第24話:文化祭準備

「西野~、最近授業も出てないけど、大丈夫なのか~?」


 登校中のイオリは、横から話しかけられた。

 振り向くと長谷川ナオキが校門のそばに立って手を振っていた。他にも何人か生徒が横に並んでいる。


「何してるの?」

「生徒会の仕事、朝校門の脇で挨拶してたの気づかなかったのか?」

「ゴメン、普段音楽聞いてたから」

「ったく、挨拶する身にもなれよ。で、最近調子どうなのよ?」


 イオリはいくつか思い当たるフシがあったが、バカ正直に話すようなことでもなく、ただ「なんでもない」とだけ答えておいた。

 ナオキは納得してない様子で、鼻を鳴らしただけだった。彼もイオリと同じ1組のため、いろんな噂は耳に入ってきているはずだ。クラス委員をしていて生徒会にも入っているため、上級生からも何か言われているのかもしれない。だから、イオリの返事には納得出来ないのだろう。


「相談事だったら、いつでも言ってくれよ。1年の時からしっかり内申上げていきたいしさ」


 ナオキは冗談気味にそう言って笑みを溢した。そして踵と返して、戻っていこうとしたとき、あっと何かを思い出したように声を上げてイオリの方に向き直った。


「そう言えば昨日いなかったとき、文化祭の出し物の話クラス会でやってたんだ。イオリも役割アテられてるから、詳しくは北原に聞いておいてよ」

「何やるの?」

「お化け屋敷!」

「え、どうやって?」

「それは、イオリたち実行委員がこれから考えるんだよ。どこでやるか、どんなふうに驚かせるかもね」


 ナオキはウィンクをして校門の生徒が並んでいる方に戻っていった。

 残されたイオリは一瞬我を忘れたように呆けてしまったが、すぐに着を取り戻した。


(まさか、恋にうつつを抜かしてるあいだに、実行委員にさせられるなんて。罰ゲームかしら……)



◆◆◆



 イオリが教室に入ると、すぐに北原シズカに捕まった。

 シズカは、イオリの手を引っ張ると教室の真ん中にできていた輪の中にイオリを連れ込んだ。


「さぁ、ようやくメンバーが揃ったところで、始めるわよ! まずは、どんな人をどんなふうに驚かせるかから、ブレストね!!」


 シズカが輪の中心で、白紙を広げて声を張った。すると次々にアイデアが投げかけられ、シズカは白紙にどんどん箇条書きしていく。


 【驚かせる対象】

  同じ学校の生徒

  親(お父さん、お母さん)

  子供(弟、妹など)

  中学生

  他校の生徒

     :

     :


 【驚かせ方】

  じっくり

  ドッキリ

  大きな音

  不気味な音

     :

     :


 イオリは、いきなり何が始まったのかと目を丸くしていたが、次第にその盛り上がりに慣れて、自分から発言するようになった。

 10月も半ばに入り、文化祭が目前まで迫ってきていたのだ。熱気が出てきて当然と言えば当然かもしれない。イオリは、シズカが持っていた概要書を貰って内容を確認した。予算5万円までの中で自由に企画展示をしてよいということになっていた。1組は、費用をめいいっぱい使って、学校史に残るお化け屋敷を作ろうと意気込んでいた。


「親が来ることが多いけど、基本は同じくらいの高校生か、内を志望している中3が来場者の大半を占めると思うよ。ターゲットはそこに絞ったほうが良いんじゃないかな?」

「てことはさ、じわじわくる怖さより、迫力のあるびっくりさせるほうが喜ぶんじゃない? 単純に怖いだけだとビビっちゃうけど、ドカーンって感じなら悲鳴も上げやすいし」

「ドカーンてわかんねーよ」


 シズカは、頷きながらそれをまとめていき、白紙の一番下に大きな文字で内容をまとめた。


「『同年代の学生をターゲットに、どんどん迫力がアップする和風ホラー』これがテーマよ! どう!?」


 周囲の生徒はその力強い言葉に、大きく頷いて同意した。全員の意見がその言葉に集約されているようだった。突然放り込まれたイオリは、周囲の生徒ほど熱くなっていないが、周りの熱量に茹だされて少しだけテンションが上っていた。

