魔王が勇者の見習いになったワケ Ⅴ

 数ヶ月後に北の魔王の国は、状況が一変いっぺんした。

 もはや飢えで苦しむ民の姿は無く。

 魔王城の存在する山の下にある街は、活気を取り戻していた。

 誰も他の国へ、わざわざ略奪をしに行く必要は無くなっている。

 全ては極寒の地の資源を諸外国に輸出してきた成果だった。


 その資源とは北の魔王の国にある雪山ゆきやまからの湧水ゆうすいで常に満たされる、巨大な湖の表面に張った分厚い氷の層だった。

 北の魔族は寒さに強いという特性をかし、とりわけ屈強くっきょうな男性は氷を切り出す為の労働力として、バドシがこの国に新設した商会支部の管理のもとで働いている。

 そして、同じ支部から借り入れた資金で建てた魔族の魔術師達の働く専門の工房で、断熱だんねつ特化とっかした結界の魔法を切り出した氷に付与ふよして、必要とされる諸外国へと氷の状態を保ったまま輸出しているのである。

 それらは主に生鮮せいせん食料品の保冷用途ほれいようとや病気の一般市民の解熱げねつ用の氷嚢ひょうのうなどに利用されていた。

 今までは高位こういの魔術師に頼んで作って貰っていた高価こうかだった氷の代用だいようとして北の魔王の国で作られた安価あんかな氷は、諸外国に売れていった。

 永遠の極寒の地である北の魔王の国は、経済的な冬を何とかだっして経済的な春を迎えようとしていた。


 この数ヶ月の間に北の魔王の国の建て直しを手伝っていた勇者は、共和国にある自宅に戻って久しぶりの休暇きゅうかを楽しみつつ、一緒に帰国した商会の責任者でもあるバドシや先に帰国していたミイトとの会話を楽しんでいた。

 話題の中心は主に北の国の新魔王であるエストのことで、勇者は別れぎわの彼女を思い出していた。


 別れ際のエストは瞳をうるませながら勇者を見つめていた。

 彼は、この国の救世主であり自分達を救ってくれた命の恩人で彼自身の預かり知らないところで彼女の初恋の人になってしまっていた。

 ところがエストは今までは勇者のことを勇者様と呼んでばかりで名前に関して尋ねる事さえ気恥ずかしいらしく、勇者の名前を全く…これっぽっちも知らなかった。

 それは何かと忙しかった勇者も同様で彼女の事を君とか魔王とかで呼んでばかりで名前に関して知る機会は、これまで無かった。

「なんだか変な感じですけれど、改めまして…エストと申します。正式な真名まなを伝える事は、禁忌きんきなので御容赦ごようしゃください。私のことはエストって呼び捨てで構わないです…。」

「それはそれで何か恥ずかしいけど…俺の名前はサウム。まぁ、また会う機会でもあればサウムでも勇者さんでも、どちらでも構わないよ…様を付けなければ…。」

 そう言いながらサウムは自分の荷物入れから一つの白い羽根を取り出した。

「この白い羽根を持ったまま魔力を込めて念じると、あらゆる障壁しょうへきを超えて僕の自宅のすぐそばへと瞬時に移動してくれる。何か困った事があったら、いつでも頼りにして来てくれていい。…取り敢えずは持っていてくれるかな?」

 エストは、ぱぁっと表情を笑顔で輝かせると、とても嬉しそうに白い羽根を両手で受け取った。

「宝物です…大事にします…絶対に大事にします。」

 エストは別れの間際まぎわまで涙ぐみながら繰り返して答えていた。


「お前…それ神器じんきじゃねぇか…。」

 ミイトはサウムの気前の良さに呆れて言った。

 神器は世界に一つずつしかない神の持ち物と言われてる。

 言い伝えであり真偽しんぎは定かではないが、要はそれだけ力のもった世界に二つと無い製作者不明のアイテムに用いられる総称だ。

 サウムの羽根はあらかじめ彼が自宅を念じておいたもので、誰もが魔力を込めて願えば彼の自宅の側へと、あらゆる障壁や結界を無視して瞬時に跳躍ちょうやくできる。

 この、あらゆる障壁や結界を無視できると云うのが神器たる所以ゆえんで通常の瞬間移動にもちいられる高位魔法の跳躍では、魔法による対策をほどこされた結界は超えられないが神器ならばそれが可能なのである。

「昔は重宝ちょうほうしていたけど今となっては必要の無い物だからね。」

 サウムは事も無げに答える。

「それにしてもなぁ…。」

 ミイトが別種べっしゅの嫌な予感を感じている時に玄関の扉の外から、誰かが呼びりんを鳴らす音がした。

 勇者がドアを開けると魔王が、そこに立っていた。

 魔王エストは勇者サウムに飛びつくと一気にまくし立てる。

「私を貴方の弟子にして下さい!勇者の仕事を習いたいんです!爺やも社会勉強として賛成してくれました!国のことは爺や達に全て任せて引き継いで来ました!それに!それに…。」

 エストは頬を赤らめながら、しかし真面目に、大胆に、真剣に告白する。

「私は…貴方のことが好きです…。ゆくゆくは私と結婚して私の国の王になってくれませんか?」

 呆気あっけに取られるサウムとバドシ。

 ミイトは笑いを押し殺してサウムに告げる。

「はっきりと言ってやれよ、お前の気持ちを…。」

 サウムはようやく状況を把握はあくして、ばつの悪そうな顔をした。

「あー…エスト?」

「はい!」

 初めて名前を呼ばれた魔王は、満面まんめんみで元気良く返事をした。

「君の気持ちだけは有難く受け取っておくけれども…実は…俺には婚約者がいるんだよ…。」

「…はい?」

 エストの目は点になった。

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