魔王の国が儲かるワケ Ⅱ

「結構、快適な乗り心地ごごちなもんだな。」

 馬車で共和国の北の最果さいはてまで来て、そこから北の魔王の国にある目的地の温泉まで、バドシの商会が用意した乗り物で行く事になった。

 エストの故郷は雪の深い場所なので馬が使えない。

 何に乗っているのかと言えば、全身が毛深けぶか体毛たいもうに覆われた亀に良く似た大型のモンスターだ。

 結構な速度と振動で歩いているにも関わらず、甲羅こうらの上に設置された大きな客室が殆ど揺れない理由は、客室と甲羅の間の四隅よすみと中心に例のブヨブヨした黄色い不定形の召喚モンスターを挟んで衝撃を吸収しているからだ。

「この乗り物もエストさんのアイデアなんですよ。この乗り物を発明したおかげで観光地には、雪山を挟んだ帝国方面からの客もまねく事が出来る様になりました。輸入貨物ゆにゅうかもつなどの物流ぶつりゅうにも大活躍です。」

 バドシは我が事の様に嬉しそうに話す。

 寒さに強いモンスターを利用した乗り物以外にも、表の御者ぎょしゃに寒さに強い北の魔族を雇う事で、客室の中は魔法の力でほんのりと暖かく出来た。

 更に、この乗り物の長所は、その亀の様なモンスターの登坂力とうはんりょくにある。

 共和国と違って北の魔王の国と帝国の間には高くて長い山脈さんみゃくが横たわっているので、今までは往来おうらいには苦労していたが、この乗り物の登場によって安全で快適な通行が出来る様になっていた。

 帝国の主な輸出品は油や香辛料こうしんりょうなどであるが、それらの入手もエストの故郷では容易よういになってきている。

 そして海に面した共和国の海産物なども、格安の氷のお陰で保冷による新鮮な状態での運送が可能になり、エストの国や教国だけではなく他の国々にまで輸出する事が可能になっていた。

「…凄いな。エストの故郷は儲かってしょうがないだろ?」

 ミイトは呆れた様にバドシの話を聞いてエストに尋ねた。

「え?…あ、まぁ、うん、その…。」

 エストの返答は歯切はぎれが悪かった。

 ミイトが問いただすと渋々しぶしぶと語り始める。

「この乗り物も出したのはアイデアだけで…。勿論その分のお金は、貰ったんだけど…。大型モンスターの捕獲ほかく飼育しいくや北の魔族を御者として雇用する為の管理業務かんりぎょうむとか、ほとんど全てを商会の支部が取り仕切しきっていてね。儲かっているのはバドシだけかな?」

 エストは、しょんぼりした顔で続ける。

「他にもね…。」


 それは以前にもエストが、自分の故郷に帰省きせいした時の事だった。

 エストは商会支部に来ていたバドシを招いて、彼女が新しく建てた、とある物を作る為の工房こうぼうを一緒に視察しさつしていた。

「どう?凄いでしょ?私の考えた新商品。」

 そう言ってエストが工房内でバドシに見せた物は、白くにごった氷の塊だった。

「何ですか?これ?…中に何かざっている様ですが?」

「いい?よく見ててね?」

 エストは、お湯が沸騰ふっとうしているなべの中に先程の塊を入れた。

 塊は、お湯の中で溶け出して良いにおいをかもしし出す。

 エストが、おたまき混ぜると鍋の中は具材ぐざいたっぷりの美味しそうなシチューで満たされた。

 お玉で皿に盛られたシチューを食べてバドシは、その美味しさに驚嘆きょうたんの声をあげる。

「簡単に言うとね。うちの氷のおかげで共和国からの新鮮な魚や肉が、保冷したまま輸入可能になったから、ここでシチューにして凍らせた物が、この白い氷の塊なの。シチューは、お湯で戻す事を考えて少し濃い目に作ってあるのよ。これを断熱系だんねつけいの結界魔法で覆っておいて、食べたい時には簡単な魔法解除まほうかいじょのアイテムで触れて貰ってから熱湯ねっとうの入った鍋の中に入れて温めれば、あっという間に美味しいシチューの出来上がりというわけよ。どう?」

 エストは笑顔で一気に捲し立てた。

「素晴らしいですよ、エストさん。これは流行ります。今までは現地げんちに行かないと食べられなかった料理が手軽てがるに自宅で食べる事が出来るなんて…。共和国の原材料やメニューにこだわるる必要もありませんし無限の可能性を秘めた商品ですね…。」

