戦士が強くなったワケ Ⅱ
「拍子抜けですねぇ…。これじゃ地下迷宮というよりは、ただの地下倉庫ですよ。」
バドシが、つまらなそうに言った。
それもそのはずで入り口からは、廊下が真っ直ぐ少し下へ斜めに向かって続いているだけの迷う要素が全くない一本道だったからである。
途中で簡単な罠が幾つか見つかったが、ほとんど後から来た盗賊達が、新たに設置したものだと…バドシは説明してくれた。
「新しい罠も殺傷能力は、全て低いですね。貴女のお兄さんが、全部に引っ掛かってくれたから罠を外す必要もありません。会ったらドジなのは、家系のせいで自分のせいじゃない…って言っておやりなさい。」
バドシの言葉に少女は、身内の恥を晒している様な気がして顔を真っ赤にして俯いたまま黙ってしまっている。
「絶対に盗掘されない自信でもあったのかな?」
「単に自分の領地を子孫が、勝手に売るとは思ってなかったから倉庫を作っただけじゃないのか?」
「まぁ知っている者以外は、入り口の場所だけ発見しづらそうですしねぇ…。」
地下迷宮の評価をエストやミイトやバドシが、好き勝手に言いながら歩く。
少年の妹を含めた四人は、やがて迷宮内の行き止まりに辿り着くと、そこには大きな扉があった。
扉は閉まっていたが足跡は、扉の中へと続いている様である。
「これは…。」
「ええ…これは、ちょっとした物ですね…。」
バドシが扉を慎重に調べ始めると同時にミイトが、エストに尋ねる。
「あの扉が、どうかしたのか?」
「え?…いや、私に分かるのは、とても大きな魔法の力が、扉に作用している事くらいだけど…。」
扉を調べ終わったバドシが、答える。
「エストさんが、どうやら当たりの様ですよ?この地下迷宮の扉を作った者達は、絶対に盗掘されないという自信があった様ですね…。お嬢さん?ちょっと、こちらへ…。」
バドシに促されるように、少女が扉の前に立った。
「そこに綺麗な丸い珠が、扉に埋め込まれているのが見えるでしょう?取り敢えず、それに触れてみて貰えませんか?」
「凄いな…もう開け方が分かったのか?」
ミイトが驚いてバドシに尋ねた。
「いいえ、まったく。」
悪びれずにバドシは、答えた。
しかし、彼の後ろから前に出た少女が、扉に埋め込まれた珠の部分に触れると彼の答えに反して扉が音を立てて開いてゆく。
「見ただけでは開け方が全く分からないから感心していたのですよ。軽く調べてみても、これがサッパリで…。でもまぁ、足跡が扉の先に続いていたのと珠の部分に指で擦られて埃の見えなくなっている様な跡が見られたので、何者かが少し前に触れたのではないかと…。それらの条件から恐らく血族が、触れた瞬間に開き始める扉だと推測したら…ビンゴでしたね。」
扉が開いた先は、広い円柱形の空間になっていた。
周囲は何かの紋様が、床にも壁にも天井にも縦横無尽に掘られていて微かな光を放っている。
台座が部屋の中央に存在していて小さな人形が、台座の中心に載せられていた。
そして御者の少年が、その台座の傍らに立っていて、その人形を見つめている。
「お兄ちゃん!」
少女は少年に向かって走って行った。
御者の少年は、その事に気付きもしない。
彼は、やや放心状態の様子だった。
「凄いわ…この部屋。自然から発生する微量な魔力を部屋中の魔方陣で台座に集めて蓄積している…。でも、これだけの魔力を…いったい何に使うつもりだったのかしら?」
「…凄いって、どのくらいだ?」
「パパの一日での消費分くらい。」
「…お前のパパが、凄いのだけ伝わったよ。」
エストが感心している所へミイトは質問をしてみたが、その彼女の回答に彼は呆れた。
