ネバー 結末と決着

「似てるけど、違いすぎる」

「なんだ。よくわかってるじゃないか」

 つまらなさそうに吐き捨てるリムへ、絵里が首を傾げると、その顔はたちまち苛立たしげなものになる。

「さっき貴様が理由を問うただろうが。似てるけど違う。そんなもの、気色悪くて、憎たらしくて、殺したくてしょうがない」

「そんなことでっ?」

「十分だ。貴様もそう思うだろう? 青葉べる」

 振り返ると、べるは冷静な分析官の目でリムを見ていた。

「そもそも、私たちは何故これほど似ているのでしょう」

「平行世界とはそういうものだろう」

「アンドロイドとホムンクルスはまったく別の技術です。しかし私たちは同じように魔術を扱うものとして生み出され、容姿まで極めて似ている。異なっていたはずの帰結になにかが介入したような、あるいは初めからこうなるように仕組まれていたような……」

 べるがそこまで言うと、絵里の脳裏で直感が閃いた。すぐに首を巡らせ、見つけた対象へと偃月刀を突き出す。

 忽然と消失、出現を成し、刃をかわしたのは、銀河へ通じるような羽の紋様を持つチョウだ。

「君は私に対すると暴力主義者になるのかね」

「まっとうな反応だよ。それより、べるちゃんが言ったこと、どうなの?」

 ニャルラトホテプが答えるより先に、リムが警戒を露わにした態度で割り込む。

「なんだそいつは。いつからいた?」

 緊張する三人の間を、嘲るようにひらひらと舞い飛び、神の使者はいかにも愉快そうに語り出す。

「隠蔽の術を使っていたのだ。君たちが鈍いので、もしや出番がないのでは気をもまされたよ。では、改めて名乗ろう。私はニャルラトホテプ、闇をさまようもの、黒き使者、アトゥ、這い寄る混沌……様々な名で呼ばれるが、君たちはドクター・イトウとして知っているはずだ」

 ドクター・イトウの名前を聞いた瞬間、べるとリムの表情が劇的に変わる。

「まさか、そんな……」

「はっ。そんな与太話を信じろと?」

「ホムンクルスの君に特徴的な塩基配列について論じようか。それとも、アンドロイドにクオリアを発生させるプログラムについて知りたいかね」

 リムは黙りこみ、べるは呆然としている。絵里だけが話についていけていない。

「待って待って、ドクター・イトウって誰?」

「プロジェクトバベルを進めたのは、HPLの技術者たちですが、そのコアとなる技術とアイデアを提出したのがドクター・イトウです」

 石でも吐くような硬い声で解説したべるが、ぽつりと付け加える。

「ニャルラトホテプがいなければ、私は生まれなかった……」

「プロジェクトウリムも同様だ。こんなところで、生みの親と会うとはな」

「どちらの世界の地球も、魔へと届くには今一歩技術が足りていなかった。だから、少しばかり介入したのだ」 

 最新技術の塊と聞かされていたとしても、おかしいと思うべきだった。茂木が言っていたように、レーザー兵器を積んだ人間と見分けがつかないアンドロイドなんて、最新にしても度が過ぎていた。もっと早く気づいていれば、こんな形でべるを傷つけることはなかった。

「なんでっ? 魔術を使えるようになるのがそんなに大事だった?」

「実験だな。どうすれば魔に届くのか、あがく人間の物語が見たかった。違う方法論を与え、その差異を観劇した。こちらの人間の結末は傑作だったな、御堂リム」

「ああ。逃げ惑う人間たちは、最高の見世物だった」

 笑いをこらえきれない調子のニャルラトホテプに、リムは乾いた笑みで同調する。

「……どういうこと?」

「クーハー・サイを召喚し、人間を滅ぼしたのは、彼女たちプロジェクトウリムの産物だ」

「なんでっ……!」

「貴様のなんでは聞き飽きた。答えは同じだ。似ているものは、似ているからこそ憎み合う。まして私たちは魔術を使える、いわば上位存在だ。技術者らは、プロジェクトウリムで作った娘を恐れ、忌み、厳しく管理した。……面倒だから省くが、端的に言って戦争だった。そして私たちが勝った」