 そこへ、クラス委員のナオキも教室に戻ってきた。


「ナオキ、決まったよ!」シズカは言った。

「どれどれ、うん。良いコンセプトだと思うよ。1限目は、文化祭の話にアテられるようにさっき先生に話してきておいたから、朝礼が終わったら、アイデアを出し合おう。で、どこでやるのが効果的か調査して概算の費用を決めるところまでやってしまおう!」


 ナオキの言葉に、輪を形成していたメンバーは手を上げて雄叫びを上げた。参加していないメンバーは苦笑いを浮かべていたが、それさえも楽しんでいるような柔らかい表情をしていた。

 朝礼が終わると、すぐにナオキとシズカが中心となって、打ち合わせが開始された。ふたりは教壇に立って、打ち合わせの進行をしながら、どんどん出てくるアイデアを黒板に書き写していった。

 イオリは、打ち合わせに参加しながらも、シズカがいつの間に打ち合わせをしきれるようになったのか驚いていた。ナオキのフォローがあってのことだというのは、すぐに分かったが、それでもちゃんとリーダーシップを発揮していた。イオリが、ユキヤやジュンにかまってるあいだに飛躍的に成長しているようだった。

 広がっていった議論はどんどんまとまっていき、わずか1時間のあいだで、出し物のリストがほぼ確定してしまった。場所だけは、抑えられるかわからなかったが、体育館と少し大きめの実習室――音楽室を利用できないか生徒会に打診した上で、確定することになった。

 人仕事終えたナオキが、イオリの席にやってきた。


「どう? 楽しそうに見えたけど?」


 ナオキは、大きく息をついて前の席の椅子にどっかり座り込んだ。


「うん、まーまー」イオリは、にやりと不敵な笑みを浮かべてみせて答えた。

「厳しいな。昨日はもっと混沌としてたんだぜ。カジノとか、カフェとか、5万円で中古の漫画買ってきて、漫画喫茶開こうって言い出すやつもいて――完全にそれ、終わったら破棄される漫画を自分のものにしようとしてるだけだけど――っ全然まとまらなかったんだから」

「ナオキとシズカが今日みたいに司会してたの?」

「そうそう。北原が副委員になるって立候補してくれてね、すっごい助かってるよ。意外と北原って真面目だったんだな。ちょっとキャッキャしてるから、もう少しギャルっぽいのかと思ってたよ」


 そう言って、ナオキは教壇のところで黙々と黒板のまとめを書き写しているシズカに視線を移した。イオリは、ナオキのその眼差しに一種の愛情が含まれているような気がした。温かい目で一所懸命努力しているシズカを応援しているようだった。


(もしかして、シズカの悲願が叶っちゃう……?)


 かねてからシズカは、ナオキのことが好きだった。一度はイオリに軽い敵対心のようなものを向けてきたこともあった。それが、いつの間にかうまい具合に歯車が回りだしたようだ。

 イオリは、モエやシズカが恋をしていることに何となく羨ましさを感じるとともに、自分の恋を見つけなければと言う焦りにも似た感情を覚えた。

 チャーリーから7つの秘訣を教えて貰った。

 それを生かすも殺すも、彼女次第なのである。ただ、チャーリーの秘訣の欠点は、結果がすぐに現れないことだ。周囲の加速するスピードに自分の立ち位置を忘れてしまっては元も子もない。イオリは、一貫性を持ち続けようと、ナオキから視線を外して、外の空に目を向けた。

 青く澄み渡った空が広がり、カラスが2羽遠くの方に飛んでいった。


(恋したいな)


 つがいかどうか分からないが、2羽のカラスを見送って、イオリは心のなかでそう思った。

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