第28話:チャーリーとの別れ

 文化祭当日は、快青に恵まれていた。

 1組と2組の合同の催し物『妖怪屋敷(to心臓に持病にある方は入室不可)』は、前日の設営が間に合わず徹夜せざるを得ない状況になった以外は全員が満足行く出来になっていた。

 ジュンが作成したシステムを基盤として全員が一致団結していくつも機材を作成した。そのどれもが完成度が高く作った本人たちすら楽しめる内容となっていた。予算面でもジュンが自宅からいくつもジャンクパーツを持ってきたお陰で装飾に費用をかけることが出来て、他のクラスと比較してもかなり完成度が高い。


「さあ、今日の呼び込みまくって10万円稼ぐわよ!」


 イオリは声を張って、檄を飛ばした。

 クラス委員長ふたりとシズカが指揮していた中に、いつの間にかイオリも紛れ込み、盛り上げるようになっていたのである。ちゃっかりしているわけではなかったが、ジュンやユキヤに触発されて、声をかけて助けまわっているうちに、いつの間にか4人目の指揮官にのし上ってしまっていたのだ。

 イオリの周りに集まったクラスメイトは、彼女の言葉に歓声を上げて答えた。


「3人一組で、校門、校舎前、玄関それから各階の階段、体育館の前で宣伝活動。1時間交代で、ガシガシ人を集めましょう。ジュン、機材のメンテは問題なし?」


 イオリは、ジュンに尋ねた。

 ジュンは親指を立てて答える。


「OK、じゃあ運営メンバーと最初の自由時間のメンバーを除いて行きましょう。みんな元気よくね!」


 若干ハイになりながら、イオリは手を叩いて宣伝メンバーを送り出した。彼女は場所を限定せずにジュンに回っていって、来客者の動きを把握してどこの宣伝を厚くすればいいかを調整する役目を追っていた。

 イオリが宣伝メンバーの後を追って行こうとした時、ナオキが声を掛けてきた。


「張り切ってるね。疲れたらいつでも交代するからちゃんと言うんだよ」

「もちろん、そっちも運営頑張ってね」


 イオリはナオキに元気良く応えると、開会前に来客者が殺到する校門に向かった。



◆◆◆



「結構、他校の生徒も入ってきてるわね」


 12時を回って客入りが途切れ始めた頃、イオリは校門に戻ってきた。最初の声を張り上げて宣伝していた校門は今は閑散としていて、帰っていく人数のほうが多いように見えた。

 イオリが近づいてくるのに気づいた女子生徒が急に飛びついてきた。


「な、なに?」

「イオリ、聞いてよ。さっきヤバイ感じの人が入ってきたんだよ」

「え? どんな人? てか先生は止めなかったの?」

「先生がいないタイミングで、なんか見た目は普通の学生なんだけどガラが悪くって、2年の人がちょっと注意したら鼻殴られて保健室に運ばれたの」

「なにそれ傷害事件じゃん、警察には?」

「連絡したんじゃないかな。先生が戻ってきて2年を保健室に連れて行ったから、たぶん」


 確証がない情報だ。ぐるっとひと回りしてきたイオリは、学校内で不穏な空気を感じなかった。まだ連絡が行き渡ってないか、それともそういうことを公表しないためにもみ消すのか……。


「で、そいつらは、中入っちゃったの?」

「止められないよ。怖いんだもん」


 女子生徒は、泣きそうになりながらイオリにすがりついてきた。確かに無理に止めようとすれば、トラブルになるが、そう言う人間が中にはいった方が怖いのではないだろうか。イオリは、その女子生徒にお化け屋敷を運営してるメンバーに連絡するように言って、自分はその問題のあった学生を探すことにした。


「グレーのブレザーを着た4人組だよ」

「……グレーのブレザーって」


 イオリは嫌な予感を振り払うように走り出した。


(いや、まさか)


 ユキヤに決闘を申し込んできた少年が来ていた服装が古金衣高校の――グレーの制服を着た4人組だったのである。澁谷警察署の田中に、決闘のことまで話していたのだが、逮捕まで至らなかったということだろうか。それともただの別人か。どちらにしても、その4人組を見つける必要があった。

 イオリは、玄関に入ると宣伝をしていたメンバーを捕まえた。


「グレーのブレザーを着た4人組見なかった?」

「いた! 柄悪い奴でしょ。上行ったよ。あれなんなの? お化け屋敷に入れたら絶対悪さしそうなタイプだよ!」


 それだけ聞くと、イオリはろくに返事もせずに来客用のスリッパをつっかけて階段を駆け上がった。

 イオリが3階に上る階段の踊り場に来ると、そこに座り込んで何か話し込んでいる4人を見つけた。そしてそのうちのひとりの顔を見て声を上げた。


「あの時の!」


 4人は怪訝そうな顔でイオリに視線を向けた。


「なんだ、おめーは?」

「アンタたち、この間、基布公園で黒いジャージの男子に怪我させた上に監禁したでしょう!」


 イオリの言葉に目の色を変えた4人は、すっとイオリににじり寄りその手首を掴み上げた。


「痛っ!」

「騒ぐな!! テメーあの時の女だな!」

「離してよ!」


 イオリは羽交い締めにれ口をふさがれると、足を持ち上げられて抱えられてしまった。あまりの手際の良さに、鳥肌が立つ程ゾッとしてしまう。イオリは助けを呼ぼうと叫ぼうとしたが、くぐもった呻きになるだけだった。