 リムが省いた部分に、血と憎悪が吹き荒れたのは容易に想像できる。べるはバーチャルアイドルとしてたくさんの人に愛されているのに、リムは人間と殺し合いをしていた。悲劇なんて言葉では生ぬるいほどの落差。

「もうやめようよ。生まれてからずっと管理されて、戦い続けてきたんだよね。そんなの、悲しすぎるよ」

「おやおや、試練はどうするのかね」

「引っかからないよ。あなたは、相手を止めろって言っただけで、殺せとも倒せとも言ってない」

「図太くなってしまったものだ。続けたまえ」

 無念そうな口調に皮肉を忍ばせてニャルラトホテプは笑う。

「こんな奴の都合で生み出されて、戦わされて、ムカつくでしょ。こんなバカみたいなレールに乗ってやる必要なんかないんだよ。やめよう、リムちゃん」

「貴様は勘違いしているようだな」

 凍える宣告が、絵里の願いを断つ。

「現状に不満はない。ドクター・イトウの件は驚いたが、それだけだ。運命は受け入れる主義でな。たまたま流れ弾が仲間の心臓を打ち抜くこともあるし、実験体として生み出されることもある。選べないことを飲み込んだからこそ、己の決断に責任と誇りを持っている。ドクター・イトウ、まさか私の精神にまで介入はしていないのだろう?」

「もちろんだとも。役者は君たちだ。そこを取り違えては、舞台が破綻する」

「そういうわけだ。私は自分の意思でここに立っている。貴様らを抹殺する決意にも変わりはない」

「でもっ、リムちゃんとは戦いたくない。落ち着いて時間かけてさ、話しあえばきっと戦わなくていい道が見つかるはずだよ」

「愛や友情を説くつもりか? くだらないな」

 リムは、軽蔑にほほを歪めて、ナイフを構えた。だが、絵里の一言で動きが止まる。

「私ね、両親を交通事故で死なせた加害者と話し合ったんだ」

 胸の底で、燃える泥が渦を巻いているような感情は、ニャルラトホテプの試練が始まってから何度も意識させられてきた。

「その人は、分かり合う前に死んじゃった。おとといには、初めて人と殺し合いしたよ。その人はとんでもない悪人だと思って、頭に血が上っちゃって……もっと上手なやり方があったんじゃないかなって……だから、今回こそは、リムちゃんとだけは戦いたくない」

 リムの態度から軽蔑の色は消える。だが代わりに現れたのは、氷壁のような拒絶だった。

「貴様の意気は伝わった。だが、言葉を尽くしても変わらないものがある。諦めろ」

 リムは滑るような踏み込みで接近、ナイフを振り下ろす。危うく偃月刀で受け止めた絵里は、絶渾身の力で押し返す。

「それでもっ……!」

「受け入れろ。私と貴様らは殺しあう運命だ」

 殺意の充満したナイフの高速連続刺突。鋭い連撃を弾き切った絵里は、腰を落として左腕を掲げた。飛んでくる本命の攻撃は掌底打だ。読み勝った絵里は掌底打を払い除けて叫ぶ。

