第13話  シャルルとバルバロイ

シャルルは、何のためらいも見せず、バルバロイの集団に向かって歩いていく。

と言っても、黒い玉から発せられた煙で、立ち上がる者はいない。

シャルルは、倒れている集団の中で、一番質の良さそうな服を着ている者に、声をかけた。


「声が出せるのなら、出してください」

「あなた方は、どちらから来られたのですか・・・」


「・・・」

何も応えが帰ってくる気配はない。


「私は、あなた方に対して、これから罰するとか、危害を加える気持ちはありません」

「安心され、話されてください・・・」

聞いているハルドゥーンたちは、あっけにとられた表情である。


「・・・アッティラ・・の・・」

絶え絶えの聞き取りにくい声で、確かにその男は答えた。

少し身体が震えている。


「やはり、そうでしたか・・・」

シャルルは深くうなずき、そして続けた。

「もしや・・・このままアッティラの元に帰ると、あなた方の身の危険はあるのではないでしょうか・・・それも心配になります」

「そして、あなた方にも、養う家族や帰りを心配する人もおられましょう・・・」

シャルルは声を低くした。

しかし、その声の響きは、限りなく優しく滋味を感じさせる。


「・・・」

シャルルの言葉を聞き、その男は、途端に顔を覆って泣き出してしまった。

そして、その男につられて、バルバロイの集団も泣き出している。


シャルルは、バルバロイの集団を、ずっと見つめていた。


そして、シャルルから、その次に出た言葉は、ハルドゥーンたちの集団のみならず、バルバロイの集団までもが、驚愕するものであった。


「できれば・・・あなた方にも、私についてきてほしいのですが・・・」

「もちろん、今のダメージが癒えてからでも、かまいません」


「シャルル様!」

ハルドゥーンが驚いて駆け寄ってくる。

ハルドゥーンにはシャルルの意図が全く理解できない。


「いや、心配はいりません」

「この方々にも、我々の警護を行っていただきます」

「もちろん、それなりの、謝礼も支払います」

眼をむくハルドゥーンに対して、シャルルはいつもの柔らかな表情をしている。


「何をするのか、わからない民ですぞ・・・」

「寝首をかかれることだって・・・」

「それに、私どもの集団とうまくやっていけるかどうか・・・」

ハルドゥーンは、難しい顔を変えない。


「全て、神のおぼしめしだと思います」

「神が私をここで滅ぼそうとするのなら、既に滅ぼされています」

「しかし、ハルドゥーン様の黒い玉で、生きながらえている」

「私は、このバルバロイの方々が、今まで何をしてきたのかは、ここでは問いません」

「ただ、この人たちとも旅をともにすることで、より安全な旅にするのです」

シャルルは、そういい終えて、何か手紙のようなものを書き出している。


バルバロイの集団の後ろのほうに、やや薄く眼を開けている若者がいた。

シャルルは、ゆっくりと歩き、その若者に手紙を渡す。


「これを、アッティラの元へ・・・」

「少し、お金を包んであります。腹が減ったら使いなさい」

「返書を望みます」

「それから、あなたの行先と、道中でシャルルとハルドゥーン、あなた方の集団が一緒に旅をしていることを、逢う人ごとに話しなさい」

シャルルが、そう指示すると、若者は立ち上がった。

シャルルの肩を少し抱き、馬に乗り、東方へ走っていく。



「ふふっ・・・」

「とんでも無いお人だ・・・」

ハルドゥーンは、首をすくめた。


「敗者を同化するのは、ローマ古来の伝統」

「そのまま、安全保障となる」

シャルルは柔らかな表情のまま、歩き出す。


「しかし・・シャルル様・・・」

「よくあの若者を、信頼されて・・・」

ハルドゥーンは、シャルルの判断を少し疑うかのような表情をする。


「いや・・・あの中で一番涙を流していました」

「そして・・・彼がもし、アッティラの元にたどり着けなかったとしても・・・」

「おそらく、またバルバロイは現れるでしょう」

「その時は、また同じ方法で・・・」

「防衛もまた強化される」

こともなげに、シャルルは語る。


ハルドゥーンは、大笑いをしている。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る