魔王が勇者の見習いになったワケ Ⅱ

 時は少しさかのぼる。


 魔王エストの居城がある山には幾つかの洞窟がある。

 それら洞窟の内の一つでは勇者とその一行が、野宿の準備を終えて食事を始めていた。


「大分外は吹雪ふぶいて来ましたねぇ…。寒くてかなわないですよ…。」

 洞窟の外から戻ってきた割と軽装な男は、そう言いつつもさして寒くも無さそうな感じの口調で話した。

「おかげで生肉が凍って腐りにくいから干し肉でない新鮮な食事が出来るのは有難いけどね…。」

 洞窟の中で肉を火であぶっている男が、苦笑しながら答えた。

 塩と胡椒こしょうを振られた肉の焼ける香ばしい匂いが、美味しそうに漂いながら洞窟を支配する。

「狩る獲物が中々見つからなくて肉の入手自体は困難だったがな。」

 焼き上がった肉を受け取りながら戦士風の男が愚痴りだした。

「辺り一面が雪だらけで全く酷い環境だ。ここより下の街の方が、まだ住みやすいという事実が信じられないぜ。」

「あそこら辺も相当に酷い有り様でしたけどね…。街は路上で横になってる浮浪者が多い上に強盗をする気力すらないようで…。私、魔族から物乞ものごいを受けたの生まれて初めてですよ?」

 先程の外から戻って来た軽装の男が、暖を取りながら戦士の愚痴に対して思い出すように語った。

「魔王の城の中は外と違って快適なはずだよ?魔王の魔法のおかげでね。もっとも魔王が病死してからは、どうなっているのかは知らないけど…。」

 肉を炙っていた男が、食事を仲間に配り終えて答えた。

 戦士が肉を頬張ほおばりながら尋ねる。

「以前ここへ来た事がある者は、魔王を討伐しに来て不可侵条約を結んだ時にいた勇者のあんただけだ。道案内はよろしく頼みたい所だが…魔王が代替わりしたなら城の内部構造も設置されてる罠や仕掛けも変わってるかもな…。」

 勇者も自分で焼いた肉をかじりながら思い出す様に語る。

「前魔王は既に妻を亡くしていたから、跡継ぎは娘一人しかいない筈…順当にいけば、彼女が待っているとは思うんだけどね…。」

 勇者は昔ここに来た時に少しだけ見掛けた幼かった頃の魔王の娘の事を、ぼんやりと思い出していた。

「…とはいえ世間せけん知らずっぽく見えたから、そんなにった侵入者対策の変更には手を付けていないと思うけどね。管理をしていた下っも、大半が逃げ出しちゃったみたいだし…。」

 肉を噛みちぎって食べている軽装の男も話す。

「この国の魔貴族達のほとんどが、前魔王の死と共に制約の魔法が外れて自由の身になって他国に亡命しましたからねぇ…。共和国の盗賊ギルド…つまり私の商会にも財産を持って共和国の戸籍こせきの入手を希望してくる魔貴族がいましたよ。」

 本業は商人である軽装の盗賊はそう語った。

 戦士は、その話を聞いてまゆひそめて尋ねる。

「財産たって元々は、連中が周辺の国から略奪してきた物だろうが?逮捕して裁判に掛けるべきじゃないのか?」

「不可侵条約が結ばれて以降は、つい最近まで共和国で北の魔族による略奪行為はありませんでしたからねぇ…。共和国以外の国から奪った物だから、こちらで一つ一つ調査して持ち主に返還するのも困難な上に面倒ですし…。」

 盗賊は、もっともらしい顔をして答えた。

「共和国の法律に照らせば、彼らは立派な亡命者ですからね…。彼らが共和国の市民権を得る為に私の商会へ手続き代行を財産を取り崩してでも頼むのは至極しごく当然の権利ですよ。」

 盗賊兼商人は事も無げに言い切った。

「これだから商人って奴は…。」

いずれにせよ、配下の全ての魔貴族に制約の魔法をかける事が出来ていたなんて…前魔王の魔力は恐ろしく強大でしたね…。でも…その大きな魔力は娘さんには、あまり受け継がれていない様ですが…。」

「まぁ、こちらは前魔王を超える化け物が一緒なんだから仮に現魔王と戦う事になっても余裕だろ?」

 戦士と盗賊の二人は、同時に勇者の方を見る。

「…俺一人に働かせるのは、やめてくれよ。」

 勇者は肩をすくめながら答えた。

「まぁ…一応は交渉しに来たわけだから戦闘になったら手加減をしつつ、俺が説得しては見るけどさ…。」

 勇者は食後のコーヒーをすすると溜息をついて洞窟の天井をながめた。

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