魔王の国が儲かるワケ Ⅲ
「館内は結構、暖かいもんだなー。」
「その為に従業員を殆ど魔族で雇いましたからねぇ。受け持ちが各々決まっていて全体の魔力不足を数で補って貰っています。」
ミイトの疑問にバドシが説明をする。
三人の泊まる部屋には、一番上の階にある最高級の一室が用意されていた。
「エストは先に部屋に入っていてくれ。荷物番を宜しくな。…バドシくん?ちょっと良いかな?」
「何でしょう?」
荷物を部屋に置くとエストを残して廊下に出る二人。
ミイトは軽くバドシの胸倉を掴む。
掴まれたバドシは涼しい顔をしていた。
「何で男女で一室なんだ?」
「広くて良い部屋でしょう?東方の島国の畳敷きという奴です。この旅館全体を、そこの雰囲気で統一して貰っているんです。寝具は布団と言いますけど、ちゃあんと三人分を用意させて貰っていますよ?」
「俺が参加しなかったら、その布団とやらは幾つ用意されてたんだ?」
「ひとつです。」
若干イラっとしているミイトの質問にバドシは、いけしゃあしゃあと答えた。
「おまえなぁ…。」
「まぁ聞いて下さい。先程の乗り物の中で話した通り私の商会は、かなり例の爺やさんに良い様に転がされています。もちろん、エストさんと彼女の国に協力するのは、やぶさかではありません。しかし、このまま負けっ放しというのも悔しいので爺やさんの唯一の弱点であるエストさんを、こちら側に引き込もうと思いまして…。馬を射んとすれば先ず将を射よですよ。」
「合ってるのか間違ってるのか分からん諺を使うな。それで?具体的には、どうするつもりだったのかな?」
ミイトは掴んだ胸倉に若干の力を込めて尋ねる。
「美味しい料理をお酒と一緒に頂きながら二人きり…一つの布団の中で、しっぽりとビジネスの話をしようかな?と…。いやぁ大変でしたよ?爺やさんの目を盗んで部屋をセッティングするの。…ちょっと?苦しいんですけど?」
「そういう事はキチンと告白してからやらんかい!」
ミイトは左右の襟を右手で掴んだまま、手首を捻って器用にギリギリと締め上げた。
「お酒の力を借りてしようと思ってたんですよぅ。」
「エストが受け入れるとは限らんだろうが?」
バドシはミイトに締め上げられつつ答える。
「酔っていれば、なし崩し的に承諾して貰えると思うんですよ。エストさん、押しに弱いから…。」
締め上げていた力が、途端に緩む。
十分に有り得る事だと、ミイトは不覚にも思ってしまった。
「それで、俺が来るのを嫌がってたのか…。」
ミイトは昨夜のエストの部屋での出来事を蒸し返した。
「いやまぁ、それだけが理由でもないのですが…。」
バドシの答えは曖昧な感じだ。
「あのなぁ…エストはサウムに惚れてんだぞ?お前も知ってるだろうが?」
「じゃ、何でキスなんてしたんです?」
意外な攻撃にミイトは、動揺を隠せない。
「な、なんで知ってる?」
「そりゃ、あれだけ大きな声で…私のファーストキスがっ!…とか叫ばれればイヤでも聞こえますよ。ミイトもサウムも出掛けた後の話でしたけど。」
ミイトは顔が赤くなる。
「あれは…ちょっと待て?何だって?ファーストキス?」
「初めてだったみたいですよ?彼女。」
ミイトの顔が今度は青くなった。
…え?嘘だろ?…という表情をしつつ馬車の中でエストが、サウムにしたキスのことを思い出す。
そう言えば、あれは頬にだったと頭に映像が浮かんでしまった。
「いや、俺のは挨拶みたいなものだから、あれはノーカンだな…うん、ノーカン。」
「エストさんも似た様な事を言っていましたが…んなわきゃ無いでしょ?」
エストの時とは違う答えをミイトに返すバドシだった。
バドシは微笑みつつも真面目な顔つきでミイトに語る。
「私は割と本気ですよ?一国の姫君だから高嶺の花だと諦める気はありません。身分の違い?ハン!そんなもの有り余る金で埋めてやりますよ。身近にサウムとストネという例があるのですから、尚更に希望と勇気が湧いてきます。私は必ず事業を成功させ、この国にも根を張り、爺や殿も認める男になって彼女を娶ってみせます。そして行く行くは彼女と共に世界を支配する商人の王になってみせますよ。」
