勇者が魔王に仕事を任せる様になったワケ Ⅱ

 その後、結局エストがサウムの仕事の手伝いをする件に関しては、彼ら勇者一行にこころよく承諾されて現在にいたっている。

 エストとしては、サウムが好きな事に変わりは無いから、なるべく近くに居たいという想いもあったし、勇者の仕事を手伝って広く世の中の事を学びたいというのも本当である。

 エストは近づいては来たが未だに遠くに見える教国の宮殿を見つめて思う。

 "一度…会ってみたいな…サウムの婚約者に…。"

 今回の仕事が一段落しても叶う願いかは分からないが、どんな人物なのか確認出来れば本格的にあきらめもつくかもしれない…そう考えていた。

 サウムの今回の仕事は、捕獲した古代竜の運搬を警護する事である。

 基本的にサウムの仕事の多くは、自分達の住む共和国からの依頼と婚約者の父親…つまりは教国の国王からの依頼が多いらしい。

 許嫁の件もあるが共和国と教国は、とある事情によって互いに協力し合う関係にあった。

 実はサウムは、その中心となる重要な立ち位置に居るのだが…。

「もうすぐ門に辿たどり着くな…。」

 サウムがエストに声をかける。

 門には数人の警備兵が配置されていた。

 ここから先しばらくは一時的に住民を避難させているので無人になっている。

 門にいた警備兵の何人かが、古代竜の運搬をここまで警護して来た兵士達と交替して引き継いだ。

 エスト達が交替した兵士達と街中をある程度まで進んだ所で異変は起こる。

 交替したばかりの警備兵の一人が、軽い目眩めまいを感じていた。

 …昨晩、飲み過ぎたからだろうか?…そんな事を考えつつ、警備兵は昏倒こんとうしてしまう。

 別の兵が倒れた兵に駆け寄るのを目で追いながらエストは、周囲に漂う異変に気が付いた。

 岩塊がんかいのような古代竜の顔にある口の隙間すきまから薄く黄色味がかったきりが吹き出している。

「離れろ!吐く息に体内に浸透しんとうさせた筈の薬剤やくざいを乗せて辺りにき散らして解毒している!睡眠薬に使用した毒素どくそが周りに満ち始めている!古代竜が目覚めるぞ!」

