魔王が勇者の見習いになったワケ Ⅳ

 盗賊が城内の探索に出掛けて一時間ほど経っただろうか?

 勇者は、まだ顎に手をあてて考えつつ立ちながら目を瞑ったままだ。


「まさか寝てないだろうな?あいつ…。」

 エストとミイトの二人は隣同士で座って壁にもたれながら、勇者の考えがまとまるのを待っていた。

 しばらく、ぼーっとしていた彼女だったが、ある事を思い出した様子で座ったままミイトから離れる様に横移動をする。

 ミイトは、そのエストの行動の理由をいてみる。

「何?どうかしたのか?」

「だって…オッパイを揉んでやるって言ってたから…。」

「ああ、アレな…。」

 ミイトは彼女の美しい巨乳を横を向いてガン見しながら言った。

「…冗談だ。」

「嘘だ。」

 エストは胸を隠す様に両腕を組むと、そのまま寄せた。

 かえって谷間が強調されて扇情せんじょう的なポーズになる。

「まぁ改めて見ると触りたいなーとは思うが…煽って逆上させて隙を突くのが目的だな。」

 言われてみればミイトに煽られた直後のエストは、隙の多い大技を放って彼の接近と斬撃ざんげきを許してしまっていた。

 もっとも逆上したからではなく、犯されるかもしれないと云う恐怖にられた為ではあるのだが…。

 彼女は、まんまとしてやられたと思い顔を真っ赤にして悔しがった。

「しかし寒いな…。魔王城ってのは魔王の魔力で城の中では快適な室温の筈じゃなかったのか?」

「あれはパパの魔力があったればこそよ。私じゃ魔力不足で無理だし自分自身は寒さに強いから問題なくて…。でも、そのせいで諸外国しょがいこくから呼んでやとっていた大半の召使い達には逃げられちゃったけど…。」

「ああ…そういえば北の魔族は寒さに強いんだっけか?」

 ミイトは、それとなく呟いただけだが勇者の片眉かたまゆが一瞬だけピクリと上がった。

 丁度その時に息を切らしながら何者かが、ドタドタと走ってくるような音が扉の向こうから聞こえてくる。

「姫さまー!」

じいや?!」

 馬鹿デカいカタツムリの化け物が、入り口の扉から謁見の間の中に入って来た。

 本物のカタツムリならヌメヌメ入ってくるのだろうが、こちらはからの下の胴体が、幾つも脚のように横に伸びながら器用に多足歩行たそくほこうしている。

 後から追いかけて入って来た盗賊が、呼吸を整えながら事情をミイトに伝える。

「このカタツムリの様な魔族は、城の地下牢の中にいたんですよ。なにやら現魔王の事を酷く心配していた様子で…牢屋なんかから出しちゃって良いのかなぁ?とは思ったんですけどね…。自分が勇者の従者だと伝えると急に中で暴れ出し始めちゃって…ケガしそうだったものですから、つい…。」

「つい…って、お前…。」

 ミイトは、お化けカタツムリと抱き合いながら、わんわん泣いているエストを見る。

 勇者に剣を喉元に突き付けられた時ですら、瞼がにじんでいただけだった彼女を…。

「爺や!どうして地下牢なんかに…。」

「前魔王様が亡くなられた後に実権をにぎろうとした他の魔貴族どもに襲われました。情けない話ですが、あえなく地下牢に放り込まれまして…。」

「そんな?!…去って行った皆は、爺やは隠居いんきょして故郷に帰ったって言ってたのに…。」

 狼狽うろたえているエストに、ミイトが追い討ちをかける。

「魔王のくせにだまされやす過ぎて駄目々々だめだめだな、お前…。」

 カタツムリの触覚しょっかくがミイトの方に向く。

 …なんじゃ?この無礼ぶれいなクソガキは?…とか思われている気分になったミイトは、カタツムリに背を向けた。

「しかし、我々を地下牢に放り込んでおいて自分達の手に負えなくなれば、あっさりと祖国を見捨てるとは…これだから若い奴等は…。姫様!まだ私の部下達が地下牢におりますゆえ父君と同じ様に我が国の内政は我らにお任せ下さい!」

「ありがとう、爺や…。でも先立つものが…。」

 内政をとどこおりなく行う為の予算があるなら、そもそも国民は飢えてなどいない。

 自分よりも爺や達なら効率よく予算を配分して国を豊かにしてくれるだろうが、とにかく今は金がない。

 エストは喜ぶのもつかの間に気落ちしてしまう。

 カタツムリに背を向けたミイトは、遠い位置ながら自分の正面に偶然にとらえた勇者の姿に声をかける。

「よぉ!…一度さぁ、何処どこか別の場所に移動してから続きを考えねぇか?!ここは寒くて敵わねぇよ。こんな所でき火をするわけにもいかねぇし、腹が減ったから凍ってる肉を焼いて食べたいんだがな?」

 勇者は瞼を開けて戦士の方に、ゆっくりと顔を向けて言う。

「…それ、いただき。」

 勇者は、ゆっくりと歩いてエストに近付いてきて話し掛ける。

「君の様な北の魔族達が寒さに強いってことは…この極寒ごっかんの中でも外での重労働じゅうろうどうは、可能って事かい?」

「それは可能だけど…。」

 そもそも国民は飢えているのであって寒いから死にそうな訳ではない。

 だが、この国は寒過ぎて農作物は育ちにくいし飼料しりょうにも事欠ことか有様ありさまなので畜産業ちくさんぎょうほとんどいとなまれてはいない。

 狩りなども獲物の種類や数が、豊富なわけでもないので大した成果はあげられていなかった。

 …いったい彼は何を言いたいのか?…エストには、よく分からなかった。

「バドシ!」

 勇者はエストから離れながら盗賊兼商人を名前で呼び寄せると何やら彼とゴニョゴニョと相談し始めた。

 二人の間から会話の断片だけが、エストの耳に入って来る。

「それは…の革命になりますよ…ウチで独占しても構わないのですか?…そうですねぇ、それなら先行投資として…ぐらいですか?必要な工房を建てる費用は、こちらで捻出ねんしゅつしますよ。ええと…爺やさん?ちょっと宜しいですか?」

 バドシに爺やさんと呼ばれたカタツムリが、ドタドタと二人に近付いて会話に加わる。

「なるほど…そちらの商会支部を、この国に設立して…労働者の管理は商会支部に御任おまかせ出来そうですな。人材の確保は私の方で…力自慢と…その結界を作る為の魔術師を魔族の中から…。」

 これまた断片的にしか聞こえないエストは、三人が何を相談しているのか分からなかった。

 相談が終わると勇者は元気良く大きな声で号令の様な台詞を吐く。

「よし!決まった!忙しくなるが軌道に乗るまでの間は、これから君の国で世話になるから宜しくな!」

 勇者は、とびきりの笑顔でエストに握手を求めに再び彼女の元へと寄って来た。

「ええ?…ええ…。」

 何の相談が纏まったのか理解できないエストは、引きつった愛想あいそ笑いを浮かべつつオドオドした感じで勇者の手を握り返して、ただただ頷くしかなかった。

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