 バドシが手放しでたたえるので、彼の瞳が妖しく光った事に褒められて照れるエストは、気が付かなかった。

ちなみに、ここは既に他の皆さんも見学済けんがくずみですか?」

「ううん。先ず最初にバドシに見せてから意見を貰って改良できる所は改良して、商会支部で大々的に売り出して貰おうと思っているの。」

 …そうですか…とバドシは含み笑いをしたが、エストには単純に儲かる事に喜んでいる様にしか見えなかった。

 それは、ある意味では間違ってはいない解釈かいしゃくだったのだが…。


 それから数日が経ったある日のこと。

 共和国に戻ったエストは、物凄ものすご剣幕けんまくでバドシの元へと商会本部をたずねる。

「ちょっと!バドシ!例の冷凍食品れいとうしょくひん製造せいぞうに関する権利が、全部あなたの物になってるのは一体どういう事なのよ?!」

 バドシは、にこやかにエストを出迎えるとシレッと言い訳を始める。

「危なかったんですよ?エストさん。あの後でエストさんが、なんの登録とうろくもせずに自慢気じまんげに色々な人達に例の工房を見せるものだから…私が先に登録しなければ我々の知らない人達に権利を取られて、利益りえきを全て持っていかれる所だったんですから…。」

 未登録みとうろくで自慢気に色々な人々に見せた点に心当たりのあるエストは、バドシを追求する声が少しトーンダウンし始める。

「でも…だったら私の名前で登録してくれても良かったのに…。」

「こういう登録はスピードが命ですよ。事実、私が登録した数時間後に別の人が同じ内容で登録しようとしていたという情報もありますから…。エストさんに連絡して登録書類を本人に作成して貰ったり委任状いにんじょうを用意して貰ったりしていたら、間に合わなくなる所でしたよ。」

 バドシの説明にエストは、完全に黙ってしまう。

 バドシは更に追い討ちをかける様に説明する。

「まぁ、どちらが権利を持っているにしろですね。結局は北の魔王の国の自然な寒さを利用して作らざるを得ない商品ですから…私が新たな工房を建てる際も作業者は、全員を現地の魔族から雇う事になるでしょうし、儲けた分は貴女の国の税収ぜいしゅうも増えるはずなので私の商会支部に全部任せて下さい。」

 バドシはニッコリと微笑むとエストに手を差し出す。

 エストは項垂れたまま相手の手を握ると項垂れたまま帰宅のについた。

 その後、エストの建てた工房はバドシの商会支部が一流の料理人を商品開発に雇って新しく建てた工房に競合きょうごうして潰れてしまい、作業者ごと吸収合併きゅうしゅうがっぺいされる事になる。


「大丈夫なのか?北の魔王の国は?」

 話を聞いたミイトは、呆れるしかなかった。

 …完全にバドシに食い物にされていやがる…としか感想が出てこない。

「我らが女王様、様々さまさまですよぉ。」

 バドシは御機嫌ごきげんな感じで酒を入れた木製もくせいのコップを持ち上げて独りで乾杯かんぱいをした。

「大丈夫といえば大丈夫なのかな?爺やが、しっかりしているから…。」

 途端にバドシが持っていたコップに力を込めたせいで亀裂きれつが入る。

 さいわいにして中身は漏れて来なかった。

「本当に、あのクソカタツムリ…爺や殿には色々な意味で勉強させて貰ってますよ…。」

 バドシは笑いながら眉間にしわを寄せて述懐じゅっかいする。


 北の魔王の国でバドシの商会支部が、軌道きどうに乗って来た頃に、とある布告ふこくがなされた。

 関税率かんぜいりつの引き上げである。

 当然ながらバドシを含む商人達は、内務大臣兼国王代理ないむだいじんけんこくおうだいりの爺やに苦情を入れたが…交易こうえきさかんになったので人手ひとでが足りなくなった為に税関ぜいかんの増員や施設の増設が必要になった、と説明を受けた。

 まだまだ新たな王に代わって間もない成長途中せいちょうとちゅうの国なので大目おおめに見て協力して欲しいと言われて、バドシ以外の商人達は渋々と退がった。

 しかし、冷凍食品事業も調子が良く原材料をあちこちから輸入しているバドシは、そう簡単に納得するわけにはいかなかったのである。

「関税率が高くなると結局は輸入品の小売価格こうりかかくに影響しますよ?輸入品頼みの北の魔王の国では、国民生活を圧迫あっぱくする事になりますが宜しいのですか?」

 バドシは、そう言って爺やを説得しようとした。

「一時的に消費税率しょうひぜいりつを下げて国民への影響は、最小限に抑えようと思っておりますよ。」

 爺やはかろやかにかわす。

 …こいつ、取りやすい所から税金をしぼり取る事にする気だ…バドシは、そう気が付いた。

「自国の税率を下げてまで関税率を上げたら、諸外国しょがいこくの怒りを買うだけでは?」

「先程も申し上げた通り我が国は、前国王をうしなってから、まだまだ混乱こんらん渦中かちゅうにおります。諸外国には外交官がいこうかんルートを通して協力していただける様に、お願いしてまいりました。」