「運命なんか知らない! 諦めることと受け入れることは違うって思うから!」

「私が運命だ。意思は覆らない。貴様の望みはかなわない」

 膝蹴りを牽制にして、リムが下がる。

「くっ……」

 追撃しなければ危険だと、これまでの戦闘経験から学んでいる。だけど、迷う心が動こうとする体を引き止める。

「絵里。ここは私に任せてください」

 べるに深く憂う声でそう言われた時、覚悟が決まった。真実を知り傷ついているはずなのに、それでも尽くそうとしてくれるパートナーこそ、守らなければいけないものだ。

「逆だよ。ここは私ひとりでやる」

「あなたはとても苦しんでいます。その苦しみを取り除かせてください」

 べるは、パートナーの隣に並び真摯な瞳で訴えかける。だが絵里は、笑顔で首を横に振った。

「ありがと。でも、べるちゃんとリムちゃんは姉妹みたいなものでしょ。戦うなんて、絶対ダメ」

「しかし……」

「いつもべるちゃんのこと守るって言って、結局迷惑かけてばっかりだったけど、今回はカッコつけさせてよ。べるちゃんの体と、心も守りたいって思うから」

「絵里……愛しています」

「うぇええ!? それ返事になってないよ!」

 顔を赤くしてうろたえる絵里に、べるは柔らかく微笑む。

「私のすべてを、あなたに預けます」

「……うん。任せて」

 体が熱くなる。心臓の脈打つ音が、全身を満たして、にじみ出た鼓動が自分と世界の境界を溶かしていくような充足を感じる。

 やりとりをつまらなさそうに眺めていたリムは溜息をつく。

「愛や友情は存在する。それは踏みにじられてきたし、逆に踏みにじってきたものでもある。戦場では技術や体力よりも、想いの強さが重要だ。私の憎悪で、貴様らの愛を蹂躙してやる」

「縛るぐらいはさせてもらうけど、落ち着いたらまた話そう」

「貴様の御託は、自分が勝てるという妄想の上に成り立っている。目を覚ませ。思い知れ。死ね」

 リムは大きく飛び下がる。逃げたのではなく、魔術の詠唱の時間を稼ぐために距離を開けたのだ。リムの唇から、精緻な韻律を刻む歌が流れ出した。

「べるちゃんは離れてて!」

 言い置いて、絵里は疾風の速度で突進。銀の軌跡を描いた偃月刀はナイフに阻まれるが、絡めるように押し込んで、リムの動きを拘束する。動きが止まった二人のそばを、べるが走り抜いていった。

「信じています」

「応えてみせる!」

 偃月刀を旋転させ、右下から左上への斬り上げ、急停止急加速の垂直斬り下ろし、さらに鋭角に跳ね上がる刺突、三連撃を、リムはあっさり捌き足首を打ち抜く強烈な蹴りを返してきた。

 転倒させられ、打った肩の痛みをこらえてすぐに横転。頭のそばで、ナイフがコンクリートを穿つくぐもった音が聞こえた。回避が少しでも遅れていたら頭を割られていた。

 冷や汗を振り払うように飛び起きる。もっと速く強く柔らかく動かなければ勝てない。というか死ぬ。

 腹部と頭部への二連脚をくぐり抜けながら、リムの軸足を斬りつける。ホムンクルスは驚異的な反射とバランス感覚で、下段斬りを飛んで回避。空中で身をよじって、上げていた脚を鉄槌の重さで落とす。砕いたのはコンクリートの床だけだ。

 絵里は、リムの上空にいた。壁を蹴り上がり、後方宙返りで奇襲位置を占めた絵里は、バルザイの偃月刀に体重をかけて斬り下ろした。

 大気の悲鳴が聞こえそうなほど凄絶な斬撃を、リムはナイフの峰に手を当て盾のようにして受け止める。重い斬撃に、ホムンクルスの強靭な身体も膝から崩れた。着地した絵里の、高速連続刺突はついに防ぎきれず、あちこちから血を噴きながらリムは吹っ飛んでいく。

 攻め立てているのに、絵里は焦っていた。魔術の詠唱が止まらない。あれだけ激しい格闘戦をしながら歌い続けているリムの身体能力と肺活量は、確かに人間の限界を超えている。

 もう魔術は止められない。絵里は全速力で接近。横薙ぎの構えをフェイントに、なにもしないままリムのそばを駆け抜ける。このタイミングですれ違えばギリギリで魔術から逃げられるはず。と読ませる。

 絵里は反転し、リムが放擲したナイフを打ち落とした。歌いながらも、リムの秀麗な眉が苛立たしげにしかめられる。

 魔術は完成すれば、保留はできず自動的に発動する。逃げる相手を追ってから、とはいかないのだ。ホムンクルスの精鋭兵は、魔術の弱点をよく知り、必ず対応策を打ってくると読んだ。あのまま走っていたら、膝裏に刺さって動けなくなっていたはずだ。

