勇者が壊れてしまったワケ Ⅳ

 ミイトはサウムと距離をとって後方に脚を使って飛んで退きながら魔剣のリーチを利用して攻撃していく。

 サウムは刃に当たらない様に躱しながら接近していった。

「エストの父親と戦った時に、その剣の長所も短所も把握済みだ。」

 サウムは伸びてくる魔剣の刃先を屈んで躱すと、剣が縮む速度より速くミイトに接近する。

 サウムが振るった剣を魔剣で受けようとしたミイトだが、まだ伸びている刃先が地面を擦ってバランスを崩す。

「しまっ…!」

 ミイトの胴体をサウムの剣が、薙ぎ払うと思った刹那、サウムの剣はミイトの周りにある結界に弾かれた。

 サウムは驚いて眼を見張る。

 それでもミイトはダメージを受けて横へと吹き飛んだ。

 その方向とは反対にサウムは視線を向ける。

 その視線の先には両手をミイトに向けていたエストがいた。

 サウムは喜色満面でエストを讃える。

「凄いじゃないか、エスト!あの結界を十枚以上重ねて張れる様になっているなんて!亡き父親の域まで、あと少しだな!彼も喜んでいるだろう!」

 エストは真剣な表情で息を荒くしている。

 サウムに褒められても、もう笑顔で返す気すら起きない。

 何故なら彼の殺気が、更に膨れ上がるのを感じるからだ。

 そして、その殺気は今はミイトから自分に向けられていた。

「厄介という程ではないが…少々ウザいな。先に潰れて貰おうか?」

 エストは接近してくるサウムを強化された動体視力で、かろうじて捉えた。

 だが分かる。

 彼は未だに本気ではない事を。

 以前に見た羅刹との戦闘時と動きが違っていた。

 エストは巨大な氷の槍を作り出してサウムに向かって投げつける。

「攻撃が大振りで雑過ぎる。」

 サウムは接近してくる巨大な氷の槍を剣で粉砕した。

 だが、巨大な氷の槍に遮られサウムの視界から隠れていたエストは、氷が粉砕された地点の地面に向けて火球を放った後だった。

 破壊された氷が溶けて出来た水蒸気と、巻き上げられた地面の粉塵が辺りを包み込む。

「くそっ!あの時の…。」

 サウムは、まさか自分が以前に指示した方法にしてやられるとは思ってもみなかった。

 粉塵の向こうから殺気を感じたので上に向かって跳んだ。

 その足下を魔剣の刃が、横薙ぎに払う様に通り抜けた。

 粉塵の向こう側の殺気の主に向けて遠隔攻撃の斬撃波を放つ。

 しかし、手応えは感じられなかった。

「なにっ?!」

 足下にまで拡がっていた真下の粉塵の中からミイトが現れた。

 殺気は隠している為か全く感じない。

 サウムは浮遊術で更に上に逃げて躱そうとしたが、ミイトの振るう魔剣の方が僅かに速かった。

 伸びてくる刃が、遂にサウムの義足では無い右足を擦った。

「ぐっ!」

 サウムは呻いて地上に降りる。

 足を少し傷付けられただけにも関わらず、彼の魔力は魔剣にごっそりと奪われてしまった。

 粉塵の前に立つミイトとエストを睨む。

「大きな殺気を放ち、その後は殺気を消して素早く移動…いわば殺気の残像か…。良い連携攻撃じゃないか?仕事の時も、そうであって欲しかったもんだな。」

「今も仕事さ…。」

 ミイトは答えた。

「やはり戦士が持つと魔剣の扱いも一味違うという事か…。」

 サウムは立ち上がると二人に向き直る。

「羅刹と同等とまでは言わないが、魔剣とエストの強化魔法だけで俺と、これだけ戦えるとは…正直驚いたよ。羅刹を倒す前の良いリハビリになったといった所かな?礼の代わりに少しだけ本気を見せてやろう…。先ずはエストからだ…。」