 …根回ねまわしはんでいる、という意味か…バドシは他の打つ手を考えたが思いつく前に爺やに念を押される。

「我々としてもバドシ殿に御納得ごなっとくが頂ける範囲内の関税率の引き上げにとどめた、と思えるだけの自信がありますが?如何いかがかな?」

 確かにギリギリ納得できる範囲ではあるのだが…この引き上げ率は、まるでエストをだまして手に入れた冷凍食品事業のバドシの儲け分だけ、エスト達の損失そんしつ補填ほてんさせられるかの様な設定で、物凄い負けた気がするバドシだった。


 また、ある日のこと。

 温泉がエストの国に湧いた事を聞きつけたバドシは、即座に周辺の土地を購入する為に動いた。

 しかし、主に国が所有している土地が殆どで、また内務大臣と交渉こうしょうする羽目はめになる。

「なぜ購入が出来ないのですか?!」

「法律が改正かいせいされまして。やたらと国有地こくゆうちを一般に販売する事が、難しくなったのですよ。主に自然環境の保護の観点かんてんからなどですかな?」

 バドシの質問に爺やは、表向きは誠意せいいをもって答えた。

「バドシ殿には一定期間の土地の貸し出しという形を取らせていただきますが…宜しいですかな?」

「…もうそれで良いので借地料しゃくちりょう見積みつもりを見せて下さいよ…。」

 バドシはなかあきら気味ぎみで爺やから書面しょめんを受け取る。確認した彼は相手が見ているにも関わらず露骨に渋面になった。

 額面がくめんは高くもないが安くもない。

 条件はギリギリ商会にとって十分な利益を出す範囲はんいだ。

 そう、またしてもギリギリなのである。

「いかがでしょうか?もちろん気に入らなければ、お引き取り頂いて結構ですよ?他に、もっと好条件こうじょうけん提示ていじしていただける商人の方もおられますし…。しかし、バドシ殿は非常に信頼のできる御方おかたですから…。きっと、我が国にとっても重要な観光地を整備して貰えると信じておりますので、先ずバドシ殿に決めていただきたいのです。それに姫様に関しても普段から非常にお世話になっておりますので、まぁ御友達価格おともだちかかくという奴ですな。」

 爺やは触覚を左右に振っていた。

 きっと笑っているのだろう。

 バドシは…こんな、御友達価格があるかっ!…と書面を破り捨てたい衝動しょうどうにかられた。

 …本気で暗殺してやろうか?この糞カタツムリ…とも思ったが、この優秀な内務大臣兼国王代理を失ったら、エストの国は以前に逆戻りして何れほろびてしまうだろう。

 そうすると今までの投資とうしも、これから見込める売り上げによる儲けも全てパァになる事が分かりきっていたので、バドシは何とか我慢した。

 ただ彼は、また猛烈もうれつに爺やに負けた感じに襲われていた。


「本当に毎度々々まいどまいど勉強させやがって…ははははのは。」

 笑っているバドシの目は、笑ってはいなかった。

 ミイトは若干引いている。

 エストはバドシの横目が自分を睨んでいる様な気がしてビクビクしていた。


 やがて、乗り物は終着点しゅうちゃくてんの旅館に着いた。

 真新しい玄関に女中達じょちゅうたちが、並んで出迎えてくれる。

 彼女達は全員が魔族だった。

 爺やも一緒にいてエスト達を出迎えてくれた。

「爺や!ただいま!」

「お帰りなさいませ、姫様。」

 エストの元気な挨拶に触覚を振って答える爺や。

「お世話になります。」

「こちらこそ、今回は宜しくお願い致しますね。」

 深々とお辞儀をするバドシに触覚を垂れて返す爺や。

「ウィーッス、世話になるぜ。」

「…チッ!」

 …あるぇ?今なんか舌打ちが聞こえたぞぉ?…と訝しがるミイト。

 …というか何処に口があるんだ?…とミイトは考えた。

「いらっしゃいませー!」

 並んでいた女中達が、エスト様御一行に向けて一斉に御辞儀をする。

 元気良く分け隔て無く出迎えてくれる彼女達にミイトは、心の底から癒された。

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