第16話  メリエムの看護

「さて・・・久しぶりだな・・・」

ハルドゥーンは、ジプシーの一人に白旗を持たせた。

白旗を持ったジプシーは、ゆっくりと歩き出した。

「1000歩だ・・」

ハルドゥーンから声がかかる。

ジプシーは1000歩の地点で止まり、そこに白旗を立てた。


「ふふっ・・・陣営地か・・」

アッティラもすぐにハルドゥーンの意図を理解したようだ。

「テントが到着する前に、準備をせねば」


「うん、頼む」

ハルドゥーンの集団とアッティラの集団が、動き出す。

白旗の裏に、聖火台を作る。

そして、聖火台を中心に左右、上下に一定の間隔で旗を立てていく。


「テントも等間隔か・・さすがローマだなあ・・律儀だ」

アッティラも少し苦笑する。


テントを持ち寄るのであろうか、少しずつ、近づくたいまつの火が増えている。

「シャルルのテントを先に」

アッティラの指示により、聖火台の裏にまず大き目のテントが設けられる。

ジプシーもバルバロイも、眼と眼で協力し合っている。


「助かる・・」

ハルドゥーンも嬉しそうな顔をしている。



その後旗は、左右にそれぞれ1000歩の距離、上下に1500歩の距離まで立てられていく。

左右上下と言うよりは、東西南北といったほうがわかりやすい。

聖火台を中心として、交差する広い道が走る。


「堀と柵も作るのか?」

アッティラがハルドゥーンに尋ねた。

シャルルが横たわるテントの中にハルドゥーン、アッティラ、メリエムがいる。


「ジプシーにもお前たちフン族に属しない野蛮な連中もあるかもしれん」

「ローマ軍の伝統でな・・何より陣営地を先に作る。」

ハルドゥーンは慎重な態度を崩さない。


「やっとバルバロイからフンと呼ぶようになったか」

アッティラは苦笑いをする。


「シャルルは、どうしても守りたい男だ。何かとんでも無い力を秘めている」

ハルドゥーンの言葉が強い。


「お前ほどの男が・・・」

アッティラは、蒼い顔をして息も荒いシャルルの顔をじっと見ている。


「西ローマの将軍アエティウスに見せたら面白そうだ」ハルドゥーン


「しかし、あの皇帝には見せるな・・あれは、阿呆だぞ」

アッティラは、その言葉をさらに厳しくした。


「そうは言っても、シャルルのことだ、止められんかなあ・・・」

ハルドゥーンも「西ローマの皇帝」とシャルルの出逢いを危惧しているようだ。

そして、その危惧には「シャルル独特の無防備さ、無謀さ」も含まれている。


「シャルルは、おれが、警護をする、いやせねばならない」

アッティラの顔は引き締まる。


「いや、ローマでは何が起こるかわからん」

「渦巻く陰謀の都だ」

「協力せねば危険だ」

ハルドゥーンの言葉は重い。


「うむ・・・」

「真正面からの対決では負けることはない・・・しかし毒殺、暗殺がある」

「ローマには、およそ正義はない」

アッティラもそれは理解したようだ。


「アッティラ様・・・」

テントが開けられた。


「どうやら、届いたようだ」

アッティラが立ち上がる。

アッティラの部下らしき男から荷物を受け取り、ハルドゥーンに見せる。


「フン族伝統の強壮薬か・・・」

ハルドゥーンが眼を細める。


「あとは、メリエムに任せる・・我々は、警護にあたろう」

ハルドゥーンとアッティラは、シャルルのテントを出て行った。


テントの中には、シャルルとメリエムだけとなる。



メリエムは、アッティラから受け取った「フン族伝統の強壮薬」を少しずつシャルルの口に含ませる。

テントの中には火も焚かれ、お香も漂っている。


「アッティラのこと、フン族の中でも最高の薬を準備したと思う」

「フン族が持ってきた水と食料も、素晴らしい・・・」

「ジプシーも、旅の人たちも本当に喜んでいる」

「ハルドゥーンだって・・こんな立派なテントを」

「シャルル・・・あなたのこと、みんなが心配して・・これほどなの・・・」

メリエムは涙を流している。


「必ず、良くなってね・・」

「シャルルは人の期待は裏切らないって約束だよね・・・それだけは守るって・・・」

メリエムは、同じ言葉を何回も繰り返す。


「少しでも・・・」

メリエムは、自ら来ている服を全部脱いだ。

シャルルの服も全て脱がせる。

厚く、かなり大きな毛布の中で、シャルルを素肌で抱く。


「・・・これが、今私のできるすべてのこと・・・」

「・・・シャルル・・・愛してるよ・・・」

メリエムは、シャルルの頬にその頬を寄せた。

ブルブルと震えていたシャルルの身体は、少しずつ治まってきている。

シャルルの口元が緩んだような気がした。

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