第9話

勇者が勇者見習いを諌めたワケ Ⅰ

「サウム!サウム!」

 肩から血を流しながらエストは、サウムの側まで駆け寄った。

 外れた義手をサウムの肘に合わせて治癒魔法を唱える。

 神器の腕輪を着けたままである事にも気付かなかった。

 見かねたミイトが声を掛ける。

「エスト、落ち着け。先ず腕輪を外すんだ。」

「え?腕輪?う、うん、そうだよね?これを外さないと…。」

 震える手で腕輪を外そうとする。

 手が上手く動かせないので苦労したが外れた。

 腕輪を仕舞うのも忘れて、再びサウムの義手を取り付けようと治癒魔法を唱える。

「だから、落ち着け。サウムは意識を失って気絶してるだけだ。治癒魔法なんて使っても義手が腕に付いたりはしない。」

「でも、でも!この義手が付かないとサウムは…サウムは…!」

「いいから!落ち着けっ!」

 ミイトは、とうとう怒鳴ってしまった。

 エストはビクリと身体を震わせ硬直してしまう。

 ミイトは怒鳴ってしまったせいで激痛の走った脇腹を抑えて呻いた。

 それに気が付いたエストは、ミイトに治癒魔法を唱え始める。

「俺は後回しでいい。自分の止血を優先しろ…。」

 エストは頷くと治癒魔法を二重に使って、同時進行で自分の止血も行った。

 そんな様子を見ながら、ようやくミイトに笑みが零れる。

「流石だな…。」

「御免なさい…。取り乱しちゃって…。」

 エストは自分を取り戻した様だが、その顔は暗く沈んでいた。

 やがて回復も終わって、エストは呟く。

「これから、どうしよう…。」

 その時、ミイトは近付いて来る大勢の足音に気が付いた。

 慌ててエストに伝える。

「エスト、今すぐサウムを連れて自宅に戻れ。共和国の軍隊が来た。」

「どうして?彼らは味方では無いの?」

 エストの疑問に、ミイトは答える。

「共和国の軍人には家族が教国にいる奴も多い。黙っていても何れは生存者の口からバレるだろうが、この虐殺がサウムの手による物だと知れれば、犠牲者に親族がいる兵士達なら怒り狂ってサウムを私刑しかねない…。だが、少なくとも共和国に戻れば取り敢えず裁判を受けられるだろう。」

 …おそらく、それでも死刑は免れないかもしれないが…とミイトは思ったが口には出さなかった。

「サウムの自宅に戻ったらバドシに相談しろ。何がしかの協力はしてくれるだろう。サウムは気絶しているから神器の羽根は使えない。覚醒を使ってもいいが…今のサウムの気持ちを考えると無理矢理に起こすのもな…。」

 ミイトは目を閉じたサウムを見る。

「浮遊術を使って共和国軍を避けて遠回りして戻れ。絶対に鉢合わせするなよ?」

「ミイトは、どうするの?」

 エストは不安そうに尋ねた。

「到着した共和国軍に事情を説明する役が要るから、俺は残る…。大丈夫だ、上手くやるから…。」

 だが、後々の事を考えても一般兵ならともかく、将軍クラスに虚偽の報告など出来ないだろう。

 この虐殺もサウムのした事だという報告は、相手側の総責任者に包み隠さず伝えなければならなかった。

 ミイトは、その時の事を考えると暗い気持ちになる。

「とにかく今は、余計な事を考えずに真っ直ぐ自宅に戻るんだ。バドシが待っている…。」

 エストは頷くと、腕輪とミスリル製の義手義足を念の為に拾って荷物入れにしまい、サウムを抱えて浮遊術を使って飛び立った。

 ミイトは空高く消えるエストを見ながら独り言を呟く。

「…もし、サウムが共和国軍の私刑にあって殺されて、エストまで正気を失ったら…俺には、お前を止める自信が無いんだ…。」


 あれから幾日か経過して、その間には色々な事があった。

 サウムの自宅に戻ったエストは、待機していたバドシに事情を説明する。

 バドシは、すぐに裁判になった場合の準備を始めた。

 精神鑑定関連の裁判に強い弁護士を選出して依頼の準備をしておく。

 可能な限りの減刑を勝ち取るつもりだった。

 しかし裁判は数日を経ても訴訟すら起こされていない。

 理由は教国の王族全員が死んだので、原告となる筈の王位継承者が誰もいなくなったからだった。

 サウムが沈めた王家の船にいた乗員以外にも、魔帝が王宮で惨殺した中に国王やストネの他に王位継承権を持つ者達が存在する。

 さらに、教国の民衆は殆どが逃げ出して今、教国はもぬけの殻に近い状態だった。

 共和国が教国で起きた事件を教国の代表者の許可なく勝手に共和国の司法に委ねるわけにもいかず、本来の代表者である国王が死んだ上に王家も滅び、民衆からも後継者を選べる様な状態では無いので、裁判を始める事が出来ないでいる。

