勇者見習いの魔王の物語を閉じるワケ Ⅱ

 ミイトから仕掛けた。

 長距離を踏み込んで飛び、一瞬でインとの間合いを詰める。

 そのまま引き手で逆袈裟斬りを試みるが、インに後方へと大きく避けられた。

 前回の戦いにおいて魔剣の能力を殆ど知らなかったインは、擦り傷を負わされた際に呪力の大半を一度に削られてしまい、その後のミイトの猛攻を凌ぐ為に必要な分の呪力の回復が間に合わずに、撤退を余儀なくされるという苦い経験を味わっている。

 魔力で強化された肉体と違って紋様による呪力で強化された肉体は、紋様の効果によって体内に蓄えられた呪力の消費が欠かせない為だ。

 その為に今回の戦いでインは、強化された動体視力でも大袈裟に見える程に大きく避ける様にしている。

 ミイトも、そんなインの魔剣への対処法に気付いたが、前回とは違うインの強化された動体視力を伴う敏捷性に追いつけないでいた。

 インは魔剣の届かない間合いから柔軟に身体を伸ばして突きを入れてくる。

 突きはミイトの心臓を狙っていたが、エストの結界によって遮られた。

 砦での一件の頃は紙の如く軽く引き裂かれたエストの結界だが、今回はイン相手に十分な役目を果たす。

 だが、それでも結界の半分は消失して斬撃の余波がミイトの肋骨を折ってしまった。

 エストは予め唱えていた追加の結界の呪文をミイトに向けて放ち、先ずは防御を優先して補強してから回復魔法をかけて骨折を治療した。

 その間もインの攻撃は、休む事を知らずにミイトに襲いかかる。

 ミイトは肋骨の痛みに耐えつつ防御に専念したので先程の様なダメージを喰らう事も無くなったが、インには隙が感じられずに反撃の機会を失っていた。

 ミイトは、それでも諦めずに暫くは防御に集中して、迫り来るインの突きの連続攻撃を防御結界に頼らずに身体で躱したり、魔剣で受ける事で凌いだ。

 インの剣筋を相手の剣先の動きで捉えずに身体全体の動きで捉え始める。

 やがて、インの大きな動作の強めの突きに対して、ミイトのカウンターが相撃ちに見えたかの様に決まった。

 インは肩から血を流し、ミイトは防御結界を全て失った上に同じ様に肩から血を流していた。

 インは後方へと飛んで距離を置き、ミイトも注意しながらエストに近付く様に後退する。

 またもや呪力の大半を消失したインだったが、冷静に傷跡を確認した。

 そして、呪力による防御効果は魔剣には通用しない事を認める。

 インは意識を集中して残り少ない身体の呪力の流れを敏捷性と筋力に傾け始めた。

 エストに近付いたミイトは、治癒魔法を掛けられつつ彼女に言う。

「強化魔法のレベルを引き上げないと勝てない…。高位強化魔法に切り替えてくれ。先ずは動体視力からだ。」

「でも、あれは効果の持続する時間が短い上に身体への負担も大き過ぎるわ。それに私に残された魔力だと、せいぜい掛けられる高位強化魔法が後二つまでよ?…動体視力の後に防御と敏捷性の何方を掛ければ良いの…?」

