第23話:流されずに
チャーリーは、テラス席に座ってコーヒーを飲んで待っていた。彼は怪しい天狗面を取り払って、爽やかな好青年に変装していた。目鼻立ちがはっきりしていて、遠くから見ても目を引くかっこよさだった。
「テラス席は目立つから奥行こう」
駅を利用する生徒に見られて、余計な噂を立てられるのは避けたかった。イオリは、喫茶店の一番奥の人目がつきにくい席にチャーリーと向い合せに座った。
注文したジュースが届くと、イオリはさっそく話を切り出した。
「4から6まで一気に教えてくれるの?」
「もちろん、1から3はしっかりと学ぶ必要があった。だが、4から6、そして7については、まとめて教えても全く支障はない……というよりも、1から3と比較すると、すぐに実践に移せるものではないため、まとめて教えて長期的に実践してもらうしかない、というのが本音かな♪」
「7まで……、いったいいくつポイントがあるの?」
「恋を成功させる秘訣――つまり、恋の定律は21の法則から成り立っている♪ ただ、21をすべて学ぶ必要はないし、教えられるのは1から7までのポイントだけなんだ。そこから先は、ひとりでは成立しない問題だからね♪」
チャーリーは、回りくどい言葉を使って、まるで煙に巻くようにほほ笑みを浮かべた。そして、チャーリーは紙ナプキンを取り出して、ペンを走らせた。
第1の法則:拡散させない
第2の法則:集中させる
第3の法則:宣伝する
「さて、講義を始める前に、まずは3つのポイントのおさらいをしよう。これまではエッセンスをわかり易い言葉で表していたが、より抽象的にそれぞれの法則を表す。すると『拡散』『集中』『宣伝』の3つのポイントが浮かび上がってくるだろう。」
「『拡散』は、『着飾らずにシンプルに』ってやつのことね」
「その通り、着飾りすぎると、その人の印象が散漫になって印象がなくなる=没個性状態になる。没個性では、その人のどこを愛せば良いのか、恋すれば良いのかがわからなくなり、恋に発展しにくくなってしまう。よって、まずは自分の印象を拡散させないように土台を固めなければいけない」
「次の『集中』は『自分らしく』を差してるってことかしら?」
イオリは一つ一つ自分の認識にズレがないか確かめるように、チャーリーに尋ねていった。
「その通り、拡散させないようにしたあとは、個性を光らせるに、自分の気持ち・やりたいことに集中しなければならない。頑張っている人や努力している人がキラリと光るものを持っているように、自分の心の声に耳を傾け、そのとおりに進むことで、個性は魅力的になる。何に集中すべきかと端的に言えば、自分に集中するということだね♪」
「そして最後『宣伝』はパブリックイメージを良くするってことね」
「人の印象は言葉によって定義される。いい人、悪い人、かっこいい人、優しい人……。自分の個性を拡散させずに集中して伸ばしていくと、否が応でもある特定の言葉によって、自分を定義される瞬間が訪れる。それは、自分自身をある枠組みに規定する不自由な好意であるとともに、自分の魅力を人tに伝える最大のチャンスでもある。仮に自分の気持ちの赴くままに行動した結果、イオリくんが優しいけどおせっかいなところがあると規定されたとすると、それがキミを彼氏候補の男子に売り込む最大のポイントとなるだろう」
「おせっかい? アタシが?」
イオリは、あくまで説明として上げたのであろうチャーリーの言葉にカチンと来て、思わず聞き返した。
チャーリの方は、イオリが怪訝な表情をしているにも関わらず笑みを浮かべたまま話を続けた。
「おせっかいだと思われる。少なくとも、ユキヤくんを更生させようと、彼の家にまで出向くのは優しいだけじゃなくおせっかいな一面があると言われてもそれほどおかしくはないだろう。しかし、その行動的な姿が、キミ自身の魅力から何も恥じることはないよ♪」
チャーリーは、紙ナプキンの空きスペースにさらにペンを走らせていく。
第4の法則:集中して売り込めるか?
第5の法則:心から惹かれるか?
第6の法則:言いたいことを言えるか?
