第4話

魔王の心が折れそうになったワケ Ⅰ

 エストは薄暗い拷問ごうもん部屋の中で立たされていた。

 身にまとっているものは、下着の上にシャツだけで、あらわになった太腿ふとももり寄せて苦しそうにもだえている。

 両腕は金属製の手枷てかせで一つに纏められ、手枷は鎖で天井の滑車かっしゃつながれて石造りの床に僅かに足が着く程度の体勢で吊るされていた。

 両足首にも足枷あしかせが取り付けられており、両脚を少しだけ開いたままの状態で足枷と足枷の間を金属の棒が支えている。

 そのためにエストは、太腿を密着させる事は出来ても両脚を完全に閉じる事が出来ないでいた。

 金色に光る腕輪の様な物が、右の手首にめられている。

 その腕輪の持つ力によって彼女は、まったく魔法が使えないでいた。

「まったく…神器じんき様々さまさまだな。」

 エストの正面に座っていた男は、彼女の肢体したいを眺めながら舌舐したなめずりをして呟いた。


 昨日の事である。

 エスト達はバドシ経由で共和国から小規模な隊商たいしょうの護衛を頼まれて、その任務を遂行すいこうしていた。

 ミイトとサウムは、それぞれ別件で行動中であったが、エストが単独で護衛の任務をうのは何もこれが初めてでは無かったので、彼女は特に不安を感じてはいなかった。

 以前の護衛任務では実際に道中どうちゅうで盗賊に襲われもしたが、彼女にとっては楽勝な相手でもあり首領しゅりょう捕縛ほばくにも成功している。

 だからといって今回の仕事をあなどっていた訳では無いのだが…まだ経験の浅い彼女は、巧妙こうみょうに隊商の中に隠れた内通者ないつうしゃの存在に気がつかなかった。

 隊商の一員である一人の女性から水分補給の為にと渡された水筒すいとうの中身には、魔王である彼女でもあらがえない程の強力な睡眠薬がかされていたのだ。

 エストが目覚めた時には、よろいは脱がされて口枷くちかせくわえさせられた上に身体はつるされた状態で、腕に魔法を封じる為の腕輪を付けられていた。

 "こんなもの!"

 エストは目覚めてから腕輪に、ありったけの魔力を注ぎ込んで腕輪が抑えられる魔力の限界を突破し破壊する事を試みていた。

 エストは、いかなる魔法を封じる方法であっても大抵のものは、父親には及ばないながらも強大な自分の魔力で過負荷かふかをかけて、これを退しりぞけてきた。

 しかし、神器の腕輪はビクともしなかった。

 こんな特殊な能力のある貴重な神器…たかが隊商狙いの盗賊が、持っているには不釣ふつり合いな道具だ。

 エストは嫌な予感がしていた。

 座っていた男が、立ち上がり近づいて来てエストの口枷を外した。

 ミイトに似て浅黒い肌の色をしているが、もっと大柄で筋肉質な男だった。

「…神器?貴方、今…神器って言ったわね?」

 自由に話せる様になったエストは、男に質問をする。

「お前を御所望の、とある方に貸して頂いてね。俺の本来の仕事は、このとりでを守る事と…本部から送られてきたり、自分達で捕まえたりした捕虜ほりょ尋問じんもんなんだが…別口から依頼があった場合は、本国には拷問で死んだと報告して依頼主に捕虜の横流しをして金を儲けるのさ…。分かったかな?現魔王のお嬢さん…。」

 男はニヤニヤしながら口枷をくるくると指で回しつつ答えた。

 エストは男のおしゃべりが過ぎる様な気もしたが、もう全てを話してやっても構わないという事なのかもしれない。

「隊商の人達は?」

「…やとった盗賊への分け前になったな。こことは別の場所にある盗賊のアジトに連れていかれて、もう着いている頃合いだろう…。男は強制労働所行きで女は犯されてから娼館に売られる。隊商が持っていた荷物は、山分けだろうな。」

 男は楽しそうにエストの質問に答えた。

 ここまでの男の話からするとねらいは、最初からエスト自身にあったという事になる。

「…ここは何処どこなの?砦って…。」

が帝国へようこそ…北の魔王殿。」

 最悪の状況だった。

 エストは心の中で舌打ちをする。

 男はエストの胸を服の上から片手で掴んだ。

 彼女は乳房ちぶさを握られた痛みで顔をしかめる。

 身をよじってのがれようとしても拘束された身体では、大きな動作を取り様もなかった。

「触るな!」

 エストは男を睨むが、彼は意に介さない。

「魔族の女を好き勝手にできる機会なんて滅多にないからなあ…。しかも王族だって?…なるほど田舎いなか臭い格好の装備をしていた割に綺麗な肌をした、いい身体をしていやがる…。」

