第12.5話(アフターストーリー)

ゴーレムマスターが困るワケ Ⅰ

 ミイトと羅刹の戦いから、数年が経過していた。

 あの戦いから半年後に帝国では、神帝が即位したばかりで亡くなってしまい、まだ赤ん坊だった新たな神帝と将軍を摂政とした新たな体制に移行している。

 エストは帝国との和平交渉を行って自国と帝国との国交を正常な状態に戻した。

 イーロスは自分の外交ルートから教国と帝国の新たな休戦協定を結ぶ。

 そうして、エスト達に表面上は永い平和な時が訪れていた。

 そんな中で魔王エストの国は、新しい年を迎えている。

 新年の行事を滞りなく済ませたエスト達は、休暇で自国の温泉地に泊まり掛けの観光に来ている。

 そんな重要な御得意様が、お越しになっているにも関わらず旅館の若旦那ことロクは、ゲレンデの管理責任者として悩んでいた。

 営業は幸いな事に順調で、帝国との国交を回復させた事もあってか観光客の数は増加傾向にある。

 そこでバドシの計画としては、客をゲレンデの上に運ぶだけの登板ルートを解放して、そこも利用客が滑れる様に改善する事だった。

 その計画を成功に導くため、ロクに白羽の矢が立てられる。

 なぜ登板ルートが必要なのかと言えば、客を運ぶのに巨大な毛の生えた亀の様なモンスターを利用している為である。

 これを何とか小型のゴーレムによる少人数の顧客の運搬に差し替えて欲しい…との業務命令だった。

 ロクも最初は乗り気だった。

 早速、単独で決められたルートを周回する自律型のゴーレムを試作する。

 これに客を乗せて上に登って貰い客を降ろして下りて来たら、魔力を補充する建物に向かわせて充填が完了したら、再び客を乗せる事を繰り返す仕様の予定だった。

 システム面では、何も問題が見つからなかった。

 しかし、休暇で遊びに来ていた妹のフィレンと子供に頼んで試作機に乗って貰って、感想や意見を述べて貰うつもりだったのだが乗ってすら貰えなかった。

 フィレンは呆れ顔をして、その子供は脅えていた。

 何事かと幼い娘を抱えたエストやミイトもやってくる。

 試作機を見たエストが、見た瞬間から駄目出しを言う。

「なにこれ?キモい…。」

 試作機は背もたれ付きの長椅子の様な形をしていて、その両端から人型の足が四本ほど出ていた。

 お客様には、この長椅子に座っていただいて四本の足を使って歩いて運ぶタイプのゴーレムだった。

 その効率だけを考えたデザインは、異様な見た目をしていて常識的な神経であれば、とても利用する気にはなれない。

「もっと、お客様の立場に立って、ただ利用して貰うだけじゃなくて喜んでいただける様な工夫がないと駄目だよ。おまえさん…。」

 今は妻となった旅館の女将にも駄目出しをされる。

 ロクは、その日に徹夜で考えて試作二号機を作った。


 試作二号機は概ね好評だった。

 二、三人掛けの長椅子から一人用へと変更してしまったが、ゴーレムの数を増やせば今後は増加が見込まれる来客にも対応できるだろう。

 ところがミイト達から不満の声があがる。

「不許可だ!」

 ミイトが指で示した方向には、イケメン人形風のゴーレムに、お姫様抱っこされながら頬を赤く染めているエストがいた。

 ロクが救国の英雄人気にあやかってサウムに似せたのも悪かったのかも知れない。

 フィレンも、お姫様抱っこされながら満更でもない様子だった。

 バドシは苦笑いをしている。

 いったい何が許可できないのだろう?

