第26話:思わぬモテ期

 長谷川ナオキの戦略もあって、1組と2組は合同で文化祭の催し物を実施する許可が取れた。クラスメイトの合意もしっかりと取れ、初めての合同ミーティングが開催された。

 1組のクラスに2組の生徒が入り、ギュウギュウ詰めだったが、その熱気はむしろモチベーションアップの良い方向に作用しているように見えた。机を後ろに下げ、一部を廊下に出してスペースを作ると、黒板を囲むように座った。

 指揮をとるのは、1組のクラス委員長である長谷川ナオキと北原シズカの2名。2組の委員長も名を連ねているが、指揮系統は完全にナオキとシズカのふたりが掌握していた。

 シズカは、まず1組で考えたコンセプトを黒板に書き出した。


「お化け屋敷のコンセプトは、『同年代の学生をターゲットに、どんどん迫力がアップする和風ホラー』。これにあった出し物のアイデアを出して設備設計をして展示にします。設営・運営までのフローは――」


 1)アイデア精査

 2)設営の設計

   並行して、出し物の設計(班分け)

 3)出し物の制作

 4)教室・廊下への設営


「大まかにこの4つ分解できます。1組で話し合った際のブレストの結果がありますから、それを元にアイデアを再精査して、設営の設計に入ります。その際、各出し物ごとに班分けし、どのように設計するかを検討してもらいます。このとき、どれくらいの予算規模で実施するかもしっかりと出してもらいます」

「予算の集計は誰が?」

「1組と2組のクラス委員長が、各班に入りますので出された予算をその場で集計し、全体的に費用が使われて過ぎないかをチェックします。予算のチェックと、設営の設計チェックが終わったら、各班に分かれて出し物の制作に移ってもらいます。前日までに出し物が動く状態で制作を完了させてください。制作の時間は各班に一任しますので、朝礼前、休み時間、放課後などを利用して遅延なく完成させるように!」


 そこまでシズカが話すと、ナオキと2組の委員長は手分けして1組が検討してきたアイデアを黒板に書き始めた。関わる人が増えたことで、制作出来る範囲も増えている。シズカは、「これ以外にもやってみたいことがある人は、どんどん口に出して言ってください!」と、2組のメンバーが言われたことだけをしないように、アイデアを出すことを要求した。

 最初の方は1組のメンバーがサクラになっていくつかアイデアを出していくと、次第に2組のメンバーもブレストに参加し始めた。ィオリもシズカに頼まれてサクラの一人としてアイデアを発言していった。

 2組の発言者の中にはユキヤもいて、活発に意見を出していた。

 どこまでシズカが狙っていたのか想像はつかなかったが、指揮をする3人は、クラスが違うことで分裂させることもなく、メンバーを夢中にさせて上手くまとめ上げていた。



◆◆◆



「まさか、この振り分けになるとはねぇ……」


 ユキヤはそう言って首をひねった。

 アイデア精査は熱を帯びたまま終了し、設営大枠の要素が出来上がると、出し物ごとに班分けされた。

『急に飛び出すろくろ首班』に割り当てられたのは、荒木ユキヤ、丸山ジュン、そして西野イオリの3人だった。仲良しが固まらないようにクジ引きで決めたのだが、非常に低い確率を引き当ててしまったようである。

 ユキヤにキスをされてから、イオリはまともに彼と話す機会はなかった。文化祭の設営場所を決めるとき生徒会室で少し話したが、周囲に人がいたためそれほど緊張することはなかったが、今回は3人しかいないのだ。否が応でもイオリは意識してしまう。

