戦士が魔人と呼ばれる様になったワケ Ⅱ
取り敢えずエストは、教国の現国王であるイーロスに向けて親書の返事をしたためる事にする。
かなり丁寧で礼節を込めた文章だったが、結局は婚礼の儀に関して御断りする旨の親書を送った。
これで彼と帝国軍の出方を見ようという作戦である。
すぐさまにイーロスから新たな親書が送られて来た。
内容はエストの決断を信じられないと罵倒し、サウムの件で教国に迷惑をかけたのだから責任を取るべきだと批判し、あろう事かミイトとエストが、教国の民衆の虐殺に加担していたと吹聴すると脅迫してきた。
以前にエストを見放した事に関する謝罪は、今回も無い。
婚礼の儀までの期限は、二週間後に延長されていた。
サウムの事を持ち出されて流石のエストも激昂し、彼女を見限った事や、彼女が望まぬ婚約だった事や、婚約期間に一方的にあれこれ要求してきた事や、要求が叶わなかった場合に子供の様に駄々をこねた事などをあげつらって、恨み節をつらつらと書いて返事を送った。
そして、三度イーロスから親書が送られて来た。
今度は流石に彼がエストをサウムの討伐から見捨てた事に対する謝罪から入り、如何にエストが魅力的であるかを改めて知ったと褒めちぎり、異界に逃亡した自分が、とても苦労して成長したので認めて欲しいという自画自賛で締めくくられた文章だった。
婚礼の儀までの期限は、さらに一ヶ月後に延長されている。
「どうやら、フィレンの推測が正しかった様ね…。」
エストは返事を送るのをやめて、以後イーロスから届いた親書は、目を通しても余程の事でない限り無視する事に決める。
例え様のない疲労感と虚脱感が、彼女を襲っていた。
やがて、国境線付近の帝国軍は撤退を開始し始めた。
共和国軍も、それに合わせて駐留をやめて撤退を開始する。
それと入れ替わる様に共和国に避難していた難民達が、先ずは魔族から教国に戻って来た。
魔族であるイーロスが治める国になったので、魔族が優遇されるのを期待しての事だった。
しかし、イーロスは瑣末な事には無頓着でナメクジに全権を委任していた。
そのナメクジは、実は異界の出身者だったりしたものだから…。
「人も、この世界の魔族も私から見れば一緒ですね。」
と言って後から戻って来た人間達とは特に差別化をしなかった。
魔族からも…それならそれで…と、特に不満が出てくる様な事は無かったという。
共和国と教国との国交や交易が途切れる様な事態も起こらなかった。
意外にも善政が、そのナメクジの手腕によって敷かれている事に、教国の支援を商会をあげて行っていたバドシは驚く。
「若〜?国境線に若が作られた次元障壁結界は、どうします?そのままですか?」
「また作るのも面倒臭いから、そのままだ。作るとなると魔力も大分必要だしな。」
ナメクジの質問にイーロスは、謁見の間で玉座に横たわりながら、そう言った。
「どうせ異界から私経由で若に補充しているんだから、魔力量は気にしなくても宜しいんじゃないですかね?」
イーロスの巨大な魔力のからくりには、そういう裏があった。
異界は至る所が魔力に満ちており、そこで仲間にしたナメクジをこちらの世界に連れて来て、彼の能力を使ってイーロスは、ほぼ無限の魔力を異界から手に入れている。
あくまで魔力の量が無限なだけで、魔法が強力だったり多彩だったりはしないのだった。
「うるさい。小姓の癖に生意気だぞ?俺が良いと言ったら良いんだ。」
「小姓って…私は一応メスなんですけど…?」
ナメクジはブツブツと文句を言った。
帝国軍が撤退して教国のイーロスからの脅迫めいた恋文の入った親書も途絶えようとしていた頃に、ミイトとエストは結婚式を挙げた。
正装したミイトと白いウェデイングドレスに包まれたエストが、神前で永遠の愛を誓い合う。
この婚礼には、もう一つの意味合いがあった。
任期の切れた共和国の大統領に変わり共和国の国民から新しい大統領に選ばれたのがミイトである。
バドシの商会の後押しもあったが、サウムの虐殺を止めた功労者として、サウムの関係者であるにも関わらずミイトの国民的人気は、かなりのものだった。
その為に選挙の本選では、他の候補者を引き離しての圧勝だった。
そして、エストは故郷に戻って改めて女王としての戴冠式を済ませる。
その二人が婚約を公表したと同時に二国は、婚礼時に併合される事も明らかになった。
エスト女王の元に一つの王制国家として纏まる事になるのである。
国民から大きな反対が起こらなかった理由の一つに、帝国への警戒と畏怖が存在していた。
