魔王と王女が仲良くなったワケ Ⅲ

 謁見の間をサウム達と一緒に退出したエストだったが、一人だけストネに呼び止められて彼女の来賓らいひんの為に使われる客室に招かれていた。

「申し訳ありません。本来なら国賓こくひんとして、お迎えしなければなりませんのに…。」

 ストネは自ら紅茶をれながらエストに詫びた。

「いえ…なにぶん私にとっても非公式だという事情がありますから…。」

 エストは緊張して落ち着かなくてソワソワしていた。

 ストネは温めたミルクと鶏卵けいらんの黄身だけ、それと何か白い粉と黒い粒をボウルに入れて泡立て器で良く混ぜた後に金属の筒のような物に、それらを流し込んだ。

「その白い粉と黒い粒は、なんですか?」

 エストが興味深そうに尋ねた。

「黒い粒はバニラビーンズを細かくしたもの…香りづけですわ。白い粉は、お砂糖です。」

「砂糖?!」

 エストは驚いた。

「砂糖も精製 が進むと、ここまで白く出来るんですのよ。」

 ストネは氷が入れられた大きなボウルに塩を振って、その中に先程の金属の筒を入れて、空気を混ぜながら中身を攪拌かくはんする為の取っ手が付いたふたで筒を閉じた。

「氷に塩を振ると、より良く冷えるのですわ。」

 ストネは白い手袋をはめて筒を抑えながら蓋の取っ手をゆっくりと回し始める。

「貴女の国の氷のおかげで、こういうおもてなしも、し易くなったのですよ?まだまだ白砂糖などは高価なので出来上がったデザートは、割高わりだかな物になってしまって一般の市民にも気軽に振る舞えないのが残念ですけれどもね…。」

「デザート?!」

 エストはデザートという言葉に興味が最高潮さいこうちょうに達してしまった。

「まだ少しだけ時間がかかります。」

 ストネは取っ手を回しながら片目を瞑ってみせる。

「エスト様はサウムの事が、お好きなのですか?」

 突然の質問にエストは軽く口を付けた紅茶を吹きそうになる。

「な、な、な?」

 慌てたエストだが姿勢を正すと素直に言葉をつむぎ出した。

「はい…尊敬しています。先程、謁見の間で申し上げた通りです。彼は私の命の恩人であり目指すべき目標です。彼から受けた恩に比べたら、私が死の呪いを消す為に手伝った事など微々びびたるものに過ぎません。彼の困った人々を助けるという想いと、それを実行できるだけの勇気と行動力は私のあこがれです。…あの~…私の事をエスト様なんておっしゃられるのは少し恥ずかしいので…。」

「では…エスト?そうではなく一人の殿方とのがたとして…ですわ。」

 姿勢を正したままエストは爪先つまさきから耳まで真っ赤になる。

「…どどど、どうして…そそ、そう思われるんですかか?」

「…私達の口づけを物凄い形相で睨んでいましたから…。」

 エストは今度は頭の上から肩の辺りまで真っ青になった。

「…ごめんなさい。唇を離した直後に目を開けたら、扉から覗いている貴女が、鏡に映っていたものですから…。」

 悪いのは覗いていたエストなのに、ストネは申し訳なさそうに答えた。

「…以前、助けていただいた時に一度だけ求婚きゅうこんをした事があります…。その時に婚約者がいると、やんわりと断られました…。」

 自分は何を馬鹿正直に答えているのだろう?

 エストは混乱した頭でボンヤリと考えた。

 少しだけツラくて瞳が潤んでくる。

 ストネは少しだけ目を見開いた後で、ますます申し訳なさそうな表情になった。

 そして視線を外して窓の外の景色を見ながら、手だけは休まずに取っ手を回して話す。

わたくし…嬉しいんです。サウムの事を愛してくれる女性が他にもいた事が…。」

「…余裕ですか?」

 エストが少しだけイラっとして尋ねた。

 しかしストネは、ゆっくりと首を横に振る。

「彼は勇者として教国や共和国の多くの人々からしたわれています。しかし、その強過ぎる力から周りの人々から恐れられてもいる…それも事実なのです。」

 そう言われて思い返してみると、しばらく彼らと過ごしている間にも、ミイトやバドシが他の女性と親しく話しているのは見掛けた。

 しかしサウムの場合は、あまり見掛けなかった気もする。

 エストは、それは婚約者がいるからだと考えていたのだが、彼の功績と人柄ひとがらにしては人々の彼への接し方が少し遠巻き過ぎはしないか?という疑問はあった。

 エストはストネの言葉に納得する。

 しかしまだ引っ掛かる部分を残している気もした。

 ストネは話を続ける。

「彼と私は幼馴染おさななじみです。彼の両親と私の両親は、魔帝の封印に成功した英雄でした。」

「魔帝?」

 謁見の間で国王とサウムが口にした言葉。

「魔帝とは以前に教国を事実上支配していた魔族の事です。お爺様の話では狡猾こうかつかつ残忍ざんにんで頭の切れる恐ろしい魔族だったそうです。この教国の王家は魔帝が現れた後も教国に存在する事を許されました。魔帝の傀儡かいらいとしてですが…。」