「お宝が有りそうな厳重な扉だったんですけどねぇ…。まぁ価値の分かる人には、価値のある部屋なんでしょうが…。」
「価値なんてありませんよ…。」
バドシの感想に少年が、呟いて答えた。
もう疲れ切った様な表情をした少年は、先祖を呪って自身の境遇に空しさを感じ始めている様子だった。
「古文書では、ここには僕達の家系に古くから伝わる家宝が置かれていると書かれてありました。いや、その様な事が書かれてあるらしい事くらいしか理解できませんでした。…子供の頃に父さんが、自分たちの先祖の強さを誇らしげに語る時に、その要となる物がここにあると言っていましたが…何かは教えて貰えませんでした。きっと知っていたんでしょうね…。」
少年が見つめる先に人形があった。
それは石を削って作られたらしい無骨な人形だった。
「この部屋にあった宝物なんて、既に先祖が使い切った後だったって…。この部屋が、どんなに凄いのかは知りませんが…部屋を持って亡命するわけにもいかなかったでしょうし、こんな石で作られた格好悪い人形一つに幾らも値段が付くわけも無いですよね…。だから置いていったんだ!」
「お兄ちゃん…。」
少年は叫んだ。
近くで心配そうな目をする妹にも構わず心の内を吐露する。
「僕らは、この人形と一緒で父さんには何の価値も無かったんだ!一緒に連れて行ってもくれずに!だから、それに気が付いた母さんは、他に愛してくれる人を探すことにした!母さんが父さんにとって無価値なら、その父さんとの間に出来た僕らは、母さんにとっても無価値になってしまったんだ!」
少年は台座から人形を取り握り締めると言った。
「もう、こんな世の中はイヤだ!全て消えて無くなってしまえばいいのに!」
「…待って!ダメ!その人形は!」
エストが人形の正体に気が付き叫んだ時には既に遅かった。
少年が掴んだ人形を壁に向かって投げつける。
しかし人形は、壁の手前で止まって宙に浮かんだまま立っていた。
「御命令を承りました。」
口のない筈の人形から男性的な低い声で、冷たい返答が聞こえてきた。
壁の周囲が崩れ出して宙を舞い、人形に向かって残骸が飛んで行き次々に衝突していくが、人形はビクともしない。
周囲の残骸が貼り付く様に人形に集まってゆく。
エストは呆然とする兄妹を抱えて浮遊術を使い、開いている扉に向かって飛んだ。
「崩れるわ!今すぐ外に逃げるわよ!」
「マジかよ…。」
「その様ですね。」
エストの後を走って追いかけるミイトとバドシ。
全員が出口から脱出しても、エストの浮遊術は止まらなかった。
大きな何かの崩れる様な音を背後に聞いて、ミイトはエストの後を走って追いながらも後ろを振り向いて確認する。
「ゴーレム…?いや、流石にこれは…。」
人の形をした巨大な岩の塊が、大地を割って背後に立とうとしていた。
その背丈は三階建ての旅館の三倍は、あるだろうか?
その様な巨大なゴーレムをミイトは、見た事も聞いた事もない。
ゴーレムは肘を背後に引くと拳を前に突き出し、そのままエスト達に向かって正拳突きをしてきた。
飛んだまま上空に向かって躱すエスト。
左右に散って避けるミイトとバドシ。
三人のいた辺りに拳が炸裂すると、周囲に土と石を撒き散らしながら大穴が開いた。
「何で俺たちを狙ってるんだ!?」
ミイトがエストに尋ねた。
「血族の命令に絶対服従しているのよ!命令通りに世の中の全てを破壊するか溜めておいた魔力が尽きるまで止まらないわ!」
「停止命令を出して貰え!」
エストの回答に、ミイトが喚いた。
「…取り敢えず言ってみてもらえる?」
エストは少年を促してみる。
事情を悟った少年は大きな声で叫んだ。
