勇者見習いの魔王

ふだはる

勇者見習いの魔王

第1話

魔王が勇者の見習いになったワケ Ⅰ

 玉座にひじを掛けて足を組み、魔王エストは自分を殺しに来るであろう勇者を待っていた。


 彼女の座っている玉座の前にひざまづいて、うやうやしく頭を下げてかしこまる魔族がいる。

 彼は魔王に対して、こう進言しんげんする。

「魔王様…勇者の一行は既に城にまでせまっております。我が力にて異次元の扉を開きますので、異界へ撤退なされる事を提案いたします。その為の準備は既に整っておりますので、お急ぎを…。」

 魔王は彼を一瞥いちべつして口を開く。

「臣民を見捨てて余に逃げろと申すか?」

 魔王に問われた男は答えない。

 彼女は一呼吸を置いてから彼に伝える。

「…余は逃げぬ。この謁見えっけんの間で勇者達を迎え討ち、必ず勝利して国を建て直してみせる。亡き父から譲り受けた祖国を見放す事など出来ない。」

 魔王の言葉を聞いた男は、静かに立ち上がると真摯しんしな瞳を彼女に向けて尋ねる。

「では、どうあってもここに残ると?」

「無論だ。」

 間髪かんぱつれずに魔王は答えた。


 時間が少しだけ流れた後に男の口から、盛大な溜息がれる。

「…はあぁ〜…ああ、もう勝手にすれば?知らねぇぞ俺は?お前が犯されても…。」

「お、お、お、おか、おか、おか?」

 激しく動揺どうようする魔王。

「立て直すも何も…前魔王である、お前の親父が死んでから、ここまでこの国が荒廃こうはいしたのは全部お前が不甲斐ふがいないせいじゃねぇか。」

「う、うるさい…。」

 弱々しい魔王の声。

「お前の親父が恐怖と暴力で魔貴族まきぞくどもを支配して、その魔貴族どもが他国の人間達から奪った戦利品で、この周りが雪山でおおわれた糞寒い田舎いなかは何とかやってこれたんだ。」

「…うるさいって言ってるでしょ?」

 少し強くなった魔王の口調。

「それが、お前の親父が死んだ途端とたんに魔貴族ども全員にド田舎を見捨てられるわ。物資が足りなくなって、下々しもじもえて死にそうだわ。かろうじて友好関係をたもっていた勇者の住む国に、勝手に飢餓きが難民が侵攻して略奪したら返り討ちにうわ。」

「うーるーさーいー。」

 涙目の魔王。

「大体だな…過去に前魔王が闘って何とか引き分けに持ち込んだのが今ここに向かってる勇者で、しかも相手がガキの頃の話だって知ってるだろ?成人した奴に戦闘力が親父に比べてミジンコ以下の娘が勝てるわけ無いだろうが?」

「うるさいって言ってるの!」

 魔王は、とうとう叫んでしまったが男は構わず話を続ける。

「なんとか外交努力で不可侵ふかしん条約を結んで逆に助かったのは、この国の方なんだぞ?向こうは最初から、こちらをほろぼす気なんて無かったんだからな?要は勇者に御目溢おめこぼしを貰っていた立場だったんだよ、お前の親父はっ!」

「パパの事を悪く言わないでよっ!」

 魔王は顔を真っ赤にして怒り出した。

「それに!そんなに優しい勇者なら…お、お、おか、おか…無理矢理エッチな事なんか、してくるわけないでしょっ?!」

 魔王とは思えない弱気で甘ったれた予測に、男はあきれて言葉を返す。

「ついさっきまで勇者達を討ち倒すとか言ってた奴の台詞せりふか?!それに勇者本人が優しくても他の連中は分からんだろうが?!お前を倒した後に奴等の国に連れて行かれて娼館しょうかんに売り飛ばされる可能性だってあるんだぞ?!」

 男も言い返している内に興奮気味になっていた。

「事情があるにせよ不可侵条約を先にやぶったのは、こちらなんだ。向こうには怪我けが人も出ているんだし仕返しに何をされても、おかしく無い状況なんだぞ?」

「…私それなりに一生懸命に、この国をおさめていたつもりだったんだけどなあ…。」

 魔王は消え入りそうな声で呟いた。


 彼女は、しばらく考えた後に表情を引き締めて、きっぱりと告げる。

「それでも我慢して残ってくれている臣民を見捨てて、自分だけが逃げ出す事なんて出来ないわ…。もう性格的に無理なのよ…。きっと酷い結果になるって分かっていても…。」

 そう語った魔王に対して男は、きびすを返すと片手をヒラヒラさせて答える。

「それじゃあサヨナラだ。俺は、まだ命が惜しい。」

「…残って一緒に戦ってくれないの?」

 男は顔半分だけ振り返って尋ねる。

「おっぱい揉ませてくれる?」

「…イヤよ。」

 男は再び顔を謁見の間の扉へ戻すと魔王に聞こえるよう愚痴ぐちった。

婚前交渉こんぜんこうしょうどころかキスの一つも許してくれない、なんちゃって許嫁いいなづけを助ける義理は無い。むしろ、こうして逃亡案を出して誘っただけでも、お前の死んだ親父に感謝して欲しいくらいだ。婚約者の俺が差し伸べた手を振り払ったのは、お前自身だ。これ以上は俺にはどうしようもない。俺が残った所で、たったの二人で勇者一行に勝てる訳も無いしな。」

 男は、ゆっくりと扉に向かって歩き出す。

「お前は俺の物にしたかったがね…。じゃあな、お互い生き残っていたら何時いつめとりに来てやるよ。」

 男の進行方向にある扉の前に紫色の輝きが現れる。

 男が輝きの中へと入った後、その紫の光は静かに消えていった。

 魔王エストは、その輝きが消えたのを見届けると涙をこらえて前方の扉を見据みすえる。


 せめて最後くらい魔王として…いや、この国の王として恥ずかしくない様に振る舞いたい…そう思っていた。

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