第6話
戦士が強くなったワケ Ⅰ
午前中の視察が終わって昼御飯までの空いた時間にミイトとエストは、仕事とはいえ、せっかく観光地に来たのだからと何処かで遊ぶ事にした。
バドシは爺やと続けて仕事である。
エストには理解できない上に直接は関係のない経営方針や、今後の拡張計画などの認可を必要とする申請予定項目の検討だのを観光地化計画の他の関係者達と会議する予定だ。
そんなバドシを置いてエスト達は、温泉街の近くの雪山に用意されたゲレンデに来ていた。
「ソリなんて久し振り。子供の頃にパパと一緒に乗って遊んで以来かな?」
「俺はパパの代わりかぁ…。」
言いつつも子供と一緒にソリ遊びをする前魔王という絵面を想像して、シュールだなと思ったミイトだった。
二人のソリは成人男女が乗るために複座式で全長が長めに造られており跨って乗る仕様になっている。
前の座席にはハンドルが付いていて、簡単な操縦が出来る様になっていた。
ゲレンデの頂上には、例の御者と客室付きの亀の様なモンスターに乗って、別途に用意された登坂コースから登って来られる。
ゲレンデの頂上からは、ソリを使って下り専用のコースを滑り降りるのだった。
「片手で大丈夫?」
「余裕、余裕。」
前席にミイトが跨ってハンドルを握り、後ろにエストが乗って彼の腰に手を回して密着した状態になる。
…胸の感触が役得過ぎだな…とミイトは思った。
二人で跨ったまま前に押し出す様に蹴る。
数回蹴ったらソリは、雪の上を滑り始めた。
今も少しだけ雪が降り続けているのと地面を低く感じるせいか、スピードが上がると空を浮遊術で飛ぶよりも速くて、景色が流れる様に感じた。
ミイトがコースぎりぎりの木のすぐ側まで寄ってハンドルを切ってソリを振ったりすると、エストは嬉しそうな悲鳴をあげてミイトの腰に回した腕に力を込めて目を瞑る。
そしてまた目を大きく見開いて周りを見渡し、流れゆく真っ白で綺麗な景色に見惚れながら楽しそうに笑うのだった。
もう一回というエストによる腕に掴まっての、おねだり攻撃に、ミイトは満更でもない様子だった。
そんなこんなで二人は、また上に行く為に専用の登坂コースを進むモンスターの客室にいる。
ソリは客室の篭から外に繋がれていて、他の客の分も併せて一緒に運ばれていた。
ふとミイトが窓の外を見ると昨日の御者の少年が、登坂ルートのコース外に消えて行くのが見えた。
コースの外に何か関係者だけの施設でもあるのだろうか?
「どうしたの?」
窓の外を見て難しい顔をしているミイトに、エストが尋ねた。
「ん?いや…何でもない。」
御者の少年の行き先が、少し気にはなったが…止めて貰って降りるのもなんなんで、そのままエストに生返事をして終わったミイトだった。
ゲレンデの下の方に建てられたレストランの中でエストとミイトは、やや遅い昼食をとりながら休憩をしていた。
食後の時間をまったりと雑談をしながら過ごしていたのだが、ふとエストが何かを見つけたらしい表情になる。
「見て、あの娘よ。」
ミイトはエストの視線が示す方向を見ると、御者の少年の妹だと言っていた例の女中が、仕事着のままで辺りをキョロキョロと見回しているのが見えた。
「どうしたのかしら?慌てているみたいだけど…。」
「困ってるみたいだし、行ってみるか…。」
二人は席を立って外に出ると、先程の少女の所へと歩いて行った。
彼女の近くまで寄ってから、エストが声をかける。
「どうしたの?誰かを探しているみたいだけど?」
少女は驚いて背筋を伸ばすと、深くお辞儀をして事情を説明する。
「申し訳ありません。実は休憩が終わっても兄が、仕事に戻って来ないのです。登坂ルートの御者を交代で休憩させられないと、女将さんもカンカンで…。」
オロオロしながら焦っている彼女に兄の存在を知らなかった、エストが尋ねる。
「お兄さん?」
「行きの乗り物で御者をしていた少年だよ。さっき登坂ルートの途中で見たな…。ルートのコース外に出て行った様だったけど、仕事の用事か何かじゃないのかい?」
ミイトはエストの疑問に説明を挟みつつ、少年を見掛けた事を妹に伝えた。
「登坂ルートのコース外?お客様の誰かが降りてコース外にでも出たのかしら?でも、それなら兄は先ず警備に連絡する様に教わっている筈ですが…。」
ミイトは直感だが何かイヤな予感がした。