「もういい!さっきの命令は中止だ!止まってくれ!」
ゴーレムは第二波の拳を振るってくる。
「ですよねー。」
エストはジト目になって呟きながら避けた。
「なんでだよ?!」
「恐らく、あの人形がゴーレムを起動させる為の鍵なんでしょう。たまたま血族の少年が触って起動した時点で命令するという方法が、正解だっただけという事ですね。一度出した命令を取り消す為には、また別の方法が必要なんじゃないですか?」
ミイトの雄叫びにバドシが、冷静に推測して答えた。
「停止方法は知っている?」
エストは兄妹に尋ねたが、二人は首を揃って横に振る。
「すみません、古文書には書いてあったのかもしれませんが…。まだ殆ど正確に解読出来ていなくて…。」
「ですよねー。」
少年の答えにエストは、細目になって微笑んで俯いて諦めた。
エストは二人を降ろすと離れる様に伝えて再び浮遊術で舞い上がると、上空から巨大な氷の槍をゴーレムに目掛けて撃ち放った。
氷の槍はゴーレムに命中したが、岩が欠けただけでダメージは与えられない。
ミイトが剣を抜いてゴーレムの足に斬りつけたが、岩に刃は通ったものの手応えが感じられなかった。
エストはミイトに防御結界魔法をかけると、こう伝える。
「ごめんミイト!少しだけ時間を稼いどいて!」
それだけ言うと彼女は、一目散に何処かへと飛び去った。
その直後にゴーレムは、何かを見つけた様に転進する。
「不味い!旅館の方に向かっています!私、ちょっと先行して念の為に避難誘導の準備をしておきます!」
バドシは、そう言うと素早く駆け出した。
少女と少年も、そんな彼を手伝おうと後を追うが差が開く一方だ。
転進したゴーレムに斬りつけながら何とか進行を食い止めようとするミイトだったが、減速するようなダメージは与えられずにいる。
目指す方向が一緒だったせいか徐々に先行していた筈の兄妹とゴーレムの距離が詰まってきていた。
少年が、その事に気が付いて振り向いた所へゴーレムの張り手が飛んで来る。
ミイトはゴーレムの足を斬りつけるのを中断して地面を蹴って兄妹の元へと跳んだ。
兄妹を突き飛ばしてゴーレムの攻撃を回避させるが、ミイト自身は張り手を喰らって吹き飛ばされた。
エストの防御魔法のおかげで鎧が無くてもダメージが抑えられたはしたが、突き飛ばした方向が悪かったせいなのか、兄妹は崖から転落しそうになっていた。
「何をしている?!浮遊術を使え!」
ミイトは落ちそうになっている兄の片手を両手で必死に握って支える妹を見て、そう叫んだ。
「すみません!私達二人とも、浮遊術が使えないんです!」
「なぜ?!」
「父親から、先ず自分の得意な魔法から伸ばせば良い…って言われてて!」
「だーっ!魔族の親父って奴は、どいつもこいつも!」
兄妹の回答に呆れはしたが、吹き飛ばされたミイトは起き上がって兄妹を助ける為に動いた。
しかし、それを嘲笑うかの様に行き掛けの駄賃とばかりにゴーレムが、兄妹に向かって歩き出す。
どうやら全ての破壊には、命令を下した御主人様本人も含まれる様だった。
「何をしているんだ?!僕の事はもういい!手を離せ!逃げるんだ!」
兄が妹に向かって叫ぶ。
「嫌よ!弟達や妹達は、どうするの?!お兄ちゃんまで失ったら…。もう、あの子達に寂しい想いを重ねさせるのは嫌なのよっ!私だって、お兄ちゃんの役に立てるわっ!」
妹も一歩も退かずに答えた。
「間に合う!」
ミイトが、そう確信した瞬間だった。
ゴーレムが近づく振動で兄妹のいた崖の雪が、崩れて兄妹を巻き込む形で崖下に落下してゆく。
ミイトは浮遊術の呪文を唱え始める。
空中で受け止めるのが間に合うのか?
片手で兄妹を一緒に掴む為には?
