第10話
戦士が魔人と呼ばれる様になったワケ Ⅰ
共和国のとある墓地に一組の男女が訪れていた。
二人の目の前にある墓には、サウムのフルネームが刻まれている。
この墓の下にはサウムの遺体を納めた棺が埋められていた。
ストネの棺は、ここではない教国の王家の墓地の方に埋められている。
一緒の墓地に埋葬してあげられなかった事が女性にとっては心残りだった。
女性はサウムの墓に向かって語りかける。
「サウム…久し振り。貴方が亡くなってから、もう丸二年になるわ…。その間に色んな事があった…。」
女性の名はエスト。
かつて勇者になろうとしていた風変わりな魔王である。
「貴方の言う通りに自分の好きな様にしていたら結局は、また魔王って呼ばれる様になっちゃった。」
「…エストに付き合ってたら俺の方は、魔人とか呼ばれる様になったけどな…。」
男性の名はミイト。
エストの良き伴侶である。
「魔姫って呼ぶ者達もいるけれど結局、変わったのは呼ばれ方だけ…。私なーんにも変わらなかった…。いつも通り困っている人達は、放っておけなくて…いつもの通りにミイト達に迷惑をかけて…。」
「まったくだ…。」
エストは茶化すミイトを振り返って睨むと、すぐに笑顔になって吹き出してしまう。
「本当に色んな事があったわ…。」
蒼く澄み切って晴れ渡る空を見ながら、エストは述懐する。
二年前。
突如、帝国と教国の国境線沿いに現れた、魔法で作られたと思われる紫色に輝く天を衝くかの様な巨大な結界の壁に阻まれた帝国軍は、そこから先には進軍出来ずに途方に暮れている。
帝国軍は攻城兵器まで持ち出して壁の破壊を試みたがビクともしなかった。
身体に黒い紋様を刻んだ術師と呼ばれる帝国軍の魔法使い達が、彼らの魔術体系の魔法を用いて壁の消去を試みたが、小さな穴一つ開ける事すら叶わない。
反対側にいた教国と共和国の連合軍も、この奇妙な壁を調べていた。
共和国軍の魔術師部隊の隊長が、かろうじて何かの次元操作系の魔法である事までを突き止める。
しかし、この巨大な結界を張れる程に膨大な魔力の持ち主に、彼は全く心当たりが無かった。
恐らく魔帝でも不可能だと思われ、他の可能性として北の魔王がいるが既に亡くなっているし、その娘であるエストにこのような結界を作れる魔力は無い筈である。
連合軍が結界の調査で行き詰まっていた…そんな時、彼らの頭上に一人の魔族が巨大なナメクジに乗って現れた。
「俺の名はイーロス!俺こそは新たな教国の王!貴様ら愚民の新しき主人だ!」
その男は共和国軍相手に高らかに、そう宣言した。
彼はエストの元婚約者である。
「マジで?」
ミイトは爺やに訊き返した。
ここは北の魔王の国。
エストの故郷。
その魔王城の謁見の間にエスト、ミイト、フィレン、爺やがいた。
バドシは共和国にある商会本部で今回の教国で起きたイーロスと結界の件について、大統領と共に対応に追われている。
「遺憾ながら…。」
爺やは、やや触角が左右に垂れている。
どうやら困惑している様だ。
「…実はエスト様の元婚約者であるイーロス様は、亡くなられたストネ様のお爺様…つまり魔帝に殺された教国の国王陛下の血縁者にございます…。」
爺やの説明に他の三人は、驚きを隠せない。
ミイトは再び訊き返す。
「それじゃ、サウムと魔帝が王族を滅ぼした今となっちゃ、事実上の第一位王位継承者って事じゃないか…。イーロスの言ってる事は、口からの出まかせでも狂言でも無いって事か?」
「仰る通りで…。」
爺やは、さらに続けて語る。
「彼の母親は、実は教国の国王陛下と魔帝の異母妹殿の間に生まれた教義に反する不義の子でして…何があったのかは存じませんが…魔帝の手から異母妹殿が娘と共に、この国に逃れてきた所を先々代の魔王様が、お救いになられたのです。」
「お爺様が?」
エストは、さらに驚いた。
「魔帝に異母妹が…。」
フィレンも爺やからの話を反芻するかの様に呟いた。
「待て待て…女が不義だの異母兄妹だの云う話題が大好物なのは知ってるが…今回の件とは、あまり関係のない話だろ?…それで?俺たちが呼ばれた理由は何なんだ?」
爺やは困った様に封書を差し出してきた。
「現教国の国王を名乗るイーロス様から、我が国に宛てた親書に御座います。申し訳ないのですが…エスト様に直接宛てられた物ですので、国王代理とはいえ私の一存では開封の判断はいたしかねまして…。」
エストは封書を開封して手紙を取り出し拡げて読む。
ミイトやフィレンも横から覗いた。
”一週間後にエストとの婚礼の儀を執り行うので教国まで独りで来ること。
断れば帝国軍を抑えている結界を取り払って共和国に攻め込ませる。”
手紙に書かれてある文章は、それだけだったが破壊力は抜群だった。
エストは顔面蒼白になり、ミイトは怒り、フィレンは呆れている。
爺やとミイトは断固拒否すべきとの意見で一致していた。
「己から婚約を解消しておきながら謝罪も無しと、傲岸不遜な態度が滲み出るかの様な文章!姫様…相手にする必要なぞ御座いません!」
「もう姫様は、やめてよ…。」
「女王様!」
「なんか、その言い方も嫌…。」
