第7話

魔帝が神帝を呪えたワケ Ⅰ

 教国の国王が魔族の一人に首を掴まれ持ち上げられている。

 普通の人間よりは巨躯な、その魔族は国王を片手で悠々と吊り上げていた。

 国王は苦しそうに呻く。

「許してくれ旧き友よ…私が愚かだった…。」

「友?友か…こんな所に友人を閉じ込める奴なぞいないとは思わんか?」

 魔族は人型では無く爬虫類の様な顔をしつつ口が見当たらないのに声を発した。

 表情の変化も乏しく感情も読み取れない。

 しかし、国王には分かる。

 彼は…魔帝は憤っていた。

「仕方が無かったのだ…孫可愛さに娘婿に誑かされて…。その孫にも騙されて信頼していた者にすら裏切られて…お前に縋るしか無いのだ…。」

 国王は鮮血に塗られた剣を持っていた。

 近くに死体が転がっている。

 それは国王の忠臣の振りをしていた帝国の間者の死体だった。

 どうやら間者は、正体が暴露て国王に殺されたらしい。

「仕方がないか…せめて眠る様に封印されておれば怒りも少しは収まろうが…。貴様に分かるか?闇の中で何も見えず、聞こえず、感じもせずに何年もの間に渡って意識だけがある状態で置き去りにされた者の恐怖がっ!」

 魔帝は吊り上げた片手に力を込める。

 ゴキリと嫌な音がして、国王の手足がダラリと下がった。

 剣がカランと音を立てて床に落ちる。

「終わりましたか?」

 暗がりから似た様な爬虫類の姿をした魔族が出てくる。

 しかし、こちらは魔帝に比べると牙の生えた口を持ち、異常に小さな身体をしていて腰の曲がった老婆より背丈が低かった。

「魔帝様を友などと…呆けも極まった愚かな爺だ…。」

 小柄な魔族は、そう言うと笑った。

「…昔の話だ。」

「は?」

 魔帝の意外な一言に思わず訊き返してしまった魔族だが、魔帝が国王に関して、それ以上語る事は二度と無かった。

「ストネ姫は、どうしている?」

 魔帝は今度は暗がりにいたまま出て来ない人型の魔族に声をかけた。

「…仰せの通りに牢獄塔の最上階に捕らえております。」

 心なしか答えた人型は、汗ばんで震えている様子だった。

「…そう強張るな。今後の忠誠と働き次第では裏切り者でも、家族ぐらいは殺さずにいてやる…。」

 魔帝は、そう言うと瞼のようなものが細くなり少しだけ笑っている様に見える。

 人型は生きた心地がしなかった。


 以前から教国は魔族と人間が、ほぼ同等数で共存している国だった。

 しかし、代々国王と国の重責を担う大臣の多くを血筋によって、人間が占めていた為に労働者階級には魔族が多く、彼らはやや差別的な扱いを受けていた。

 特に王族は庶民同様に三親等以内での血族同士の結婚を禁じてはいたが、外からの血の受け入れを魔族から選ぶ事は無く、人間だけの血族のみで構成されていた。

 そこへ魔帝が現れた。

 彼は反乱を成功させて事実上は国の実権を握っていたが、王族はそのままで魔族の血を混ぜようとはしなかった。

 しかし、大臣などの行政を司る役職は、その多くを可能な限り魔族に置き換えていった。

 結果として、人間の多くが労働者階級に落ちて、多くの魔族が労使側に収まるという逆転現象が起き、差別を受けるのが人間側になった。

 それまで抑圧されていた魔族の人間への復讐の様な差別は、魔帝の性格も含めて苛烈を極める事になり、行き過ぎた暴力が横行する国になりつつあった。

 そこで人間に友好的だった一部の魔族の組織が、国家の将来を憂いて魔帝の封印の為に王家と協力した。

 今、復活した魔帝の前に立っている人型の魔族も、その一人である。

 魔帝が復活する以前は、立場が再度逆転した人間側の魔族側への暴力が懸念されたが、羅刹に殺される前のストネの両親とストネ自身の尽力もあり、魔帝が登場する以前よりも良好な関係が築かれつつはあったのだが…。

 …それも、これで終わる…と人型の魔族は、落胆していた。


「ストネ姫は、いかがいたしますか?」

 小さな魔族は魔帝に尋ねた。

「…復活できたばかりだ。種の準備に多少の時間が掛かる。」

 魔帝は思案を巡らせる。

「私を封印した愚か者達の子供が、勇者を名乗っているらしい。かなりの実力の持ち主で羅刹と対等に渡り合えるとか…。ストネの婚約者なら姫を人質に、そいつに言うことを聞かせて羅刹にぶつけてみるのも一興だが…弱体化しているとの情報もある。今の勇者の実力も知りたい所だが、そこでだ…。」


 魔帝の復活は共和国の知る所となった。

 復活後に教国が布告を行なった為である。

 国王が死に、魔帝が新たな国王となりストネ姫を近日中に処刑するとの布告だった。

 恐れていた事が起こったと、バドシは思った。

 ミイトは仕事で諸外国に遠出している。

 サウムはバドシに彼を緊急に呼び戻す様に頼んで、バドシは直ぐにミイトのいる地へと赴いた。

 エストを残したのには理由がある。

 ミスリル製の義手義足は、未だ調整中であり、鍛冶屋から試験の為に使用できる状態で一時的に戻されるのも、早くて翌日というタイミングの悪い状況だっので、彼女を戦力として欠く訳にはいかなかったのだ。

 サウムは焦っていて思考が纏まらなかった。

 今の通常の義手義足を用いている自分では、恐らく魔帝には勝てないだろうし成長したエストでも難しいかもしれない。

 そもそも、既にストネが呪われていたら、魔帝の封印以外には手の出し様が無いし、仮に呪われていないにしろ人質に取られているのは現在の状況も変わりない。

 ミイトが戻って来たらエストと共に魔帝と闘ってもらって、その間に自分がストネを奪還して呪われているかどうかを調べてから、魔帝を封印するか討滅するかを決めるか?

 だがミイトの帰還が間に合わずに、ストネが処刑もしくは呪われる様な事態になれば…。

 サウムは纏まらない思考のままに現時点で打てるだろう最善策で妥協した。

「エスト、君に仕事を頼みたい…。」

 黙ってサウムの言葉を待っていたエストは、ようやく開いた彼の口から紡ぎ出される作戦案を真剣に聞いていた。

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