第27話:傍観者

 ろくろ首班の仕事が一段落つくと、ユキヤはジュンと同じように他の班の手伝いに回った。特別器用というわけではないが、困っている班を見つけて声をかけて積極的に協力していく。見た目が不良っぽいというところには誰も気にしなくなり気軽に話しかけて人間関係が作り上げられていった。

 もともとユキヤに兄貴分の気質があるのかもしれない。頼られるとすぐに一肌脱いで、手助けをして回った。

 その様子をイオリは遠巻きに見ながら、置いてけぼりを食らったような錯覚を覚えた。

 ジュンもユキヤも、文化祭が始まるまでは周囲に溶け込めずに何となく浮いた存在だったが、たったひとつのイベントごとでその印象がガラッと変わってしまったのだ。この先も受け入れられたままになるかは分からないが、いま現時点で言えることは、ふたりとも学校生活を楽しんでいるように見られた。


「ひとりで何見てんの?」


 イオリがひとりで教室の端で座っていると、北原シズカがやって来た。


「着付け終わったんだ?」


 シズカは、教室の角に置かれた浴衣を着たろくろ首の人形を見ながら言った。


「ユキヤとジュンがいたからすぐに完成しちゃった」

「ハハハ、あのふたり意外とちゃんとしてたんだね。ものづくりが好きなタイプだったのかな? たぶんこのろくろ首だけじゃ満足できなくて他の班の手伝いに行ってるのかも」

「そうかもね、アタシも他の班のヘルプに回ったほうが良いよね?」

「うーん、イオリが手伝ってくれるなら助かると思うよ」


 シズカは教室をぐるっと見回しながら行った。

 指示するのではなく、自発的に動くのを待っているようなシズカの言い方に、イオリは大人っぽさを感じた。


「シズカ変わったね」

「そう? どこが?」

「リーダーシップ取ってるところとか、かな」

「ナオキの影響が大きかったのかもしれないよ。正直なところ、下心あって文化祭の実行委員をやろうと思ったんだけど――ナオキと一緒にね――彼が真面目で、しっかり文化祭を盛り上げようとしてたから、私も影響されてちゃんとしようって」


 イオリはシズカの横顔にナオキを重ねた。

 何となく、ふたりがお似合いのような気がしてきたのである。


「……ナオキ、もしかしたらシズカのこと好きかもよ」

「ふふ、それはね。目でわかるよ。だけど文化祭が終わるまでは恋愛禁止かな」

「知ってたんだ……」


 シズカがナオキの想いに気づいているとは思いもよらず、イオリは目をぱちぱち瞬いた。ナオキが遠巻きにシズカを温かい目で見ている時があったが、近くにいる時は平然といつもの調子でいたため、シズカが気づいているとは思ってもいなかったのである。


「男子って隠すの下手だよね~。バレバレ」

「気づくものなんだね」


 イオリの気のない返事に、シズカは目に力を入れて見返してきた。


「イオリ、いつまでも他人事みたいに見てるだけだと恋を逃しちゃうよ」

「他人事みたいに見える?」

「見える。高括ってるみたいっていうか……、真剣味がないっていうか……、ほら丸山くんを見てみなよ。一所懸命みんなに電子工作のやり方教えてるでしょ。荒木くんにしても、余計なこと考えずに頑張って作るの手伝ってるじゃん。ナオキなら、盛り上げようと奮闘してるのが見えるし。今のイオリにはそういうのが見えてないんだよ。『荒木くんを更生させる!』って息巻いてたときのほうが、らしさが出てて魅力的だったけど、なんだろうね。ちょっと言葉に表しにくいけど、元気ない感じ」


 イオリは、噛みしめるように「元気ない感じ」とシズカの言葉を繰り返した。それと同時に、チャーリーの話していた第2の法則が頭の中にフラッシュバックする。


 ――集中させる。


 人は何かに集中することで、魅力的になる。ジュンもユキヤも一所懸命に取り組むことでその魅力が現れた。そして、イオリは流されるままに何もしてこなかったために、元気がないとシズカに言われるまでになってしまった。

 恋の秘訣を学び、こうすれば上手くいくという法則を理解したあと、イオリの中で何かが変わったのである。法則を知ることで主体性が消え、自発的に行動することがなくなってしまった。法則を使えばうまくいく――その理解は、ある意味モチベーションを失う結果となってしまったのだ。

 現在のイオリは、何にも集中していな状態である。

 ジュンやユキヤはイオリの元を離れてしまった。明快な理由を持たずに、他人を更生すると息巻いていた時は自然とふたりの気持ちを引くことが出来ていたのだが、イオリが変化してしまったことで、ふたりともイオリの側にいることよりも、文化祭の仕事に熱中することを選んだ。

 ジュンは自分に電子工作を聞きに来る生徒に――男女問わずに真剣に語りかける。

 ユキヤも同じように男女問わず声をかけて助け合っていた。

 イオリは、人の行動を観察して、分析して、客観視するだけで、覇気を失っている。それでは、誰の関心も産まないのだ。

 黙り込んだイオリの背中に、シズカは手をおいた。


「なんか考え込んでるみたいだけどさ、何も考えずに楽しんでみたら?」


 シズカの言葉に、イオリはハッとした。

 自分は結局流転していたのだと。

 勉強していらない装飾を着飾っていた最初の頃の自分に戻っていた。法則を勉強したため、無駄な考えを持ってしまっていたのだ。それは第1、第2の法則に反することでもあった。

 法則を学んでないシズカのほうが、よっぽど卓越しているように思えて、イオリは泣きそうになった。しかし、涙をながすことはない。がむしゃらに一所懸命になればいいだけなのだ。


「ありがとう」


 イオリは言った。


「みんなの手伝いしてくるね!」


 笑顔が戻ったイオリに、シズカは親指を立てて答えた。


「よし、その意気だ!」

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