 ストネが取っ手を回す手にかかる負荷ふか徐々じょじょに増えてきている様子だった。

 デザートの完成も間近まぢかだろう。

 ストネは力を込めている様には見えないくらい静かに、おだやかな美しい身のこなしで取っ手を回しながら続きを話してくれた。

「魔帝のおもに人間に対する圧政あっせいに当時の王家の血縁である私の母、それに父と親しかった凄腕すごうで傭兵ようへいだったサウムの御両親が、協力し合って反旗はんきひるがえし魔帝を討ち滅ぼすまでには至らなくても苦労して封印する事には成功しました。解放された人々は、彼らを英雄もしくは勇者と呼ぶ様になったのです。しかし今度は反対に魔族に対する風当たりが強くなってしまいました。…悲しい事です。」

「…貴女の御両親は?」

「…亡くなりました…。サウムの両親も戦争でともに…。」

 エストは国王が年老いていた理由も、彼女が国王の事をお爺様と呼んでいた事にも、それなりに納得がいった。

「戦争で…ですか?」

「はい…東にある帝国ていこくとの戦争で羅刹と呼ばれる男に討たれました…。」

 教国の影の支配者だった魔帝を封印できる力を持った勇者達。

 その勇者達をひとりでほふる事の出来る羅刹という人物…。

 エストは羅刹に関して背筋に冷たいものを感じていた。

「サウムは御両親の後を継いで、その戦争で大きな功績を残しました。子供ながらに羅刹と互角ごかくに渡り合い、教国と共和国の強力な抑止力よくしりょくとして休戦協定への切っ掛けを作ってくれたのです。」

 そして、その羅刹と少年時代に既に互角だったサウムの実力にエストは、今度は身震みぶるいする程の感激を覚える。

「その時のサウムの活躍は、相手から西の魔神と呼ばれ怖れられた程のものでした。余りにも強い彼の姿に人々は、両親と同様に勇者という称号を与えましたが、同時に彼に近寄りがたい畏怖いふを感じる様になっていたのです。」

 ストネは筒をボウルから取り出して蓋を開けて、中身をスプーンで食器に取り分ける。

 白くて雪のように綺麗なデザートから漂う甘い香りが、エストの鼻孔びこうをくすぐった。

「だから私は心配だったのです。ミイトやバドシなど男性の御友達はいますけれど、浮いた噂ひとつ出て来ない恋人の事が…。私と会えない時にさびしくはないのかな?と…。でも、貴女の様な素敵な女性が側にいてくれて、ホッとしました。…私って、やっぱり変でしょうか?」

「…変だと思います。」

 エストは俯いて上目遣うわめづかいをしながら向かいの席に座ったストネを見る。

 二人は顔を見合わせると同時に吹き出した。

「どうぞ、召し上がって下さいな。」

「いただきます。」

 ストネが手の平を上に向けて差し出してエストにデザートをすすめる仕草をするとエストは、その白いフワフワした固まりを一口分だけスプーンですくって口に運んだ。

 その瞬間にエストは、今まで生きてきて一番幸福そうな笑顔になった。


「あんだけ殺してやりたいだのなんだの言ってた奴が、餌付えづけされて帰ってきたもんなぁ…。」

 カキ氷を食べ終わったミイトは、呆れる様に言った。

「うっさいわねー…女子会をして仲良くなったから、もういいのよ、その話は…。」

 あの後もサウムの事や互いの事で話が弾んだ事を、エストは思い出す。

「そんなに美味しかったのですかぁ…。まぁ白砂糖も新鮮な卵や牛乳も高価なものですし、おいそれとは店で再現して試食するわけにもいきませんけど…食べてはみたいですねぇ。」

 バドシが残念そうに言う。

「なにも高価な白砂糖を使う必要は無いんじゃないのかしら?安い黒糖こくとうとかでも代用だいようできそうだし…味は変わらずに美味しいと思う。」

「ほうほう…例えば?」

 バドシがエストの思いつきに乗って来た。

「色の好みなんか人それぞれだし白に限らなくてもいいんじゃないかな?黒いアイスとか面白そう…。それに、あのトロッとした舌触したざわりが無くなるのは勿体もったいないけれど、無理に鶏卵の黄身を使う必要も無いかもしれないわ…。例えばカキ氷のシロップに使っている果物の果汁を、そのまま手回しで攪拌する金属の筒で凍らせてみても美味しいんじゃないかな?カラフルで楽しそうだし…。」

「なるほど…なるほど…。」

 バドシはエストの話を聞きながらメモを取った。

 この時の会話をヒントにバドシが、シャーベットを完成させて大儲おおもうけする事になるのだが、それはまた別の話である。

「さて…そろそろ馬車の出発の時間だから行くか?」

 ミイトが荷物を持って立とうとする。

「…そうね。」

 エストも自分の荷物を持って立った。

「おや?仕事ですか?」

 バドシの問いかけに、ミイトが答える。

魔獣まじゅうが少し遠い所の村の近くに住み着いて管轄かんかつの共和国政府から駆除くじょ要請ようせいが出てな。サウムが先に行って村長達から事情を聞いてる。夜行性やこうせいな上に住処すみかを探しあてるのは難しい奴だから夜までに罠を仕掛けて対処するつもりだ。まだ明るいから馬車で移動しながら仮眠かみんをとって準備するんだよ。」

「馬車で…仮眠ですか?」

 馬車は言うまでもなく揺れが酷い乗り物である。

 乗り慣れたミイトならともかく、エストは快眠かいみんを得られるのだろうか?バドシは、そんな事を考えつつ二人を見送った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る