 ミイトは前を向いたまま笑って言う。

「俺の身体の心配は必要無い。どの道やらなきゃ死ぬだけだ…。防御結界魔法は、もう要らない。残り二つの選択はエストに任せる。頼んだぞ?」

 そう言うとミイトは、再びインを迎え討つ為に前に出た。

 エストは取り敢えず言われた通りに動体視力を上げる高位強化魔法を唱え始める。

 この魔法は詠唱にも時間が掛かる代物だった。

 彼女は詠唱の間に状況を見て判断して、次に掛ける方を選ぶ事にする。


 インの素早さは、また一段階上がった様に感じる。

 ミイトは必死に魔剣を合わせて受け流すも、一撃が先程よりも遙かに重くなっていた。

 インは突きの連打から剣を振ってくる動作に切り換えている。

 上下左右から獣の牙の様な動きで襲ってくるインの剣が、突きの動作に慣れてしまったミイトを戸惑わせた。

 だが、エストの高位強化魔法の詠唱が終わると、ミイトの動体視力が更に強化された為かインの攻撃が当たらなくなってしまう。

 ミイトは流れるように魔剣を合わせながら、徐々に自分の間合いへと持ち込む為にインとの距離を詰めていった。

 この闘いの場をミイトが支配している様に見える。

 しかし、インは焦る事もなく冷静そのものだった。

 エストは、そんなインの様子に背筋が寒くなる様な嫌な予感がして来ている。

 彼女は、その感覚に従ってミイトの防御力を上げる方を選択して防御系の高位強化魔法を唱え始めた。

 ミイトの魔剣がインを襲うも敏捷性で上回るインに避けられる。

 インは後ろに下がった後に踏み込んできて、剣を横向きに薙ぎ払うかの様に振ってきた。

 大振りな攻撃に対して身体を、やや後ろに反らせて躱すミイト。

 そこへ踏み込んだ足を軸にしてインの回し蹴りが飛んで来た。

 鋭い踵がミイトの側頭部を狙う。

 …躱せない!…と悟ったミイトは、首を捻ると額を踵に合わせて受けようとした。

 この時点でエストの防御系の高位強化魔法が間に合わなければ、ミイトの頭蓋骨はインの蹴りによって粉砕されていたに違いない。

 自分の踵の蹴りを額で受け切った初めての男をインは、驚愕の表情で見据えた。

 すぐに魔剣で斬りつけたミイトだったが、敏捷性に勝るインは我に返ると剣で魔剣を受け流して間合いを空ける為に再び後方へと飛んだ。

 詠唱を終えたエストは、ほっと安堵の表情を浮かべている。

 彼女の選択は正しかった…かに見えた。


 しばらく後にミイトとエストの顔に焦りの色が見え始めた。

 ミイトの攻撃が敏捷性を僅かに上回るインに全く当たらないのだ。

 だが、インの攻撃も動体視力の高いミイトには当たらなかった。

 二人の戦闘は膠着状態に陥っている。

 インの呪力は魔剣に削られたせいで残りは少ない上に、回復にも時間が掛かる筈だった。

 だが、ミイトに掛けられた高位強化魔法も、そろそろ効果の切れる頃だ。

 インの呪力が、このまま回復を上回るペースで消費されて先に尽きればミイトの勝ちだったが、呼吸の荒くなってきたミイトに比べて、まだ少しだけ余裕の有りそうなインを見る限りでは、奇跡の天秤が何方に傾くのかは明白だった。

 エストは纏わりつく絶望を健気に振り払い、必死で残された魔力の少ない自分に出来る事を考えるが何も思い浮かばなかった。

 パパの様な巨大な魔力があれば…という想いを抑えきれなかったが、即座に振り払う。

 今は、そんな余計な事を考えている暇は無かった。

 時間が無い。

 回復した魔力は僅かで、どう考えても敏捷性を上げる高位強化魔法を唱え始めても途中で精神力を失い気絶してしまうだろう。

 だが、いまさら単純な結界魔法を唱えた所で勝機は訪れない。

 高位強化魔法を唱える以外の選択肢が無かった。

 エストは、そう結論付けると詠唱に入る。

 いつも以上に意識を集中させるが、すぐに脱力感が襲って来た。

 強烈な睡魔も感じられる。

 瞼が、とても重い…。

 エストは片手で詠唱を続けつつ、もう片方の手で短剣を取り出して己の太腿を突いた。

 少しだけ意識がハッキリとして覚醒した様に思えたが、所詮は悪足掻きに過ぎない様だ。

 朦朧としてくる意識の中で薄く目を開けたエストが見た物は…インの蹴りを喰らって倒れるミイトと、彼に向かって飛び上がり剣を突き立てんとするインの姿だった…。

 薄れゆく意識の中で彼女は、自分の首筋に何かが刺さるのを感じた。


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