魔王と王女が仲良くなったワケ Ⅴ

 馬車に戻ると既にミイトが、黄色いブヨブヨの中でゴーガーといびきを立てながら横になって眠っていた。

 サウムとエストは仕方がないのでミイトの向かいの席に隣同士に座る。

 馬車が走り出してしばらくした後に、サウムが口を開いた。

「エストは西の魔神に関して誰から、どのくらい教えて貰ったんだ?」

 エストは、やや緊張して答える。

「ミイトからは名前だけ…。ストネからは昔の帝国と教国の間で起こった戦争で敵からサウムが、そう呼ばれていたって…。東の羅刹って強い人と対等に渡り合えたからだって…。」

「羅刹と対等か…。話がられ過ぎているな…。」

 サウムは苦笑くしょうした。

「順を追って話すか…。」

 サウムは昔の事を思い出しながらエストに語る。

ずは魔帝からだけど…実は詳しい事は俺もよく知らないんだ。かなりの力を持った魔族だった事と彼の得意としている術は、何がしかの呪いのたぐいという事…。そしてストネの母親が、当時その呪いを掛けられていたらしい…。」

 サウムは、その魔帝の呪術に関する説明に入る。

「呪いは身体をむしばんで死に至る類のもので…掛けた魔帝本人にも解除は不可能らしい。そして、その進行具合は魔帝が簡単にあやつれる。すぐに殺すのも少しづつ死に至らしめるのも彼の自由自在だ。呪いを掛けられた人物は、魔帝の人質になったも同然だった。」

 サウムは魔帝の封印時の話題にうつる。

「ストネが生まれて何年かのちに彼女の両親は、魔帝を倒す事を決意した。母親は自分が死んだ後にストネに呪いを掛けられてしまう事を恐れたんだ…。だが魔帝を殺すと呪いの進行は自然に進む様になって、数年後には確実に母親は死んでしまう…。俺の両親は、それを良しとせずに魔帝を封印して呪いの進行を止める事に成功した。そこまでは良かったんだ…。」

「そこまでは?」

「数年くらいった頃に当時の教皇きょうこう…まぁ教国の宗教上のおえらいさんの事だけど…彼が神託しんたくを夢で見たと言ったのさ。…英雄がそろいし今こそうばわれた地を取り返せると、神がおおせせだ…とね。教国は大昔は巨大な国だったんだけど長い年月の間に東の帝国に、その大半を奪われてしまったんだ。帝国とはあがめる神が異なっているんだけど…帝国の国境付近で教国寄りの村々は、まだまだ隠れて教国の神を崇める人達も多い。ストネの御両親は出来ればなんとかしたいと常々つねづね思っていたそうだ。そして、結局は開戦して教国側の進軍による侵攻が始まってしまったんだ…。」

 サウムは少し話し方を悩んでいる様だったが意を決した表情を見せる。

 それでも、エストとは目を合わせようとはせずに窓の外を見ながら語る。

「結果は教国軍は敗れ去って僕らの両親達は、首だけになって還ってきた。羅刹と呼ばれる、たった一人の男の仕業で…。」

 エストは息を飲んだ。

「教国は帝国にわらわれた。嘘の神託をするまがい物の神をまつる国だとね…。自分達の信じる神こそ本物だと…。国王は教皇を処刑せざるを得なかった。嘘の神託を伝えた悪魔の手先として責任を取らせたんだ。だからもう本当に神託が、あったのかどうかすら確かめるすべはない。その後、教国は帝国の軍隊に蹂躙じゅうりんされて大量の難民や亡命者が共和国に流れてきた。その中には国王とストネもいたよ。俺が共和国から依頼された仕事から戻ってきた時に、き詰められた花々はなばなの中に母親の首だけがあるひつぎに泣きすがるストネがいたんだ…。」

「共和国から依頼された仕事?」

「まったくの偶然ぐうぜんなんだけど…君のお父さんと引き分けた時の事さ。」

 エストは驚いて目を丸くする。

 そんな様子にサウムは、少しだけ微笑んだ。

「自分の両親達が負けるとは思っていなかったから…悲しみよりも驚きの方が、先にあったのを覚えている。その次には泣いているストネを見て、怒りが込み上げてきた。ちょうど教国にいる帝国軍が、ストネ達をかくまっているとして共和国にも侵攻してきた時でもあったんだけど…先ず俺は、攻めてきた彼らから皆殺しにした…。」

 サウムは事も無げに言った。

「教国を解放して難民だった人々も戻ってきた。国王もストネも王宮に還ることが出来た。でも俺は、そこで満足は出来なかった。父さん達のかたきを討ちたかったし、ストネも同じ考えだと思っていたよ。羅刹を殺す…その為だけに一人で帝国に侵入した。帝国軍らしい連中を見掛けては皆殺しにして、軍の施設があれば徹底的に破壊した。そうして帝国の中枢ちゅうすうに近付いた時に、とうとう羅刹が出てきたんだ。」

 エストは頭から外して太腿ふとももに載せていた花冠の輪を強く握り締めていた。

「結果は惨敗ざんぱいだった。羽根の神器を使って命からがら逃げ帰る事が出来た。恐ろしい相手だったが恐怖よりも悔しさの方が強かった。次は必ず殺してやると思ったよ。そして再び帝国による教国への進軍が開始され、今度は自分が国境線付近で撃退げきたいしたんだ。そのまま帝国へと攻め込むと、また羅刹に負けて神器を使って帰還きかんした。…しばらくは、その繰り返しが続いたよ。」

 サウムは馬車の座席に深く座り直す。

 顔を上に向けて疲れたような表情を見せるが話は続いた。

「だが俺は徐々に羅刹との戦いにれてきた。彼とある程度は対等に戦える様になって来ていたのは事実だ。ある意味で今の俺は、彼に育てられた様なものなのかも知れないな…。」

 自嘲気味にサウムは微笑む。

「自分の成長に反して、帝国軍は疲弊ひへいし弱体化していった。抵抗は攻め込むたびに弱まっていって遂には女性や少年まで戦線に投入されていたよ。でも俺は自分の前に立ちふさがった彼らが何者であろうとも容赦ようしゃせずに一人も生かしては帰さなかった。最終的に彼らを一体何人殺したのか見当もつかない。俺が彼らから魔神と呼ばれる様になった所以ゆえんさ。」

 少し項垂うなだれた様なサウムの、その左手にエストは両手をそっと乗せる。

「俺は教国や共和国の人々から勇者と呼ばれる様になった。父さん達は魔帝を封印して勇者と呼ばれたけれど、俺は大量に人を殺して勇者と呼ばれる様になった。こんなにも内容が違うのに呼ばれ方は一緒なんて皮肉ひにくなもんさ。」

 サウムはエストの方を向いて笑う。

「もうすぐ、羅刹の首に手が届くという実感をつつあった。でも、ある日ストネに呼ばれたんだ。帝国との休戦協定を結ぶとね。正直、出来る訳が無いと思っていた。帝国から送られて来た間者かんじゃによるテロが、教国や共和国で頻繁ひんぱんに起こって、犠牲者ぎせいしゃが増え始めている頃だったからね。お互いの恨みは宗教上の対立もあいまって相当な根深ねぶかさだった。だから和睦わぼくなんて不可能だと思っていたんだ…。」

 その話をする時のサウムの表情が、何処か諦観ていかんしている様に感じたのはエストの気のせいだろうか?

「護衛は俺一人だけでストネは、帝国におもむ神帝しんていと話し合いの場を設けた。彼の隣には、羅刹がひかえていたよ。神帝は俺が西の魔神だと知ると酷くおびえた様子だったが、ストネとの会談が進むと次第になごやかな雰囲気になった。休戦協定は、つつがなく結ばれたよ。たぶん両国は、お互いに疲弊し切っていたんだろうな…。俺は拍子抜ひょうしぬけしたと同時に怒りの持って行き場を失って喪失感そうしつかんに襲われたよ。」

 馬車はガタゴトと音を立てて揺れていたがサウムの話の内容のせいかエストは、静かな雰囲気を感じていた。

「そんな俺に、ストネは懇願してきたんだ。どうか、もう怒りをしずめて欲しいと…。自分も貴方と同じ気持ちだが貴方一人に結果的に、つらい事を全て押し付けるのは嫌だと…。泣いている彼女を見て俺は、ようやく自分のしてきた事がれた相手を更に泣かせるだけの愚行ぐこうだった事に気がついたんだ…。」

 サウムの横顔からは後悔と自責じせきの念を感じる。

 エストは彼を、そんな気持ちにさせてしまうストネの事を尊敬すると同時にうらやましく思った。

「彼女のなげきを素直に受け止められた時に俺は…ああ、自分は本当に彼女の事が好きなんだな…と思ったんだ。そして、もう二度と本当の意味で彼女を悲しませる様な事はしないと彼女に誓って、そのまま告白と同時に求婚をした…。こんなに罪深い俺の申し出を彼女は、笑顔で承諾してくれたんだ。」

