第25話:長谷川ナオキ
文化祭の準備は、着々と進んでいた。イオリも1組の実行委員のメンバーとして、役割を与えられ、授業の合間や放課後が忙しくなってきていた。
まず、イオリに与えられた仕事は場所の確保だった。教室を使うこのも検討されたが、文化祭で『お化け屋敷』を運営しようと思うと少し手狭である。そのため文化祭のあいだ借りられる部屋を探す必要があった。
「調理実習室は、3年に抑えられてた。残ってるのが体育館と、家庭科室、音楽室。図書室とかは貸出不可だな。本をどかすわけにもいかないし」
長谷川ナオキは、生徒会の管理帳をペラペラとめくりながら言った。
イオリはその隣で帳面を見下ろしながら体育館、家庭科室、音楽室に、他のクラスからの予約が殺到していることに気づいた。
「3年3組以外、皆予約入れてるじゃん。これ抽選になるの?」
「生徒会でクラス委員が順番にくじを引いて順番に選択してくことになるかな。抽選に漏れたら教室になるな」
「体育館は広いから使い勝手が良いけど、天井が高すぎるせいで吊るし物とかセッティングしにくいよね? 実習室系が運営のしやすさを考えるとベストだけど……」
「抽選してみないことには、決まらないことだから、一旦希望を出すだけだしておこう。で、外れたら教室を使うしかないかな。隣の2組が体育館か音楽室になれば、2組の教室を使わせてもらうってことも考えられるかな。にっちもさっちもいかないなら、1組の教室だけでやろう」
ナオキはどんな状況にでも進められるような提案をして、余裕の笑みを浮かべた。どの状況になっても、問題ないと言った様子である。
「抽選会は?」
「今日の夕方生徒会があるからそこでやるんじゃないかな。ウチもそうだけど、他のクラスも先延ばしにされたら準備が間に合わなくなるからね。実行委員も同席していいことになってるから西野も来る?」
「そうだね。役には立たないけど、決まったときの歓声くらいは出してあげるよ」
「ハハ、ありがたい」
イオリは、冗談交じりに軽口を叩いて、ユキヤを笑わせた。
ナオキは、管理帳の音楽室の予約表の中に、1組と記載した。
◆◆◆
放課後、各学年のクラス委員が一同に生徒会室に集まった。円卓にはクラス委員長が座り、その周囲には付き添いの生徒が神妙な顔つきで会が始まるのを待ち望んでいた。
1年2組の見学者には荒木ユキヤの姿もあった。
イオリは、ユキヤの側ににじり寄り、小声で話しかける。
「なんでいるの?」
「出し物の委員にさせられたんだよ……」
「2組、何するの?」
「決まってない」
「え? 決まってないのに場所予約入れてたの?」
イオリの言葉に円卓に座っていた2組の委員長が振り返って、ぎろりと睨んできた。
ユキヤはフォローするように答える。
「場所を決めてから、その箱に会う内容にしようとしてるんだよ」
イオリはその回答にふーんと鼻を鳴らして答えた。確かにその方が失敗のリスクが少ないかも知れないが、出足が遅くなる分、一気に準備しないと間に合わないのではないかと思えた。
生徒会長が、読んでいた資料をテーブルに置くと起立する。
「ではこれより、文化祭の催し物開催場所抽選会を始める。希望する場所が得られなかった場合は、教室か代案があれば生徒会に提出して承認を得ること。まず各クラス委員長は、抽選クジを順番に引いてもらう。配り終えてからいっせいに開き、書かれている番号が若いところから場所を指定する権利がある。なお3年3組は父兄と一緒に文化祭食堂を運営するため、調理実習室は指定することは出来ないので注意してもらいたい。また選択肢には含めていないが、文化部の部室となっている教室も選択不可であるから、抽選に外れたクラスは注意してもらいたい」
生徒会長が宣言し終えると、クジが入った箱が回され、委員長は一枚ずつ小さな封筒を取り出していく。イオリは不正が行われていないか、他のクラス委員長が取った封筒を見てみたが、どれも同じで、折り目がついているなどの目印はないように見えた。
3年3組以外のクラス委員長の手元に封筒が行き渡った。生徒会長はそれを確認すると「では開いてください」と命じた。
「何番?」
イオリは身を乗り出した。
その間に他のクラスで歓声や悲鳴が上がる。生徒会長が「静粛に!」と怒鳴った。
ナオキが封筒から2つに折られた白い紙を取り出して、それを開く。
そこには、雑な字で8と殴り書かれてあった。
「8って……」
「最後ってこと、だね」
それは、教室で実施することがほぼ確定したということである。3つしかない選択肢の中で8は大外れも良いところだ。
「教室、か……」イオリは呟いて肩を落とした。
「ま、まぁ、窮屈なお化け屋敷も雰囲気出るかもしれないじゃん。細い通路にこんにゃく敷き詰めて、通り抜けようとするとべちゃべちゃくっついてくるとかさ」
