第8話

勇者が壊れてしまったワケ Ⅰ

 謁見の間の玉座に、魔帝は座っていた。

 既に勇者の急襲の報せは、受けている。

 暇潰しには丁度良い…そのくらいにしか考えていなかった。

 謁見の間の扉が重々しく開いて、サウムが入ってくる。

 目が虚ろで何も見えていない感じだった。

 魔帝は覇気の無さそうな勇者を見て、暇潰しにもならなさそうだと酷く落胆した。

 ゆっくりと近付くサウムを、他の魔族が取り囲む。

 例の小型の魔族が、サウムの正面に立った。

「貴様が今の勇…。」

 言葉は途中で途切れた。

 小型の魔族は緑色の鮮血を撒き散らしながら、跡形も無く吹き飛んだ。

 何も見えなかった魔帝は驚く。

 周囲の魔族にも緊張が走った。

 別の魔族が悲鳴をあげて逃げようと後ろを向いて扉へと走る。

 サウムは、ゆっくりと掌を拡げて肩越しに扉の方に向けると何かを掴む様に握った。

 扉の手前で逃げ出した魔族は潰れた。

「逃げるなよ…。」

 サウムは感情の籠もっていない声でボソリと呟いた。

「なぁ?一つ聞いて良いか?何故あんな酷い事が出来る?彼女が貴様等に何をしたんだ?魔帝を封じたのは彼女じゃなくて、その両親だ…。しかも、既に惨たらしい殺され方をしている…。娘に親の罪が遺されているとでも言うのか?それとも学者先生の言う通り、魔族は血に飢えた残虐な種族なのか?」

 掌を別の魔族に向けてヨシヨシと子供をあやす様に動かす。

 向けられた魔族の頭が、奇妙な円を描いて首からもげた。

「いや…いい。答えは必要ない…。お前等は皆殺しだ…。苦しんで後悔して死ね…。」

 誰も見た事のない程に冷たい双眸をしたサウムが、そこにいた。

 サウムが剣を抜くと、残った魔族が一斉に倒れた。

 彼等は一瞬で手足の腱を斬られて動けずにいる。

 サウムは今度は、ゆっくりと歩いて一人の魔族に近付くと、喉に剣の刃をあてて緩やかに引いた。

 それを人数分、ゆっくり歩きながら行なっていく。

 彼等の身体から少しずつ血が流れた。

 ある者は恐怖で口も効けず、またある者はひたすら許しを懇願して叫び声をあげたが、動けない彼等に為す術は無かった。

 魔帝は悪い夢でも見ている気分だった。

 …弱体化?…

 …では、あそこで魔族以上の凶行をしている化け物は、なんだ?…

 言い知れぬ恐怖が魔帝を襲う。

 魔帝は近付いてくる化け物に対して効果的な攻撃方法を考えて、つとめて冷静にそれを実行しようとした。

 サウムの首の後ろ辺りに小さな紫色の淡い光が現れて、その中から細長い蔦が、彼の首筋へと伸びてくる。

 …もう少しで届く…魔帝がそう、ほくそ笑んだ時だった。

 突如サウムは剣先を背後へ向けると紫色の光の中へと素早く刺し込んだ。

 魔帝が悲鳴をあげて手を抑える。

 手から緑色の鮮血が、吹き出していた。

「なんだ、この手品は?演芸会でも始める気か?殺気が駄々漏れなんだよ…。よくもまぁ、これで…。」

 手を抑えて呻いている魔帝を見据えてサウムは、嘲笑いながら魔帝の最善手の感想を述べようとしたが、途中でサウムの笑顔が消えた。

 サウムは帰還したエストの手を握っていた、肘から先の無くなっていたストネの両腕の事を思い出す。

 エストが敵の接近を許したまま羽根での帰還を強行するだろうか?

 …答えは否だ。

 ストネの両腕を斬り落とす事ができるのは、彼女と手を繋いだエストからも離れて攻撃可能な者…。

 サウムの表情が有り得ない位の怒りに染まる。

 エストから貰った情報通りの姿で玉座に居座る魔族…。

「魔帝…貴様か、貴様がストネの腕を…。」

 膨れ上がるサウムの怒気に、魔帝の感情が恐怖で塗り固められた。


 エストは例の透明になる魔法を用いて、空高くから王宮の中庭に降下しようとしていた。

 街の外壁には、まだ魔族の警備兵がいる為だ。

 しかし、王宮の敷地内は外壁と違って有り得ない位の静けさだった。

 その静けさがエストには不気味に感じられた。

 そうして辺りを警戒しつつ、姿を現したエストの目に信じられない光景が映る。

 国王とストネの首が、中庭にある巨石の上に晒されていた。

 恐らく後日、魔帝が民衆に対して、これからの支配者が誰であるのかを知らしめる為に置かれたのだろう。

 エストは膝をついて両手で口を覆うと、涙を流しながらストネの首に向かって…御免なさい、御免なさい…と何度も嗚咽混じりの謝罪を繰り返した。

 ストネは当然の如く何も答える事は無かった。

 その時、特に聴力を強化していないにも関わらず、エストの耳に男性の悲鳴が聞こえた。

 エストはハッとして顔を上げる。

 サウムに合わせる顔は無いが、全てが終わったわけではない。

 悲しみも、憤りも、罪悪感も、謝罪も、全ての感情を今は後回しにしなければならない。

 エストは急いで声の聞こえた方に向かう。

 それは謁見の間のある方角だった。

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