勇者が魔王に仕事を任せる様になったワケ Ⅴ

 謁見の間の近くで王女と介助役を交代したエストは、室内に入ると用意された椅子いすにサウムを座らせて、自分は後ろに下がり膝をついて畏まりミイトも隣でそれにならう。

 既に王女は国王の玉座の隣にある椅子に腰を掛けていた。

 ここまで付きってきた従者は、全員が退出して王の近衛兵このえへいだけが残っている。

「この様な姿で失礼致します。」

 座ったままのサウムは左腕を胸に寄せて敬礼の姿勢をとると、お辞儀じぎをしながら国王に話し掛けた。

「よい…。此度こたびわし我侭わがままで、そなたには迷惑をかけた。」

 …我侭?迷惑?そんな言葉で済ませられる様な話じゃない!…

 エストは全身の毛穴の汗が沸騰ふっとうするかのような怒りを覚え、ぎりぎりと歯を食いしばった。

 …堪えろ…という叱責しっせきが小声で隣のミイトから飛んで来る。

「それで?これからどうする?そのような姿で、まさか羅刹と渡り合えるとは言わぬよな?」

 また羅刹?一体なんの話なのだろう?国王から発せられた言葉に、しばし怒りも忘れてエストは考えた。

「姫様?宜しいですか?」

 サウムは王女に尋ねると彼女は頷いて、手に持った呼び鈴を振って鳴らして召使いを呼んだ。

 やがて召使いが折りたたまれた布の上に何かを載せて、恭しくサウムの元へとその何かを運んで来る。

 その何かとは右手用の義手と左足用の義足だった。

 姫が椅子から立ち上がり自らサウムに義手と義足を取りつける。

 義手と義足を着けられたサウムは、すっと起立してから改めて王に対して膝を着いて畏まった。

 エストは、そのサウムの姿をチラリと見て少しだけホッとする。

 国王が片手を、ゆっくりと挙げた。

 近衛兵達が武器を構えてサウムの周りを取り囲み始める。

 何かの試験である事はエストにも見て分かった。

「本気で良い。」

 国王は、そう言うと手を前に振り下ろす。

 近衛兵達が一斉いっせいにサウムに襲いかかった。


 一瞬の後にサウムの周囲には近衛兵達の倒れている姿があった。

 王女が御見事おみごとですと言い手を叩く中でも、王は冷ややかな表情を崩さない。

「よもや、それで合格とは思わぬだろうな?」

 エストは床についた拳を握りしめた。

 床からミシミシときしむ音が鳴る。

 なら何で、こんな無駄な試験をするのか?分かっていても怒りがぬぐえない。

 …ここまで弱体化じゃくたいかしてるなんてな…ミイトが誰にも聞こえないと思って呟いた。

 そう、本当はエストにも分かっていた。

 見る者が見れば、あの程度の試験でも見抜ける。

 …今のサウムは、多分私よりも弱くなっている…その事実にエストは、罪悪ざいあく感に押し潰されそうになった。

「もちろん、思ってなどいません。」

 サウムは冷静に答えた。

「これは、姫様の知っておられる腕利きの鍛冶屋かじやに急ぎで作らせた、所詮しょせんは試作品です。これをもとに素材をミスリルに変えて調整をほどこしたものを最終的には着用するつもりです。それでも力は八割程度に戻れば良い方かも知れませんが…何かの不測の事態があっても今の羅刹の牽制けんせいには、それで十分だと思われます。」

 サウムの回答に国王は、多少は納得した様にうなりながら問う。

「だが、ミスリル製の義手義足が完成するまでの間はどうする?羅刹への対抗策として、やはり一時的に魔帝まていの封印を解いてよみがえらせるしか無いのではないのか?」

「いけません!それだけは!」

 サウムが慌てたように叫ぶと謁見の間に元気な声が響く。

「私が勇者の代行をいたします!」

 勢い良く手を挙げたエストが、いつの間にか起立していた。

 ミイトは片手で顔を抑えて目を閉じながら小刻こきざみに震えている。

 彼は渋い顔をしていた。

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