勇者が勇者見習いを諌めたワケ Ⅲ

 朝から商会本部の扉を叩く無礼な奴がいる。

 フィレンは、まだ眠たい目を擦りながら寝室から玄関へと歩いて、扉を開いた。

「誰じゃあ!コラァ!こんな朝っぱらからぁ!ここがギルド総本山と知っての狼藉かぁ?!コラァ!」

 玄関先でミイトが驚いて後退っている。

 フィレンは自分が寝惚けていた事に気が付いた。

「あらやだ…ミイト様じゃありませんか?オホホ…。」

 フィレンは深くお辞儀をした。

 ミイトは若干引きつつも用件を伝える。


 こんな早朝から開いている小売店は無いから、問屋に直接行くしかない。

 フィレンに、そう言われて紹介された場所に来たミイト。

 責任者のおっさんに尋ねると、バラ売りは出来ないから箱ごと買ってくれと言われた。

 所持金は十分にあるのでミイトは、それでいいと答える。

 おっさんは今度はサイズを聞いてきた。

 ミイトは大きめのサイズを見せてくれと言って、何着かのサンプルを渡してもらう。

 その中から一つを選んで、おっさんに渡した。

 おっさんは…なんだこりゃ?牛か?…と訊いて笑った。

 ミイトは、むかつくよりも何だか恥ずかしさの方が先に立ってしまう。

「エスト様は大きくていらっしゃるから…こちらの問屋が宜しいかと思います。」

 エストの大まかなサイズを聞いて、少しだけフィレンの笑顔が引きつっていたのを、ミイトは思い出した。

「次はパンツと服か…。」

 ミイトは買い物を続けた。


「ありがとう…ゴメンね。」

 ミイトの寝室で渡された下着と服に着替えながら、エストは答える。

 女性物の下着を買いに行く男性の戦士なんて、ミイトは聞いた事が無かった。

 特殊な性癖の持ち主でいるのかも知れないが…。

「こっち見たら、駄目だかんね。」

 ミイトは…今更?…と思ったが、口には出さなかった。

「これなんて上等な絹で肌触りも良いな。高かったでしょう?ありがとう…。」

 …こいつ、金を払わない気か?…と思ったミイトだったが…まぁ、今の仲ならプレゼントしても良いか…と考え直した。

 値段に関しては、知らない物を高いも安いもないが…こんな小さな布切れに、この値段?…とは思っていた。

「気に入ったのが他にあったら、後で戻って来て持って行けよ。残りは、しまっとくから…。」

「どうして?」

「また、ここに来た時に必要になるかも知れないだろ?」

 エストの顔が真っ赤になった。

 彼女は照れた事を誤魔化す様に質問をする。

「それにしても本当にサイズが、ぴったりね…。大体のサイズは教えたけど…良く、ここまで正確に分かったわね?」

「そりゃあ…昨日の夜に散々触りまくったからな。」

 エストは買った荷物を整理していたミイトに後ろから蹴りを入れた。


「…じゃあ一度、帰るね。」

「…本当に大丈夫なのか?」

 ミイトの家の玄関先でエストは、彼の質問に対して笑顔で頷いた。

 ミイトは後で自分も行くとだけ伝える。

 エストは、それに答える様に軽くキスをした。


 ミイトに、わざわざ早朝から外に出る為の服を買って貰ったのは、なるべく早めにサウムの家に帰りたかったからだ。

 力を失ったサウムは、いつ恨みを持った者達に襲撃されてもおかしくはない状態だ。

 エストは、その事に関して考えていない訳では無かったが、あんな出来事が起こってしまってはサウムの側に居続ける訳にもいかなかったし、ミイトに自分の持ち物をサウムの家にまで取りに行って貰うのも、早朝に買い物に行って貰うより気が引けてしまっていた。

 結局またサウムの元に戻るにせよ、少しだけ時間を空けて猶予を設けた方が、お互いの気持ちの整理の為にも良い様に思えたのだ。

 それにしても教国で、あんな事件があって彼を恨んでいる人も多いだろうと思うのに、彼を襲って仇を討ちたいという者は今のところ皆無だった。

 だから一晩くらいならサウム一人で自宅に居ても大丈夫だろうと、エストは思っている。

 …一晩が経って目が覚めればサウムも冷静になってくれているに違いない…。

 ミイトとの事は包み隠さずに話した上でサウムに、せめて落ち着くまで身辺の警護や身の回りの世話だけは、させて欲しいと御願いしよう。

 それでも危険な様なら、共和国との関係は悪化するかも知れないがミイトと一緒にサウムを連れて祖国へ亡命する事も考えないといけない。

 いや、の場合だけは帰郷になってしまうけれど…。

 そんな事を考えながら、ゆっくりと歩いて冷却期間を置くかの様にサウムの自宅へとエストは戻って来た。

 だが、様子がおかしい。

 人の居る気配を家の中から感じなかった。

 …そんな!昨日まで何も無かったのに、たったの一晩で?…そんな甘い考えを、せせら笑うかの様に彼女自身から、当たり前の別の見方が思い浮かんだ。

 …今までに襲撃が一度も無かったのは、仮にも魔王である自分が四六時中サウムの側に居たから?いなくなった今ならチャンスだと、襲撃者が考えるのは当然なのかもしれない…。

 エストは目の前が真っ暗になった気がした。

 だが、可能性が高いとはいえ取り敢えず本当に襲撃されたのかを確認しなければならない。

 エストは聴覚などの強化魔法を唱えると足を忍ばせながら、サウムの自宅の中へと静かに玄関から入って行った。

 音を立てずに注意深く各部屋を確認するが、サウムも含めて誰も見つけられなかった。

 …もしかして外出だろうか?…それはそれで探す場所が広範囲になって厄介なのだが、玄関の扉の鍵も掛けずに出かけるのはサウムらしくない不用心さだ。

 エストは今一度だけ寝室を確認すると奇妙な違和感を感じたが、その正体は直ぐに分かった。

 松葉杖が置いたままだ。

 今のサウムが外出するには必要不可欠なものだから、置いて出掛ける事が有り得ないものだった。

 確実に事件である事が分かったエストは、焦り始めていた。

 寝室の机やクローゼットなどを片っ端から調べるも、クローゼットから部屋着が一着分だけ無くなっているだけで、何も手掛かりらしき物は見つからなかった。

 脱衣場にも篭に入れた寝間着があるだけで、他に何も見つからなかった。

 台所に戻ったエストは、引き続き調べてみても何も見つからない。

 玄関も探してみるが、変わった所は特に無かった。

 しかし、外に出てポストの中身を確認すると手紙が投函されているのを見つける。

 エストは急いで封を切って中身を確認した。

 青ざめたエストは手紙を丸めて玄関のゴミ箱に捨てると、浮遊術を唱えて何処かへと飛び去った。

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