一瞬の内に色々な考えが、頭をよぎってゆくが…。
「お待たせー。」
やや呑気な声で崖下の向こうからエストが、兄妹を抱えたまま浮遊術で浮き上がってくる。
ミイトは拍子抜けした。
「ミイト!私、貴方に渡したい物があるって言ってたでしょ?!はい!コレを、あげる!」
エストは兄妹の兄の方を自分の首に手を回させて掴まらせると、空いた片手で腰に掛けていた荷物を取った。
呪文がビッシリ書かれた包帯の様な布の端を持つと、中身をミイトに向かって投げて来る。
解かれた布の中から現れたのは、同じく呪文がビッシリと彫り込まれた黒紫の鞘に収められた片手剣だった。
鞘から刀身を抜くと同じ様に黒紫に鈍く光る刃が現れる。
「その剣を、あそこにいるゴーレム目掛けて振るのよ!」
「ここからか?」
よく分からないがミイトは、既に兄妹は始末したと思ったのか旅館に向かって行くゴーレム目掛けてエストに言われた通りに水平に剣を振るう。
その瞬間、ゴーレムの位置に合わせて刀身の長さが伸びた。
「わきゃ!」
慌てて屈んだエストの頭の上を刀身が通過してゆき、ゴーレムの両足を通過した後に元の長さに戻った。
手応えを、まるで感じない位に軽い。
だが、ゴーレムは両足を根元から輪切りの様に切断されて横に向かって倒れた。
そして崖下に転落し粉々に砕け散る。
「あっぶなー…。二人は大丈夫?」
エストの問いに頭を掴まれて伏せられていた兄妹は、揃ってコクコクと頷く。
エストは崖下に転落したゴーレムの中に入っていた石の人形を念の為に回収して戻った。
先程の衝撃でゴーレムの為に蓄えられた魔力が、霧散して消失しているのを確認して少年に手渡す。
兄妹は、しばらく人形とお互いの顔を見ていたが決意したように頷くと、人形をゴーレムの残骸が落ちている場所とは別の崖下に投げ捨てた。
エストは何となく、二人の気持ちが分かるので何も言わなかった。
「これは一体…。」
今度はミイトの疑問に答えるべきだった。
「昔パパが使っていた剣よ。形見の品だけどミイトに渡すわ…大事にしてね。」
「いいのか?」
エストは飛びっきりの笑顔で大きく頷いた。
「凄いですね。僕達の先祖の造ったゴーレムも凄かったけど、王家の品は別格だ…。」
「本当、とても綺麗な剣…。」
魅入られた様に二人の手が、剣に伸びる。
ミイトも触るぐらいならと掴んだまま差し出すが…。
「触っちゃダメ!」
エストが慌てた様に制止の声をあげる。
ミイトと兄妹は、キョトンとしてエストを見た。
やがて少女が頭を下げて謝り始める。
「申し訳ありません!恐れ多くも王家の逸品に触れようなどと、とんでもない粗相を…。」
「違うの…そうじゃないの…。」
エストはイヤな汗をかきつつ、そう答えた。
「じゃ、どういう事なんだ?」
「…。」
ミイトの質問に、エストは押し黙った。
「エストちゃ〜ん?」
ミイトが乾いた笑顔で切っ先をエストに向ける。
「えとね…それ、実は魔剣なんだけど…。所有者を選ぶというか、剣が気に入らない奴が触って来ると、魔法抵抗力が低いとヘタをすると即死なの…。だからミイトも、うっかりサウム以外とかに触れさせない様に普段は厳重に保管しといてね?鞘に収めて、この呪布をしっかり巻いといてね?」
四人の間に静寂が訪れた。
「
ミイトが剣を雪に叩きつけた。
「ほら、一昨日の夜にミイトの身体に探知の魔法をかけて調べたじゃない?アレで大丈夫かどうか分かるって…亡くなったママから教えて貰ったの。魔族とか人間とかに関係がなく誰にでも使えるってわけじゃない代物だから…。自分とパパに何かあった後で貴方の託したい人が現れたら、その人にあげなさいって言われてて…。腕の事もあるけれど…託すなら大切な仲間のミイトが良いかな?って思っていて…。」
しどろもどろで真っ赤になって答えているエストに背を向けて、ミイトは剣を拾って鞘に納めた。
照れている為なのかエストから見えない彼の顔は、少しだけ紅くなっている様だ。
「それなら遠慮なく貰っとくわ。ありがとうな…。」
ぶっきらぼうな感じでミイトは、そう答えるのが精一杯だった。
「どうやら無事に御二人は、ゴーレムを倒された様ですな。」
爺やが触覚を伸ばしてエスト達の様子を見ている。
どうやら遠見の魔法を使っているらしい。
爺やの話ではゴーレムは、無事に二人が倒した様だ。
バドシは、ほっと安堵する。
「良かった…。旅館や温泉街を観光客込みで全て破壊されたら賠償やら何やらで、自分は破産する所でしたよ…。」
「むむ?」
爺やが遠見の魔法でエスト達のいる所より上を見ている。
「バドシ殿…安心するのは、まだ早い様じゃよ?」
「今度は何ですか?」
爺やは良く確認してからバドシの質問に答えた。
「雪崩ですじゃ。」
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