勇者が魔王に仕事を任せる様になったワケ Ⅳ

 身体が熱くて苦しかった。

 火照ほてった様な熱が全身を覆う。

 そこへ良くれた冷たい何かが、ビチャっと顔に貼り付いてきた。

「…ったく、どっちが後先を考えないバカなんだか…。」

 少し低い…でも優しい声が聞こえた。

「もうちょっと絞ってよぉ…。」

 夢の中だと思ってエストは、強く不満を口にする。

「…へいへい。」

 何かが引きがされると、その何かはエストの目の前を通ってゆく。

 それは水に濡れたタオルだった。

 エストが寝ているベッドにそなえられている机の上におけがあり、その中は氷の入った水で満たされていた。

 桶から再び取り出されたタオルは、何者かのゴツい手で力一杯に絞られると、また彼女のおでこにあてがわれた。

 ”あ…私の国の氷だわ。”

 なんとなくエストは直感でそう思った。

 横を向いていた彼女の視界にサウムが、少し離れた隣のベッドで横になっているのが見える。

 サウムの側に美しい金髪の女性が、静かに座っていた。

 彼女は細い手でゴツい手と同じ様にタオルを絞ると、ゴツい手と違って優しく、そっとサウムのひたいに冷たく濡れたタオルをのせる。

 そしてサウムの左手を女性は、しっかりと両手で握りしめながら心配そうに彼の顔を見つめるのだった。

 エストは夢の中の出来事の様に感じつつも、とても哀しくなってしまった。

 そのまま彼女は再び深い眠りに落ちていった。


 広くて豪華な部屋の豪華なベッドの中でエストは、たった一人で目が覚めた。

 彼女の近くには呼びりんと着替えが置いてある。

 呼び鈴で召使いを呼ばずにエストは、手伝い抜きで一人だけで着替えると部屋の出入り口である扉を静かに開けて、廊下の周辺を確認しながら部屋の外に出た。

 丁度、向かいの部屋から人の気配がしたのでエストは、そっと扉を少しだけ開けて中を確認する。

 サウムがベッドの中で身体を起こして座っていた。

 夢の中で見た金髪の美しい女性が、髪をかき上げサウムに顔を近づけていた。

 二人は口づけを交わしている様だ。

 例えようのない黒い感情が、エストの中にき上がる。

 無自覚むじかく嫉妬しっと

 エストは憎しみを込めて彼女を見つめた。

「もう歩いても大丈夫なのか?」

「うぇひゃっほーい!!」

 背後はいごから急に声をかけられてエストは、飛び上がらんばかりに驚いて意味不明の奇声きせいと両手をあげる。

 両手をあげたまま振り向くと背後にはミイトが、片方の耳の穴を人差し指で塞いで渋面じゅうめんをして立っていた。

「…っんだよ、もう。…急に声をかけて悪かったよ。サウムに用事があるんだ。ちょっと、そこをどいてくれ。」

 …駄目、今は…。

 エストが、そう言って静止しようとする前にミイトは彼女を押し退けて扉を開けてしまう。

 だが部屋の中の二人は既に唇を離していた様子で、彼を普通に出迎えた。

 二人とも、つい先程までキスをしていたような表情には見えなかった。

「サウム、悪いが国王が呼んでるらしい。後で従者が案内に来るから…俺と…丁度良い所にいたエストと王女も一緒に、ここで待っていてくれってさ。」

「分かった。」

 そう言うとサウムは左手で松葉杖まつばづえを取る。

 王女が彼を支えて立たせる。

 彼は利き腕の右腕と左足を失っていた。

 エストは、ようやく彼の身に何が起こったのかを知る事となる。


 サウムの介助かいじょを従者が代わろうとすると姫様が、やんわりと片手で制して断った。

 さらにエストが代わろうとしても、これもやんわりと手で制して断った。

「姫様…謁見の間の扉の前までで御願いします。そのような御姿おすがた流石さすがに陛下に見せるわけには参りません。」

 ミイトが柔らかな口調で王女に語りかけた。

 彼女は分かりましたと答えるとサウムの介助をしながら、謁見の間へと二人で連れだって歩いてゆく。

 エストは先へ行く二人に片手を伸ばすような仕草をしたが、伸ばした片手を引っ込めて振り返りつつ頬を膨らませてミイトを睨んだ。

「なんだよ…?いいじゃねぇか…謁見の間の扉からは、お前が介助役になれるんだし。」

 前を行く二人と従者から少し離れた後を、ミイトとエストが横に並んで歩いてゆく。

「ねぇ?ミイト。」

 エストは前を歩く人達に聞こえない様に話す。

「なんだよ?」

「あの二人ね。さっきの部屋の中でキスをしてたの…。」

 ミイトは吹いた。

「ま…まぁ、婚約者なんだし?キスくらい挨拶あいさつみたいなもんなんじゃねぇの?」

「それを見て私ね…彼女を殺したくなったの…。」

 ミイトは、また吹いた。

「お、お、お前…。いくら、お前がサウムにれてるってもなぁ…。」

「うん、おかしいよね…。いくら彼女の父親の無茶な依頼が今回の事件の発端ほったんとはいえ、それは彼女のせいじゃないのに…。むしろ私が、あそこで眠りの魔法をかけている最中に注意して気を緩めたりしなければ…サウムは、あんな風にはならなかった筈なのに…。私の方が彼女に殺されても文句は言えないはずなのにね…。」

 ミイトは涙ぐむエストの頭を撫でて彼女の疑問に答えた。

「でもエストが、あそこで飛び込んで呪いを途中から分担ぶんたんして受けたおかげでサウムの奴は生き残る事ができたんだ。…まぁ、その…ありがとうな。」

 エストとミイトは互いに少しだけ照れた。

 彼女は話を続ける。

「今でも彼女が憎いの…。こんな感情に支配されるのは、やっぱり私が魔族だからなのかなぁ…?」

 エストは少し落ち込んだ様に見えた。

 ミイトはなぐさめるつもりは無かったが、ある知識を披露ひろうする。

「確かに学者先生達から魔族は、人間に比べて感情を爆発させやすいとか感情に流されやすいとか言われてるが、そんなん人…いや魔族それぞれだろ?そういう意味ではエストは人間でたとえるなら図書館で、ずっと本を読んでる女学生みたいに大人しくて可愛い方なのかもなぁ…。」

 ミイトの自然に口からついて出た可愛いという言葉にエストは、うっかり頬を紅くめてしまった。

 ミイトは、そんなエストの様子には気付かずに話を続ける。

「それに人間の中でも感情的な奴もいれば魔族並みに魔力にけた奴、化け物みたいに強い奴はいるさ。」

「サウムの事?」

「それもあるけれど他には東の羅刹らせつとか…。もっとも羅刹は東じゃ英雄とか呼ばれてるけどな。サウムの奴も東からは、西の魔神まじんとか呼ばれているし…。」

「東の羅刹って誰なの?東では、その人が英雄で勇者のサウムは西の魔神って、どういう意味?」

「他人の立場や見る位置が変われば自分への評価も変わってくるって話しさ。まぁ詳しい事は、おいおい教えてやるよ…。」

 謁見の間が近づいてきた頃にミイトは、会話の最後に一言こう付け加える。

「もしかしたら、これから会う国王陛下は、王女様なんか目じゃないくらい殺したくなってくるかもしれないが…。絶対にこらえてくれよ?」

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