北の魔王の国は教国に次元障壁結界が現れた一件以来、帝国との国交は事実上の停止状態に陥っている。
帝国からの宣戦布告はされていないが、国境線では帝国とエストの故郷とで小競り合いが頻発する様になっていた。
国境線が山岳地帯の為に攻めづらく守りやすいのと、北の魔族は寒さに強い事もあり、犠牲者は殆ど出ていないのだが…。
功を焦った一部の兵達が、帝国側に撤退する敵を追って攻め入った時に羅刹に全滅させられるという事件が起きた。
エストが女王として先ずやらねばならなかった事は、決して無断で帝国へ侵攻してはならないと兵達に周知徹底させる事だった。
帝国の摂政も本気でエストの国を山岳越えを強行してまで滅ぼせるとは考えておらず、あくまで牽制の意味合いの強い侵攻である。
しかし共和国の民衆の間では、帝国に対する恐怖が増す切っ掛けになってしまい彼らは、より強い指導者としてミイトとエストを選び、より強い同胞として北の魔族と手を結ぶ事を選択する事にしたのだった。
いずれ羅刹が侵攻してくる。
その時の為にエストとミイトは、己を鍛える事にして公務の合間に修行を繰り返していた。
その方法は魔法で強化した相手との模擬戦だった。
結局のところサウム亡き今となっては、併合したエストの国ではミイトの相手が務まるのはエストしかおらず、エストと同等に闘えるのはミイトしか居なかったからだ。
二人ともサウムの様に実際に帝国に侵入して羅刹と実戦を繰り返す事も考えたが、まだ時期尚早の実力であると判断する。
しかし同等の相手と戦闘しても大した経験にはならないので、相手側に強化魔法をかけて対羅刹戦を想定した模擬戦を繰り返したのだった。
その方法を選んだのは、当たりだったようで、二人は自分達の成長を実感する日々を送っている。
しかし、途中でエストが一部の公務を除いて修行を中止してでも休養に入らざるを得なくなる。
彼女は妊娠してミイトの子供を身篭ったのだ。
北の魔王の国改め、エスト国の山岳地帯。
帝国との国境線付近。
国境線から少し離れた帝国領内でミイトは、己の見立ての甘さを呪っていた。
あれから自分は、かなり強くなったと自負していた。
…だから試したくなった。
いざという時の為に身重で出産前のエストから神器の羽根を借りたりもした。
エストは心配してくれたが止める事はしなかった。
帝国へ侵入する前に魔族でも高レベルの者達に強化魔法をかけて貰ったし、その効果はまだ続いている。
魔剣も持ってきた。
だが羅刹の相手をするには、それでも未だ早かった様だ。
ミイトは以前に帝国の砦で片腕を飛ばされた時に比べれば、羅刹の攻撃を見て凌げられる様になっただけ成長したと言えるだろう。
だが、それだけだった。
羅刹に擦り傷一つ負わせる事も出来ずに自身の傷が増えるだけだった。
深手は未だに無いが気力は削られ、エストの元に還る一心で羅刹の猛攻を躱しつつ国境線へ向けて撤退している。
神器を使う隙さえ、羅刹は与えてはくれなかった。
魔剣を伸ばして攻撃すれば羅刹を一時的に後退させられるだろうか?
自分の意志で魔剣の長さを調節できる様になっていたミイトだったが、羅刹相手に安易にその手を使う事に躊躇っていた。
…追いつかれる、もう駄目だろうか?…という弱気な考えが頭をよぎった刹那に、前方を疾走する複数の中型ゴーレムが見えてきた。
ミイトはゴーレムの群れに追いついて、その先頭へと紛れ込む。
羅刹の方はゴーレムに進路を塞がれてしまって、そちらに対処を優先させられた。
「ミイトさん!掴まって下さい!」
先頭を走る他より少し大きいゴーレムの肩に乗っていた人物が手を伸ばしてくる。
今は自分で走るよりは速いとミイトは、その手を掴んでゴーレムに乗った。
手を伸ばしてきた少年の名前は、ロク。
フィレンの兄で元々は御者だった少年である。
彼は今も温泉地で働いていたが、先祖の古文書の解読を終えてからは、そこに記されていたゴーレム製造方法に興味を持ってしまい、多数のゴーレムを作って戦闘用や運搬用など様々な用途として扱うに至っていた。
現在では国境守備隊を兼任しゴーレムマスターという異名を持ち、味方から敬われながらも慕われ、敵からは怖れられている。
だが、そんな異名も羅刹には無関係だった。
次々にゴーレムを破壊しながら羅刹は、ミイトとロクの乗る最後のゴーレムに迫って来る。
ミイトは慌てて魔剣を腰に着けた鞘に収めると荷物入れから神器の羽根を取り出そうとした。
