第2話

勇者が魔王に仕事を任せる様になったワケ Ⅰ

「これが古代竜こだいりゅう…。」

 エストは、巨大な台車に載せられて鎖で拘束こうそくした状態で運ばれてゆくモンスターを、並行して歩きながら見上げて溜息をついた。

「俺も見るのは初めてだ…。よく生け捕りになんか出来たもんだなぁ…。もっとも相当な犠牲を払ったらしいけど…。」

 そう言いながらミイトもエストの横で同じように歩きながら、首を上げて古代竜を見つめていた。

「…本当に生きているの?」

 エストがミイトに尋ねた。

 古代竜は、目を瞑り巨大な一つの岩の様にピクリとも動かないでいるから当然の疑問である。

「強力な魔法で強制的に眠らせた後で薬品を投与して仮死かし状態にさせてるらしい…。ちょっとやそっとじゃ起きないだろうが、もし万が一にでも目が覚めたら一大事だな…。」

 ミイトの答えにエストは、顎に人差し指をあてて小首をかしげて疑問をていした。

「どうして生きたままの古代竜なんか必要なのかしら?」

「それは生きたまま解剖して研究する為だ…。」

 答えたのはミイトではなく後ろから近づいてきた初老の魔術師だった。

宮廷きゅうてい魔術師の方…。生きたまま解剖をして研究をなさるなんておだやかな話ではないですね。」

 エストは、社会勉強の成果の一つとして丁寧ていねいな口調で魔術師に尋ねてみた。

「そうだな…私も国王からの勅命ちょくめいで無ければ、自国にこんな代物しろものを運び込もうとは思わないだろう。」

 魔術師は遠い目をしながらエストに続きを話してくれる。

「王はある時期から心をんでおられてな。常に不安を抱いておられる。古代竜の強靭きょうじんな生命力…その謎を解明して自分も強くありたいと、そう願っておられるのだ…。」

 老人は、軽く振り向いて後ろの方を歩くサウムに目を向ける。

 気が付いている筈のサウムは、気にする様子も進んで老魔術師に声を掛けるでもなく無表情のまま黙っていた。

「古代竜は死んだ直後から肉体の崩壊ほうかいが始まってしまう。何がしかの魔力のたぐいで巨体を維持している為に死ぬと支えが失われるからだ…と推測されているが定かではない。」

 エストは興味深そうに魔術師の話を聞いている。

「そのため古代竜が死んだ後では解剖するべき死体そのものが殆ど残らないから、生きたままでないと調べられないという事情もあるのだ。」

「魔力ですか?」

 ミイトが訊き返した。

「古代竜には回復魔法を唱えたり結界を張ったりなどの魔法を使う事の出来る者も多い。人間の言葉を理解する者や口を使わずに念じるだけで頭の中で直接、会話をこなす者までおるらしい。」

 そこまで話すと老人は、深い溜息をついた。

「古代竜は人よりも長く生きて人よりも賢い生き物だ。共存すら可能かもしれんが…こいつは無理だな。ごくまれにとはいえ、かなり昔から近隣きんりんの農村の住民に実害が出ておる。犠牲者には若い女や子供もおったらしい…。」

 宮廷魔術師は残念そうに語った。

「こいつから見れば野生の動物や家畜、それを育てている人間も餌と変わらないという事なのだろう。ましてや後から自分の縄張なわばりに勝手に入植にゅうしょくして来た連中の都合なぞ知った事では無いのだろうな…。」

 老魔術師は古代竜を見上げた。

「こいつは我々を捕食ほしょくし我々は、こいつを生きたまま解剖して力のみなもとを研究して利用する。まぁ…お互い様ということなのかも知らんな…。」

「そんな危険な代物を眠らせてるとはいえ街中を通すとか、本来なら避けたい所ですがね…。」

 サウムが真剣な口調で宮廷魔術師に話した。

「気持ちは貴方と同じだが…私にとって王命は絶対だ。王が自ら研究したいと望んでおられる以上はいたし方があるまい…。まさか街の外に研究施設を造って、王が研究の度に宮殿きゅうでんけるわけにもいかんしな。」

 魔術師はサウムの方を向いて答える。

「宮殿の側に専用の地下施設が造られたから、古代竜をそこに運ぶまでの辛抱しんぼうだな。念の為に通り道の近くに住む市民は、予め反対側の広場に避難させてはいるが…。まさか住民全てを街中から追い出す訳にもいかんしな。」

 言いながら老人は現在エスト達が進んでいる街道の、その先に見えてきた大きな壁に囲まれた街を眺める。

 まだまだ遠くにある様に見えるが、しばらくしたら辿り着くのだろう。

 エストも釣られて目を街中に向ける。

 宮殿が、ほぼ中央と言っていい小高い丘の上に見えた。

 宮殿を見ながらエストは、数週間前の出来事を思い出す。


「俺には婚約者がいるんだよ…。」

 サウムは、そう答えた。

 エストはサウムからミイトに視線を移すと、ミイトはニヤけた顔で右手の甲を彼女に向けつつ小指を立てる。

 しばらく時間が掛かったがエストは、サウムの言っていた事とミイトのサインの内容を理解した。

 エストは理解した途端に顔を真っ赤にする。

 何故その可能性を考えなかったのだろうと、恥ずかしくなって黙ったまま俯いてしまった。

「この共和国の隣国にあたる教国きょうこくの姫君が、サウムの許嫁だよ。幼い頃からの知り合いらしい…。ま、詳しい事はサウム本人にでも聞いてくれ。」

 ミイトは何故か少しだけ申し訳無さそうな表情でエストに軽く事情を説明した。

「…隣国の姫?」

 自分自身も似た様な立場である事も忘れて、エストは確認するかのように呟いた。

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