戦士が強くなったワケ Ⅲ

 エストとミイトは足下からの振動を感じて気が付いた。

 ミイトが浮遊術で木よりも高い位置まで飛び周囲の様子を見ると、まだ上の方だが雪崩が起こっている。

「どうやら、こちらには来ないみたいだが…不味いな。このままだと登坂ルートを降りて旅館のある温泉街を直撃するぞ…。」

「私達、戻って避難誘導を手伝って来ます!」

 上からのミイトの報告に、少女が答えた。

「バカを言わないで!貴方達の足では戻っている内に雪崩に巻き込まれるわ。避難誘導なら爺やとバドシが始めているだろうから二人は、ここも危なそうだったら、もっと安全な所へ避難しているのよ?」

 エストが注意をすると、少年が頷いて妹の手を引く。

「地下迷宮に蓄積されていた魔力が、一気に無くなった影響か…?巨大なゴーレムが歩いた振動のせいで誘発されたか…?さて、どう対処したもんかな…?」

 ミイトが色々な手を考えている所へ、エストが浮遊術で上がって来て言う。

「手伝ってミイト。私に考えがあるの…。」


 バドシが破産を覚悟しつつ爺やと他の従業員とで避難指示に奔走していた頃、爺やが遠見の魔法でエストの姿を登坂ルートの上空で見つけた。

 その下には、どうやらミイトもいる様だ。

 上空にいるエストは天に向けて両手を伸ばしている。

 既に浮遊術と同時に別の魔法を使用中のようだ。

 エストが今度は両手を下げると大量の水が、登坂ルートの左右にある森の木々に降りかかる。

 彼女は比較的標高の低い位置の凍っていない湖水を吸い上げて、人口の大雨を降らしていた。


 ”この魔法、難しくて出来ないよ…。”

 エストは、ふと昔の子供の頃の出来事を思い出す。


 エストが下に向けた手を左右にバっと拡げると、あっと言う間に水を吸った左右の木々が凍り始めた。


 ”パパは自分の出来ない事に出会ったら、どうするの?”

 ”うーん、逃げるかな?”

 父親の顔が浮かぶ。

 他者からは魔王と呼ばれ恐れられているのが信じられない位に自分に優しかったパパ。


 ミイトが凍り付いた木々を魔剣で全て斬る。


 ”逃げられなかった時は?”

 エストは…意地悪な質問をしたな…と思い返す。


 風の精霊を召喚して、木々が倒れる方向を操り登坂ルートに集める。

 そして何枚もの結界を登坂ルートに垂直に張った。

 ただ恐らく、それだけでは雪崩は止まらないだろう。


 ”出来ないって考えないかな?…やれるかな?…と疑問にも思わない。ただ、やるんだって一心に為すべき事に全力を注いだよ。”


 対になった結界の幅を狭めて凍った木々を押し込める。

 そこに、また大量の水を降らせて凍らせた。

 結界の中には凍った木々の混ざった巨大な氷の壁が出来上がる。

 雪崩は、まず最初の氷の壁に衝突した。

 エストは最初の壁の結界を強化したが、あっさりと破壊され突破される。


 ”まぁ、それでも出来なかったら謝るかな?案外それで皆は、許してくれるもんだよ…。それが皆にとっても不可能であれば、ある程ね。”


 次々と順番に結界を強化するエストだが、氷の壁は次々と破壊され続けた。

 しかし、雪崩の勢いを徐々に殺す事には成功している様に見える。


 ”でもね…最初から謝ろうとは思わない。それは出来ないと考えるのと一緒だからね。”


 最後に残った一枚の結界にエストは、残った魔力の全てを込めて強化した。

 雪崩が衝突した時点で、氷の壁は破壊されたが残った最後の結界が大きく膨らんでしなる。


 ”分かったかな?”