 サウムが殺した人数は、教国の人口のおよそ四割にも及んでいて、国から逃げてきた難民達の中からも裁判を起こす余裕や気力のある者などいなかった。

 ただ、教国に住む親族を失った共和国の一部の人々から、サウムの裁判と死刑執行を願う嘆願書が大統領宛てに提出される。

 しかし、逆に魔帝に恨みを持つ者や、事情をある程度は知り得た者、ストネ姫を慕う者や、サウムに恩義がある者達からは、助命の嘆願書が提出された。

 そして、任期切れの近い大統領の頭痛の種が二通の助命嘆願書である。

 一つはバドシの商会からの物。

 もう一つはエストの故郷である北の魔王の国からの物だった。

 二通の送り主とも今回の混乱に対して教国や共和国への多額の寄付と援助を約束してくれているし、北の魔王の国に至っては、およそ九割の国民が署名をしてサウムの助命を願っている。

 数だけで言えば死刑執行を希望する側を圧倒しており、他国の民衆とはいえ到底無視する事が出来る人数では無かった。

 エストは、そんな自分の故郷の民に大きな感謝の気持ちを捧げていたが、共和国大統領は頭を抱えて悩む羽目になっている。

 大統領はミイトから更に詳しい事情を聞いた後で、その証言をもとに大統領府にて会議を行って、共和国政府だけで裁判を開始するかどうかの答えを出すつもりではいるが、会議には共和国の商会の代表も出席者に名を連ねている。

 つまり、バドシが来るのだ。

 彼の裏の顔もある程度は知っている大統領は、今から胃が痛くなって来ていた。


 今、エストはサウムの自宅でバドシが依頼して寄こしてくれた魔法関連専門の医者にサウムを診てもらっていた。

 医者はエストの見守る中でサウムに診断の結果を伝えている。

「人には誰しも魔力を発生させる精神的な根源の様な物があるのですが…。それらも全て吸われたのでしょうか…?無くなってしまっている…。普通なら魔力を使い切ったり吸われ切ったりしても根源から回復するのですが…。その根源が無くなっている事には、どうにも…。」

 医者は、そこで溜息をついた。

「再び以前の様な力を振るうのは、魔法を使えない人が覚醒して魔法を使える様になるよりも難しいでしょう…。というよりは、ほぼ有り得ない…。もはや、手の施しようがありません…。残念ですが…。」

 以前にサウムから聞いていた話と同じ結果とはいえ、エストは落胆の色を隠せなかった。

 サウムは特に驚く様子も無く、ベッドで上半身だけ起こしながら静かに医者の話を聞いていた。

 エストは医者の帰りを玄関で深くお辞儀しながら見送ると、サウムの部屋に戻る。

 手伝いに来てくれた旅館の女中だった少女が、エストと一緒にサウムを横にして掛け布団をかける手伝いをしてくれた。

 彼女の名前はフィレン。

 今はスカウトされてバドシの商会の一員として働いている。

 旅館でのエストとミイトの喧嘩が激しさを増した時に眠れないバドシが、困った末に頼み込んで避難した先がフィレンに割り当てられた従業員の個室だった。

 それが何故スカウトに繋がったのかは、エストは良く知らない。

「ではエスト様…私は今回の件をバドシ様に報告して対策を練って頂きますので…今日は、これで失礼いたします。」

 フィレンは玄関先でエストに丁寧にお辞儀をして言った。

 エストも彼女に感謝して、お辞儀をして言う。

「ありがとうね、助かった…。また明日も宜しくね。」

「勿体無いです…。明日は午後から、お伺い致しますので宜しくお願いします。それでは…。」

 エストが手を振りながら見送るとフィレンは、振り返って頭を下げて商会本部へと帰って行った。

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