ミイトはバドシの夢に圧倒されかけた。
「…ま、という夢なんですけどね。」
そう言って冗談めかして微笑む彼の瞳に炎が見えた気のするミイトだった。
「そういやそうか…一国の姫君なんだよなぁ…。」
ミイトは確認する様に呟いて溜息をつく。
そして部屋とは別方向に行こうとした。
「おや?どちらへ行かれるのですか?」
「散歩。…考え事がしたくなった。エストには宜しく伝えといてくれ、夕飯までには帰るって…。」
ミイトは右手を挙げると、そう答えた。
「そうですか…。私はエストさんや爺やさんと一緒に、その食事も含めた調理場やらを色々と仕事で視て回らなければなりません。夕飯は部屋になりますから、忘れずに戻ってきて下さいよ?」
了解の意思表示で手を振るミイトだが、ふと振り返ってバドシに尋ねる。
「帝国にいたバドシの知り合いの件なんだけど…。」
「駄目でした。拷問を受ける前に自分で…。」
バドシは親指を立てて首の前を真一文字に横切らせる。
「そうか…済まなかったな。」
「いえいえ、お気になさらずに…。羅刹が相手では致し方のない話ですよ。むしろミイトさんが彼の名前を喋らなかったおかげで、彼の妻子だけは無事に逃す時間が稼げました。後の彼らの面倒を見ていくのは我々のギルドにお任せ下さい。」
先程とは違いバドシの瞳の奥底に、感情は見出せない。
ミイトも彼の目を真正面から見る勇気が無かった。
いつもの事だがバドシの本当の気持ちを知れないのが、何となく寂しい様な気がするミイトだった。
「エストには、この事は黙っておいてくれるか?」
「勿論です。ミイトさんの腕の事もありますし、これ以上は彼女につらい想いを私もさせたくはありませんからね…。何れは知る事になるかも知れませんが今は、まだ受け止めきれないでしょうし…。」
バドシの気遣いに感謝をするミイトだった。
外に散歩に出掛けると、まだ陽は出ているとはいえ流石に寒い。
しかも、旅館の周囲には特にこれといった夕飯までの暇潰しもなく、途方に暮れていると先程自分達を乗せて来たモンスターに御者が、餌を与えている所に出くわした。
「よお、さっきは送ってくれて、ありがとうな。」
「仕事ですから…。」
館内の女中と違ってミイトの挨拶にも、御者の魔族の少年は素っ気ない。
…人型だからといって話し掛け易いもんでもないなぁ…とミイトは思った。
…まだ年端もいかない少年の様だが働いても大丈夫な年齢なのだろうか?…という疑問が湧いてくる。
「しかし偉いな。その歳で、もう働いてるのか?」
ミイトは、なんとなく聞いてみる。
「両親がいないから…妹や弟達を食わせなければならないので…。」
重い回答が返ってきた。
「そうなのか…。俺も前の戦争で両親を亡くしてるんだけど…君も、そんな感じなのか?」
ミイトは妙な親近感の様なものを感じて尋ねてみた。
「いいえ…父親は貴族だったんですが帝国に全ての財産を持って亡命しちゃって…母親は愛人を作って行方不明になっちゃいました。」
ミイトは何だか負けた気がしてきた。
そんな時に旅館の方から、一人の女中が歩いて来る。
「お兄ちゃん…。」
「あれ?仕事は大丈夫なのか?」
どうやら兄妹らしい。
「うん…粗方終わって、今は休憩をいただいているの…。ねぇ、例の話だけど…。」
「…お客さんのいる前で相談する事じゃないだろ?」
何か身内での話し合いがある様子だ。
「ああ、気にしないでくれ。俺は館内に戻るから…。身内同士での相談事の邪魔をして悪かったな…。」
ミイトは二人に気を利かせて、そう答えると館内に戻った。
二人は、お辞儀しながらミイトを見送る。
館内に戻ると"大浴場は、あちらです。"という文字と矢印の書いてある、立て看板が目に入った。
どうやら、風呂場の視察は終わっている様子で関係者向けの準備も済んだらしい。
