魔帝が神帝を呪えたワケ Ⅲ

 エストは、ゆっくりと目を開ける。

 そこには見知っている、サウムの顔があった。

 …還って来れたんだ…とエストは安堵する。

 しかし、サウムは驚愕の表情をしていた。

「エスト…?その両手は…いったい誰の両手なんだ…?」

 サウムの言っている事の意味が、一瞬理解できなかったエストだが、やけに軽い自分の手を握る両手の感触に嫌な予感が隠せない。

 エストが、ゆっくり後ろを振り返ると、自分の手を握る両手には肘から先が無かった。

 両手の肘から鮮血が滴り落ちてエストの太股を紅く濡らす。

 エストの悲鳴が響き渡った。


 同じ頃、牢獄塔ではストネの悲鳴が響き渡っていた。

 激しい痛みに肘から先の無い両腕と足を、ばたつかせて藻搔いている。

 その様子を自己再生が全て終わった魔帝が、冷ややかな目で見下ろしていた。

 彼の右手は血で濡れている。

 離れた位置から空間を歪めての手刀を、エスト達に向けて闇雲に振り下ろしたのだった。

「この女は、いかがいたしましょうか?」

 小さな魔族が聞いてきた。

 いかがも糞もない。

 宮廷魔術師をも殺してしまった今、この城には輪切りにした両腕を治せる様な強力な治癒魔法を唱えられる者は、誰一人として残ってはいなかった。

 魔帝自身は強大な再生能力を有してる為に、ほとんど治癒魔法の必要が無いからだ。

 外から呼ぼうにも、この深手では到底間に合わないだろう。

「お前達の好きにしろ…。」

 あの程度の者を寄越して、こんな手段に訴える様な勇者だ。

 弱体化は恐らく本当で、だとしたら羅刹どころか自分にも強さで及ぶまい。

 そんな奴に人質など必要ないだろう。

 魔帝は、そう考えて自分を納得させた。

「いや…やめて…。」

 小さな魔族を含める爬虫類の様な姿の魔族達が、ストネの服に手を掛け始める。

 彼らは大きな口を開いて喜びに満ちた表情をしていた。

 口からは大きな牙が、涎を垂らしながら突き出ている。

 人型の魔族は元の主の身に、これから起こるであろう惨劇を理解してはいたが、顔を背ける事しか出来なかった。

 ストネの一際高い絶叫が、薄暗い牢獄の中に響いた。


 エストの帰還はサウムのミスリル製の義手義足が届けられた直後の事だった。

 悲鳴をあげた後で呆然としていたエストから、事情をある程度は聞き出したサウムは、義手義足の調整も確認せずに装着して教国へ向かって浮遊術を使い飛び立とうとする。

 エストも連れて行ってと懇願した。

 サウムも戦力は幾らでも欲しかった所なので承知はしたが、以前の様に手を引いて飛ぶのは、エストから魔帝の情報を引き出すまでにした。

 後は独りで先行して飛んだ方が、教国への到着が早いからだ。

 エストも、それには同意して魔帝の特徴や知り得る限りの情報をサウムに伝え、後から追う事を約束して手を離した。

 やがて教国の外壁の正門前に辿り着いたサウムは、防御結界を張りつつ飛行したまま高速で突入する。

 正門を古代竜との戦いで覚えた結界砲術魔法で破った。

 そのまま王宮まで続く広い通りを低空飛行で突き進む。

 途中で魔族の警備兵による攻撃を受けるが、彼らの攻撃はサウムの結界を破壊するどころか歪める事すら敵わなかった。

 何者も止める術を持たない筈のサウムが、急に飛行する速度を緩める。

「嘘…だ…。」

 サウムは自分の視界に捉えた物を、最初は否定した。

 その物の隣には、国王の首があった。

 王宮に入って直ぐの中庭にある巨大な岩の様な庭石。

 その上部は削られた様に真っ平らになっているのだが、国王の首はそこに晒されていた。

 しかし、サウムは国王の首には気が付いていない。

 彼の目線は隣の物を捉えたまま離れない。

 やがて、そこに近づいたサウムは、その物の頬に左手で触れて呟いた。

「ストネ…?」

 国王の首の隣でストネ姫の首が、無慈悲に晒されていた。

 胴体は見当たらない。

 触った彼女の頬の感触は、冷たかった。

 サウムは右手の義手を、もう一方の頬にそっとあてるが…義手では彼女の体温が伝わらない。

 瞼を閉じているストネは、美しいながらも僅かに苦悶の表情をしたままで息絶えていた。

 白い肌には二度と赤みがさす事は無いのだろう。

 その唇が揺れてサウムの名が呼ばれる事も、二度と無いのだろう。

 サウムの絶叫が王宮に響いた。

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