 4人はイオリを抱えたまま、さっと階段を駆け上り、屋上にでた。

 誰かに助けを呼びたくても、不幸にもすれ違う人はない。

 抱え上げられたイオリは身体を捩って拘束をとこうとしたが、4人の連携は完璧で、振りほどくことさえできなかった。

 屋上に来た4人は、ひと目が行きにくい出入り口の裏手に回り、イオリを拘束したまま地面におろした。


「お礼参りに来たつもりが、ラッキーだったぜ」


 イオリは身動きがとれない状況で絶望を感じた。

 しかしその時、聞き慣れた声が聞こえてきた。


「ワタシは恋の~配達人~♪」


 その声にイオリは目を見開き、4人は怯えた表情を浮かべた。

 そして次の瞬間、4人は何かに持ち上げられ屋上から落ちてしまった。


「えっ!?」


 逆の意味で鳥肌が立ったイオリは、屋上のフェンスに寄りかかって落ちていった先を見下ろした。

 4人は校門の前に止まっていた警察車両のボンネットに激突したのち、そのまま地面に突っ伏してしまっていた。


「大丈夫、死んでないよ~♪」


 イオリが振り返ると、黒い天狗のお面を被り、黒ずくめのコートに身を包んだ男の姿があった。


「チャーリー!」

「ただしお灸は据えないといけないからねぇ。残念だが腰の骨を折るくらいの罰は受けて貰った♪」

「屋上から落ちて、腰の骨折で済むの……?」

「もちろん途中で減速させて、加減はしたよ。ただアレは良くないな」

「そ、そうだね」


 イオリは、地面に突っ伏して警察に取り囲まれてる4人を見下ろし、いい気味と思って吹き出してしまった。

 チャーリーは、イオリのとなりに来て、その腰をぐっと抱えると、イオリが驚くよりも先にジャンプして空に舞っていた。


「うわっっ、うわ……」


 イオリは数百メートルしたに学校を見下ろし、声を漏らした。

 そしてそのまま、校舎裏のクスノキが生えたところに落下していく。絶叫マシーン以上の恐怖に、イオリは少しちびりそうになった――否、正確には少しちびってしまったわけだが――地面が間近に迫ると急に落下速度が落ち、ワタのようにふわりと地面に着地できた。


「あのまま屋上にいると、警察と鉢合わせするからね」

「飛ぶなら飛ぶって行ってよ、ちびりそうになったじゃない……」


 チャーリーは申し訳なさそうに肩をすくめた。


「さて、今日はお別れを言いに来た」


 イオリは、突然切り出されたチャーリーの言葉を理解するまでに、少し時間がかかってしまった。


「どうして?」

「次の生徒のところにいかねば」

「アタシの講義は、中途半端じゃないの?」

「結果的には、キミは自分の力で答えを見つけ出したんじゃないのかな? いや、シズカくんや、ジュンくん、ユキヤくん、それにナオキくんがいたからこそ、答えにたどり着けたように見えたが、どうだろう?」


 イオリは、仕方なく頷いた。

 法則を聞いて、当事者から傍観者になったことで、魅力的な人間になるということの意味がようやくわかったような気がした。


「でも、まだ全部の法則を聞いてないし、アタシの恋の成功は? 成功するまで見届けてくれないの?」

「キミは成功するよ。法則の意味をちゃんと理解できたんだ。あとは実践をしながら、法則から外れてないかを繰り返し繰り返しチェックすることで、精度が高まっていく。恋の成功は、一長一短には結果が出ないものだ。ただ一貫性を持って繰り返すことでしか、成功は得られない。甘い恋を期待していては、いつまでたっても成功しないだろう。恋は単純だ。人を好きになることほどシンプルな感情はない。だけどその麻薬のような幻覚に惑わされてはいけないのだよ。幻覚は所詮幻覚だ。冷静に学んだことを実践していき、恋の定理を自分の体に染み込ませていって欲しい」


 チャーリーは黒いお面を外した。

 そこには優しい目があった。


「ワタシはいつもキミを見守っているよ。困った時があれば駆けつけよう」

「今、困ってるよ、チャーリーがいなくなるって言い出したから」

「そしたらすぐに戻ってこよう」

「……本当に行っちゃうの」

「ああ、キミの恋の成功を祈っている」


 そう言ってチャーリーは素顔を天狗の面で隠した。そして、膝を曲げて跳躍すると青い空に消えていってしまった。

 後腐れなく、悲しむヒマさえない。

 イオリは、空を見上げたまま小さく何か呟いた。

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