 サウムは剣を横に構えると呪文を唱え始めた。

 エストの得意とする光る槍が現れる。

 しかも一つではない。

 サウムの周りに一度に十数本も現れた。

 それらが一度にエストとミイトに向かって飛んで来る。

 二人は別々の方向に逃げるが、槍は二手に別れて追ってきた。

 エストは迫り来る槍を同じ槍で迎撃する事を試みた。

 サウムの放った槍の飛行速度はエストの浮遊術より、やや速かったが…エストは自分に向かってくる槍を数回に分けて全て相殺する事に成功した。

「エスト!後ろだ!」

 ミイトの叫び声が聞こえた。

 エストが振り返ろうとすると、背中に槍が突き刺さる。

 結界のおかげで辛うじて、致命傷は避けられた。

 彼女は、すぐに自分に治癒魔法を唱える。

「注意された内容を瞬時に判断できていたら、後ろを振り向かずに回避は出来ていたろうに…。背中に予め結界を仕込んでおいたのは、褒められるがな…。」

 サウムはミイトに向き直る。

「そして動きを予測し易い様に追い込めば、こんな芸当も可能だ。まぁエストに当てた槍の応用編といった所か…。」

 ミイトのいる位置に向かって光る槍が、八方向から同時に迫る。

 しかし、ミイトは身体を捻って魔剣を振って回転しながら、それら全てを消し去った。

「お見事…魔剣様々だな。俺が使えないのが残念だよ。魔剣にまで嫌われたものだな…。」

 サウムは自嘲すると新たな呪文を唱え始める。

 回復を終えたエストは、ミイトに叫んだ。

「気をつけて!まるで聞いた事の無い呪文だわ!」

 ミイトは、注意深くサウムを見て攻撃を仕掛けるかどうかを判断していたが、霧がサウムの背後から立ち込めてきた。

「こんな虚仮威しは羅刹には通じないんだが…。二人はどうかな?」

 そう言ってサウムは、霧の中に埋もれてゆく。

 エストとミイトはサウムに殺気を消されて彼のいる位置が分からなくなってしまった。

「今度はミイトの番だ…。先ほどのお返しをさせて貰うぞ?」

 どこからともなくサウムの声が響く。

「エスト!ここにいたら不味い!退くぞ!」

 ミイトの言葉にエストは、頷くと共にサウムのいそうな場所から離れた。

 しかし、霧は急激な速度で拡がって二人を飲み込んでしまう。

 ミイトは後退しながら魔剣を振るったが、霧は消えたり晴れたりはしなかった。

 霧は魔法で生み出されたが、それ自体に魔力は無い様だ。

「霧は本物だ。大掛かりな割に、効果は薄いが…こんな使い方はどうだろうな?」

 位置の分からないサウムの声が響く中で、ミイトはいつの間にかエストを見失っていた。

 エストの方からもミイトの位置が分からないでいる。

 声を掛けたものだろうか?

 だが、もしサウムにも気配を隠した自分達の位置がバレてしまったら?

 そう思うと、二人とも声が出せずにいた。

「…エスト…。」

 何処からか小声でミイトの声がした。

 エストも小声で返事をする。

「ミイト?何処なの…?」

「エストは素直だなぁ…。」

 突然に背後からサウムの声がして驚いたエストだが、腰の荷物入れから神器の腕輪を取り出され腕に嵌められてしまう。

 そして、口を手で両腕を背後で抑えられて拘束されてしまった。

 筋力は強化されている筈なのに、突如現れたサウムの力に勝てない。

「どうだ?ミイトの声に似ていただろ?最も魔法の力のおかげだけどな…。」

 そう言いながらサウムは、エストを拘束したままで彼女を振り向かせて瞳を見つめる。

 何をするのか理解できなかったエストは、吸い込まれる様にサウムの瞳を見てしまい、そして昏倒した。

 ミイトがエストの声がした場所に着いた時には、既に誰もいなかった。

 代わりに前方から三人分の殺気が近づいて来る。

「先程のお返しと言うのは、こういう事か…。」

 三人分の殺気のうち本当のサウムは一人だという事。

 ミイトは最初にそう思ったが三人の間隔が妙に狭い。

「後ろか?!」

 ミイトは後方へと振り向くと、そこには殺気を感じない人影が直ぐ側にまで近付いて来ていた。

 彼は慌てて人影を魔剣で突くも急所を外して肩の辺りを刺してしまう。

 だが、それは幸運な事だった。

「…エスト?」

 肩を刺されて血を流している、後ろから近付いて来ていた者は、エストだった。

「ミイト…。」

 彼女は血を流したまま倒れる。

 治癒魔法は使えなかった。

 腕輪の効果もあるが魔剣に魔力を吸い取られ過ぎて魔力回復までに時間が掛かりそうだ。

「…外れだ。」

 ミイトは自分の脇腹の後ろ辺りから痛みを感じた。

 後ろを振り返るとサウムが、殺気を漂わせたままで姿を見せる。

 サウムの剣は、わざと急所を僅かに外してミイトの脇腹に刺さっていた。

 サウムは剣を引き抜くとミイトを蹴り飛ばす。

「エストにはちょっとした催眠術をかけて、お前に近づけと命じたんだ。まぁ先程の痛みで解けてはいるだろうが…。今、彼女は腕輪の効果で魔法が使えないから、程なく出血多量で死ぬだろう。自分の弱点だから常に持ち歩いていたい気持ちは分かるが、敵に奪われる可能性も考慮しとかないとな…。」

