戦士が魔人と呼ばれる様になったワケ Ⅲ
「若~、御産まれになったそうですよ?」
「あっ、そう…。」
ナメクジから横恋慕の相手の出産報告を玉座で横になりながら聞いて、いじけてのの字を書くイーロスだった。
「祝辞と出産祝いを送っておきますね。」
「なんでじゃ?!お前は俺の立場とか気持ちとかを理解してんの?この間も勝手に結婚祝いを送りやがって!」
憤るイーロス。
「それはそれ、これはこれ、ですよ。」
冷静に答えたナメクジ。
「…もう、いい加減に諦めたらどうですか?相手は既に子持ちの人妻ですよ?」
イーロスは玉座の上に立ちあがって宣言をする。
「人妻なら、むしろ望むところだ!出産だって一回くらい経験してくれていた方が具合が…。」
「若っ!そこまでです。それ以上言うと、教国の教義的にもアウトですし王の資質以前に人としての資質が問われます。」
ナメクジの冷静な突っ込みにイーロスは、開き直って答える。
「俺、魔族だもーん。」
…だもーん、じゃねぇよ…とナメクジは、心の中で突っ込んだ。
エストは出産後の休養を得てミイトとの修行を再開したが、余りにも差を付けられている事に愕然とした。
エストが強化魔法で自身を強化して、素のミイトと吊り合うくらいになっている。
ミイトは、あれからも羅刹との実戦を繰り返していたからこその成長だった。
ただし、まだ羅刹相手には一度も勝った事は無い。
エストは主に羅刹と闘う役をミイトに全て任せる事にした。
自分は魔法でサポートする事に専念すると決心する。
それからのエストはミイトとの修行は続けつつも、それと公務以外の時間は、自分の部屋で赤ん坊の面倒を見ながら、図書館から魔術関連の蔵書を借りて魔法に関する勉強をする事が多くなった。
もはや単純に使用できる魔法の種類なら、前魔王である父親を軽く凌駕している。
やがて、エストとミイトが商会の依頼で帝国に侵入して初めて羅刹を退却させる事に成功する日が来た。
強制労働をさせる為に帝国に攫われた色々な国の人々の解放された喜びの声を聞きながらミイトは、これでやっと自分を救った時のサウムと同等の実力に辿り着いただけなんだなと、何処か冷静に考えていた。
むしろ羅刹が当時は若くて全盛期であった事と、サウムが独りだけでエストなどのサポートがいなかった事を考えれば、まだまだ力不足だと言えるかもしれない。
ミイトは救われた人々が強制的に働かされていた場所を見渡す。
彼は、その建設中の施設に見覚えがあった。
彼が少年時代にいた場所とは違う位置だったのにも関わらずである。
そう…ここは墓だった。
彼が造らされていた前王の墓ではなく、別の王の新たな墓だ。
その事が意味する所を理解が出来ないミイトではなかった。
現在の神帝の崩御が近いのかもしれない。
今回とは異なり、自身を強化した不敗の羅刹の侵攻に自分が何処まで通用するのか?
ミイトは漠然とした焦りを感じていた。
その後もミイトとエストが、商会の依頼で帝国に侵入する事が度々あったが、二度と羅刹が出てくる事はなかった。
ミイトは帝国の軍施設を潰して羅刹を引き摺り出す提案をエストにしてみたが、羅刹との一件が片付いたら帝国と和睦したいエストは難色を示した。
ミイトも、それ程には乗り気ではない提案だったので、以降の二人は羅刹と闘って実戦の経験を積む事が出来ずにいた。
この頃から羅刹を撃退したミイトの事を帝国の人々は、北の魔人と呼ぶ様になった。
魔姫に与し魔神の後を継ぎながらも、人としての心を捨てていない者。
無差別に殺戮を行わない事からミイトは、サウムと比べられて、そう呼ばれる様になった。
「インか…。」
神帝は寝室の豪奢なベッドで横になっている。
インは神帝の側に膝立ちで畏まり彼の片手を両手で握りしめて、邪魔者共のせいで遅れていた彼の墓が、ようやく完成した事を告げた。
神帝は心臓のある辺りから何か細い管の様な物が、縦横無尽に這う様に浮き出ているのが見える。
上半身は肋骨が見える程に痩せこけ、脚は立てなくなる程に細くなってしまっていた。
髪は総て白髪に代わり、視線は何処か宙空を彷徨っている。
羅刹は、とうとう魔帝の呪いを彼から取り除く事が出来なかった。
羅刹は握る両手に力を込めて言う。
「お救いする事が叶わずに申し訳ありませんでした…。」
神帝は、にこやかに笑う。
握り返す力は既に彼には無かった。
「良い…其方の忠義…真に…嬉しく思う…。」
「勿体なき御言葉に御座います…。」
笑みが神帝から消え目が閉じられた。
「弟のことを…頼む…。つらい役目だろうが…済まなかったと…彼に…。」
「御意…。」
神帝から呼吸が途絶えた。
話は冒頭のエストとミイトが、サウムの墓参りに来ている時と場所にまで戻る。
エストはとある情報を得て、これからの自分の行動と決意をサウムに報告しに来た積もりでいた。
願を掛けるという意味合いもあるのかもしれない。
その決意の程をサウムの墓前で宣言して誓おうとする彼女の近くに、慌てた様子で城の伝令がやって来た。
「申し上げます!姫様が…何者かに攫われました…。」
伝令の声は最後の方で消え入りそうな位に小さくなっていったが、話しの内容はエストには正確に伝わっていた。
だがエストは、その内容に関してにわかに信じられなかった。
ミイトも反応が少し遅れる。
伝令の言った姫様という言葉は、当然エストの事を指すのではない。
エストは今や女王陛下という立場になっていた。
つまり姫様というのは、エストとミイトの間に生まれた娘の事を示す。
攫われたというのは未だ離乳しておらず、寒風の中で外出させるのを控えて城に残して来た可愛い我が娘の事だった。
エストは話の内容を理解する前にサウムの墓を何となく振り向いて見てしまう。
勿論そこからは、サウムの助言など聞こえてくる筈も無かった。
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