 そう考えて悩むロクに若女将が、助け舟を出すかの様に諭す。

「あのね、おまえさん…。ウチは客商売で子供連れや若いカップルが多いんだから…わざわざ夫婦喧嘩や痴話喧嘩の種を作って、どうすんのさ?」

 ロクは成る程と手を打った。

 それ以降のロクは暫くの間は開発に詰まってしまって困っていた。


 ゲレンデを見渡しながらロクは…どうしたら?ここに来ている人達を喜ばせられるのか…と、真剣に考えていた。

 そこへ三人掛けの大きなソリに乗った親子連れが、ロクの近くへ滑り降りて来る。

 後ろからミイトとエスト、その娘と彼女の持ち物である熊のぬいぐるみの順番でソリに乗っていた。

 ロクは三人と人形一体を興味深そうに見ていた。

 三人とも楽しそうだった。

 ミイトはロクに尋ねる。

「どうした?俺たちの顔に何か付いてるか?」

 ミイトは楽しそうに笑っていた。

 ロクは彼に答える。

「いえ…魔人と魔王が、娘と一緒にソリ遊びだなんてシュールな絵面だなぁ…と思って…。」

 エストは何となく恥ずかしくなって顔を赤らめてしまう。

 微笑みながらロクは彼女の娘の近くに行って尋ねてみる。

「熊のぬいぐるみは好きなのかい?」

「…だいすきー。」

 エストの娘が答えた後にミイトは注釈を付け加える。

「弟が欲しいって言われてるんだが…出来るまで、これで勘弁してくれってプレゼントしたんだよ。」

 エストはミイトの後頭部をはたいた。

 彼女はソリから娘を、ぬいぐるみごと抱き上げると娘と人形を両腕に抱えて頬擦りする。

 ロクはエストにも尋ねてみる。

「女王陛下も、ぬいぐるみとか、お好きなんですか?」

「ええ、可愛いもの…。流石に外へ持ち出して一緒に散歩したり出来る歳では無くなったけれどね?」

 エストは爽やかな笑顔で答える。

 ロクは…部屋にはあるんだ?…と苦笑した。

「ミイトさんも?」

「まぁ嫌いでは無いな…。娘が持っている姿を見られるなら尚更だ。」

 ロクの続けての質問に対して親バカな回答をするミイトだった。

「兄さん…可愛いものが嫌いな者なんていませんよ?ねぇ、エスト様?。」

 ロクの後ろから声がした。

 振り返ると妹のフィレンが、息子を連れて立っていた。

「おまえ…女王陛下を名前で、お呼びするなんて…不敬だぞ?」

 ロクは少しだけ苦い顔をするとフィレンに小言を言った。

 …自分は王配たるミイト様を、さん付けなのに?…と、フィレンは思わないでもない。

「あら、私達はママ友だから良いんですよ。陛下の許可もいただいています。…ね?エスト様…。」

「ええ…フィレンには本当に子育てに関して世話になりっ放しだったから助かっていたわ。ロクもプライベートな場でまで畏まらなくても良いのよ?距離を感じてしまうわ…。」

 エストの優しさにぐらついたロクだったが…自分のけじめですから…と、やんわりと彼女の申し出を断った。

 ロクは試作三号機に関して少しだけ展望というか、光明が見えてきた気がしている様だ。


「か…かわいいっ!」

 エストが瞳をキラキラさせながら歓声を挙げた。

 ミイトは年頃の少女の様な声を挙げる彼女を見るのが久し振りなので、何となく嬉しかった。

 ロクの作った試作三号機は、一号と同様に長椅子タイプだったのだが、その長椅子を支えているのは一号の様な足だけという気持ち悪い造形では無く、四体程の小さな動物をデフォルメした人形だった。

 見た目は長椅子を可愛らしい四体の小さな動物の人形が支えている様に見えるのだが、長椅子などの全体を含めて実は一体のゴーレムで造られている。

「ねぇ?ねぇ?これ、乗っちゃって…いいのかな?いいのかな?」

 テンション高めのエストが、きゃいきゃいした感じでフィレンに尋ねた。

「か…可愛すぎて、お尻に敷いちゃうのが可哀想ですねっ!」

 妹の台詞を聞いたロクは、一瞬…失敗したか?…と思って冷や汗をかいたが、ああ言いつつも楽しそうに座る二人を見て安堵の表情を浮かべた。

 長椅子は三人掛けだがエストは娘を抱いて、フィレンはエストとの間に自分の息子を座らせて、ゲレンデの上の方に向けて出発した。

 ゴーレムは結構な登坂力があって、速度も乗客が飽きる前にゲレンデへ到着する程度には出ている様子で、それでいて余り揺れずに滑らかに歩いて行く。

 最近は長い板を履いて滑るスキーという物が主流になりつつあるのだが、ゴーレムの後ろにはソリも繋げられる様にフックも取り付けてあった。

 やがて、上に登った四人が二つのソリに別れて滑り降りて来る。

 エストが新しいゴーレムの感想を、いち早くロクに知らせに来た。

「ロク!あれは素晴らしいわ!以前の乗り物と比べて周りが開けているから景色がとても良く見渡せるし、歩くより速いから飽きないし楽ちんよ。フィレンと、お喋りしてる間にゲレンデの頂上に着いちゃったわ。」

「兄さん良かったですね?私も楽しかったです…。きっと、他のお客さん達にも気に入って頂けると思いますよ?」

 二人の好評価を聞きながらロクは、やっと肩の荷を降ろせた気になった。

 戻って来たゴーレムが、石造りの建物に魔力の補充に入って行く。

 出てきたゴーレムに子供達が、嬉しそうに近づいていって後を追って行った。

 ロクは側で成り行きを見ていたバドシに疲れた様に言う。

「デザインって…大事ですね。」

「そうでしょうとも。」

 バドシは大きく頷いた。

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