 多重の読み合いに競り勝った絵里は、魔術阻止の一念を込めて低姿勢で踏み込む。旋風巻く偃月刀が一閃。

 だがそれすらも、リムが上体を大きく仰け反らせて回避して見せた。瞬間、魔術が発動。

 肉厚、極大の氷の刄が、身を屈めた絵里の頭上を抜け、施設の大半を貫いていた。透明度の高い氷の中には、人間の頭蓋骨やなにかの動物の骨、元がどんな生物だったのか想像もつかない曲がりくねった骨格などが散在し、死の展覧会めいたおぞましさを見せつけていた。

「永呪極点で未来永劫死に続けろっ!」

「ちょぉ……!」

 憎悪を吐き出し、姿勢を立て直さないまま力任せにリムが腕を振ると、それに合わせて氷の刄も動く。散在していた氷の中の骨たちは、目を覚ましたかのように刃の縁に移動し、自分の骨を激しくぶつけている。飢えた獣が、檻の外の獲物を探しているような様子に、絵里の背筋が冷える。

 転がって逃げる絵里を、氷の刄が追っていく。床も壁も天井も、一切を破壊しつつ爆進。翻る刄は、天より落ちる断頭の一撃となった。

 横へと跳ね起きた絵里から髪一本だけ開けた空間を極大の刄が両断した。大質量の通過が生み出す衝撃波に、絵里は壁へと叩きつけられる。

 魔術の効力が切れ氷の刃は消滅したが、施設の被害は甚大だった。崩れ落ちてくる瓦礫を、絵里はかろうじてかわすが、そこへリムが突進。殺意一色に染まるホムンクルスの瞳には、自分の上へ落ちてくる瓦礫は映っていなかった。

 偃月刀が冴え冴えと銀の半月を描き、ナイフが氷柱めいた鋭さで突き出される。

 偃月刀は瓦礫を二つに分かち、ナイフは絵里の腹に深く埋まっていた。

「いったたた……」

 血を吐きながら、絵里は笑っていた。呆然とした顔でリムはナイフを引き抜く。

「なにを笑っているんだ?」

「だって、リムちゃんが無事だったから」

「戦闘中だぞ。敵同士なんだぞ」

「私はそんな風に思ってないよ」

「貴様を抹殺したくてしょうがない」

「そういうのやめてもらうために、死なれたら困るんだって」

「……死ね」

 リムが血にまみれたナイフを振り上げた時、施設がけいれんめいた揺れを起こし、二人の頭上が崩落した。

「くそっ!」

 リムは崩れた壁を蹴り壊し、施設から脱出。白煙と轟音に追い立てられ走るリムの肩には、絵里が抱えられていた。

 施設から十分離れたリムは、絵里の首根っこを掴み上げた。憤怒の形相のホムンクルスは、掴んだ敵を地に叩きつける姿勢のまま奥歯を噛み鳴らし、やがて絵里をゆっくりと横たえた。

「ありがと。助けてもらちゃったね」

「貸し借りを残したくないだけだ」

「そっか」

 偃月刀を支えに起き上がる絵里を、リムは見つめている。その表情から怒りの炎は弱まり、代わりになにかとんでもない怪物を発見してしまったような怖れにこわばっていく。

 絵里は再びバルザイの偃月刀を構えた。重心を低く落として、腕を振り切った時に切っ先に威力が集中するように全身の力の流れを意識する。刺された腹は熱くて痛いけれど、意識から締め出す。そんなことに気を取られていては勝てない相手だし、バルザイの偃月刀の能力でもう回復が始まっている。まだまだ戦える。