 その時に父親は、エストの頭を優しく撫でてくれた憶えが彼女にはあった。


 雪崩は最後に残った一枚だけの結界を破りきれずに止まった。

 それを確認したエストは、魔力の使い過ぎで意識を失ってしまう。

 浮遊術は切れて、そのまま、ゆっくりと落下していった。

 着地点まで走ってきたミイトは、雪の上をスライディングして何とか無事エストを右手と身体全体を使ってキャッチした。


 部屋の中でバドシが、イビキをかいている。

 エストは夕飯時まで気絶していたので夜は眠れずにいた。

 結局あの雪崩での被害者は無く、登坂ルートは使えなくなったもののゲレンデを仕切って一部を登坂用として利用することで、明日にでも営業は再開できるらしいとバドシが夕飯の時に嬉しそうに話していた。

 あの兄妹の事についてバドシは、巨大ゴーレムや魔力を蓄積していた部屋と雪崩との因果関係が、はっきりしない限り責任を取らせる事は無いし調査をする気も無いらしい。

 兄が仕事をサボった件については、女将に一任するという。

 従業員には厳しい人だが、きっと大丈夫との話だったので、エストは安心した。

 ミイトに聞いた話によるとバドシは、とにもかくにも破産しないで済んだので上機嫌なのと今回の天災をサウムへの依頼を経ずに、ミイトとエストが勝手に解決してくれたので実質無料だったのを喜んでいるとの事だった。

 因みに今回の件が正規の依頼料だと幾らくらいになるのかを聞いたエストは、ミイトが彼女に耳打ちした金額に驚きを隠せなかった。

 そんな会話の弾んだ夕飯の後にエストが風呂に入って戻って来ると、彼女の為に空いている部屋が相変わらず一つも無いという事で、昨日に続いてバドシとミイトと同じ部屋に三人分の布団を敷いて寝る事になる。

「ミイト…起きている?」

「んー?なに?」

 エストは少し考えてから聞いた。

「ミイトのパパって、どんな人だったの?」

 エストは身体を布団の中でミイトの布団に向けて尋ねた。

「…俺は元々が帝国の地方出身で、両親は戦争で死んだ…ってのは、エスト知ってたっけ?」

「肌の色から帝国の出身だとか、両親がいないとかは薄々感じていたけど…。戦争で両親を亡くされたって話は、初耳だよ…?」

 エストは聞いちゃいけない事を聞いた気がしたが、ミイトは構わずに続ける。

「帝国は教国と同じ一神教なんだが俺の住んでた村は、帝国よりは教国の支配下にあった頃の神様の教えの方が根強くてな。両親は帝国とは違う神を信じてたのさ…。サウムの親父達が解放戦争を始めた頃に彼らを招き入れたのが俺の父親だった。羅刹が侵略された地の奪還に動き始めた時に、真っ先に父親が捕まって処刑されたよ。」

「…羅刹が?」

 羅刹がミイトにとってもサウムやストネと同じ親の仇だと知ったエストは、三人の仲の良さや絆の根底に悲劇がある事に哀しみを感じた。

「俺はサウムよりも年下だから詳しくは覚えちゃいない。でも、父親は強かったと思っていたのに羅刹の強さには程遠くてね。まるで獅子が鼠をいたぶる様に殺されていた事だけは良く憶えているよ…。」

 ミイトは目を開けて天井を見る。

 静かな澄んだ瞳だった。

「その後、村での父親の共犯は、全員処刑されて…残った女子供は奴隷商に売られていった。娼館へ連れて行かれようとしていた俺の母親は、途中で隙をみて自害をしたらしい。俺が一人っ子で兄弟姉妹がいなかったのは、ある意味では救いかもな…。俺は強制労働所に連れていかれて、そこで神帝の墓とかいう訳の分からない巨大な建造物を他の大勢と一緒に造らされたっけ…。」

