第15話 アッティラの登場

メリエムが涙を流している。

「朝から、少し顔色が青くて、途中で休もうって・・・何度も言ったのに・・・」

「今、ここで休むわけにはいかない・・・」

「旅を急ぐ人もあるだろうって・・・」

「それしか、言わなくって・・・」

「食べるものだって・・なんだかんだ言って、ほんの少しだけ食べて、他の人にあげてしまうし・・・」



「ひどい熱だ・・・」

ハルドゥーンはシャルルの額に手をあてる。

「少しずつ、痩せた顔になっていたが・・・」

「あの笑顔に、どうしても安心してしまって・・・」


「我々も気がついていました・・・」

イルナックも不安そうな顔である。

「我々の命を救ってくれたシャルル様を・・・何とか救いたい・・・」

「そうでなければ・・アッティラ様や旅を行く息子に言い訳が出来ない」

「このままでは、同胞のもとにも帰ることが出来ない・・・」


「ローマまでは・・・あと・・・」

メリエムが不安そうに空を見つめる。

時期が少し早い雪がちらつきだしている。



「あと、2日の距離・・・」

ハルドゥーンは、その顔を暗くする。


「小さな街に立ち寄って・・・休ませるのは?」

メリエムは懸命に考えた。


「いや・・・流行病がひどい・・・あそこは・・・」

イルナックは、首を横に振る。


「もぉっ!何とかしてよ!」

メリエムはシャルルの身体にすがって泣き出してしまった。

しかし、シャルルは、ガタガタと身体を震わせているだけである。



「あの・・・」

シャルルを取り囲んでいるハルドゥーンやイルナックの集団の外から、声がかかった。

まだ、10歳にも満たない少女だった。


「この薬・・・朝・・シャルル様にいただいたものです」

「私も、朝からシャルル様のように身体が、すごく震えて、寒くて動けなくって・・・」

「シャルル様が、そんな私を見て、お薬をくれたの」

「私は、薬を飲んで、少ししたら良くなって・・・」

「シャルル様にお礼を言ったら、少し余分にって、後でまた困らないようにって・・・」

「こんなにたくさん薬をいただいてしまって・・・」


少女の手のひら一杯に薬がある。


「シャルル様らしい・・・ことだけど・・・これ、使わせてもらうよ・・・」

ハルドゥーンは、頭を下げて、少女の手から「シャルルが渡した薬」を受け取る。

少女は、はにかんだような笑顔を見せた。


「でも、私がシャルル様に飲ませたいの・・・」

「私を救ってくれたシャルル様だもの・・・」

少女の気持ちは固いようだ。


「私たちからも、お願いします」

少女の顔によく似た親と思われる男女も頭を下げる。


「わかった・・・早く来て・・・」

メリエムから、声がかかる。


少女は、薬を握りしめながら、横たわるシャルルのところへ向かった。




雪は少しずつ降る量を増してきている。

シャルルの容態を見守る人たちの身体に、寒さと不安がしみ込んでいく。


「しかし、この状態では動かすことは危険・・・」

メリエムは、厳しい顔。


「薬を飲んで、多少熱は下がったものの、顔色が悪すぎる」

ハルドゥーンは、深刻な顔になった。


「・・・シャルル・・・これも、神のお考えって・・・言うの?」

「それじゃ・・哀しすぎるよ・・シャルル・・・」

「あなたが、何をしたって言うの!」

メリエムは、シャルルの身体を張り付くように抱きしめる。

「少しでも、温かさが必要なの・・・」

メリエムの顔は、既に涙でぐしゃぐしゃになった。

しかし、しばらく誰も何もできない状態が続いた。



「あっ・・・」

イルナックが、突然大声をあげた。

遠くから、たいまつを掲げた馬に乗った集団が近づいてくる。

総勢で、40~50といったところであろうか。


「アラム・・・か?」

ハルドゥーンがイルナックに問いている。


「いや・・・アラムだけではない」

イルナックの顔が、緊張している。


「もしや・・・」

ハルドゥーンの顔も一瞬にして緊張する。


「アッティラ様・・・」

「アッティラ様、自ら・・・」

イルナックの頬にも涙がつたっている。


「ふふっ・・・」

「まさか・・・アッティラが来ようとはなあ・・・」

ハルドゥーンも、眼の光が強くなっている。


「我が民は、命を救ってくれた恩人には、命を持って応える」

「誇りにかけて・・・の言葉以前の話だ」

イルナックは、少し胸を張った。


「そんな、話なんてしていないで!シャルルを何とかしてよ!」

「アッティラがどうのこうの、って状態ではないの!」

メリエムの必死の声が、ハルドゥーンとイルナックをシャルルに振り返らせる。


「うん・・これは・・・危険だ!」

シャルルの状態を見たイルナックの顔に緊張が走る。


「テントだ!」

ハルドゥーンは、ジプシーたちにテントの設営を命じる。

「シャルルの顔・・・かなり、顔が蒼い・・」

ハルドゥーンも涙目になってきている。



「でも、これだけの人・・・全員が入れるテントなんて・・ない・・・」

「近くの街は疫病が流行っているっているし・・・」

「もう・・・どうすれば・・・」

メリエムの表情は、哀しみに包まれている。



「メリエム・・・大丈夫だ・・・」

「残りのテントは・・・」

ハルドゥーンは、自らの手に茶色の玉を持った。

そして、その玉を矢の先にはめ込み、夜空に向けて、弓で矢を放った。


「うわっ!」

イルナックが思わず見とれてしまう。


夜空に黄色い光つまり花火の大輪が広がっていく。



「コンスタンティノープルの光か・・・」

低い落ち着いた声が聞こえてきた。


「アッティラ様・・・」

夜空に広がる黄色い光の輪に見とれていたイルナックは、弾かれたように姿勢を正した。


「うん、久しぶりだな、アッティラ・・・」

ハルドゥーンも近寄ってくる。


「おおっ・・・やはりお前か・・」

アッティラと呼ばれた男が、鋭い眼光を緩ませる。


「懐かしいな・・しかし、何かあったのか・・・」

「シャルルという男は、どこか・・・」

アッティラは、人だかりを見て、怪訝そうな表情になる。

「実は・・・」

イルナックがアッティラに事実を伝えた。

アッティラの表情が再び厳しくなる。


「このたわけ・・何故、先にそれを言わぬ!」

「わが同胞の大切な恩人を救わねばならぬのに!」

「様子を見て、一刻も早く救わねばならぬ!」

うなだれるイルナックをしかりつけ、アッティラは横たわるシャルルへ向かおうとする。


「いや・・まて・・大声を・・・騒ぎを起こすな・・・」

「病人に障る」

ハルドゥーンがアッティラを制する。


「しかし・・・」

アッティラは、ハルドゥーンの意図を見抜けないでいる。


「先ほどの光で、我が同胞がかなりの数集まってくるであろう」

「この雪の中で暖を取り、眠ることのできるテントを持ち寄るはずだ」

ハルドゥーンは、アッティラの瞳を見つめる。


「それで、わが同胞は・・・」

「水と・・・食糧か・・・」

アッティラはハルドゥーンの瞳を見返している。

ほどなくアッティラの腕が高く上がった。

「手荒なことだけは、するな・・・シャルルの話を伝えよ」

途端にアッティラの部下が数十人、馬に乗り、駆け出していく。

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