 戦闘態勢を整えた絵里を見て、リムは打ちのめされた顔でうなだれた。

「もういい。私の負けだ」

「ええっと……いいの?」

「永呪極点をかわされ、重症を負ってもまったく気力が衰えない相手に、勝ち筋が見えない」

「おおっ? おおおおお! やったー!」

 くるくる回って喜びを表現する絵里へ、切羽詰まった声が飛び込む。

「絵里っ。傷を負っていますね」

 駆け寄ってきたべるに、笑いかけながらシャツをめくって見せた。

「大丈夫だよ。もうほとんど治っちゃったし。でも心配してくれてありがと」

 喜色満面の絵里と立ち尽くすリムを見比べて、べるは首をひねる。

「状況を説明してもらえますか」

「あのね! リムちゃんが、私の勝ちでいいんだって!」

 絵里の喜びとは対照的に、べるの顔は懸念に曇る。べるは身を寄せて、絵里にだけ聞こえるようにささやく。

「それは、こちらの世界への干渉を停止すると解釈していいのですか? ニャルラトホテプの試練のクリアになるのでしょうか」

「……それは」

 決定的に重要なことだ。確認しないといけない。絵里は深く息を吸い、緩んだ意気を再び体に張り巡らせる。

 べるに下がっているように目で合図すると、察したパートナーは小さくうなずき、駆けていった。

「リムちゃん、私が勝ったんだから、もうこっちの世界には攻めてこないんだよね」

「そんなわけあるか。今ここで貴様を倒せないだけで、私の戦争は終わっていない」

 リムに冷淡に告げられ、絵里は焦る。

「で、でも勝った人の言うこと、ちょっとぐらい聞いてくれてもいいんじゃないかな」

「なら、私に自害を命じろ」

「……なに、それ」

「貴様には、命二つ分の貸しがあった。私の上に落ちてきた瓦礫を斬った分で一つ、もう一つは、その瓦礫を斬った時そのまま私を斬り倒せたのに刃を引いた分だ。二つの内、崩落から貴様を救った分で一つは返した。つまり、命一つ分はまだ貸しがある。私の意思は変わらないが、命なら差し出そう」

「ふざけないで! そんなこと聞くために助けたんじゃない!」

 怒鳴りつけられ、リムは戸惑いに少しのけぞる。

「な、なにを言っている? 私は貴様の提案を飲んでやると……」

「死んでほしくないから助けたって言ったでしょバカ!」

「バ、バカだと」

 目を白黒させるリムに、絵里は畳み掛ける。

「とにかくっ、殺すつもりはないし、こっちの世界には攻め込ませない! 借りがあるって思うんなら言うこと聞いてよ!」

「平行線だな」

 ゆるゆるとナイフを構えるリムの目は倦み、濁っていた。今の状態なら、負ける気はしない。気絶させて縛るのも難しくはないはずだ。それでも、ちょっとした手元の狂いでもあれば、人間の命なんてあっさり消える。一度は勝ちを認めさせたのだから、そこを利用してなんとか話をまとめたい。

「じゃあさ、一回死んだと思って、全部忘れようよ。ね?」

「忘れようと思って、忘れられるものではない。この染み付いた業は、どうしたって私から剥がれることはない」

 淡々とした言い方は、逆に、リムのこれまでの人生の壮絶さを浮き上がらせるようだった。

「……ごめん」

 自分ももまた、人を殺し人間の存亡を背負い、全部捨てようとして結局そうはならなかった.。こういうのを業と呼ぶのだろう。確かに、染み付いている。軽率な発言を悔いた。

「でも、もうリムちゃんと戦いたくないのも、こっちの世界に攻撃してほしくないのも本気なんだ」

「そんな都合のいい未来はない」

「リムちゃんの意思がとっても固いのも、この身でわかったよ。だから、私の命賭けて言うね」

「ほう?」

「絵里っ?」

 リムとべるに見つめられ、絵里は口を開く。

「こっちの世界には攻めてきていい。ただし、最初に戦うのは私にして。何回でも戦いは受けるし、私を倒せたら好きにすればいい」

「なにを言うかと思えば、くだらん。私は思うままに、無差別に殺し続ける」

「そんなことしたって、私が見つけて止める。それなら、最初に一番やっかいな私を倒しておくほうがお得じゃない?」

「雑な交渉だ。無差別に殺戮し、貴様が動揺したところを今度こそ殺す」

「負けるつもりはないよ。はっきり言って、私がいる限り、リムちゃんの企みは絶対に失敗する。それでもまだ無意味に殺すの?」

「無意味かどうか、試してやろうじゃないか」

 濁っていたリムの目の色が変わる。殺意よりも凶暴なもの、殺戮の意思が吹雪となって瞳の奥で荒れていた。

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