書き出された3つの項目は、全て疑問符がついていた。
「さて、最初の3つと4から6までの3つでは大きく違うところがある。それはなんだろう?」
「主体が自分か相手になってるんじゃなの? 疑問符があるってことはそういうことだよね?」
「その通り、最初の3つは、自分を改善するためにある。4から6は、相手に対して検討するものなのだ。イオリくんが言うように、疑問符がキーになっているね♪」
「でも、1から3と4から6は、相似の関係にあるね。それぞれ、拡散しない・自分の心に集中・宣伝……つまり言葉による定義は、関連しあっている気がする」
チャーリーは頷いて、イオリの回答を評価した。
「わかりやすく話すと、イオリくんの持ち味がいったいどこのどんな男子に関心を持たれるかを分析して、関心を持つ相手にしっかりと売り込むことが第4の法則となる。つまり、イオリくんの魅力を理解できない人にどれだけ売り込んでも、まったく身にならないということだ。もしくは遊ばれてポイ捨てされるか……どちらにせよ、魅力を感じてない人に無理に売り込むことは恋の失敗を生みやすい」
暗にモエがユキヤに言い寄っていることを批判しているのか、それともたまたまイオリが関連付けているのか、イオリには判断がつかなかった。しかし、モエの魅力をユキヤがまだ感じていないのであれば、モエのアプローチは不毛でしかない。
チャーリーはイオリの考えを読み取ったのか、「そう不毛だ♪」と言った。
「次の『第5の法則:心から惹かれるか?』は、1から4で選抜された人について、選別するための要素である。イオリくんが察した通り、自分の心に集中して、選抜された人を好きかと訪ねてみたとき、選抜メンバーの中にイオリくん自身が、相手に対して魅力を感じているかを判断する必要がある。あえて例に上げるなら、イオリくんはユキヤくんの不良っぽいところには惹かれていないが、家族思いなところや、友達思いなところには惹かれている。仮に不良の要素がなくなったとしたら、イオリくんがユキヤくんを選ばない理由は今のところなくなるわけだね♪」
「論理的にはそうなるわね」
チャーリーが話すように、イオリはユキヤのある一面に対して共感を持っていた。
「第6の法則は『言いたいことを言えるか?』である」
「これは一番奥が深い気がするね?」
「どういうところが?」チャーリーは聞き返してきた。
「1から5の法則を全部ひっくるめた上で、ようやく成り立つ気がしない? 言いたいことを言うって、相手とのパワーバランスが均等じゃないと難しいと思うの。もし第1や第2の法則を破って、着飾っていたり、相手の好きな姿に自分を偽っていたら、絶対にできないことだし。3、4を破っていたら、多分関係が築ける前に破綻するよね、多分。そして、5はそのまんま、惹かれてなければ無関心だから言いたいことを言って、諍いになるのも面倒になってしまう」
「シンプルに表せば、イオリくんの言葉の通りパワーバランスが取れているかどうか、が正しいかな。法則は6に集合するようにできているのではなく、全てに関連しあって成り立っているわけだから、それ以外の評価は正しいようで正しくはない。もし仮に1から6の法則をまとめる事ができるとしたら、それは第7の法則になるだろう」
そう言うと、チャーリーは最後の法則を書き始めた。名残惜しそうな目でゆっくりと一文字一文字記していく。
第7の法則:一貫性を持って取り組むこと
イオリはもう説明不要だった。1から6を一貫性を持って取り組むことが、正しい恋を成功させる重要な要素であることは、言われるまでもなく理解できた。
チャーリーもイオリが記した時点で理解していると気づいたのか、無駄な言葉を発さずにゆっくりとコーヒーを飲んでほっと一息ついていた。
「ユキヤくんのキスは、本質を飾る装飾である♪ 迷っているようだから、これだけ伝えておこう」
チャーリーはそう言って伝票を手に取った。
「ここまで話を聞いて、理解できたイオリくんなら、自分の本当の気持を素直に読み解けるかもしれない。もし解けなかったとしても、尋ね続けることで答えがどんどん明確になっていくだろう。人生は有限だ。教科書どおりに恋をして、本当の恋を見つけるまでの時間が短縮できれば、キミはより豊かな人生を歩むことが出来るだろう。キミの恋の成功を祈っているよ」
チャーリーの言葉には、伝えきったと言うような安堵が見えた。
そして、イオリの選択を、楽しみにしているような、温かい親のような顔つきをした。
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