第12話  ハルドゥーンの正体とシャルル

「ぐわっ!」

「くぅっ・・・」

バルバロイの集団から、うめき声が聞こえてくる。


「眼と鼻を押さえて!!」

メリエムがシャルルに指示をする。

周りを見回すと、ハルドゥーンの集団全員が、眼と鼻を押さえている。


「シャルル様・・」

ハルドゥーンが声をかけてきた。

「もう、安心されてください」

「立ち上がることができるものは、いません」


「あの・・黒い玉は・・・」


「エフェソスのヴィーナスの口づけです」

ハルドゥーンは、そう言って、ニヤリと笑っている。



ハルドゥーンの言う通り、バルバロイの集団は全く立ち上がることは出来ない。

人数にして、20人ぐらいか・・・

オリエント風の服装と剣、弓を手にしたまま、息を失っている。


「ここ、3日ぐらいは眼が見えません」

「ひどくなると失明もありえますが・・」

「手足のしびれは、ほぼ7日」

「死ぬことはありませんが、かなりな煙に対する恐怖心は残るかもしれませんな・・・」

ハルドゥーンはこともなげに語る。


「不思議なことだらけです」

シャルルは、しゃがみこんで、倒れ伏すバルバロイたちの顔を見つめている。


「そうですかな・・・」

ハルドゥーンも一緒にしゃがみこむ。


「あなたの使った黒い玉」

「あなたたちのこと」

シャルルにとって、素直な疑問である。


「・・・」

ハルドゥーンは、何も答えない。


「テオドシウス様のお考えがどこにあるのか・・・」

シャルルは低い声でつぶやいた。


「くくっ・・・」

ハルドゥーンは、含み笑いをする。

「いつから・・・それを・・・」

低く、探るような声である。


「ヨブ記の話からです」

「それと、バルバロイに対する戦い方・・・」

「ミラノの司教から、聞いた話の通りでした」

シャルルは、顔を少し上げた。

まっすぐにハルドゥーンを見つめている。


「今さら、隠しても仕方がないことですな・・・」

ハルドゥーンは、苦笑いをしながら、自らのことを話し出した。



「ご察しの通り、我々の集団は東ローマ皇帝テオドシウス2世様の命を受け、ターラントからナポリ、ローマ、フィレンツェを経て、ミラノまでの、内情を探る旅を行っております」

「身なりは、ジプシーがちょうどいい・・・」

「テオドシウス様の直属の軍団であることは、先ほどの隊列の組み方や、黒い玉の使い方で、お分りでしょう」

「また、我々の集団が旅をしていることについては、ミラノやフィレンツェの司教には、既に知れ渡っていたのでしょう」

「今まで、かなりのバルバロイを、退治してきましたからな」

「黒い玉だけで、退治できる集団もあり、やむ負えなく命を賭した戦いもある」

「・・・まあ・・命を落とすのは、バルバロイで・・我々の集団にかなう者は、おりませんでしたが・・・」


「テオドシウス様は・・・」

シャルルは、立ち上がった。

「内情を探り・・どうするつもりなのですか・・・」

「すでに、ローマ本国は統治能力を失い、バルバロイの荒らし放題になっている」

「それを嘆き、ローマを再統一するお考えでもあるのですか・・・」

シャルルの瞳はまっすぐにハルドゥーンに向けられている。


「我々の任務は、先ほど申し上げた通り、内情を探ることと・・・あとひとつありますが・・・」

ハルドゥーンもシャルルの瞳の中を見つめる。

しかし、ハルドゥーンは、シャルルの真剣な表情に、やや押されている。

「西ローマの内情の判断はこのハルドゥーンの報告に基づきテオドシウス様が行います」

「世に言われているような、学術だけの皇帝ではありません」

「あと一つについては、後程・・・」

ハルドゥーンの声が低くなる。


「・・・一度、お逢いしたくなりました」

シャルルの表情に柔らか味が戻った。

「学術だけに興味があり、統治能力が無いと世に言われている・・テオドシウス様に」

「そのテオドシウス様の本当の姿や、お考えを知りたくなりました」



「ふふっ・・・」

ハルドゥーンは、苦笑いを浮かべる。

「またまた、長旅になりそうですな・・・」

「私もシャルル様とテオドシウス様の対面を見たくなりました」

嬉しそうな顔まで見せている。


「しかし、その前に・・・」

シャルルは、倒れているバルバロイの集団に近づいてく。


「何をなさるのですか・・・」

ハルドゥーンの顔色が変わっている。

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