されていない者。
想区という世界の不平等さを、訴える者。
どちらが先に生まれたのかはわからない。
ただ、このふたつの異端が新たなる物語を紡ぐことも、また運命だということ。
ここに新たなる物語を紡ぐ者たちがいる。
想区を失い、ただ一人生き残った女レイナ、想区に希望を持てなくなった義兄妹タオ、シェイン、そして、自ら想区を出て旅に出た男エクス。
空白の運命の書を持ち、それぞれの想いを胸に秘め、さまざまな想区を渡り歩いていく。
もう一つの異端であり、世界の不条理を訴える者によって生み出された、カオステラーによる想区の破壊を食い止めるために……。
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