 蹴り飛ばされて倒れたミイトの脇腹を義足で踏みつけるサウム。

 ミイトは痛みから絶叫をあげた。

「やめて…サウム…ミイトなのよ…?」

 エストは掠れた声で静止の言葉をサウムに掛けた。

 エストの方を見たサウムは、信じられない者を見るかの様に目を大きく見開いてエストに言う。

「お前達が先に仕掛けた戦いだぞ!?討滅するだの、民間人を殺し過ぎたから許せないだの、言い出して来たのは、二人の方だろうがっ!いまさら命乞いかっ?!」

 サウムは大きく一つ溜息を吐くと叫んだ。

「俺はもう、お前ら弱者を助けるのも!救うのも!赦すのにも!飽き飽きなんだよ!」

 血を流して倒れながらエストは想う。

 …そうだ、自分は赦されて、ここまで来られた…。

 …出来の悪い王だったのに民に赦されて、勇者の見習いとして失敗しても二人に赦されて来た…。

 …でも、また失敗してストネを失った…。

 …喪わせてしまった…。

 …これ以上は、いったい誰が私を赦してくれると言うのだろう?…

 それでもエストは、口に出さずにはいられなかった。

「…お願いします…助けて…助けて下さい…。」

 誰に頼むとは無しに茫然と光のない瞳のまま呟くエスト。

 サウムは見ていられないとばかりにミイトに顔を向け直した。

「誰が、いつ命乞いをしてやったよ!?殺せるものなら、さっさと殺してみせろ!」

 ミイトは微笑みながら歯を食いしばってサウムに毒づいた。

「いい根性だ、ミイト…。先に地獄に行って冥王に御託を並べるのは、お前の方だったようだな?」

 サウムは今度はミイトの顔を踏み付けて喉元に剣をあてる。

 ミイトは踏み付けられたせいで顔が横に向いた。

 視界にエストが入ったが…彼の目線は別の何かを捉えてしまう。

 ミイトは驚いた表情を見せると続けて涙を流し始めた。

 その様子を見てサウムは…所詮こいつも、その程度か…と、落胆の色を隠せない表情をする。

 しかし、ミイトの口から絞り出された言葉は、サウムの予想外の物であった。

「サウム…。あんた…惚れた女を放ったらかしで、いったい何をやってんだよ…。」

「何?」

 サウムはミイトの視線の先を見た。

 エストも倒れたままで振り返った。

 霧が少しずつ風に流され晴れていく。

 そこは王宮の見知った中庭だった。

 見知った岩が彼らの視界に入ってくる。

 その上に並ぶ二つの丸い物体。

 ひとつは国王の首。

 もう一つは当然ながらストネの首だった…。

 彼女の首にはサウムやエストが最初に見た時とは違った点が生まれていた。

 内部の出血が固まり切らないで外に出て来てしまっていたのだろうか?

 その両方の瞼からは血が流れた様な跡が頬に出来ていた。

 それは、まるでストネが涙を流している様にエストとサウムには見えた。

 ミイトは初恋だった女性の惨たらしい姿を見て泣いた。

 サウムは、ふらつく様に後退る。

 その唇は震えて、首は左右に振られていた。

 彼は呟く。

「…違う。ストネ…これは違うんだ。俺は…本当は、こんな事をしたかったわけじゃない…。こんな結末を迎える為に今まで頑張ってきたわけじゃ…。」

 ガシャンという金属音が響いて、サウムの剣が地面に落ちる。

 右手の義手に握られたままで…。

「…あ、あれ?」

 義手を失い肘から先のない右腕を見ながら、サウムは首を傾げる。

 彼の視界が傾いた。

 今度は左脚の義足が外れて地面に倒れて大きな音を立てる。

 サウムは、そのまま横向きに倒れた。

 エストは音がした方に顔を向け直して、その様子をぼんやりと眺めていた。

 サウムの言葉を思い出そうとする。

 …サウムはミスリル製の義手義足の欠点を何と言っていたっけ…?

 エストの瞳に急激に光が戻った。

 彼女は肩の痛みも忘れて起き上がり、サウムに向けて駆け寄ろうとした。

 エストの絶叫が霧の晴れ切っていない中庭に響く。

「サウムっ!!」

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