 ミイトは少しだけ眉間に皺を寄せると続けて語る。

「そんな時にサウムが、攻め込んで来たのさ。何回目だかは知らないが圧倒的な強さだった。羅刹よりも強くて奴を退けて強制労働所の奴隷達を解放していった。…憧れたよ純粋に、その恐ろしい西の魔神の強さに…。エストはサウムの人の良さに惚れたみたいだけど、俺は彼の強さに憧れた。その後はエストと似たようなもんさ。解放された俺は、共和国に亡命してサウムの元を訪ねて懇願し仕事を教えて貰って手伝う様になったんだ。」

「サウムが羅刹より強い?だってサウムは、羅刹相手には一度も勝った事は無いって…。」

 エストの疑問に、ミイトが答える。

「良くは知らないが、羅刹にも自身を更に強化させる手段があるらしい。あの時に更に奥へと侵攻したサウムは、それを見て…やられて帰ってきたらしいからな。でも休戦協定を結ぶ直前のサウムの力は、その完全な羅刹に勝つまで後一歩足りない位だったみたいなんだ。惜しい話だが…だからといって戦争を止めてくれたストネ姫を恨んじゃいないけどな…。」

 ミイトはエストに顔と身体を向けると優しそうに微笑む。

「こんな所だ、俺の生い立ちは…。今日は特に一生懸命だった様だから疲れたろ?もう、お休み…。」

 しかしエストは目を瞑らないで喋る。

「私ね…今日は特に誰も死なせたくなかったの。だから頑張ったわ。あの兄妹の両親に関する話を聞いたせいかな?雪崩を止めようとしてる最中に昔子供だった頃のパパとの、やり取りを思い出していた…。」

「余裕だな。」

 ミイトは、からかった。エストは、むくれて答える。

「もう…茶化さないで。サウムやストネの両親の話も聞いた事があって、ミイトの両親の話も聞きたくなったの…。答えてくれて有難うね…。」

 エストはミイトの手を握って話し続ける。

「今日で分かった。私やっぱり勇者の仕事が好き。困っている人達を助けるのが好き。誰も死なせたくない…もう、誰も…。」

 エストは涙ぐむ。

「本当は、このまま女王に収まって故郷に戻ろうかな?…って思っていた。何れ戻らなきゃいけないんだし…それが今だっただけだって…。サウムの手足も…ミイトの腕の事もあったし…それに…それに…。」

 エストは口に手を当てて嗚咽をこらえる。

 涙が止まらなくなっていた。

「…聞いていたのか?」

 ミイトは察した。

 エストは彼とバドシの会話を聞いていた様だ。

 帝国で協力してくれた内通者の自害の話を…。

 ミイトはエストの手を取って握った。

「何処から聞いてたんだ?」

 バドシのイビキが止まった。

「ミイトが散歩に行くって言ってた辺りから…。」

 ホッとした様にイビキを再開するバドシ。

 …起きてるなコイツ…とミイトは思ったが口には出さなかった。

 エストは気付かずに話を続ける。

「御免なさい…。強化魔法の練習のつもりで聴覚を強化してみたら…。」

 握った手を静かに離して布団から半分くらい身体を出して、今度は泣いているエストの髪を、そっと撫でてやるミイト。

 彼は優しく答える。

「だから、お前のせいじゃない…。いや、お前だけのせいじゃないって…。」

「私、まだ頑張りたい…ううん、頑張る…。せめてサウムのミスリルの義手義足が、完成するまで…帝国と教国の件が落ち着くまで…。だから、お願い…これからも一緒に宜しくお願いします…。」