 エストが報告しようとすると同時に、サウムが叫んで警護の者達に注意をうながした。

 まるで気付かれた事が聞こえたかの様に、古代竜が目を見開いて身体をすって暴れ始める。

 拘束に使用している鎖が、悲鳴をあげる。

 鎖にかけられた魔法が発動して古代竜を抑え込もうと輝いた。

 しかし、咆哮ほうこうが一つ上がると全ての鎖が引き千切られる。

 警護の兵が離れていく中心で古代竜は、悠然ゆうぜんと起き上がると翼を広げて羽ばたき始め宙に浮かんだ。

 そして、深い呼吸を一度だけすると首を街の中心から少し外れた向こう側へと向けて、そこを目指して飛んだ。

「まずいぞ!奴は住民が避難している広場に向かうつもりだ!」

 宮廷魔術師が叫んだ。

 一閃いっせん、サウムの放った斬撃波ざんげきはが、古代竜の片方の羽根を根元から斬り飛ばす。

 古代竜はバランスと浮力を失って民家の屋根に叩きつけられた後に地面に落下した。

 落下した古代竜は立ち上がると咆哮をあげる。

 羽根を失った傷口から流れる血が止まった。

 強力な治癒ちゆ魔法だ。

「黒い…?」

 エストは古代竜の血の色を初めて目の当たりにする。

 魔族の中でも種族によって血の色が違う場合があるが、黒い色の血を彼女は初めて見た。

「古代竜の特徴の一つだな。迂闊うかつに触れるとダメージを喰らうから気をつけろ。」

 サウムは彼女の疑問に付け加えた。

 そして、宮廷魔術師に向かって叫ぶ。

「貴方は王に事態の報告を!こうなってしまっては、やむを得ない!古代竜は、こちらの判断で討滅対象に切り替えます!」

「…仕方なかろう…頼む。」

「エストとミイトは援護えんごを頼む!残りの者は広場に行って万が一の時の為に住民の避難誘導を!」

 サウムは指示を出すと立ち上がった古代竜に向けて、もう一度だけ斬撃波を放った。

 古代竜は残りの片羽根かたはねを前に出して自分の身を覆う様に隠す。

 羽根のうろこは結界も張らずに易々やすやすとサウムの斬撃波を受け止めた。

「同じ手は喰わないとでも言うつもりか…?」

 サウムは強敵相手の高揚こうよう感から少しだけ凶悪な表情で微笑んだ。

竜殺しドラゴンスレイヤーの称号なんざ要らんのだがなぁ…。古代竜の討滅とか難易度が高すぎるだろ?転職してぇ…。」

 ミイトが愚痴を吐いた。

「その称号があれば、きっと転職にも有利よ。」

 エストが受け答えた。

「敵前逃亡って称号の場合は?」

何処どこも雇ってくれなくなるわよ!」

世知辛せちがらいねぇ…。」

 無駄話をしつつも二人は、古代竜から間合いをとって、サウムと呼吸を合わせながら古代竜を取り囲む様に円陣を形作った。

 古代竜は、また一つ咆哮を上げると片羽根を失っているにも関わらず再び宙に舞った。

「浮遊術?!やはり魔法が使えるのか!」

 サウムは驚いたが自分も浮遊術を使って、古代竜よりも速く飛びながら相手の行き先を予想しつつ、そのルートに沿って先行する。

 エストとミイトは間合いを適度に保ちつつ古代竜の後を浮遊術を使って追いかけた。

 かなり離れた位置まで先行したサウムは、古代竜の方に向き直り待ち構える。

「飛び道具が駄目なら直接ぶった斬るというのは、どうかな?」

 サウムは不敵に笑うと剣を構えて何事か呪文を唱え始めた。

 彼の持つ剣の刀身が、青白く輝く。

 古代竜がサウムに向けて咆哮を一つあげると口の前に長い筒状の結界の様なものが現れた。

「なんだ…あれは?」

 いぶかしがるサウム。

 古代竜の喉元がふくらんで紅く輝き始める。

「この遠距離でブレスを放つつもりかっ?!」

 サウムは呪文を即座に切り替えて、剣を両手で水平に前に押し出す形で持ち直した。

 今度は刀身が緑色に輝き始める。

 古代竜の口から勢い良く火炎が吹かれると結界の中を通り細く長く撃ち出された。

 高速で飛来ひらいする火線かせんが、サウムを襲う。

 古代竜のブレスがサウムの前で円形状に張られた緑色に輝く結界に衝突する。

 火線は結界を紡錘形ぼうすいけいゆがませつつ後ろに受け流されると、そのまま背後にある塔を地面と水平に真っ二つに切り裂いた。

「くそ!結界内でブレスを収束させて加速して撃ち出したのか!結界に、あんな使い方があるなんて!」

 サウムはわずかに振り向いて、上部じょうぶくずれながら倒れていく後ろの塔を見て呟く。

「頼むから塔の中に人がいないでいてくれよ…。」

 古代竜が再びえると新たな結界砲身けっかいほうしんが現れた。

不味まずいわ!二発目を撃つつもりよ!サウムなら問題は無さそうだけど、あの射程じゃ住民が避難している広場まで届きかねないわ!」

 古代竜の後方を飛んでいたエストが、近くにいたミイトに向かって叫んだ。

「エスト!自分の前面に結界を張れ!普通に衝撃を防ぐタイプでいい!」

 疑問に思いつつもエストは、両手を前に広げて言われた通りに結界を張った。

 ミイトはエストの前に出て結界に足の裏を付けると、そのまま結界の前で膝を曲げて屈んだ。

 エストの目の前にミイトの固そうな尻が迫って来る。

「ちょっとお!」

 文句を言い掛けたエストは、屈んで勢いをつけたミイトが結界から飛んだ反動で後方に飛ばされた。

「やっぱ浮遊術でちんたら飛んでるより、こっちの方が速いな。」

