勇者が魔王に仕事を任せる様になったワケ Ⅲ

「無茶よ!」

 エストは潤んだ瞳で叫んだ。

「ああ、無茶だな…。あの死の呪いの規模や総量から見てギリギリ俺の魔法抵抗力が上回るくらいだろう。…だから君にお願いがある。一つは俺が耐えきったら、すぐに回復魔法をかけて生命維持につとめて欲しい事…。そして、もう一つは…。」

 サウムは一度だけ唇を噛んでしぼり出す様に話しを続ける。

「もう一つは俺がしのげなかった場合だが、呪いが弱まっていたら残りは君の魔法抵抗力で始末して欲しい…。それが無理そうだったら…。」

「無理そうだったら?」

 サウムは溜息を一つ付くとエストの方を向いて話す。

「俺の婚約者を…大切な人を一緒に連れて、君に渡した羽根を使って共和国に戻って欲しい。彼女は魔法が使えないから一人では羽根を使えない。羽根で一緒に飛べる人数にも限界がある。顔はミイトが知っているから…頼む。」

「だったら!今すぐ自分で彼女を連れて…。」

 言い終わらない内に指で唇をふさがれたエストは、それ以上は何も言えなくなってしまった。

「これが勇者なんだ…貧乏クジって奴だな。君も魔王の座を継いだ時に同じ気持ちだったと思うよ。」

「私だって…みんなを捨てて逃げ出すなんて出来ないわ。会ったことは無いけれど、きっと貴方の彼女だってそうよ。」

 サウムの言葉にエストは目をらしてうつむきながら答えた。

「だが今の君は俺の…勇者の見習いだ。見習いなら勇者の命令には絶対に従って貰う。…そういう事にしておいてくれ。」

 サウムは軽く微笑んだ。

「…一緒にあらがう事は出来ないの?」

「君の…魔王の魔法抵抗力は強大だとはいえ、今はまだ俺の方がはるかに陵駕りょうがしている。あそこに一緒に飛び込めば間違いなく、君の方が先に死ぬ。」

 サウムはエストの質問に対して諭す様に答えた。

「ミイト!聞いた通りだ!後は頼む!」

 ミイトが少し離れた位置から頷いている様子が見えた。

 サウムは大きく深呼吸すると叫ぶ。

「さぁ!我慢比べといこうか?!」

 そのままサウムは巨大な黒い半透明の粘液の中に飛び込んだ。


 わずか数分間の出来事なのに、エストは何日にも感じていた。

 そして、その感覚は続いている。

 死の呪いは半分ほど減っている様に見えた。

 中ではサウムが仁王立におうだちしたまま苦悶くもんの表情をあらわにしている。

 その場所から死の呪いが、移動や拡大をする様な気配は無くなっていた。

 エストは時々見ていられなくなり目を逸らす。

 しかし粘液の中からサウムのうめき声が聞こえると、はっとしてサウムの方に目を向けた。

 それを幾度いくどとなく繰り返している。

 ミイトは一瞬たりとも変化をのがすまいとサウムの方に注視し続けていた。

 幾度目かのサウムの呻き声を聞いたエストが、彼の方に目を向けると、遂に粘液の中で左足の膝を屈して路面に着いている様子が見える。

 よくよく目をらすと膝から下の肉が、がれた様に無くなり骨が見えていた。

 しばらくした後に今度は、右腕が肘からゴトリと落ちる。

 もはやエストには、これ以上見ているだけの事は出来なかった。

 ミイトが目を細めてサウムを睨む様に見ている横をエストが駆け抜ける。

 …しまった!サウムだけに注意を払い過ぎた!…

 ミイトが、そう思った時には既に遅過ぎた。

 エストは死の呪いの粘液の中に自ら飛び込んでゆく。

 彼女はサウムの側まで駆け寄ろうとするが途中で苦悶の表情を浮かべた。

 ”なんて痛みと苦しさなの?こんな中でサウムは…。”

 後ろからミイトの戻ってこいと言う怒鳴どなごえがエストの耳に聞こえる。

 エストは心の中でミイトにゴメンネと呟いてサウムの元へ、ゆっくりとだが確実に近づいて行った。

 やがて、サウムの倒れている場所にまで来た彼女は、その両腕で彼を抱きかかえた。

「…バカなことは、やめろ。今すぐに…出ていくんだ…。」

 サウムは絞り出す様に声をあげると残された左手で彼女を突き放す様な仕草をするが、もう押し戻すだけの力は残ってはいなかった。

 ”好きな人を失うのは、もうイヤなの!”

 苦しさを堪え力一杯にサウムを抱くエストの脳裏のうりに両親の影が映る。

 二人が振り向いて微笑んだ様に感じた彼女は、苦悶から安堵したような表情になり、そのまま気を失った。

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