爺やはそう捲し立て、エストは心ここにあらずで適当な相槌をうってしまう。
「俺も反対だ。」
ミイトも話し方こそ冷静だったが内心では、かなり憤っている様子だ。
「羅刹のいない帝国軍なぞ恐れるに足りない。俺とエストで必ず勝てるから要求を飲む必要は全く無い。」
エストはミイトの言い様に物凄い嫌な既視感を覚えつつ答える。
「ミイトなら…敵を侮っているなんて事は無いんだろうけど…。もし、本当に帝国軍が共和国に攻め込む様な事になれば、私達や共和国軍が戦う事も含めて多くの被害は避けられないわ…。」
「それはそうだが…サウムの遺言を忘れたわけじゃないだろ?大人数で攻めて来られるのに全ての人々を救うなんて無理な話だ。」
サウムの最後の教えを持ち出され、エストは苦悩する。
「…でも、私がイーロスの元に行けば一時的にせよ全て丸く収まるのよ?」
「それこそサウムが言ってた事を思い出せよ。もっと自分を大事にした考えを基本軸に置くんだ。好きでもない奴と結婚して、好きでもない奴に抱かれる日々の何処が丸く収まってんだよ?」
ミイトの話が具体的過ぎて、エストは悪寒を感じるのが抑えられない。
元婚約者だから以前は、それなりに好意を抱いてはいたが、性格の不一致からキスすら許していない相手である。
一方的に婚約解消されて哀しくはあったが、忘れられない程に愛していた訳では無いし、逆に恨んだり憎んだりした事も無かった。
今となっては、どうでもいい存在だ。
…それが何で今頃になって、こんな手紙を寄越してくるのかしら?しかも、私を捨てた事に対する謝罪なりがあっても良さそうなものなのに全く無い。文面も、かなり偉そうで一方的だわ…。
そう思うと、エストは段々と不愉快になってきた。
「それに神帝が死んで羅刹が現れた時に、あの結界が何処まで通用するのかも疑問だ。せっかく、帝国軍を抑えてくれているから試す気は無いが…恐らく俺の魔剣でも消滅させる事は可能だと思う。」
「…魔剣には通じなくても羅刹には、結界が通じるかもしれないわ…。」
ミイトに理屈で説得されてもエストは、まだ決めかねている様子だった。
ミイトは降参のポーズをする。
「分かった…建前はやめよう。頼むから行くのは、やめてくれ。俺は、お前を誰にも渡したくない…。」
「…ミイト…ありがとう…。でも…。」
まだ何かを言い掛けていたエストにフィレンが横から口を挟む。
「そうですよ、エスト様。折角ミイト様と熱い夜の契りを交わされたのですから、今更好きでもない男となんて…。」
「え?ちょっと待って…何で、フィレンが知ってんの?」
ミイトが慌てて質問したが、構わず爺やも横槍を入れる。
「そうですぞ!ミイト殿に傷物にされたからには、やはりミイト殿に責任を取っていただくべきです!」
「待って!俺、悪人みたいじゃん?」
エストは、そんなやり取りを微笑んで見てはいたが…。
もし帝国軍が共和国を攻め落とし、そして共和国を橋頭堡に自分の故郷に攻め込んで来たらと思うと、不安がどうしても拭えなかった。
しかし、あれこれ言われてテンションの上がってしまったミイトの暴走は、そんなエストを前にしても止まらない。
「そもそも、俺はイーロスの顔を見たから言うけど、あいつは俺と同じでスケベそうな目をしていやがった!」
フィレンはミイトに同意して頷く。
実はミイトは偵察任務で、フィレンは商会の用事でイーロスの戴冠式の日に遠くからではあったが彼の素顔を見ていたのだった。
ミイトは話を続ける。
「だから、エストがイーロスの所に嫁になんか行ったら、きっと…
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…な事になってしまうだろう!俺は、それが心配なんだよ!」
エストは再び顔が真っ青になってしまった。
フィレンは聞くに耐えないとばかりに耳の穴を人差し指で塞いで、静かに目を瞑っている。
爺やは呟く。
「…引くわー。」
フィレンは塞いでいた耳の穴から指を抜くと手を挙げた。
「あの…よろしいでしょうか?」
「いいのよ…いいのよ…私が犠牲になって、あいつに色々とエッチな事をされれば万事解決なのよ…。」
エストはミイトの例え話が衝撃的過ぎて錯乱していた。
「いえ、そうではなくて…私も、やはりエスト様が要求を飲まれる必要は無い様に思うのですが…?」
「どぼちて?わだぢが行がないど帝国軍が攻めてぐるよ…?」
フィレンの意見にエストは、滝の様に涙を流しながら質問を返した。
「壁を取り払って帝国軍を侵攻させたら一番困るのは、教国の国王であるイーロス様ではないのですか?帝国と教国は同じ一神教な上に異なる神を信奉しています。決して相容れないと思うのですが…?」
エストの涙が止まった。
フィレンの回答は続く。
「何がしかの素通りをして貰える密約でも交わしているのなら、話は別ですが…。あの間抜け面…失礼いたしました…御尊顔を拝するに、そのような根回しが得意な方とも思われませんが…?」
四人の間に、しばしの沈黙が訪れた。
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