 しかしユキヤは、イオリの気持ちに特に気づく様子もなく。彼自身もキスしたことを忘れてしまったのか、平然と話し始めた。


「で、どうする。ろくろ首ってどこから飛び出したら面白いんだろうな?」


 ユキヤは、ノートに下手くそなろくろ首の絵を描きながら言った。

 イオリは、少し同様の色を見せつつ、学校の行事と割り切って、思いつくままそれに答えた。


「驚かせたい対象の上下左右前後のどこからかってことだけど、首が長いってことを見せるなら上からしたとか?」

「少なくとも胴体とつながってるところから、伸びなきゃろくろ首には見えないよな……、ジュンはどういうのが良いと思う?」

「……ぼ、僕は通り過ぎるところをずっと見られてて、通り過ぎたところからずっと首だけ、お、追いかけてくるのが良いな。ゆっくりでも早く追いかけてもいいけど」


 ジュンは、設置場所の地図を指差しながら、ドアを開けたところに人形を置いて、それがずっと入ってきたと人をみていて、最後は首だけ追いかけてくる様子を説明した。


「それは、結構怖い気がするね……」


 イオリは想像して鳥肌がたった。

 ジュンのアイデアに、ユキヤは乗り気で、ふむふむと頷きながら話を続けた。


「でも、ドアのところにおくと、俺らが隠れられないから、首を動かすために、通路を今の半分にしないと駄目じゃないかな」

「『首を入ってきた人を見るように回転させる』のと、『追っていくための移動』が出来るようにしなきゃいけないってことね。全身黒いタイツとかで?」


 面白そうだが、ギミックを作るのが難しそうだった。人力で強引に作ることも出来なくないが、裏で操っているのがバレたら面白さも怖さも半減してしまうだろう。

 イオリと、ユキヤが考え込んで唸っていると、ジュンがケロッとした様子で話した。


「か、簡単な電子工作とプログラムで作れると思うよ」


 その言葉にユキヤとイオリは顔を見合わせたが、ふたりとも疑念はそれほど持たなかった。なにせメッセージアプリと連動するアプリを自作して、クラスメイトの情報を収集しているくらいである。ふたりが知らない特殊技能を持っていても不思議ではなかった。

 翌日、ジュンは宣言通り小型のろくろ首が自動で追尾するおもちゃを作って持ってきた。

 机の上にちょこんと乗る程度の小型のものだったが、挙動はイメージする通りの内容だった。イオリがシャーペンの先をろくろ首に近づけると顔がそれを追尾し、ある一定の距離遠ざかると、首が上からワイヤーで釣り上げられ数センチの距離まで追尾してきた。


「どんな仕組みなの? すごいね」


 イオリは感心してジュンを見た。

 彼は少しも照れることなく嬉しそうに話した。


「人形の首のセンサーで近づく物体を追跡して、人形の上についてるワイヤーを支えるパルプから近づいた物体の位置を取得して、人形から3センチ以上離れたらそれをついするようにしてるんだよ。プログラムも結構簡単だよ。何々したら、何々するの連続で組み上がってるだけだし、難しいことはしてないよ。電子工作だって子供向けの工作雑誌に書かれてる程度のものだから、誰だって作れる」

「誰だって作れねーよ……」


 ユキヤの冷静なツッコミも、ジュンには伝わっていないようで、「そ、そんな、ま、まさかぁ」と信じてない様子だった。

 しかし、このジュンの特殊技能はすぐに1組と2組のメンバーに知れ渡った。そして、彼の取り合いが始まったのである。なにせ人力で出し物を運営しなくてよく、しかも精度が高い。ジュンに参加してもらうことでより良いものが出来るならと、ろくろ首班だけでなく、他の班でもヘルプ要請がひっきりなしにあった。

 いつしか、女性とがジュンの周りに集まり始め、彼の電子工作の講義に聞き入っている様子まで見られるようになってしまった。


「丸山くんてキモイと思ってたけど、すごい頭いいよネ」

「そうそう、いつもキョドってるけど工作教えてくれる時はすっごいスマートだよ。身長も高いから、意外と育てたらイケメンになるんじゃない?」


 そう言いながらジュンに駆け寄る女子の群れを、ユキヤとイオリは遠巻きに見ていた。既にろくろ首班用のシステムとギミックの設計は完了していて、後はジュンが指示したとおりに作れば良い状態となっていたのである。

 ユキヤは理容院からもらってきたマネキンの首を絵の具で真っ白く塗る作業をしながら言った。


「まさに、今がアイツのモテ期だな」


 イオリは、家庭科室から借りてきた服飾用の上半身だけのマネキンに中学生の時に着ていた浴衣を着付けながら頷いた。ちょっと前まではクラスの中で浮いた存在――ひどい言い方をすれば嫌われていた存在が、急にその特殊技能を発見されて、女子全員ではないが、一部の女子からはかなり好印象を持たれ始めていた。

 イオリは、ユキヤを更生させようと一緒に基布公園に出向いたのが遠い昔のように思えた。


「上手くやればあの中の誰かと付き合うかもな……」

「そうかもね」


 ユキヤはぼそっと言って、マネキンの口に赤い絵の具をべっとり塗った。

 イオリはキスされて避けていたユキヤに平然と受け答えしている自分に気づきながら、女子に囲まれているジュンの方を見ていた。彼は吃ることなく、ペラペラと楽しそうに女子と会話していた。

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