「ミイトさん!揺れますから、しっかり掴まってて下さいね!」
ロクにそう言われてミイトは、荷物入れを開けずにゴーレムの石で出来た身体の掴み易そうな場所を片手で力強く掴んだ。
前方を見ると積もった雪の先が開けていて、進行方向には地面が見えなかった。
「行きますよ!」
「行くって?!おまえ、そこは崖…。」
ミイトの言葉はゴーレムの崖下へのジャンプと共に掻き消された。
浮遊術を唱える暇もない。
頭から落下しつつゴーレムは、腕を左右に拡げた。
すると鳥の羽根みたいな形状をした結界が発生する。
ゴーレムの脚が曲がって膝の部分から踵にかけて空洞になっているのが見てとれる。
その空洞の内部に張られた結界にミイトは、見覚えのある様な気がした。
ぴったりと閉じた両ふくらはぎに出来た空洞から風の唸る様な轟音が聞こえると同時に、落下する以上の加速をしながら下に向かう感じがする。
「上がれーっ!」
ロクが叫ぶと同時に羽根の形をした結界の後ろ部分がしなって曲がった。
ゴーレムは落下しながら胴体を捻って背中を崖に向けると、地表と平行になる様に頭が浮き上がり始める。
ロクとミイトは仰向けになったゴーレムの頭を掴みながら肩から胸の位置に移動する。
両ふくらはぎの空洞の轟音が更に大きくなっていった。
ゴーレムは地表に衝突しそうなギリギリの高度を超高速で滑空した後に、夜空へと舞い上がる。
遙か彼方へと飛び去ったゴーレムを崖から見送った羅刹は、流石に唖然とした。
「毎度ながら、逃げ方だけは色々な手で来る連中だ…。」
その頃、ミイトは自分の浮遊術の数倍の速さで飛ぶゴーレムに乗りながら、ある意味で二回も命が助かった事に安堵していた。
そんな彼にロクが話し掛ける。
「女王陛下からミイトさんの帰りが遅いから、迎えに行ってくれって頼まれたんですよ。」
「女の勘って奴かねぇ?まぁ助かったけど…。」
ミイトは未だに轟音を鳴らすゴーレムの両ふくらはぎの部分を見る。
「しかし、凄いもん作ったな。お前…。」
「元々、先祖の古文書の中に鳥の様に空を飛ぶゴーレムのアイデアだけはあったんですよ。ただ、これだけの物体を持ち上げるだけの揚力を得る為の推力を出せる方法が見つからなかったらしくて…。」
「…揚力?…推力?」
ロクの説明を聞いてもミイトには、チンプンカンプンだった。
「古文書に書かれてあった専門用語だったんですが、簡単に言えば鳥が風を羽根に受けて上がる力を揚力、それを風を待つのではなく代わりに走って起こす為の力が推力なんですが…。」
ロクもゴーレムの両ふくらはぎを見て言う。
「あの脚の空洞…その内側にある結界は、古代竜がブレスを加速して収束させる為に用いた結界と原理的には一緒です。前方の空気を取り入れ圧縮して後方に加速して押し出す事によって、膨大な推力が得られる仕組みです。」
「古代竜の用いた結界の術式なんて良く分かったな。」
ミイトが感心した様に言う。
「…サウム様のおかげです。あの方が古代竜との戦闘記録と、その時に相手が使用した未知の魔法の解析結果を書物に遺していたから…。女王陛下から閲覧の許可をいただけたというのも大きいですが…。」
「…また勇者に救われたのか…俺は…。」
ミイトは微笑むが、ロクにはその微笑みが少し寂しそうな物の様な気がした。
「それにしても、ゴーレムごと宙に舞った時は死ぬかと思ったぜ…。」
「ぶっつけ本番で成功して良かったです。」
ミイトはロクの笑顔を見る。
「…なんだって?」
「ですから、ぶっつけ本番で成功して良かったなぁ…って…。」
「お前、もうちょっと後先を考えて…。」
ミイトは言い掛けて古代竜との戦闘時にエストにも言われた事を思い出した。
「やめた…。俺も人の事は言えねぇや…。」
ミイトはロクに別の事を尋ねる。
「どの位で城に到着するんだ?」
「あと五分…といった所ですかね。」
ミイトは…俺が飛んだら、一時間は掛かるのに…と感心した。
「しかし、そんなに短いんじゃ、身体を固定して仮眠を取る訳にもいかないな。」
「丁度良かったじゃないですか。子供の名前を考えといて下さいよ。」
ロクの何気ない言葉に、ミイトは尋ね返す。
「なんだって?」
「おめでとうごさいます。御産まれになったのは女の子だそうですよ?」
…名前を考えろって、あと五分でか?…ミイトは、そう思うと…今から降りて、ゆっくり飛んで帰って時間稼ぎをしようか?…と真剣に悩むのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます