魔王と王女が仲良くなったワケ Ⅳ

 ガタガタと揺れる馬車の車内でミイトとエストは、向かい合わせの席に着いていた。

「なぁ?」

 座りながら、ミイトが訊く。

「なに?」

 横になりながら、エストが訊き返す。

「それ…俺にも貸してくんない?」

 ミイトの視線の先のエストは、自分で召喚した黄色い不定形のブヨブヨしたモンスターの上に乗っていた。

 ガタガタと揺れる車内に合わせてブヨブヨと揺れる黄色い物体の上で、エストは微動びどうだにしないでいられた。

「私は、こいつを一度には一匹しか召喚できないから駄目。」

「あっ、そう…。」

「私が仮眠をとった後で交代こうたいしたら貸してあげる。」

 答えながらエストは、薄目うすめでミイトを見つめながら微笑んだ。

 馬車の中での仮眠とはいえ不測の事態が起きた場合の為に交代で見張る積もりの二人だった。


「なんで、私一人で退治しなきゃならない羽目はめになってんのよ!」

 魔獣の攻撃から逃げながらエストは、ミイトに向かって怒鳴どなった。

面目めんもくない…。」

 ミイトは麻痺まひって動けないでいた。

「しかし…精霊魔法やら召喚やら結界やら回復やらは出来るのに、なんで状態異常解除じょうたいいじょうかいじょやパーティメンバーへの強化きょうかは出来ねぇんだよ!?」

「パパが…お前の得意な覚え易い魔法から覚えればいい…って言ってくれてたんだもん!」

「前魔王様は過保護かほごにも限度があるだろ!次までに強化魔法だけでも勉強しとけ!」

 口喧嘩くちげんかしつつもエストは、巨大なにわとりのような魔獣からの毒霧どくぎり攻撃を風の精霊魔法を使って避けつつ反撃の機会を狙っている。

 魔獣は既に麻痺ってしまったミイトには目もくれずに、ひたすら元気に飛びねるエストを攻撃し続けていた。

 何事なにごとも無く目的地の村についてサウムと合流して、魔獣をおびき寄せる罠の前で魔獣を待ち構え、魔獣が出現してから数分後の出来事である。

 エストは両手を挙げて巨大な氷の槍を作り出し、それを魔獣の頭に向けて放った。

 しかし、なんと魔獣は驚いた事にくちばしでそれを横から咥えてエストに向かって投げ返してくる。

 投げ返って来た氷の槍が、エストの張った防御結界に当たってくだけると結界をすり抜けて来た。

「きゃん!」

 後ろを向いていたエストの尻に直撃して彼女から悲鳴があがった。

「相手は羽毛うもうかたまりなんだから火炎球かえんきゅうで燃やせよ!」

「こんな森の中で使えるわけないでしょ!?山火事やまかじでも起こせって言うの!?」

 二人の喧嘩腰けんかごしの大きな声での作戦会議が続く。

 少し離れた所から見ていたサウムが、そっと大きな溜息をついた。

「…前途多難ぜんとたなんだなぁ。」

 今のサウムでも、あの手の魔獣の相手なぞ余裕だし、一部の状態異常解除も山火事の消火もお茶の子さいさいだったが、今後の事を考えて二人に任せる方向で見学している。

「油断しなきゃミイト一人だけでも大丈夫な相手の筈なんだが?ミイトは何をうわついてるんだろう?念の為にエストも呼んでおいて正解だったかな?」

 なんとなく不正解な気もするサウムだった。


 結局エストは小規模な火の魔法で魔獣を牽制けんせいしつつ、細くて小さな氷の槍を素早く飛ばしながらチマチマと攻撃をして、魔獣を倒せたのは夜明よあけが近づいて来る頃になってしまっていた。

 その頃にはミイトの麻痺も自力じりきで解除できていて、二人は村へと報告に戻る。

 村からは多くの人手が魔獣の元に寄越よこされて、討伐の確認と魔獣の解体が行われた。

 解体された後の魔獣の肉は、各村民かくそんみんにその場で配られている。

「何人前の鳥肉料理になるのかしら?」

「つか食えんの?アレ。」

 その様子を眺めるエストとミイト。

 やがて鳥肉の頒布会はんぷかいも終わると二人は、村人達やサウムと一緒に再び村へと戻る。

 そこで鳥肉を使った朝食による、ささやかな歓待かんたいを受けた。

 料理は素朴そぼくながらも美味びみな出来だった。

 やがて、帰りの馬車が待つ所へ戻ろうとする時にエストは、村の少女達に引き止められて御礼の花冠はなかんむりを頭に載せられていた。

 彼女は屈んだ状態から起き上がると、先を歩いていたサウムやミイトに花冠を頭に載せた自分を見せ、手を振って微笑む。

「アレが魔王の娘なんだからな…。」

 ミイトは穏やかな顔で彼女を見つめた。

「彼女は可愛いし人懐ひとなつこいからな。人々から好かれるのも分かる気がするよ。…俺とは正反対だな。」

 サウムは少しだけ寂しそうな表情を見せた。

「なんだ?嫉妬しっとか?」

 真顔まがおいぶかしがるミイトにサウムは、自嘲気味じちょうぎみに答える。

「力を失ってナーバスになっているのかも知れないな…。なんだか自分の居場所を彼女にられた気がするよ。」

 そう言って苦笑にがわらいをするサウムをエストが、大きな声で呼ぶのがミイトにも聞こえた。

「…先に行ってるぜ?」

 ミイトは微笑んでサウムの肩を叩いてから馬車に向かって歩き出す。

 サウムは反対に戻ってエストの方に近付いて行った。

 エストの側にいた子供達が、サウムに紙の包みを渡す。

 中身は焼き菓子だった。

「これを俺に?…ありがとう。」

 サウムは子供達の頭を義手ではない方の左手ででると、彼らは嬉しそうに笑った。

 サウムとエストは馬車に向かって一緒に歩き始める。

「良かったね、サウム。子供達が嬉しそうで…。」

「子供は西の魔神の恐ろしさを知らないしな…。」

 サウム自身が、その言葉を口にするのを聞くのはエストにとっては初めてだった。

 彼の表情は少し後ろを歩く彼女には見えない。

 エストが後ろを振り返ると花冠を渡された場所から少し離れた親の所に、子供達が着いた所だった。

 エストが手を振ると親子達は、みんな笑って手を振り返してくれた。

 サウムはエストとは違って彼らに向かって振り返る様な事はしなかった。

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