 あっという間に古代竜に追い付いたミイトは、身体をひねって大剣たいけんを振るう。

 大剣は古代竜ののどを皮一枚分だけ斬った。

「…浅いか?!」

 自由落下しながらミイトは、古代竜の喉元をにらむ。

 ブレスを吐くために膨らんでいた喉元が、斬った場所から破裂し始めた。

「よっしゃ!…って、あれ?」

 喉元の破裂した部分から漏れ出した火炎が、下で自由落下中のミイトを襲う。

 彼が浮遊術を唱えなおして回避する余裕は無かった。

 万事休ばんじきゅうすかと思った矢先に追い付いたエストが、ミイトを掴んで火炎を躱して飛び抜ける。

「後先を考えなさいよね!この馬鹿っ!」

「ここまでが計算の内だったんだよ!」

 とか言いつつミイトは…久し振りにきもが冷えたなぁ…と感じていた。

 ブレスが撃てなくなった古代竜は、ゆっくりと広めの路上に着地する。

 三人も周囲を囲む様に降り立った。

 古代竜は回復魔法を使っているのか破裂した喉元が治りかけている。

 流石に斬り落とされた片翼までは、再生は出来ないようだ。

 途中で古代竜がグラリとよろめく。

 サウムとミイトは肉体へのダメージが残っていると思ったが、エストは別の見方を思い付いた。

「…もしかして?」

 エストは朗々ろうろうと子守唄のようなものを歌い始める。

 彼女の背中越しに竪琴たてごとを持った黒髪の女性の幻が浮かび上がった。

「眠りの精霊…精霊召喚せいれいしょうかんもできるのか…。なんでも有りだな魔王様は…。」

 ミイトは感心した様に呟いた。

 やがて古代竜は、ゆっくりと瞼を閉じると大きな身体を横たえ再び眠りに落ちた。

「まだ薬の効果が残っていたのか…。」

 サウムが様子を確認しながら話すと、歌い上げたエストが答える。

「うん…よろめいた時に、もしかして?と思ったんだけど当たっていたわ。」

「人手を呼んで新しい馬と台車を持って来たら、このまま城の近くにある目的地まで運べそうか?」

「無理…魔法抵抗力が強すぎる…。歌は終わっているから完全に眠ってはいるけど…魔力を使って抑え込まないと目覚めちゃう…。長くは保たないわ…。」

 額に汗をかきながらエストは、前に突き出した両手をふるふるとふるわせながら答えた。

 その返事を聞いたサウムは、古代竜の搬入はんにゅうを完全に諦める決心をする。

「欲はかかない方が無難ぶなんか…。ミイト!トドメを頼む!」

「了解だ!…悪く思わないでくれよ…。」

 ミイトは大剣を上段から振りかぶって古代竜の首に向けて振り下ろした。

 エストは目を瞑り顔を背けたが、ゆっくりと瞼を開いて古代竜の方を確認する。

 古代竜の首は完全に胴体から離れていた。

 エストはかすかな自己嫌悪じこけんおを感じたが、同時に安堵あんどして両手に込めた魔力をゆるめてしまう。

「まだだ!まだ緩めるな!」

 緊張した面持おももちでサウムが、エストに向かって叫んだが僅かに遅かった。

 恐るべき事に首だけの古代竜が、何か呪文を唱え始めている。

 そして崩壊と共に古代竜の身体から黒い粘液ねんえきの様な物が滲み出てきた。

「ミイト!逃げて!それに触っちゃダメ!」

 エストの悲痛な声に従ってミイトは、古代竜から飛び退いて距離をとる。

 エストも距離をとると同時に粘液の周囲に結界を張った。

「死の呪いだと…?古代竜は、こんな高位魔法まで使えるのか…?」

 サウムは驚愕きょうがくの表情を浮かべながら呟いた。

 死の呪いは魔法への抵抗力が少ない者が触れると即死する魔力と怨念おんねんかたまりだ。

 かなり位の高い魔族ですら使用できる者は稀である。

 だが魔力を通さない結界を使えば拡散と流出を防ぐ事ができ、数時間後には霧散むさんする…はずだった。

「…なにこれ?魔力結界が効かない?!」

 エストは焦った為に声が上ずっていたが無理もなかった。

 古代竜の死の呪いは結界を破るでもなく、まるで初めから何も無かったかの様に突き抜けてくる。

 広がる粘液に、あらゆる結界を試すエストとサウムだったが効果は無かった。

「まるで神器だ…。」

 サウムはエストに渡した羽根の特徴を考えながら、子供の頃に寝物語ねものがたりに母親から聞いた神話しんわを思い出す。

 大昔に神と竜が大きな戦争をした御伽話おとぎばなし

 神器が神の作りし物であるなら、神と闘えた竜が同じ様な力を持っていたとしてもおかしくは無い…。

 サウムは、そう考えた。

 粘液は色が薄まりつつも加速しながら大きくなって来ている。

 このままでは数分程で馬の走る速度を軽く追い抜くだろう。

 そうなれば避難していた者達も逃げ切れずに巻き込まれる。

 宮殿の中にいるサウムの許嫁も例外ではない。

 サウムは決断した。

「…二人は離れててくれ。」

「どうするの?」

 厳しいが悲痛な表情のサウムを見て、エストは嫌な予感がしていた。

 サウムは喉元の襟を人差し指で引っ張って軽く緩めて答える。

 首の周りは汗だくだった。

「…奴の呪い全てをレジストしてやる。俺の魔法抵抗力が勝つか…奴の呪いが勝つか…勝負だ…。」

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