 エストはミイトを見つめる。

「こちらこそ…。」

 彼女の涙を右手で拭いながらミイトは、彼女の事を見つめ返して答えた。

 見つめ合う内にエストは、ゆっくりと目を瞑る。

 ミイトは彼女の気持ちに答えたかったが、バドシが起きている事を思い出した。

 ミイトはエストの額にキスをする。

 エストは目を開けて…アレ?…って表情をした。

 ミイトはエストに背を向けて伝える。

「お休み…。」

「おでこ…なの…?」

 エストは不満そうに言う。

「もう…ファーストキスも…。」

 …奪われたのに…とエストは唇を指で抑えつつ言い掛けたが、恥ずかしくて続きが言えなかった。

「言ったろ?あんなもんは挨拶だって?あんなもんはキスじゃねぇよ…。ノーカンだ、ノーカン。早朝には帰るんだから、さっさと寝ろよ。」

 なぜか、エストが彼女の方からサウムの頬にキスをしていたのを思い出してしまい軽く嫉妬したミイトは、ぶっきらぼうに答えた。

「…あんなもん?」

 エストが布団から出て、ゆらりと立ち上がる。

「あんなもんって…何よ?」

 エストの右手に白く輝く光が集まる。

 殺気を感じてミイトは、反射的に飛び起きた。

 そのすぐ真横を白銀に輝く槍が通過する。

 氷とは違う…見た事もないエストの攻撃魔法だった。

 光の槍は部屋の扉と旅館の外壁を貫通して後方の山に突き刺さり、爆発して大穴を穿つ。

 ミイトは恐ろしさの余りに、汗が噴き出た。

 慌てて魔剣を取りに行く。

「あんなもんって?!なによーっ?!」

 両手を上げて特大の光の槍を作り出す怒りの形相のエスト。

 巨大な光の槍は高速で回転し始める。

 彼女は躊躇なく、それをミイトに投げ付けた。

 ミイトは反射的に、それを魔剣で受け止める。

 光の槍と魔剣の刃が衝突し合い火花を散らすが、最後には魔剣が光の槍を吸収して消し去った。

「なによそれ?!何で、そんな都合のいい便利な能力を持っているのよっ?!あげなきゃ良かった!」

「知るかっ!…っていうか、お前今本気で俺を殺しに掛かっただろ?!掛かったよな?!」

「それが、どうしたって言うのよっ?!」

 言いつつエストは、さらに光の槍を放つ。

 ミイトは、それを魔剣で受け止める攻防が続いた。

 バドシは、ゆっくりと起き上がって布団を部屋の隅にずらすと、急須からお茶を湯呑みに注いで一口啜った後に独り言で愚痴った。

「だからミイトを連れてくるのは、イヤだったんですよ…。」

 バドシは布団に潜り込み直すと、今度は狸寝入りではなく本当に眠りに落ちる事にする。


「まぁ、これも丁度良い社会勉強になるかな…?」

 サウムは少しだけ渋い顔をしつつ書面に目を通して、自宅へ戻ってきたエストと横に並ぶミイトに向けて言った。

 書面には宿泊部屋などの修理代の見積もりが書かれてある。

「二人の給料から毎月、天引きするからな?」

「はい…ゴメンなさい…。」

 エストは項垂れて答えた。


 帝国の摂政の執務室。

 摂政が教国に放った間者の報告を聞いていた。

 間者は教国の深くにまで入り込んでいて、今は国王直属の間者…つまりは二重スパイとして行動している。

 間者は教国の国王が調べてくれと命じた物を調べて報告をし、その件を更に摂政に報告していた。

「西の魔神のミスリル製の義手義足は、そこまで調整が難航しているのか…。」

「はい…国王の不安は日々募っている様子です。しかし宜しいのですか?このまま国王の不安を煽る様な情報を彼に提供してしまうと、魔帝の封印解除を周りが止めるのも聞かずに実行する可能性も高くなりますが?」

「構わん…むしろ魔帝なんぞは、復活して西の魔神あたりに殺されてくれた方が、俺にとっては好都合なのでな…。そういう意味では義手義足の完成と歩調を合わせて欲しい所ではあるが…。復活した魔帝を勇者は、倒せませんでした…では洒落にならん。」

 そう言うと摂政は、手を振って間者を退出させる。

 その後で彼は、ほくそ笑んで独り言を呟いた。

「間者は目としてだけ使えば良いのだろう?誰の目とするのかは、俺の自由だけどな…。」

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