ナオキは慰めるように言った。
イオリはその言葉を聞いて、確かに考えようによっては演出し易いかもしれないと考え直し、顔を起こした。彼の前向きな意見は、建設的でデメリットもメリットに錯覚させる力があった。
顔を上げたイオリが、ふと隣の2組のクラス委員長を見ると、ちょうど7と書かれた紙をテーブルに置くところだった。そして突然彼女は閃いた。
「2組もお化け屋敷にして、廊下と教室2つ使った大掛かりな展示にしない?」
ナオキはイオリの思いつきに、興味を示した。
「その発想はなかったけど、良いんじゃないかな」
ナオキは、2組のクラス委員長に目を向けた。
2組の委員長は、目をぎょっとさせて「マジ?」とイオリに尋ね返してきた。
「人でも2倍、予算も2倍、場所も2倍。クラス間の交流も生まれて学校的にもポジティブでしょ? それに2クラス合同でやっちゃダメなんてルールどこにも明記されてない気がするけど」
そこまで言って、イオリは生徒会長の方に目を向けた。
生徒会長は周囲の盛り上がりに気を取られずに、真っ直ぐイオリの方に鋭い視線を向けていたのである。
「そういった規約はないが、予算を合算して実施したいということであれば、関わっている人間と、厳密な予算書を提出した上で生徒会の許可を受けること。1クラスの教室の利用には生徒会への申請は不要だが、2クラスを使い、なおかつ廊下まで使いたいというのであれば、規約に則り申請をすべきだ。また費用が多くなるということは、そこには無駄な出費が費やされる可能性が出て来る。不正が行われないか確認する意味でも、人員計画書と予算書それから文化最後にかかった費用の明細を提出をするように」
「申請後、許可が降りるまでの期間は?」
「期間も短いことから、17時前に提出すれば当日結果を通知する。17時以降であれば翌日13時までに通知しよう」
「OK」
イオリと生徒会長のやり取りを聞いていた、他のクラスの生徒も、予算増額や教室をあわせる方法があるならと、一瞬目をギラつかせる。音楽室や体育館を獲得できそうなクラスの生徒も、他のクラスと合同で実施することで費用と人手を増やせるなら検討の余地があるのではとささやき始めた。
生徒会長は不穏な空気に敏感に気づき牽制を投げる。
「合同での実施については、合理性・収益性がなければ許可を出さない。特に注意してもらいたいのは、収益性だ。収益が使用予定の予算と比較して80%に満たないと判断される場合は一切許可を出さない。それから申請が通らないことを理由に文化祭の出し物が間に合わないなどの自体が発生した場合は、各クラスにペナルティとして12月のクリスマス会の予算減額をする場合があることを、注意して貰いたい」
生徒会長の厳粛な態度に、一同は静まり返った。合同の話が持ち上がり、うまい話に乗っかろうとしていたクラスは、一瞬にして冷めてしまったようだった。
そんな中、ナオキはにこやかに生徒会長に返した。
「つまり、儲かれば合同でやってもいいってことですよね」
「……そうだ」
「わかりました」
2組のクラス委員長は些か怪訝な表情をして、ナオキを見ていたが、彼は意に介せずうんうんと頷いていた。
それを後ろで見ていたユキヤが、イオリに耳打ちした。
「アイツ、結構やりてだな」
ナオキは生徒会が閉まると、すぐに2組の委員長と文化祭の主要な実行委員、それから1組の北原シズカと、イオリほか実行委員数名を集め、合同計画の優位性をまとめ上げ、その日のうちに提案資料と予算書を作り変えてしまった。
時刻は20時を回っていたため、提案資料と予算書は帰宅前に生徒会に提出して行くことになった。
「今日のうちに資料を出しておけば、明日の13時までには判断が出るだろ。明日朝イチで、各クラスのメンバーに連絡して、総意を取っておけば、昼から合同で進められるって話だ」
ナオキの言葉に、ユキヤは疑問の声を上げた。
「上手くいかなかったら?」
「収益性は今の話し合って問題ないことがわかったから、他のメンバーの総意ってことを心配してるんだと思うけど、そのために主要メンバーに残ってもらったんだよ。十分に合同でやる意味はわかっただろ?」
その問いかけに、全員頷いた。
集まって話し合ったことの大半は、『やる意味がある』ということに注視していたのである。現時点で意味がないと反論する人はだれもいなかった。
「だったら、嫌だっていう人に2人以上で説得に当たれば、少しずつだけど合意を得られるよ。大丈夫、うまくいくよ!」
ナオキの穏やかでありながら熱い発言に、場の空気が高揚していくのをイオリは感じた。
ユキヤの顔を見ると、ナオキの言葉に納得した様子が見られた。
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