夕飯までには余裕があったのでミイトは、先に風呂に入る事に決めた。
脱衣所で服を脱いで用意されていた手拭いを持って風呂場の扉を開けると、そこは広い露天風呂になっていて、山の高い場所に位置する旅館の為か、露天風呂の湯船からは北の魔王の国が一望できた。
辺りは既に暗くなっており、家々には灯りが点っている。
…綺麗なもんだな…とミイトは思った。
魔法によるものだろうか?旅館にしても普通のランプより明るい照明が使われている様だ。
ミイトは景色を見ながら身体を洗うと、ゆっくりと湯船に浸かってみた。
「わぁ!凄い綺麗!」
自分が入って来た方とは違う方向から聞き覚えのある声がする。
湯気に隠れてシルエットしか見えないが間違いなく女性の声だ。
…嘘だろ?…とミイトは慌てた。
風が少し吹いて湯気を流してしまう。
そこに立っていたのは、全裸のエストだった。
彼女はミイトと目が合って、そのまま固まる。
「よ、よぉ…。」
ミイトは何となく手を挙げて挨拶をしてみた。
絹を引き裂く様な乙女の悲鳴が、周りの山々に木霊する。
「大変、申し訳ありませんでした!」
大浴場の出入り口手前の廊下で浴衣姿のミイトとエストは、女中と女将の謝罪を受けていた。
バドシと爺やも彼らの傍らにいる。
女中は顔面蒼白で瞳を潤ませながら、しきりと頭を下げていた。
「すみません、彼女…衝立を設置するのを忘れていたみたいで…。」
旅館のオーナー的な立場であるバドシもエスト達に謝罪した。
どうやら、露天風呂は本来は衝立を立てて男女を仕切り、客から貸切の要望があれば外して混浴に出来る仕様のようだ。
ミイトは女中に見覚えがあった。
先程の御者の妹だった。
「私どものチェックも至らずに…大変、申し訳ありません。」
魔族ではない女将が、平謝りしてくる。
どうやら、この旅館の為に例の東方の島国から呼ばれて、魔族の女中達の教育も任されていた様だ。
「許さん!死刑じゃ!」
爺やが触覚をピーンと立てて怒っている。
女中はガタガタと震え出した。
どうやら、自分がトンデモない地位の人に粗相を働いた事は理解できているらしい。
「なぁ?この国の法律に照らし合わせると、どうなんだ?」
「いや、死刑は普通は無理でしょうけど…。何せ相手は王族ですから超法規的な例外も有り得るかも…。」
ミイトとバドシがヒソヒソ話し合う。
エストは瞳を潤ませて項垂れながら爺やと女中と女将に言う。
「うん…まぁ、いいや…そんなに怯えないで…。本番では、しっかりね…。見られたのが偶々知り合いだったから大丈夫よ…。これからは気を付けてね…。」
「姫様の寛大な御慈悲である!心するように!」
エストは心がここに無い感じで呟く様に女中達に赦した事を伝えると、爺やは彼女達を解放してバドシと共に事務所に戻ろうとする。
女中は何度も振り返りながらエストに、お辞儀をした。
バドシは去り際に微笑みながらミイトに囁く。
「エストさん…益々人間臭くなりましたよね。」
エストは柱に手を置いて落ち込んでいる。
ミイトは…彼女を慰めるには、どうしたもんかな?…と考えていた。
取り敢えずは思った事を口に出す。
「たまたま知り合いに見られたから大丈夫…か。俺って男として見られてないのかね?」
「…そんなわけないじゃない…。」
エストは憤怒の声を静かにあげる。
いつの間にか握られた柱が、ミシミシと音を立ててヒビ割れた。
「失敗は誰にでもあるし、私だってサウムやミイトに酷い事をして赦されてきたし、あの女の子ちっちゃくて可愛いから可哀想だったし…。」
エストはブツブツ言い始めた後に大きな声で叫ぶ。
「でも、このやり場のない怒りの矛先は、どおぅすれば良いのよっ!」
両手をワキワキさせながら悶えるエストだった。
「じゃ、食事にもまだ早いし風呂も中途半端だったから後で入るとして…一汗かくか?」
ミイトは、そうエストに提案した。
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