 サウムは少しだけほころんだ表情を見せた後に顔を引き締めると真剣に語り始める。

「羅刹は帝国からは何があっても出られない。それは彼を神帝が側から決して離そうとしない為だ。後に分かった事だが、神帝は魔帝に呪われているらしい。病気がちになってしまった神帝は、羅刹に常に側にいる事を要求してくるし、羅刹は神帝のめいには逆らえない。俺が魔帝を恐れる理由はそこだ。魔帝は強いだろうが、おそらく完全な自分であれば倒すのは可能だろう。しかし奴の呪いには羅刹でさえも翻弄ほんろうされている。俺もストネを呪いで人質にされてしまっては、手も足も出せないだろう。しかも奴の呪いについては、詳しくは知らないから対処は確実に後手になる。古代竜の死の呪いの様な特殊な呪いだったら手に負えない可能性もあるんだ…。」

「だから、魔帝の封印を解いて復活させる事には反対なのね。」

 サウムは頷いた。

「せっかく封印されている者を解いて、また封印するしかないなら結局は無駄骨むだぼねだしね…。だが、国王は羅刹と帝国の方を魔帝よりも恐れている。いつ現在の神帝が自然死して、新たな神帝が羅刹に教国への進軍を命じないとも限らない。俺が抑止力として使い物にならなくなった場合には、魔帝をよみがえらせて新しい神帝を再び人質にとって羅刹を抑えるしかない。魔帝を操る事の出来る力が欲しいと、そう思っているのさ…。」

「その為の古代竜の研究…。」

 サウムは肩を竦めて笑う。

「そのせいで俺が使い物にならなくなったんだから本末転倒ほんまつてんとうだけどな。…まぁ他にも今迄いままでにエストの知らない無茶な注文が、色々あったんだよ。主に国王自身で魔帝を抑える為の方法を探す為の依頼がね。」

 ある程度の纏まった話をし終えたサウムにエストは、手を重ねたまま寄り添って感想をべる。

「サウム…今の話ね、私には正直に言って想像すらできない御伽噺おとぎばなしの様で実感がかないわ。でもね…仮に貴方が自分で言う様に罪深い存在であったとしても、私は貴方の事が好きっていう気持ちは変わらなかった。そしてストネの事も、さらに深く好きになっちゃったわ。」

 そしてエストは悪戯いたずらを思い付いた子供の様な視線で凄い申し出をサウムにしてくる。

「だから二人が、ゆくゆくは結婚して…もしもサウムが教国の王様になったとしても…三人で一緒に暮らせる道もあると思うんだけど?」

 エストは身体を密着させて下からサウムを覗き込む様に色っぽい視線で見つめた。

「え?それって、まさか…?そこまで俺の事を…?」

 サウムはエストの言葉の意味する所を理解して驚いた。

 彼女は自分は二番目で良いとあんに申し込んでいるのだ。

 女性としては、かなりの譲歩じょうほである事は間違いない。

 サウムは口を右手の義手で覆うと自然と顔が紅潮こうちょうして来た。

「…ゴメン…教国は教義きょうぎ一夫一妻いっぷいっさいと決められているんだ。」

「…そうなんだ…少し残念だな。」

 エストは寂しそうにサウムの答えを受け止めた。

「もし教義が違っていたら…私の提案を受け入れてくれたかな?」

 その質問に、どう答えるべきなのか?

 サウムは真剣に悩んでしまう。

「ごめん…冗談。タラレバ話はやめようね。有り得ない選択肢せんたくしを考えてもつまらないもの…。」

 エストは軽く片目を瞑ると目的地に着いた馬車を降りた。

「一つだけ訊いていい?これからもサウムの事を好きでいて良いかな?」

「…もちろん。君が俺に幻滅げんめつしたりきたり、もっと他に好きな人が出来たりしない限りはね。」

 今度はサウムは、しっかりと返事をした。

 エストは馬車に上半身だけ戻すとサウムに顔を寄せて頬にキスをして踵を返し走り去る。

 サウムは彼女の唇が触れた場所を確かめる様に頬に手をあてた。

「あーららー、いーけないんだー。王女様にチクっちゃおうかなー?」

 ミイトが薄目を開けて半笑いしながらサウムに声を掛けた。

 ミイトが途中から狸寝入たぬきねいりをしていた事に、とっくに気が付いていたサウムは、さして驚く様子も無いままに真顔で答えた。

「やめてくれ…ああ見えて意外と嫉妬深いんだよ、彼女は…。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る