 男はエストの事をけなしているのかめているのか分からない事を言った。

 いずれにせよエストにとっては、嫌悪感しか得られない台詞である。

 男は今度はエストのシャツを少しまくって彼女の露わになった腰の辺りをで回す。

「依頼主から味見くらいは、許されているんでね…。今日一日だけは、あんたの身体を俺の好きにさせて貰うさ。明日の午前中には依頼主の奴に引き渡される予定だ。後は、そいつにタップリと可愛がって貰うといい…。」

「…依頼主って誰なの?」

「あんたと同じ北の魔族…しかも魔貴族さ。亡命してきた没落ぼつらく貴族だが資産だけはタンマリとあるらしい。あんたが何故、西の魔神なんかと組んでいるのかは知らないが…隊商の護衛にあんたがいると知った依頼主は、睡眠薬の手配やら魔法封じの神器やらを提供して捕縛を俺に依頼して来たのさ。なんせ仮にも魔王だから普通の睡眠薬や魔法封じの道具じゃ通用しないって言われてな…。」

「仮にもは余計よ。」

 エストは、そう言いながらも神器の話を聞いて自分の持つ白い羽根の事を思い出した。

 エストは目をらした振りをして部屋の中を確認する。

 彼女の鎧と荷物は部屋の反対側の片隅かたすみに纏めてあった。

 羽根は荷物の中だろうが腕輪を付けたままでは、魔力を込めて跳ぶ事はかなわない。

 腕輪を外す為には、先に手枷を外して手を自由にする必要がある。

 機会は来るのだろうか?

 男を上手く誘導ゆうどうできれば脱出可能か?

 そんな事を考えていたエストに男は、腰から後ろに手を回して彼女の尻を掴んだ。

 いきなり、そんな破廉恥はれんちな事をされてしまった彼女は、考える事が出来なくなってしまう。

 男は驚く彼女に構わずに、そのまま尻を揉みしだき始めた。

「いやっ!」

 エストは身体を揺すって逃れようとするが、男の手は離れない。

 彼女は相手を睨むと顔に向かってつばきかけた。

 男の手がエストの尻から離れた代わりに彼女の頬に向かって平手打ひらてうちが飛ぶ。

 分厚ぶあつてのひらによる平手打ちのせいで彼女は、口の中をしたたかに切ってしまった。

 口のはしから血がしたたり、その口内の痛みに瞳が潤む。

 こんな小さな傷ですら今の彼女は、回復魔法を唱えてなおせない。

「魔族でも人型の血は、赤いもんなんだな…。」

 エストの顎を掴んで顔を上げさせて唇を見ながら、男は言った。

 もう片方の手でナイフを持ち切っ先を彼女の目の前に立てる。

しつけの悪い奴には、お仕置きだ。」

 男の構えたナイフの刃先が、ゆっくりとエストの眼球に近付いてくる。

 目玉を潰されてしまっては、回復魔法でも治せない。

 しかし、エストは恐怖で固まって身動きが取れないでいた。

 切っ先が眼球の直前の位置に来た。

 そのまま刺されてしまう…とエストが思った瞬間にナイフは、ゆっくりと下に降りてシャツのえりを通って胸の下着の中に入り込み、そのまま二つとも切り裂いてしまう。

 エストは悲鳴を上げた。

 男はシャツの切れた両端りょうはしを掴んで勢いよく彼女の前をはだけさせる。

 その、あられもない姿と大きく美しい形の乳房を見た彼は、口から感嘆かんたんの溜息を漏らした。

 羞恥しゅうちと恐怖からエストは、うつむいて震えるしかなかった。

 男はナイフを仕舞しまうと屈んで腰の下着に顔を近づけて匂いをいだ。

 エストは信じられない者を見るかの様な瞳のまま男の行為を黙って受け入れるしかなかった。

 顔を離した男は両手をエストの股間に近付けようとする。

「いやっ!…もう、やめて…。」

 エストは俯いたまま目を瞑って涙を滲ませ、その台詞だけを絞り出すかの様に言った。

 男の両手が、あと少しでエストの秘部ひぶ布越ぬのごしに触れる…その瞬間だった。

 男の指は何者かによって全て斬り落とされる。

 男は指の無くなった自分の両手を目の前に寄せて大きな声で痛みに泣きながらわめいた。

 そして、いつの間にか男の横にいた別の男を視界に入れた途端に首に大きな衝撃を感じ昏倒こんとうする。

 新しく来た男は暗がりから完全に姿を現わすと、顔の下半分を覆っていた布を指で引き下げ素顔をエストに見せる。

「大丈夫か?それにしても何だって、こんな所に?」

 ミイトだった。

 エストは耐えきれずに涙を流し始める。

 ミイトは男の身体を調べて鍵の様な物を見つけると彼女の手枷と足枷を外した。

 彼女は半裸はんらである事も腕輪を付けたままである事も忘れて、ミイトに飛び付き子供の様に泣きじゃくった。

 ミイトは裸のままのエストの胸の感触に戸惑とまどい泣き崩れるエストに驚きつつも、髪を優しく撫でながら、彼女が落ち着くのを待った。

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