「エスト、彼女を連れて一旦女将さんに事情を説明してから彼女と一緒に戻って来てくれないか?俺は先に最後に彼を見た場所に行ってみる。登坂ルートの下から左側を飛んでくれば合流できる筈だから…頼んだぞ?」
エストが…分かった…と返事をするとミイトは、少年を見掛けた場所へと急いで走った。
ミイトが少年を見掛けた場所に着くと、雪の降り方が穏やかだった為か、まだ誰かが通った様な跡が埋らずに残っている。
後から来たエストや少女と合流して三人は、少年の残した跡に沿ってコースを外れて森の中へと入って行った。
「もしかして、兄は先祖の遺産を探しに行ったのかもしれません。」
「遺産?昨日の相談事やらと関係があるのかい?」
道すがら少女に心当たりを尋ねていたら思わぬ回答が返って来たので、ミイトは訊き返した。
「元々この辺りの土地の一部は、私達の先祖からの所有物だったのですが、父が亡命する直前に全てを売り払ってしまって…。何処かに先祖が造った地下迷宮があるらしいのですが…。兄は、そこには処分を免れた先祖の遺産が存在する筈だと言って、詳しい場所を先祖の書いた古文書で調べて推測していました。」
少年の妹は事の発端を説明した。
「私は、もう父親が処分しているだろうし、罠とか設置されていたら危険だから探すのはやめましょう?と言ったのですが…。兄は罠が設置されているのなら父親も探索していない可能性があると言い張って…。」
「そんなに生活が大変なの…?」
エストは、どことなく落ち込んでいた。
もっと自分が、しっかりさえしていれば少女の父親も亡命などしなかったかもしれない。
そう思うと、やるせなかった。
「あ…いいえ、姫様のせいでは…。私どもの家は兄の下に私以外にも大勢の弟や妹達がおりまして、母親が…お恥ずかしい話ですが愛人を作って行方知れずでして…。生活費の大半を兄が、頑張って稼いでくれているんです。私も少し前から兄の職場で働かせて貰える事になって一緒に喜んでいたのですが…。」
「が?」
ミイトは口籠る少女に続きを促した。
「大変、申し上げにくいのですが…。昨日の粗相で私が、死刑を申し渡されそうになって、姫様に助けて頂いた話を兄にした所…やはりドジなお前に働くのは早過ぎたんだと怒られました…。」
少女は申し訳なさそうに答えた。
「…エストのせいだな。」
「ちがっ…あれは爺やが言って…むしろ私は庇って…。」
「冗談だよ。」
ミイトにからかわれて、むくれるエストだった。
少女は、その様子を見て少しだけ微笑んだ。
ミイトは自分の推測を妹に伝える。
「それが引き金になって焦った君の兄さんは、以前から目星をつけていた所へ堪らずに探索に行った…と言った所かな?それにしても既に他人の所有する土地だ。バレたら盗掘扱いで、せっかくのお宝も没収になるんじゃないのか?」
「そこら辺は大丈夫ですよ。まぁ敷地内に勝手に侵入したり立ち入り禁止のコース外に理由もなく入るのは、いただけませんけどね。」
いつの間にやら後ろから聞き覚えのある声がする。
「早かったな?」
「商会の仕事は大体終わらせましたから…。地下迷宮とお宝とくれば盗賊の出番ですよ。」
エストが呼んでもいないのに気を利かせて来てくれたバドシだった。
言いながらミイトに剣を投げ渡す。
「悪いな…助かる。」
ミイトの御礼にバドシは、頷きつつ話を続ける。
「この国の法律だと、土地や家屋の売買取引した後の一定期間中に売主も買主も把握していない付属資産が発覚した場合には、その資産価値が余りにも高価な場合に限り、その資産だけ売買取引のやり直しが可能ですね。二人の父親が売った土地は、今は私の商会支部の土地なので、もし地下迷宮に隠されている資産が、価値のあるものでしたら商会支部で高く買い取る事も出来ますよ?」
「あの優しそうな顔に騙されちゃダメよ。口八丁で安く買い叩くつもりだから…。」
エストが少女に耳打ちした。
「エストさ〜ん。」
バドシは非難する口調になりつつも、エストに優しそうな顔と評価されて少し嬉しそうだった。
そんな会話をしながら先を急ぐ内に迷宮の入り口らしい場所に辿り着く。
入り口付近の雪の積もっていない部分に足跡があり、それは奥へと続いていた。
「どうやら、この中に入って行ったみたいだな…。」
「それでは私が、ここからは先頭で進みましょうか?」
バドシがミイトと入れ替わって先に中へと入って行く。
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